管理室へと乗り込んできたプラチナブロンド系の金髪の男性…降谷は射抜くような青い瞳を光らせながら銃口を向ける。
向ける先は先程まで彼が心配をしていた女性の姿をしている人物だ。
「…何者だ?」
「……アクアマリン、です」
彼は獣のようにギラリと睨みながら低い声で問い掛ける。
金に近い茶色のセミロングに深い海のような青の瞳を持つ彼女は手を上げたまま眉を下げた。
アクアマリンに扮している刹那は先程までと違い、二ノ宮ひまりの声でまるで怯えたように言葉を紡ぐ。
「お前は彼女じゃない。もう一度聞く、何者だ」
「……はぁ…偽善者よ」
彼は微動だすることなく銃を構えたまま彼女の言葉を切り捨てるように言葉を吐いた。
彼女は不安そうに瞳を揺るがしている。しかし、降谷には通用しないと思ったのだろう。
刹那はため息をつきながら目を閉じると先程までの可愛らしい声から一転し、少し色気のある大人びた声で答えた。
「ふざけるのはやめろ」
「失礼ねぇ、大真面目よ」
彼女の応答が気に入らないのか降谷は彼女に近づきながら苛立ったような声音で言葉を紡ぐ。
刹那は閉じていた目をそっと開けては片眉を下げて言葉を返した。
「本物の彼女は何処だ」
「彼女なら本人の家にいるわよ」
「……」
降谷は彼女の仕草を見逃すことないようにじっと睨み続けながらアクアマリンの居場所を聞き出そうとする。
上げている手が疲れてきたのだろうか。刹那は少し両手を下げては彼の問いに答えた。
しかし、彼は彼女の言葉が信じられないのか、さらに眉間に皺を寄せて彼女に顔に穴が開きそうな勢いで見つめる。
「そんな疑いの目を向けられてもねぇ…彼女には何もしてない。本物の彼女が今日、薬を打たれる予定だったから入れ替わっただけ」
「………何故入れ替わった」
彼女はまた一つ深い溜息をしては上げているのが限界になったのか手を下ろした。
拳銃を向けられてるのにも関わらず、マウスを握ってはカチカチとPC作業をしながら言葉を紡ぐ。
降谷は慎重に話の続きを問うた。
「クライアントの秘密は守るものよ」
「……」
刹那はマウスから手を離し、USBをHDから抜くとまた新たにUSBを差し込み、口角を上げて微笑みながら言葉を返す。
降谷は油断することなく彼女の行動を黙ったまま観察するように見つめた。
「さて、こちらからも聞こうかしら……貴方の目的は何…?アクアマリン…?それとも…この店?」
「……」
彼女はまたマウスを握り、左クリックをしながら範囲指定すると囲まれた範囲を全てUSBへと移行させた。
カチャという音がしたと同時にUSBに読み込まれているパーセンテージが画面に表示される。
刹那はふぅと息を吐いて背もたれに寄りかかると降谷をじっと見つめながら今度は彼女が彼へ問いかけた。しかし、彼には彼女の意図が分からないのだろう。
無意味に情報を渡さないためなのか黙秘をする。
「……黙りじゃ分からないんだけど…あ、これ貴方にあげる」
「…っ!」
刹那は眉を下げて困った表情を浮かべながら言葉を零すと“何か”を降谷に投げた。
まさか何か投げられると思わなかったのだろう。
彼は目を見開いて投げられたモノを左手でキャッチする。
手の中にある小さな固形物に眉間にシワを寄せるとそっと手のひらにはUSBがあった。
「それ、この店の雇用情報」
「なっ、」
彼女は画面に表示されている数字をチラッと見ながら彼に投げたものの正体を口にする。
彼女の見たデスクトップに表示された画面には89%となっており、もう少しで移行完了という所だ。
彼は刹那の言葉に言葉を詰まらせ、先程以上に驚いた表情を浮かべた。
「ただし、アクアマリンのだけは抜いてある」
