27話






 住宅街にある一軒家。
 その家のドアの鍵がガチャリと音を立てた。
 当たり前のように扉を開け、家の中に入るのはスーツを着た赤髪の青年。


「もー…カルマ、また怒られるよ」
「大丈夫だって」
「もう…知らないからね」


 彼の後を追うように小柄な水色髪の中世的な人物は家の中に入るが、眉を下げ、困った表情を浮べ、先に家に入る青年を咎めるように言葉を紡いだ。しかし、カルマは飄々とした顔をして言葉を返す。
 彼曰く、問題ないらしい。
 渚はかくりと肩を落として諦めたように言葉を零すと二人はリビングへと続く廊下を歩いた。
 廊下とリビングを仕切る扉まで辿り着くとドアノブに手をかけ、リビングの中へと入って行く。


「あ、二人ともお疲れー」
「…なんだ、もう上がってたんだ」
「まー、今日やることはあんた達の依頼だけだからねー」
(今回は怒んないの……?)


 リビング…いや、その奥のキッチンで二人を待っていたのはこの家の主。刹那だ。
 しかし、勝手に鍵を開けて家に入ってきたことを怒る様子もない。
 彼女はエプロンを身に付け、キッチンで何かをしながら、二人へいたわりの言葉をかけるとカルマは意外そうな言葉をかけた。
 まだ地下の作業部屋で調べ物をしていると思っていたのだろう。
 彼女は火を止め、フライパンを持ち、皿に料理したものを移しながら、言葉を返す。
 刹那が料理をしている。
 それはめったにないことで驚くべきことなのだが、それよりも、勝手に家に上がり込んでいることに怒らない彼女に渚は戸惑いの表情を浮べた。


「暇人」
「違いますー」
「で、暇人は何してたの」


 カルマはキッチンに入ると冷蔵庫を勝手に開け、冷やされたビールを手に取り、軽口を叩くが、刹那は即座に否定する。しかし、彼にはその否定はどうでもよかったらしい。
 彼女がキッチンに立っている珍しさに首を傾げ、缶ビールのプルタブを開け、問いかけた。


「意外と早めに調べが終わったから勉強してた」
「へぇ、料理をね」
「美味しそうだね」


 彼女はカルマの問いかけに答えながら、フライパンを流しに入れ、水を出すと熱を持ったフライパンはジュワっと音を鳴らす。
 カルマはビールに口を付けながら、意味深長に言葉を零すと渚はにスンスンと匂いを嗅ぎ、感想を口にした。
 漂う調理したものの匂いは美味しそうな匂いを発しており、見た目も美味しそうに見える。


「で、成果は?」
「いつも通り、見た目は合格。味は中の下」


 カルマは冷蔵庫に寄り掛かりながら、再度問いかけた。それは作った料理の出来に対してだ。
 刹那はくるっと振り返り、キリッとした表情を浮べ、自信満々に自己評価を口にし、ジャンと手に持つ皿を見せる。
 皿の上にあるのはチンジャオロース。
 見た目や匂いはは美味しそうに見えても、味は美味しくはない。
 それを自信満々に言える彼女はある意味、凄い。


「でも、レシピ通りなんだよね」
「そうなんです」
「律」


 渚もそのことに対して驚きはしないのだろう。
 困ったように眉を下げ、事実確認をするとその場には実在していない可憐な女性の声が渚の問いに肯定した。
 渚はキッチンに出っ放しになっていた刹那のスマートフォンに目を向けるとそこにはピンク色の彼らの同級生が映る。


「私も微力ながらお手伝いさせて頂いているんですが…力及ばずで」
「律、諦めなよ。そいつの料理スキルはもはや特技といえるほど上手く作れないんだから」


 律は眉を下げ、頬に手を添えて困った表情を浮かべては残念そうに言葉を紡いだ。
 レシピ通り。
 しかも、AIである律が側にいて調理したとしても結果が変わらないのはもはや、異常と言えるだろう。
 それはもう既にカルマが分かっていたらしい。
 彼は鼻で笑うとさらりと毒を吐くように言葉を零した。


「カルマ、それ言いすぎ」
「でも、事実だから認める」
「認めちゃうの!?」


 否定しない辺り、渚も概ね同意なのだろうが、言い方があまりにも直球すぎるため、目を細め、カルマを諌めるように言葉を投げかける。だが、言われた本人は傷ついていないらしい。
 刹那は胸を張って、カルマの意見に自ら同意を示した。
 渚としてはそれはそれで、驚きのようだ。
 いや、それは誰でも驚くだろう。
 普通なら、泣くか怒るかしてもいい所なんだから。
 彼は思わず、突っ込まずにはいられなかった。


