連れてきた女性がなんの力も持っていないと気付くのには、それほど時間はかからなかった。そうと分かるなり死神達は総動員であの子供を捕獲するため流魂街を探し回った。しかし日番谷が指摘していたように、その子供の残した霊圧もなく追う手立ても無かった。そのほかにも己の痕跡を隠蔽してきたかのように、その子供がどこ出身の者かさえも掴めずじまいである。まるでそんな子供など初めから存在していなかったかのように。その隙の無い見識や行動と、あの粗野な振る舞いが全く合致しないことも死神らを困惑させていた。
進展せぬまま、今までの子供の痕跡すら辿れず捜索は停滞していた。
その結果に腸が煮え返るほど怒り狂ったのは他でもない、十二番隊隊長 涅 マユリであった。
「まだ何の手がかりも無いだと?!間抜け腑抜けどもめ!お前達虚の餌にされたいのかネ?!」
「………マユリ様」
唾を撒き散らし怒鳴る涅の後ろに、影の様に控えていた副隊長 涅 ネムが聞き取れぬほど小さな声で制止をかけるものの、かえって逆効果だったのかその怒りの矛先はネムへと向けられた。
「うるさいヨ!またバラバラにされたいか?!」
「………申し訳ありません」
静かに謝るネムだが、その無表情な顔つきからは何も推し量れない。それだけ目の前の男に忠誠を誓っているのだろう。その二人を横目で見ていた第三席 阿近は、煙草の煙を燻らせながら目の前の映像に視線を戻した。
映像には、総隊長の攻撃が子供と太夫へ直撃するその寸前が何度も繰り返されていた。その画面を食い入るように見つめているずんぐりとした男に、阿近は声をかける。
「おい鵯州、何か分かったか」
唐突に声をかけられた鵯州は、飛び出させていた眼球を頭の横に取り付けられているネジを回して戻しつつ振り返った。
「奇跡的に映像が残っていただけまだましとして、肝心なところが見えねえんじゃなあ」
「手がかりもねぇってか。………大した餓鬼だな」
疲労もたまり思わず重苦しい溜息が漏れる。特に期待もないが、一つの可能性として阿近は別の機械に噛り付きキーボードを叩く涅へ視線を移した。
「局長、例の太夫はどうされたんです?拷問でもなんでもかけて聞き出せばいーんじゃないんですか」
涅は下らんことをとでも言いたげに、鼻をならした。
「ふん、そうするよりも先に薬品一つで死んだヨ。聞きたければ虚の腹に向かって聞くんだネ」
思っていた通りの結果に、阿近は局長の気の短さにやれやれと肩を竦めた。
そんな忙しなく調査を続ける中、モニターの変化にいち早く気づいた壺府 リンの切羽詰まった声がその場の空気を一瞬で緊迫化させた。
「目的人物の現在地が今受信されてきました!」
「何だと!場所は何処だネ?!」
阿近も弾かれた様に顔を上げると、モニター画面に点滅する赤い印へ目を走らせた。
「北流魂街80地区、定点582番南西1002地点!三番隊の隊士の方達が標的の座標を特定したもようです!」
………三番隊?