「……」
彼女は付け足すように言葉を紡ぐ。
先程渡したUSBの中にはアクアマリン…二ノ宮ひまりの情報が入っていないらしい。
その言葉に降谷は眉をぴくりと動かし、彼女を見つめた。
「出来れば彼女はこの店と関わりがなかった、で済ませたい」
「それはどういうことか分かっているのか」
刹那は時間を稼ぐように自身の頬にそっと手を添えながらまるでおねだりをするように言葉を零す。
彼女の動向を見ていた彼はやっと口を開き、彼女が言っている意味を理解しているのかと問いかけた。
「ええ、一部の証拠を揉み消すことになる…それも考えものでねぇ」
「……」
彼女は目を閉じて困った顔をしながら彼の言葉に同意する。そして、目をそっと開けるとチラッと彼の方に目を向けた。
降谷は彼女の口から紡ぎ出されるであろう言葉を待つ。
「だから、あの子のこと任せていい?」
「は……?」
刹那は彼に頼み込むように問いかけた。
まさか何か交渉を持ち込むように言葉を紡いでいた彼女の口から出た言葉が予想外だったのだろう。
降谷は目を見開いて素っ頓狂な声をあげる。
「あの子を巻き込んだ奴もこの店も全てを徹底的に潰すのは構わない。けれど、あの子をこれ以上苦しめる為には使わないで」
「………」
「その条件を飲めるのであればあの子のデータを渡してあげる」
彼女は真剣な目を彼に向けたまま言葉を紡いだ。その言葉はどこか彼女の強い願いが込められているようにも聞こえる。
降谷は黙ったままじっと彼女を見つめた。
彼から紡がれる言葉がないためか彼女は続けるように言葉を口にする。
いつの間にかデータのコピーが完了していたのだろう。
刹那はハードディスクからUSBを抜くと親指と人差し指で持ちながら物を見せ付けた。
どうやらアクアマリンこと二ノ宮ひまりのデータは彼女の手にあるもののようだ。
「君は…何故彼女のために…そこまでするんだ?」
「言ったでしょ、偽善者だって」
彼女の行動がまるで分からないのだろう。
降谷は銃をゆっくり下ろすと彼女へ問いかける。
彼の問いかけに刹那は目を丸くさせるとくすっと笑みを浮かべた。そして、首を傾げながらそれに対しての答えを口にする。
(彼女の目的はアクアマリンの個人情報を守るため…なのか?)
「……それで受け入れてくれるのかしら?」
今までの口ぶりだと彼女はアクアマリン一人のために動いているように聞こえる。
しかし、言葉の意味のまま捉えていいのかと別の考えが降谷には浮かんだのだろう。
彼の言葉を待つ彼女だが、一向に返答がないことに痺れを切らしたのか眉を下げ言葉をかけた。
「…分かった」
「ん、任せたわよ」
結論彼女の思惑は全てを理解することは出来なかったのだろう。
だが、アクアマリンを思う気持ちは本当だと感じたのか彼女の交渉を飲み込む。
降谷の返事にほっと息を漏らすと刹那は椅子から立ち上がり、コツコツとヒールの音を響かせ、彼に近寄った。
彼は近寄る彼女から目をそらさずに銃を仕舞い、そっと手のひらを見せるように手を差し出す。
刹那は彼の目の前に立つとアクアマリンの情報の入っているUSBを彼の手のひらにそっと置いた。
「…!」
「……先程、この店の顧客情報と裏取引のデータが送られてきた」
「……」
USBを手のひらに置いた瞬間、降谷は刹那の手首を掴む。
まさかそんな行動に出ると思わなかったのか彼女は目を見開いて驚くと彼を睨みつけた。
彼は閉じていた口を開けると数分前に公安の元に届いた情報の話を持ち出す。
彼女は腕を掴まれてることが気に食わないのだろう。
彼の整った顔を目を細めて見つめた。
「君がやったのか?」
「私は雇用情報しか弄ってないけど?」
