17話






「よく来たな、アクアマリン」
「は、はい……」
(うわぁ…声そっくり)


 二ノ宮ひまりに扮した刹那はオープン前のCloverの扉を開けると直ぐそこには支配人のような人相の悪い男が立っており、男は口角を上げてアクアマリンと彼女を呼びながら彼女を褒めるような言葉を吐く。
 二ノ宮ひまりになりきっている刹那は肩をビクッとさせてはどもりながら返事をすると女装している渚は声を変えている刹那にボーっとしながら見守っていた。
 

「ん?その隣の女は……」
「あ、あの……私の友達で…木村葵ちゃんです。前に誰でもいいから紹介しろって…言われてたから……」


 支配人はひまり扮する刹那の隣にいる美少女に目が入り、言葉を零すと刹那はビクビクした演技をしながら支配人の男に木村葵…の偽名を名乗る渚を紹介する。

 
「かっはっはっは…!やっとやる気になったのか!それに…上玉じゃねぇか」
「…っ!」


 男はひまりに扮する刹那だと微塵も気付かずにやっとやる気になったひまり…アクアマリンに気分を良くしたのか豪快に笑いながら女装する渚を品定めするように上から下まで舐めるように見つめると渚はその視線に冷や汗を掻き、息を呑んだ。
 

「まあ、いい……お前は付いて来い」
「わ、かりました…」
 

 支配人の男のお眼鏡にかなったのか男は渚から視線を逸らして刹那に向けると彼女は暗い表情を落として彼の言葉に従い、後を付いていく。

 
「君はこっちだ」
「は、はい…」
 

 また別の男が現れて渚はその男に導かれるように別室へと案内される。
 渚は覚悟を決めて返事をしては別の男の後を追った。



◇◇◇


 
「おい、アクアマリン」
「はい……」


 刹那は支配人の男に連れられて控室へと入っていくと男は二ノ宮ひまりの源氏名を呼ぶと刹那はオドオドしながら男へ返事をした。
 

「今日から客を取ってもらう」
「………。」
(は?……客を、取るぅ!?)
 

 支配人の男は椅子にドスっと偉そうに座りながら煙草をふかすと煙草の煙を吐きながら誰もが予想だにしていなかった言葉を紡いだ。
 その言葉は勿論刹那も予想していなかったのだろう。彼女は目を見開いて固まりながら男の紡いだ言葉を心の中で反芻させた。
 

((………え))


 待機しているエンドメンバーや女装している渚もインカム越しから予想外の言葉を耳にして各自対応していたこと止めてしまいそうになるほど動揺していた。

 
「それって、いつものことじゃ…」
「あ、あの……薬を打ってくれるって聞いたんですけど…」
「あのなぁ…お前はまだ分かってないのか!薬はご褒美に決まってんだろ!?」
(やっだー…うっそんー…どっちにしろ地獄じゃーん)
 

 刹那はハッと我に返り、眉下げて戸惑いながら支配人の男に問い掛けると男にとっては物分かりの悪い女のセリフに聞こえたのだろう。
 眉をピクっと動かしては苛立つように声を荒げて彼女の問いかけに答えると刹那は怖がってるフリをして肩をビクっと振るわせているが、心の中ではげんなりしたように呟いていた。
 

「ご、ごめんなさ…い……ちゃんと聞き取れてなくて…」
「っち、本当にお前はめんどくさい女だな…泣けばいいと思ってだろ」
「きゃっ……!」

 
 刹那は演技に徹してわざとらしく目に涙を溜めて震えながら支配人に謝罪の言葉を紡ぐと男はそのしぐさに更に苛立ちを感じたのか思い切り舌打ちをして目の前にあったゴミ箱を蹴り上げる。
 支配人がごみ箱を蹴り上げると刹那は小動物のように震えながら短い声を上げた。
 

