「………」
(…扱いやすいグズでありますように)
二ノ宮ひまりに扮している刹那はとある部屋の前に立っている。
部屋の扉をノックすれば演技の始まり。
刹那は少し緊張しているような顔持ちをしていた。心の声は顔と比例しておらず、毒な言葉を零している。
「失礼します…っ、」
「アクアマリンちゃあん…はぁはぁ……待っていたよ」
刹那はふぅっと息を吐いて意を決した顔をしては部屋の扉をノックし、部屋の中へと入っていった。
彼女はアクアマリンのフリをし、少し怯えているような表情を相手に向けて言葉を発する。
部屋の中で待っていたのはメガネを掛けた息荒くているふくよかな中年だった。
「……ご指名頂きまして…ありがとう、ございます…」
「そんなに怯えなくて…はぁはぁ、いいんだよぉ…」
目の前にした自身を指名した客に彼女は眉を下げて笑みを向ける。刹那は頬に冷たい汗を少し掻きながらお礼を口にした。
中年太りの客は頬を紅潮させながら彼女へ近づき、息を荒くする。
(予想以上にキモイおっさんだった…)
目の前の中年に刹那は複雑そうな笑顔を保ったまま、心の中でボヤいた。
無理もないだろう。
中年太りの客は額に脂汗もかいている。
夜道で声を掛けたら間違いなく不審者と言われてもおかしくない風貌だった。
「初めて、で……私、…すみません…」
「いいんだよ、いいんだよぉ…はあはあ……僕がぜ〜んぶ教えてあげるから…はあはあ……」
刹那は少し恥じらった表情を加えながらわざとらしく緊張している素振りをみせる。
本物のアクアマリンならそういう素振りを見せると思ったのだろう。
中年の客も彼女の素振りに違和感を感じもせずに興奮しているのか…更に息を荒くしてアクアマリンに扮している刹那の肩に腕を回した。
『無駄美人さん、こちら準備終わりました!』
「!」
肩に腕を回された刹那は頬を引き攣りながら本当ですか?と笑顔でまるで緊張が少し溶け、安堵したかのように言葉を零す。
その瞬間、彼女の耳にハメてあるインカムから女性の声が届く。
その声に刹那は反応して、客にバレないように少し口角を上げた。
「ほ〜ら、僕に身を任せて…やさぁしく…教えてあげるからね…はぁはぁ」
「本当に…?」
彼女の様子に全く気が付いていない客はベッドへと彼女を誘導し、優しく言葉をかける。
刹那は眉を下げて瞳を潤ませながら、客に問いかけた。
「本当だよぉ…僕はずっと君を狙ってたんだからね…はあはあ…」
「……ありがとうございます…でも、」
「??」
彼女の潤んだ瞳に中年太りの客はごくりと喉を鳴らし、やらしい目を彼女へ向けて本音を零す。
刹那は少し間を空けて客に向けて柔らかい笑みを向けてはお礼の言葉を掛けた。そして、次の言葉を紡ぎ出すための繋ぎ言葉を口にする。
彼女が何を言い出すのか分からない客は首を傾げて彼女の次の言葉を待った。
「そのままおひとりで眠って下さいね♡」
「っ、…!」
刹那は先程までの表情とは打って変わってまるでイタズラする子供のように笑顔になる。
客に向けてスプレーを取り出し、吹きかけた。彼女は吹きかけると同時にハンカチで鼻と口を塞ぎ、相手から離れる。
まさかそんなことをされるとも思っていなかった客は驚いた顔をして離れようとした。
しかし、彼女の吹きかけたスプレーの効果は絶大のようで中年客はその場で倒れる。
「おじさーん?」
「………」
刹那は顔から崩れ落ちるように倒れた客を見下ろすようにアクアマリンらしからぬ言葉使いで言葉をかける。
しかし、客からの応答はない。
「ゲス豚おじさーん?」
「………ぐかあー…」
刹那はもう一度言葉を少し変えて大きな声で倒れている客に声をかけた。
返事は返ってこない代わりにいびきが返ってくる。
「体臭きつくてキモイおっさーん」
「ぐがああ…」
彼女は再度、もはや暴言に聞こえる言葉で客を呼ぶが、返ってくる言葉は客のいびきだった。
「あらヤダ、イビキが返事みたい」
((そうやって遊ぶあたりカルマに似てるよなぁ…))
刹那はくすくす笑いながら客が爆睡していることを何度も確認し、確信を持った用で言葉を零す。アクアマリンを指名した客を弄ぶようにしている図が浮かぶのだろう。
その場にいないこの計画に参加している精鋭部隊のメンバーは彼女のくすくすという笑い声を聞きながら、呆れた顔で心の中でぼやくがそれを彼女が知る術はなかった。
「……ダブル眼鏡の薬は効くねぇ…効きすぎて眠る10分前後の記憶が曖昧になるとか…おっそろしいもの作ったもんだわぁ」
『作らせたのは無駄美人さんですよ』
彼女は手際良く客を縄で縛ると先程男に向けて吹きかけたスプレーを片手に感心する。
目の前で実践し、その効果の絶大さを身に染みて知ったためだろう。
しかし、彼女の発言にインカム越しから女性…萌え箱こと律が呆れたようにツッコミを入れた。
「まあ、そーなんだけど…って、この部屋の監視カメラの映像変えた?」
『はいっ!その客が以前この部屋に訪れた時の映像を加工して変えておきました』
刹那はそのツッコミに眉下げて笑いながら肯定する。
そして、話を変えるがごとくいつの間にか指示を出したのだろうかその事について律に問いかける。
