雷門と帝国が戦った翌日、あの帝国が1点に泣いた対戦校として、多くの中学から雷門中に試合の申し込みがあったということがわかった。どうやら豪炎寺はあの後サッカー部には入部していないらしいということも。
対戦相手は尾刈斗中に決まったらしく、これに勝てばFFへの出場を理事長代理から言い渡されているのだそうだ。
名前は一通りそれを一夜で調べ上げ、影山や鬼道に報告を終えた名前は深くため息を吐いた。
そんな簡単には彼の気持ちが変わらないだろうという諦めの気持ちが大半だったが、どこかまだ期待していたのだ。昨日のあの試合を…彼のあの目を見た後だったから尚更。
「何かきっかけがあればと思ったけどあれではきっかけにはなり得なかったか…」
帝国学園のグラウンドに通じる暗い廊下を1人歩きながら名前は呟いた。
サッカーに再び触れれば気持ちも変わるかもしれないと思ったのだけど、とひとりごちる。
とはいえ無理強いさせるものでもないからなと思いつつ、グラウンドにたどり着き本日の朝練に取り組み始めるのだった。
授業合間の休み時間、名前は鬼道と土門と共に影山総帥からの呼び出しを受けた。
「鬼道、名字。1つ決定事項がある。土門を雷門中へ転校させる。」
「土門をですか?」
「ヤツらは不確定要素だ。あらゆる状況を想定しておく必要がある」
土門は面白そうだと軽く引き受け、それに対して鬼道も了承したようだった。ただ、名前はそうでもない。
鬼道はそれほどまでに豪炎寺を高く評価しているのだろうと解釈していたが、こと雷門中という存在に対して影山は些か過剰とも言える対応に思えたのだ。
スパイを送り込むまでに豪炎寺を警戒するのならば、去年木戸川清修にも送り込んでいるはずだからだ。
無論それを悟られないよう___といっても敏い影山のことだ、気付かれているかもしれないが___名前はひとまず納得したように頷いた上で思考の海に溺れながら土門たちの会話を流し聞きつつ教室への道を辿った。
そもそも彼女が帝国学園の無敗の40年の歴史を誇るサッカーの少々荒々しいともいうべき在り方に疑問を抱き始めたのは、入学してから割とすぐだったが、それでも相手との余りの力量差が産んだものである事も事実だった為そこまで意識はしていなかった。
しかし、猜疑心を強めることになった発端は親友である豪炎寺の妹を襲った交通事故にあった。
名前の知る豪炎寺夕香は妹想いの兄にたいそう可愛がられている、大変に賢くて素直な明るいいい子だ。
そんな彼女が周りをよく見ずに飛び出して事故に遭うとは考え難かったのだ。
名前は目撃情報も乏しいが、車両の運転手は逮捕となったものの事故当時の状況から夕香が事故に遭ってしまった理由に疑問を感じ、事件の情報を集めていた所、同じくこの事件を調べていた刑事の鬼瓦と知り合った。彼が最初に提示したのは帝国学園の40年無敗の歴史上において、一見すると事故に見える何か、が絡んでいるのではないかという信じ難い、だが確かな予感を感じさせる推測であった。
恐ろしいことに警察として彼が集めた情報と、名前が調べ上げた帝国学園内部に残る当時からのFFトーナメントの記録等から状況を整理する内、その推測は現実味を帯びてきた。
鬼瓦が帝国学園もとい影山零治の動向を追うきっかけとなったイナズマイレブンの件から始まり昨年度の夕香の件を含めて、帝国学園が目覚しい強さをもつ他校と戦う際に決まってなにかと‘事故’が起きているのだ。勿論何事も無かった年の方が多いが、それは恐らく帝国学園の脅威となりうるチームが、選手が、対戦相手にいなかったからだと理由付けできる。
そしてここにきて土門をスパイとして潜り込ませる異例の采配。
雷門中は今でこそ弱小チームそのもので、昨年目覚ましい活躍を見せた豪炎寺の加入や、先日の練習試合で見せた必殺技を今後ものにするであろう事が予想される円堂守など、確かに今後チームとして強くなりそうな要素は備えていそうだ。だが過去を振り返ってもそのような強くなる見込みのある学校はあれど‘スパイを派遣する’事例はなかった事から、影山は余程雷門中に執着する何かがありそうだと推測できる。そして同時にまた‘偶然にも車両事故が起きてしまう’事があるかもしれないという所まで憶測は加速した。
ここまでくると妄想の域に近いが、一度脳裏を過った最悪の未来を見て見ぬふりをする術は名前にはなかった。もう誰かが傷付く所は見たくない。
では今の自分に出来ることは何か。名前は授業そっちのけで静かに思考を巡らせていた。
雷門イレブンに危害が加わらないよう、そして土門自身の身を守るためにも…とまで考えて名前はこっそりメモ用紙に短い文章をしたためた。
「こんな所に呼び出してどうしたの?まさか告白じゃないだろ?」
放課後、ひとけの無い廊下の隅に呼び出されて話を聞く土門に、名前は口を挟むなと言わんばかりの強い口調で言葉を続ける。
「土門、雷門に行く前にこれを。……決して、誰にも中身を見られないように」
名前の手から、小さく折り畳まれたメモが差し出される。土門は「お、なんだ?」と軽い手つきでそれを受け取ると、名前の制止を待たずに、指先で器用にその端を開いた。
「……『何もせずに足を走らせないこと』?」
書かれていたのは、あまりにも短く、そして奇妙な一文だった。
土門は首を傾げ、何度かその言葉を口の中で転がしてみる。
「……なんだこれ。準備運動をサボるな、とかそういう意味か? それとも、俺がサボり魔だってこと、雷門中にバラすぞっていう脅し?」
冗談めかして笑おうとした土門だったが、その言葉は続かなかった。
目の前に立つ名前の、射抜くようなグレーの瞳。神秘的ですらあるその瞳には、冗談を差し挟む隙など微塵もなかったからだ。
「説明はしない。ただ一つ約束をしてほしい。中身を見てもそれを破棄しないこと。そして君が窮地に立たされた時、そのメモを信頼のおける人物に渡すこと」
「……」
土門は再びメモに目を落とした。
整っているが、どこか焦燥感の滲む筆跡。それが、ただの体調管理のアドバイスではないことくらいは、彼にも分かった。名前がわざわざ自分を呼び出し、これほどまでの「圧」を持って渡すものだ。そこには、言葉以上の何かが込められている。
土門はふっと息を吐くと、メモを丁寧に折り畳み直して胸ポケットに深く仕舞い込み、その上からポンと軽く胸を叩いた。
「これ、お願い事2つじゃんね。……正直、この文の意味も、何がどう『窮地』に繋がるのかも、今の俺にはさっぱりわかんねーや」
土門は後頭部を掻きながら、けれどその口角をわずかに上げ、名前の瞳を真っ直ぐに見返した。
「でも、名前ちゃんがこんな顔して渡してくるんだ。タダ事じゃないってことだけは分かった。……いいよ。意味は分かんないままでも、脳みそに直接叩き込んでおく。絶対に忘れないし、失くさないって約束するよ」
いつになく真剣な土門の言葉に、名前は張り詰めていた肩の力をわずかに抜く。土門という男は、こういう時にさらりと重い約束を背負ってくれる。その軽やかさに、彼女は何度も救われてきたのだ。
「……ありがとう。このお願いは、きっと君自身のことも守ってくれるはずだから。どうか、覚えていてほしい。雷門中は任せたよ」