新進気鋭のサッカー少年達を集めた雑誌のハロウィン企画の撮影会が終わったその日、少し時間が経った夜。豪炎寺の部屋にはまだハロウィンの名残があった。
換気のために開け放たれたカーテンの向こうには街の明かりがちらちらと瞬き、ローテーブルの上には撮影用に使った衣装小物の試験管や、三角帽子に手袋、リング等と共にマントを含めた衣装一式が丁寧に畳まれて鎮座している。どうやら雑紙企画側の好意で丸々もらい受けたらしい。
ソファに並んで座る二人の膝の上には、一枚一枚印刷された写真が散らばっていた。
「結構ちゃんと写ってるな」
豪炎寺が指先で一枚をつまみ上げる。魔法使いの帽子を目深にかぶり、火を灯した指先をこちらへ向けるショット。
照明の加減も相まって、炎の赤がやけに映えていた。
「やっぱり君、映えるね。」
「そうか? 俺はお前に撮ってもらう写真のほうが好きだ」
「リップサービスはいらない」
「本気だ」
プロ泣かせるような事言わないのと軽く笑って、名前は別の写真を手に取った。そこには、豪炎寺が帽子を片手に持ち、真剣な目でカメラを見ている姿が写っている。
黒や紫のローブに映える色素の薄い髪。光を反射したリングの石が鮮やかで、やけに“それっぽい”。
「魔法使いっていうより、火の精霊の長って感じだね」
「なんだそれは」
「褒めてるの。ほら、ちゃんと指から火出してるし」
思い出したように、豪炎寺は左手を軽く掲げ、写真のポーズを真似る。
指先から小さな火の玉が揺れたような気がした。
それが錯覚だとわかっていても、薄暗い部屋の中では妙に幻想的だった。
「これ、ちょっと危なそうに見えるけど、ほんとに熱くないの?」
「見た目だけだ。感知センサーで止まる仕組みになってる」
「へぇ、科学の力ってすごい…ってやつだ。魔法より便利なんじゃない。これ発火はやっぱり燐とか…それともライター的なオイルが…?」
「お前は現実的だな」
写真を食い入るように見つめて、豪炎寺が指先から火を出していたカラクリを突き止めようとする彼女に思わず豪炎寺はツッコミを入れた。
仕掛けが施されていそうな写真を一枚ずつ拾い上げながら、名前はふと机の端に置かれた帽子に目を留める。
黒い布地に裏地の怪しげな紫色とオレンジのリボンがよく映える、つばが広くて、しっかりしたものだ。
「ねえ、これ被っていい?」
「構わないが…でかいんじゃないか、それ」
おもむろに両の手で帽子に手を伸ばし、そっと頭に乗せようとする。言われるまでもなく、被った瞬間につばが顔をすっぽり覆った。
視界が暗くなって、名前はくぐもった声で笑った。
「見えない」
「だから言っただろ」
ふっと静かに笑う豪炎寺が軽く手を伸ばして、名前の被る帽子のつばを持ち上げる。
近距離で視線がぶつかり、名前は思わず息を呑む。
妹に向けるような視線のそれでいて、その目の奥は彼女には決して向けないであろうどこか柔らかい光を帯びていた。
「似合ってるんじゃないか」
「…からかってるでしょ」
「悪かったよ」
豪炎寺は相変わらず不相応に大きな帽子を直して、名前の顔周りにかかる髪を優しく整える指が髪に触れた。涼しい秋の夜風に冷えた頰に熱を灯す熱い指先にドクリと心臓が高鳴る。
何でもないようにして、名前は視界の端に映る彼の男らしい指先を見て話題を変えた。
「そういえば、その指輪も衣装のうちなんだっけ?」
「賢者の石を模したらしい。偽物だが、よくできてるよな」
「へぇ、それっぽい。…はめる指に応じて意味とかあったりするの?」
「右手中指は魔術師にとっては“力の象徴”だと説明を受けたな」
「君にぴったりなんじゃない?」
豪炎寺が小さく笑う。
照れ隠しのように目線を逸らしながら、机の上に転がる試験管を一本手に取った。オレンジの液体が中で光を反射する。
「これも小道具。光るだけだが、案外きれいだな」
「ハロウィンって、何でも“それっぽく見せる”のがうまい行事だよね」
「お前もそうだ。このオフショット写真を見てると、本当に楽しそうにしてる」
「…君が隣にいたからでしょ」
撮影の合間に豪炎寺と談笑する名前の姿を横から撮った、たった1枚の写真。それを見て豪炎寺は喜色を滲ませた声音でそう言った。
それがなんだか照れくさくて、いつもは口にしないような甘ったるい返事をして、名前は視線を逸らした。
豪炎寺はその横顔を見つめてから、帽子のつばをもう一度整えた。
「ハロウィンの夜って、不思議なものだな」
「何が?」
「いつもより少しだけ、素直になれる気がする」
静かな声だった。
窓の外の明かりが彼の横顔を照らして、頬に落ちる影が揺れる。
その一瞬の空気の変化に気づいて、名前は小さく笑った。
「随分世界観のある台詞ね」
「魔法が使えるなら、こんなこと言わなくて済むんだがな」
彼の言葉に意味を探そうとして、彼の口から発せられる言葉より雄弁に気持ちを語りがちな切れ長な目に視線をやる。
だがその意味を汲む前に豪炎寺の手が名前の指先を軽く包んだ。
たったそれだけの仕草なのに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
「…火、出せるんでしょ。指から」
「試すか?」
「冗談」
軽口を交わして、二人とも同時に小さく笑う。
その笑いの余韻のまま、豪炎寺がもう少しだけ手を握る力を強めた。
外から室内に入り込む秋の夜のひんやりとした風がカーテンを揺らしている。
ハロウィンの夜の残り香の中、テーブルに並んだ写真の中の自分たちは、少し照れたような顔をしていた。
「今年のハロウィン、悪くなかったな」
「そうね。来年は何かするの?夕香ちゃん、パーティーしたがってたみたいだけど」
「考えておく。」
「来年も楽しみね。私仮装するのはちょっとハードル高い気もするけど」
「お前なら何でも似合うさ」
豪炎寺とお揃いだと魔女の格好をして満面の笑みを浮かべる夕香を想像して名前が微笑む。
豪炎寺の視線がその笑みを追って、ほんのわずかに近づく。
触れそうで触れない距離に、互いの呼吸が重なって、時間が一瞬だけ止まったようだった。
ゆらゆらと揺れるろうそくの炎のような熱を帯びた豪炎寺の目が静かに伏せられた。
ほんのわずかな時間を経て、名前は小さく息をついて、帽子のつばをもう一度下ろす。
暗くなった視界の中で、さっきまでの光景がふっと蘇る。
試験管の揺れる光、魔法使いのリング、火の粉のような彼の笑み。
それら全部を胸の奥に閉じ込めながら、名前は呟く。
「やっぱり、君は魔法使いみたいだね」
「そう見えるか?」
「見えるよ。ちゃんと、心に火を灯してくれるから」
豪炎寺が静かに笑った。
その笑みは、夜の灯よりも温かかった。