律は元気よく彼女の問いかけに肯定するとこの店の監視カメラに入り込んで彼女の指示通り弄っていたようだ。
「うわぁ…嫌な仕事させてごめん、ありがとう」
『どういたしましてです…』
律がやったことを耳にした刹那は爆睡している中年が以前この部屋で行われていただろうことを想像したのか、げんなりした顔をした。
そして、申し訳なさそうに謝罪とお礼を口にする。
律は彼女の反応に苦笑いしながら言葉を返したのだった。
◇◇◇
「そう……知らない男の人に訳も分からずに連れて行かれたら働かなきゃいけなくなってたの」
「はい……」
車で移動しながら岡野と片岡は二ノ宮ひまりがあの店で働かなくてはいけなくなった経緯を聞いていたらしく岡野は眉を下げて二ノ宮ひまりの背を優しく摩って言葉を掛ける。
二ノ宮ひまりは俯き、自身の太ももに置いていた手をぎゅっと握りしめた。
(刹那の調べたとおりだったとはね…)
「でも…かっこいい人が私を指名してくれることがあって……」
車を運転していた片岡は2人の会話を聞きながら元々聞いていた刹那からの情報と一致していたことに複雑そうな表情をする。
二ノ宮ひまりは先程の強ばった表情を少し和らげながらぽつりと言葉を零した。
「かっこいい人?」
「はいっ!それでその人が必ず助けるからって……言ってくれたんです。それでずっと頑張って耐えてました」
彼女の言葉に疑問を持った岡野が眉間に皺を寄せて彼女の言葉を復唱する。二ノ宮ひまりは嬉しそうに明るい表情を見せた。
相当辛かった店での時間をどうして耐えられたのかを彼女は言葉にする。
(……警察が介入してる?)
二ノ宮ひまりを助けようとしている人物が自分たちにいると知った片岡は顎に手を添えて、ひとつの考えに辿り着く。
しかし、確証のないこの考えに彼女は眉間に皺を寄せた。
「その人はどんな容姿をしてたか分かる?」
「はいっ!1度見たらきっと忘れません!」
「「そ、そう…」」
片岡が自分の辿り着いた考えには情報が足りない。
彼女は二ノ宮ひまりにそのかっこいい人と呼ばれる人物の情報を聞き出そうとする。
彼女は彼のことが余程好意を持ったのだろう。
目を輝かせて肯定すれば、その彼女の姿に片岡と岡野は若干引き気味に言葉を零した。
「黒人…とまでは行かないんですけど、肌の色が濃くて青い目をしていて…金髪でした」
「外国人?」
「そうかなとは思ったんですけど……日本語の発音も綺麗でしたし…あ、」
二ノ宮ひまりは話題の男の容姿を思い出しながらその人物の特徴を口にする。
そこまでの情報で岡野はひとつの答えを出した。
その容姿を持つとしたら海外の血を持っているだろうと推測をしたのだろう。
二ノ宮ひまりは首をかしげ曖昧に言葉を零した。恐らく彼女も明確なことは分からないのかもしれない。
しかし、彼女は何かを思い出したかのように小さな声で言葉を零す。
「他にも何か思い出した?」
「内緒って教えて貰ったんですけど"プライベートアイ"って言ってました」
彼女の小さな声を聞き逃さなかった岡野は二ノ宮ひまりに問いかける。
彼女はぽつりと彼から聞いた言葉を自然に零した。
「プライベートアイって……探偵?」
「……なんかその条件どこかで聞いた事あるような…」
二ノ宮ひまりの言葉に片岡は眉間に皺を寄せて戸惑いの言葉を零しながら考え込む。
岡野もまた彼女から聞き出した情報に自身のこめかみに人差し指をさしながらん〜と唸り、考え込んでいた。
((まさか…!!))
そして、二人は彼女から引き出した情報で当てはまる人物を思い浮かべたようではっと息を飲み、顔を合わせる。
「その人の名前!」
「は、はい!?」
「その人の名前、聞いた!?」
片岡はガバッと二ノ宮ひまりの方を向いて簡潔に言葉を述べた。
しかし、片岡の言葉が先程よりも熱量を感じたのか彼女は驚き、どもったように返事をするだけだった。
岡野はまだ答えない彼女に催促するように片岡の言葉に続き、彼女へ問いかける。
「えっと……確か、安室透…さん、です」
((……!!))
二ノ宮ひまりは2人の気迫ある問いかけに困惑した表情を見せながらその人物の名前を思い出して口にした。
彼女達が思い浮かべていた人物と同じ名前であることに二人は目を見開いて驚きの表情を見せる。
『あー、こちら女たらしクソ野郎…そいつ来たぞ』
「「!!」」
彼女達のインカムからは戸惑ったような声で報告をする女たらしクソ野郎…前原。
彼女たちはインカムから流れてくるその情報にまた驚いた顔をした。
今話題の人物が彼女が働かされることになってしまった問題の店…Cloverへ来店したきたようだ。
『…どうするの、無駄美人』
「はあああああ〜………」
予想外の人物の来店に動揺を隠せない前原の隣で冷や汗をかいている渚は刹那へ指示を仰ぐ。
しかし、彼女から出た言葉は指示などではなく深い深いため息だった。
(どーして、こうも予定外が増えていくの…)
刹那は前原の言葉を耳にしては縄で縛られて爆睡している中年太りの客を椅子にして頭を抱えている。
予想外の人物がアクアマリンこと、二ノ宮ひまりとの関わりがあったことに眉間に皺を寄せていた。
一難去って…
―また一難―