(んなこと一つも思ってませーん…けど、ちょっとヤバいかも)
「いいな、お前の客はもう用意してあるからそいつが来たら相手しろ」
「は、い……」
 

 心の中で支配人の男に悪態をつく刹那だが、状況が状況なだけに焦りも感じているのか額に冷や汗をかく。
 支配人の男は彼女のそんな素振りに気が付くこともなく人差し指で彼女を差して忠告とばかりに言葉を吐いては控室から去って行った。
 刹那はどもりながら肯定の返事をしていたが支配人の男は余程せっかちだったのだろう。
 返事も待たずに控室の扉を閉めてしまったのだった。

 
(あれが一番偉い支配人か…にしても、せっかちだな) 
「あ、ひまりちゃん…?」
「あお、い…ちゃん……」

 
 扉が閉まったのを確認すると冷静な目で分析を始めた刹那はため息を付いて支配人の男に毒を吐いていると先程閉められたはずの控室の扉がノックされるとそこから可憐な美少女がひまりに扮した刹那に声を掛ける。
 刹那も一瞬にしてひまりのフリをしてオドオドしながら渚の偽名を呼んだ。
 

『無駄美人、大丈夫なのか!?』
「全然大丈夫じゃなーい。かなり予想外……薬漬けにしてから客取りのはずなんだけど…」
 

 渚は控室の前の廊下に誰もいないことを確認して扉を閉めると無言で刹那に誰もいないことを伝える様に頷くとインカムから磯貝の慌ただしい問い掛けが流れてくる。
 控室付近に誰もいないことを言い事に刹那は演技をやめてため息を付いては磯貝の問いかけに頭をくしゃくしゃ掻きながら否定して困った表情をした。
 

『ひまわりに聞いてみたら客取りの話はされてなかったみたいよ』
「まあ…なんとかするしかないね」
 

 片岡は傍にいる本物の二ノ宮ひまりから情報を聞き出していたようでインカム越しに刹那へ新情報を流すと刹那は顎に手を添えて対策案を考え込んでるのか言葉を零す。


『葵ちゃーん、大丈夫―?』
「……中二半、ふざけてるでしょ」
『あ、バレた』

 
 冷やかすように渚をわざと偽名で呼びながら問い掛けるカルマの声音に渚はその場にいない人物に冷たい目をしながら淡々と言葉を返す。
 渚の言葉がどうやら当たっていたようでカルマはわざとらしく笑って言葉を返した。
 

「全く……こっちは働かせてもらえることになったよ。ラピスラズリだって」
『じゃ、お前を指名すればいいんだな』
「うん」


 カルマの言葉にため息を付いた渚は小言を漏らしながらも、Cloverで働くための源氏名を取得したらしくその情報をエンドメンバーに共有化するとインカム越しから前原が再度確認の言葉を零すと渚は彼の言葉に頷きながら肯定する。
 

「……でも、ひまりちゃんは大丈夫なの?」
「まあ、眠って頂きましょう…メガネ(爆)と毒メガネの合作で」
「「………」」
 

 渚は自身の隣にいる刹那をちらっと不安げに見上げながら彼女に問いかけると刹那は腰に手を当てては冷静に淡々と爆弾発言をするが、渚もインカム越しのエンドメンバーからもその発言に異論はなかったのかただ黙って彼女の言葉を聞き入れていた為、突込みは不在だった。


 薬調合担当:メガネ(爆)(竹林)・毒メガネ(奥村)


「っ、人来た…」

 
 控室の外からヒールのコツコツという音が聞こえてくると渚は肩をびくっとさせて小声で刹那に言葉を掛けると彼女は渚の言葉に頷く。
 

「あおいちゃん…ごめんね…本トに…ごめんね……」
「ひまりちゃん……」
(変り身早いなぁ……)

 
 控室の扉がガチャと開くと刹那は涙をポロポロ流して渚に謝罪の言葉を掛けると渚も彼女に合わせて彼女の背中をさすりながらひまりの名を呼ぶが、刹那の変わり身の早さに心の中で感心していた。
 