「…で、調べた結果はどうだったの?」
「はあ…せっかちだなー…じゃま、話進めると…彼女は女子高校生探偵を名乗ってるみたいだよ」


 カルマは本題に入れとばかりに彼女を急かし、問いかけると刹那は深いため息を付き、エプロンを外し、リビングのテーブルへと移動する。
 彼らも彼女の後を追い、ダイニングテーブルの前に立つと各々座った。
 彼女はテーブルに置いていた書類を彼らに向けて差し出しながら、調べた結果を口にする。


「女子高校生探偵?」
「そ、仕事用のアカウントを持ってるみたい。それでホテルを転々として暮らしてるみたいだよ」


 カルマは差し出された書類を手に取り、目を通すと渚は驚いた表情を浮べ、首を傾げた。
 刹那は腕を組み、背もたれに寄り掛かりながら、カルマが呼んでいる書類に書かれた情報を提供し続ける。


「何でホテルを転々としてんの?」
「そこらへんは全く出てこなかった」
「出なかった?」


 カルマは書類に目を通しながら、彼女の言葉を聞いていたらしい。
 彼は眉間に皺を寄せ、刹那へ問いかけると彼女は眉を下げて納得していない顔をして返答をした。
 彼女から出た言葉が信じられないのだろう。
 渚は目を見開くともう一度、聞き直すように問いかける。


「そう…監視カメラを見て分かったことはどうやら小さな女の子と一緒にホテル暮らしをしているという事だけ」
「小さな女の子って…世良さんの妹さん?」


 刹那は斜め前にいる渚に視線を向け、コクリと頷いて言葉を続けた。
 カルマはただ黙って、耳を傾けながら、書類をペラッと捲り、目を通していると初めて聞いた情報に渚は戸惑いを隠せないらしい。
 世良真純に妹がいるなんて、聞いたことがないからか、不思議そうに問いかけた。


「さあ…防犯カメラとかも見たけど、後姿しか分からなかったから…それに彼女の家族構成も中々出てこないから分からない……けど、どっかで見たことある顔だなーと思ってとある人物と解析ソフトで一致するか調べてみたんだけど……そしたら、ビンゴ。大当たり」
「「!!」」


 刹那はふぅと息を吐き、曖昧な返答をする。
 どうやら、やることはすべてやっているらしい。
 世良真純が暮らしているホテルの監視カメラをハッキングをして確認までしていたようだ。
 それでも、謎の少女の正体は分からないのは彼女にとっては不満らしく、眉間に皺を寄せている。しかし、世良真純について分かったことがあったのだろう。
 刹那はカルマから書類を取り上げるとペラペラと捲るが、読んでいる途中で取り上げられたのが、彼は不服らしく、眉間にシワを寄せ、睨みつけた。
 彼女はそんな視線を気にもせずに言葉を続け、見つけたページを二人に見せ付けるように差し出す。
 彼らは差し出されたものを覗き込むと目を見張り、息を飲んだ。


「恐らく彼女は赤井秀一の血縁者…歳からすると少し離れた兄妹ってところかな。ね、律」
「はい、DNA鑑定をしていないので断定は出来ませんが7割の確立で血縁者かと思われます」


 刹那はある人物の写真を指差し、言葉を続ける。
 彼女が指差した人物は緑の瞳と目の下の隈、短髪のオールバックに黒いニット帽を被っている男性。
 FBI所属の上、黒ずくめの組織に潜入していたが、殺されたとされた男だ。
 赤井秀一の写真の下には世良真純と写真照合した結果が記されており、その結果からの結論を彼女は口にするとスマートフォンに在住している律へ声をかける。
 彼女はスマートフォンの画面にひょいと現れると真剣な顔で刹那に同意を示し、情報を付け足した。


「…彼女がホテルを転々としている理由。そして、家族構成が見つかりにくい理由としては十分」
「……黒の組織に狙われている可能性がある、ってことだよね」
「それも断定できないけど、恐らくね」


 刹那は前のめりだった姿勢を正し、腕を組むと冷静にすべての事柄を整理し、言葉を紡ぐ。
 渚はじっと彼女の顔を見つめ、結論を確認するように言葉を口にすると刹那は首を縦に振った。


「なるほどね…もしかしたらこの小さな女の子って工藤新一と同じで薬飲んで小さくなった大人だったりして」
「可能性はないとは言いきれないですね」


 カルマはテーブルに置いていたビール缶を手に持ち、口を付けると冗談めかしてとんでもないことを言い始めるが、律は考え込むとコクリと頷き、言葉を返す。


「まあ、二人に気を付けて貰いたいのは世良真純にあんた達のことを調べられるようなことがないように…まあ、10年前のことは政府に揉み消されてるから調べても埃一つ出てこないけどね…一応、探偵ってことは一つのヒントを繋ぎ合せて答えを導く可能性もあるから慎重にして」