阿近は目を細め考え込む。
という事は、先程でた虚出現の伝令で向かわせた地点も其処と対して離れていない処を見ると、運よく出くわしたという事か。
「リン、至急その地点に他隊の応援を要請しろ。万が一があるからな」
阿近の迅速な判断に、壺府は返事をするや否やよたよたと駆けて行った。涅隊長は聞きつけるなり副隊長を連れて早々と出て行ってしまっていた。如何やらその子供を解剖する準備を済ませる気なのだろう。
この現状を阿近に任せて。
そのことを嫌でも理解している阿近は、命令を出すべくモニターに向き直った。
◇
例の子供と接触する少し前の出来事。
80地区の人の気配すらない奥地へと、白い羽織をはおった男は足を踏み入れていた。荒地と化している地面を草鞋が踏む音のみが辺りに響く。
自然に任せ好き勝手に成長した樹木は、樹皮が剥がれ樹洞ができ、歪な形へ変形していた。其れがまた一層不気味さをまし、薄暗い空間に影を落とす。だが男は、意に返さずに更に奥へと歩みを進めていく。
足を速めていた男が歩みをやめ立ち止った。
男の目線の先には、腐敗した寂寞たる瓦礫の一部とひびの入った石がこじんまりと其処にあった。見捨てられてしまったそれらに、男は無言のまま視線を落とす。
その石付近に立てかける様にして咲く一輪の花が、もの寂しく風に揺れていた。
男は怪訝そうに眉を顰め、初めて表情らしいものを顔に浮かべた。
「…………けったいなことやな。こないなとこ、誰も来ぃへんのに」
ぼそりと呟くと、其処場にしゃがみ込みじっとその花を見つめた。
目元が前髪に隠れ表情に影を落とす。男の銀髪が風に靡き、雲の隙間からのぞく太陽によって鈍く輝いた。
一瞬、どんよりとした太陽が厚い雲に隠れ場に一層陰りをつくる。
しゃがみ込んでいた男は俄に立ち上がると、人の気配を感じたのか目のみ後ろへ向けた。
分厚い雲が晴れ、儚げな光が辺りを照らし出す。
視界が鮮明になるのと同時に、男が感じた気配の正体もまた足元から胴体へと影に隠れていたものが日差しの元形作っていく。
その気配は、男から大分離れた木々の間に隠れる様にして立っていた。背丈からして、子供のようだ。口元が驚いたように薄く開けられている。
この見捨てられた地、忘却された荒野に、偶然的に居合わせた二人。
誰も近づかない、この場所で。
男もまた自分以外の魂魄が来るとは思ってもいなかったが、相手が子供だと分かると張り付けたような白々しい笑みを浮かべ振り返った。
「どないしたん?こないな処を一人で。近くに虚もいるさかい、此処は危険や」
男の見せる優しさは表面的であり、人と接する上での処世術でしかない。その掴みどころがない笑みは、言い換えればどんな意味にも置き換えられるという危険も秘めている。
子供は口を閉ざすと、警戒するように体を強張らせた。
男もまた子供が深々と被るフードに思いあたる箇所があったのか、笑みを引っ込め首を傾げた。
「フードを被った子供……、キミ、もしかして_____……?」
男が言い終わるよりも先に、子供は脱兎の如く逃げてしまった。
「あらら、行ってもーた」
呑気な声を上げるのみで、肝心の捕獲はしようともしない男。今現在死神らが血眼になってあの子供を追跡していることを彼もまた知っているにも関わらず、だ。
そして間髪入れずに、男の目の前に女性の死神が現れた。その女性は礼儀正しい動作で男に一礼する。
「市丸隊長、無事虚4体掃滅致しました」
気品のある顔立ちに、背まで垂れた艶のある黒髪。美人だが、冷徹なほど無表情である。彼女の腕には、副隊長であることを示す三と書かれた腕章が付けられていた。
「もう終わったん?そらご苦労さん」
先程の事などなかったかのように剽軽と答える、三番隊隊長こと市丸 ギン。
「隊長の方も、用事は済まれたのですか?と言っても、このような場所にあるとは到底思えませんが」
市丸がまたサボっていたのだと疑っている口ぶりだ。本人はどこ吹く風で、笑みを浮かべた。
「ほな、用事も済んだし帰ろか」
「その前に」さっさか歩き出そうとする市丸の腕をすかさず捕まえる副隊長。市丸の口からあらら、と間の抜けた声が漏れる。
「この一帯も、いちを詮索してみましょう。例の捜索中の人物の手がかりがあるかもしれませんわ」
「そんなら、さっきおったで?」
僅かに目を見開きキョトンとする副隊長に対し、袖を引っ張られたままの市丸はいた付近を指さした。
「………其処に、ですか」
相槌を打つ市丸。
「それでいて見過ごしたと」
「ボク興味あらへんもん」
「申し訳ないですが、全く面白くありません」
無表情にそれだけ告げると、機敏な動きで伝令機を取り出し何やら打ち込みを始めた。
「つい先ほどという事は、まだ遠くへは行っていないでしょうし、私が捕獲へ向かいます。隊長はなるべく道草をせず部下を連れて戻っていて下さい」
「仕事熱心やねー。感心感心」
「隊長が極度になさらないだけです」
「お土産何がええ?」
「人の話をきちんと聞く隊長を、是が非でも頂きたいです」
淡々と答えると、深々と礼をし瞬歩でその姿はあっという間に見えなくなってしまった。
市丸は自分の部下を見送ると、視線をあの人為的に植えられた花がある背後へ一瞬向ける。すると自分もまたその場から音も無く消えた。
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