(嘘は言ってない…というか、何この手……離しなさいよね)
彼は言葉を続け、彼女へ問いかけた。
彼女は静かに深く息を吐き出すと言葉を返す。そして、手を離せとばかりに睨み続けた。
「……君はシャナじゃないのか?」
「………シャナ?」
(…やっぱこの人、喰えないわ)
彼は自身がよく知る人物と彼女を重ねてみていたのだろう。
確信をつくように彼女の正体を暴こうと問いかける。
彼女は眉をピクリと少し動かしてまるで初めて聞く言葉のように彼の言葉をオウム返しした。
内心は冷や汗をかいてる彼女は怪訝そうに心の中でぼやく。
「違うのか?」
「…私の事ではないわね」
(今は、ね)
別人という彼女の言葉が納得出来ないのか降谷はもう一度問いかけた。
刹那は少し考え込んだフリをしては彼にキッパリ彼の考えを否定する。
今の彼女は二ノ宮ひまりであり、アクアマリンに扮している本郷刹那だ。だから、今はシャナというコードネームの立場でもない。
エンドの無駄美人という立場でいるのだから、真偽を問うならばどちらも当てはまらない。
彼女は大変素晴らしい屁理屈をかましているのだ。
「君は…一体なんなんだ」
「それは最初に答えたでしょう?偽善者だって」
訳の分からない彼女の正体に降谷は困惑した表情を浮かべる。
彼女は深い溜息を吐いては彼とこの部屋で会った冒頭答えた言葉をまた持ち出した。そして、彼に掴まれている手首をグイッと引っ張ると彼の手から解放される。
彼女は自身の手首を労わるようにもう片方の手を添えて後ろを向いた。
「それじゃ、あとはよろしく♡」
彼女は胸の谷間から例のスプレーを取り出すとくるりと降谷の方へと振り向く。そして、自身の口と鼻をハンカチで押さえてはにっこり微笑んで強力睡眠スプレーを降谷の顔面にかましたのだ。
「なっ…!ま、待て…!!」
(動けない…っ!)
彼は油断していたのだろうか。
いや、元々彼女の行動や意図を図りかねていた彼にはこの事態は予測できなかったのだろう。
顔面にスプレーをかけられたことに気がつくと息を止めるがもう遅い。
少しでも吸えばこのスプレーの餌食だ。彼はガクッと膝から崩れ落ちる。しかし、眠ることはなかった。
刹那は頬を引きつらせはこの管理室から逃げ出そうと彼に背中を向ける。
彼女を逃がすつもりがないのか重くなった体を無理やり動かそうと彼は机に掴まりながら立ち上がり、よろけながら彼女を追いかけた。
(やーっぱりね、象も寝るって言うのに起きてるよ。あの人…やっぱ化け物……)
『……烏間先生並みですね』
普段の彼の身体能力なら捕まるのも時間の問題だっただろう。しかし、今の彼では彼女を捕まえることは無に等しい。
彼女は呆れた顔をしてスプレーの効果がちゃんと発揮されなかった事実にげんなりしていた。
若干疲れた様子を見せながらも公安や店員に見つからないようにビルの上の階へと上り続ける。
管理室の監視カメラから2人のやり取りを見守っていたのだろう律は刹那の左耳のインカムから感心したようにぽつりと言葉を零した。
「そんな予感してた」
刹那は深い溜息をつく。そして、彼女の言葉に同意するようにこくりと頷くとボソッとぼやいた。
屋上までたどり着いた刹那は扉をバンッと音を立てて開ける。
『無駄美人!まだか!?』
「Complete!完全撤収!」
刹那のミッションが終わったという声を待ち続けていたのだろう。
磯貝は連絡を寄越さない彼女へ焦ったような声音で問いかけた。
その声に彼女は口角を上げてる。そして、右耳のインカムのマイクのスイッチをオンにするとこの雑草伐採作戦の終了を知らせる言葉を発したのだった。
何はともあれ
―mission complete―