「あっら〜…アクアマリンちゃん。おはよう」
(…この間の!!)
「……サファイヤさん…おはよう、ございます」

 
 控室に入って来た人物は色気を含んだ声音でアクアマリンの言う名の源氏名を口にすると刹那に挨拶をする。
 まさかここで以前降谷に頼まれて調べていた人物に遭遇すると思っていなかったのか刹那は目を見開いて驚く。
 しかし、表情に出さないように気を付けてはアクアマリンのように振り舞いながらサファイヤという源氏名の彼女へ挨拶を返した。
 

「まだあんた、泣いてんの〜?慣れなさいよ」
「っ、」

 
 涙を見せている刹那にサファイヤは呆れたように言葉を零しながらポーチの中身をガサゴソと探し始めると刹那は彼女の言葉に泣くことを我慢するようなそぶりを見せた。
 

「あんたみたいなのを見てるとイライラするのよね……それに売れば売っただけ薬もらえるんだからいいじゃない」
「………」
(ストレートな物言いねー、この人…)
 

 サファイヤはポーチから口紅を取り出すと自身の唇にそれを塗りながらオブラートに言葉を包むこともせずに本来なら相手を傷つけるような言葉を紡ぎ続ける。
 その言葉に刹那は暗い表情を落とすが心の中ではサバサバした物言いに感心してはちらっと相手の表情を見ていた。
 

「……あら、見ない顔ね」
「今日から働かせて頂くことになりました…ラピスラズリです。よろしくお願いします」
「ふーん……可愛い顔してるじゃない。あたしはサファイヤ。この店のNo.2よ。よろしく」
 

 口紅を塗り終わったサファイヤはアクアマリンの傍にいる可憐な美少女に目が留まり、渚に言葉を掛けると渚ははにかんで微笑みながら自己紹介を堂々として見せた。
 サファイヤはじっと渚を見つめると彼を称賛する言葉を述べては自身の源氏名を名乗って挨拶を閉める。

 
「サファイヤさん…」
「何よ」
「あ、の……初めて客を取る時って……最初にお薬頂けるって聞いてたんですけど…」
 

 2人のやり取りを見守っていた刹那は会話が終わったのを確認すると弱々しい声音でサファイヤに言葉を掛けると彼女は眉間に皺を寄せて返事をする。
 刹那はここでは引けないため、勇気を出して聞いているかのように一生懸命言葉を紡いでサファイヤから情報を得ようとした。
 

「その通りよ。それがどうしたのよ」
「……お薬を貰わずに初めての客を取ることって…あるんですか?」


 何を今更とばかりにため息を付いてサファイヤは刹那の言葉に肯定すると刹那は俯いて表情を見えないようにしながらか細い声で更に気になっているこの店のルールを問い掛ける。
 

「……あまりないわね〜、もしそんなバカな客がいるとしたら相当金を積んでるわ」
「そう、なんですね……」
(この子に貢いでるバカは何処の誰だよ……)
 

 刹那の問いかけにサファイヤは顎に人差し指を添えて考えてはそのパターンは珍しいことだと口にすると更に客を馬鹿にするように吐き捨てるかのように言葉を続けた。
 その言葉に刹那は言葉をとぎれとぎれになりながら返事を返すが、心の中で悪態を付きながら見ず知らずのバカに毒を吐く。
 

「あんたたちそろそろ店開くんだからしっかり化粧しなさい」
「「は、はい!」」
「じゃ、あとで」

 
 サファイヤはポーチに口紅をしまうと刹那と渚に注意をして控室の扉に手を掛ける。
 2人は背筋を伸ばして彼女へ元気よく返事をするとサファイヤは扉を開けて控室から出て行った。

 
(…この店と癒着しているマフィアと繋がっている女、ね) 
「……気を引き締めていこう」
「うん」

 
 刹那は降谷に言われて調べていた情報を思い出しながら警戒しないといけない人物だと再確認するように心の中で呟くと小さな声で隣にいる渚に言葉を掛けると渚もまた刹那を見上げて真剣な顔をしては頷き、校庭の言葉を紡いだのだった。




Clover

 ―オープンまであと7分―




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