恐ろしい程に、何の躊躇いがなかった。
 クリアな頭とは対象的に、心は煮えくりかえる程の殺意で真っ赤だ。

 長髪の男にジンの銃口を向けられた瞬間に、彼は此処で死亡するキャラではないと直感的に思った。
 世界を、捻じ曲げる。
 もしそうなら、私の世界で、あの人が、殺される。赤の他人の男が、あの人と被さった。
 殺させない…

 私が、守るの。私が


 答えが知れた絶対的な方程式みたいに。

 考えるよりも速く、苗字は動いていた。





 私は   どうしようもない偽善者だ。




 眉間を貫通した銃弾が、コンクリートの壁を抉って、一つの作品みたいに静止している。

 笑っちゃうよね。

 あんな小さな鉄の塊で、人、が背後に吹っ飛ぶんだ。


 あっけない音だった。
 牧野の体が冷たいコンクリートに投げ出されている。
 ジンの笑い声と、外野の声が、やけに遠くに感じた。苗字は牧野の顔から視線を離せなかった。
 迫り来る死に、絶望した顔。それが、静止したまま苗字を見つめている。

 友達だと、思ってたのに。

 撃つ直前、牧野が言っていた。
 聴こえていた。ハッキリと。
 なのに殺した。自分の、正義を振りかざして。

 淀んでいく眼球を、苗字は凝視する。
 音がしない。
 肩に手を置かれた。自分に向けられた言葉。刺激が、脳に伝達されていないように、苗字は微動だにせず牧野を見下ろす。

 耳が、痛い。

 大きく見開かれた目で、凝視していた。殺気が、収まらない。煮え繰りかえる殺気に、吐気がした。空気が刃になって、一瞬を食い破る。

 体にそんな力があったのかと、不思議に思う程の強い拒絶で抱き抱えようとした男の腕を弾いた。
 驚く間も与えず苗字は男の脇を擦り抜け、屈む拍子に落ちていた銃弾を拾い上げ銃に込めた。
 全て、流れるような動作で淡々と。殺気を感知しなかった彼らの動きは、一歩出遅れていた。
 彼、以外は。

 引き金を引こうとして、右手に衝撃が走った。
 撃たれた。指先まで痙攣して、重力に耐えかねずり落ちていく銃。
 
 ジンが、銃口をこちらに向けていた。怖い顔。凄い気迫で、酷い形相。一瞬うつっただけで、別に驚かなかった。
 落ちそうになる銃を空中で持ち直して、すかさず喉の奥に押し込んだ。

 また銃声。
 衝撃と共に銃が手から吹っ飛ばされた。口が裂け、出血する。それでも、苗字は取り憑かれたように銃に手を伸ばそうとした。
 右足に撃たれた感覚。
 呆気なく、苗字の体は支えをなくし倒れていた。

 動けない。
 でも、考えるのは死ぬことだけ。自分が死ぬこと、それだけ。
 腕を伸ばした。目の前で、銃を踏みつけられ、砕かれても、異常とも呼べる執着は収まらなかった。
 殺して。
 殺して。
 早く。わたしを、、、


 肩に手を置かれた。
 牧野を見下ろしている自分。脳裏で思い描く自殺が失敗したところで、半ば億劫に現実に引き戻された。
 今までの私なら、きっと発狂してた。
 殺してと、懇願した。
 だがそれが、既に手遅れだと、もう知ってしまったから。

 一度自分で決めた事を、曲げるのは卑怯者だから。
 ずっと、ずっと、穴が開くほど見つめた。昔の友を。正気が一滴まで、絞り取られていく様を、最期まで。
 まきちゃんが信じた正義。
 私が守りたかった正義。
 どちらも欺瞞で、どちらも自己満。
 それでも、どちらも命がけのプライドだった。
 世界に比べたら、ちっぽけなものだけど。

 ごめんなさいって、謝罪なんかできない。
 君の為に泣くなんて、烏滸がましい。

 苗字は、手に収まっていた銃を床へ静かに置いた。組織の人間らは、ただ苗字の様子を伺っているだけだった。何かしでかすと、そう思っているのかもしれない。
 ジンも、酷い形相でこっちを見ているし。

 「…私の、冤罪って、証明できたの」
 「あぁ。殺したからな」
 「かわいそうに」
 ジンの眉が、ぴくりと反応する。
 「組織は優秀な人材をすぐ無駄遣いする」
 苗字はそれだけ呟くと、彼らから背を向けた。早くこんな舞台から降りたい。

 背に感じる、ジンの突き刺すような視線。それでも、精一杯の抵抗をしたかった。
 自我を、失ってたまるもんか。


 ◇


 ジンの機嫌が悪い。
 それは、シェリーから聞かされた。
 
 まきちゃんを殺させておいて、まだ気がかりなことがあるのかな。一体、どれだけの人が死んだら、彼は満足するんだろう。
 ジンのことよりも、あの猫はどこへ行ったの。
 ぼんやりと、今日も変わらずモニターを見つめる。指は休む間も無くキーボードを叩き、足は空を遊ばせてる。
 仕事の内容はクリアなのに、別のことになると途端に頭に霧が立ち込める。億劫になって、重くなる。薬毒のせいってわかっているのに、中毒みたいに身体に入れて、溺れる感覚に安心してる。
 自分の身体だけど、内側から汚れていくのが何となく分かる。そうしたくてやってる訳ではないけど、分かって止める理由もない。

 「辛いなら、泣いたっていいのよ。こんなの見てらんないわ」
 シェリーが言ってた。シェリーも仕事人間なのに、そんな事をいうから、不思議で苗字は思わず手を止めてた。
 「…辛い」
 言葉にしてみたけど、なんだか久しぶりな響だった。
 「ねぇ、シェリー。嬉しいとか、楽しい感覚も忘れているのに、辛さなんて、急に言われても分からないよ」

 シェリー、悲しそうな顔をしてた。
 私、その時どんな顔をしていたんだろう。
 ちょっと、強がってたのかもしれない。


 だって、


 「………その、人…」

 「久しぶりの対面だろう?存分に喜べ」


 まだ、自分は辛いって思わさせている。
 ジンという男によって。


 目の前に転がった兄の死体を前にして、実感した。