 彼の言葉は刹那にとっておぞましい言葉に聞こえたのだろう。
 頬を引き攣らせ、腕を摩るが、真剣な表情に戻すと高校に潜入している二人に忠告する言葉を投げかけた。


「分かった」
「りょーかい」
「律、とりあえずここまでの展開をエンドに拡散しておいて、あと烏間先生にも報告」


 二人は彼女の忠告はもっともだと感じているらしい。
 素直に、一つ返事を返すと刹那はスマートフォンにいる律に指示を出した。


「了解しました!」
「まあ、今調べられる範囲はここまでだけど、引き続き何かあるか探ってはみるから見つけたら連絡する」


 スマートフォンの中にいる彼女は元気に返事を返すと早速、刹那の指示を実行するべく、画面から姿を消す。
 彼女は深いため息を付くと再び背もたれに寄りかかり、言葉を続けた。 


「刹那は調べてて尻尾捕まえられたりしない?大丈夫?」
「女子高校生に尻尾捕まれるようなヘマはしませんよ、私のハッキングレベルはかなり高いから」


 更に深くもぐりこんで調べる。
 それに女子高校生と言えど、探偵。
 切れ者相手に大丈夫か心配になったらしい。
 渚は不安そうに眉を下げ、彼女へ問いかけると刹那はひらひらと手を横に振りながら、言葉を返した。
 自分の腕に自信があるからこそ、この余裕を見せられるのだろう。


「それ、威張ることじゃないよね」
「まあ…江戸川コナンくんが本気になったら下手したら捕まえられるかもしれないけど……今のところ、彼は私を警戒してないから大丈夫だよ」


 胸を張って自信を見せる彼女に違う不安を覚えたのか、渚は眉根を寄せ、肩の力を脱力させてツッコミを入れる。
 流石の彼女でも江戸川コナン相手には話が変わるらしいが、今はその心配もないようだ。


「出た……渚と刹那しか分かんないあれね」
「そういえば彼、どんな感じなの?」


 話を聞いていたカルマは目を細め、ぽつりと言葉を零す。
 彼が言っているのは二人が持つ、人の感情の波長を感じ取る才能だ。
 カルマには分からない感覚だからなのだろうか。若干頬には冷や汗がジワリと滲ませている。
 渚は江戸川コナンと接触したことがないようだ。
 ふと思い出したかのように彼女へ問いかける。


「んー…子供らしく振舞ってるのに神経とか波長が子供らしくない……って言ったらあの子もか」
「あの子?」


 彼女は考え込むと頭の中を巡る言葉がそのまま、口から出した。
 その言葉に納得した素振りを見せると眉を寄せ、彼女の脳裏にはもう一人の子供の姿が浮かぶ。


「あの子?」
「ああ、コナンくんと一緒にいる大人びてる女の子なんだけど………あれ、もしかして」
「……その子も関係者だったりしないよね?」


 その言葉に渚はキョトンとした顔をして、首を傾げた。
 毛利蘭、工藤新一、赤井秀一や降谷零の情報は知っていても江戸川コナンの周りの情報はエンドで共有していないのだから、彼らが知らないのも無理はない。
 知らないことを忘れてたとばかりに彼女は反応すると江戸川コナンと共に行動していることが多い小学生の女の子を思い浮かべ、説明するが、ふと嫌な予感がしたようだ。
 彼女は眉間にシワを寄せ、頬から冷や汗がたらりと伝わせる。
 彼女の言いたいことが分かった渚は同調するように顔色を青くさせると刹那へ問いかけた。


「………調べてない、怖すぎる」
「調べておいてよ」
「怖い、ヤダ」


 彼女は俯き、テーブルに肘を付くと手を組み、手の甲に額を乗せ、女性にしては低い声でポツリと零す。
 そんな刹那に対して、畳み掛けるように軽々しくとカルマは追加で情報収集を頼むのだから、彼は鬼畜だ。
 彼女は即答でその依頼を却下する言葉を返す。


「…………今なら仕方ないから夕飯作ってあげるよ……渚が」
「僕なの!?」


 1秒の間もなく、断る彼女は余程嫌なのが分かるのだろう。
 嫌なことは分かっているはずだ。
 刹那の幼なじみである彼は彼女が平凡をこよなく愛する人間なことは重々承知なのだから。
 仕方ない。
 そう言いたげなため息を零すとひとつの提案をする。しかし、その提案は彼自身に何も被害はなく、彼自身が対価を渡すわけでもなかった。
 はっきり言って被害者は渚なのだから。
 唐突に生贄にされた渚は驚き、彼に向かってツッコミを入れた。
 いくら何でもそれで依頼を受けるほど、刹那は甘くないだろう。
 そう思い、渚は断って欲しいという感情を込め、彼女に視線を向ける。


「……わーい!渚、愛してるー!頑張るー!!」
「何で乗っちゃうの!?しかもやるんだ!?」


 しかし、渚の思いは彼女には届かず。
 俯いていた顔を上げると沈んでいた感情が浮上したかのように明るい表情になっていた。
 他人の料理を食べれるのは彼女にとって嬉しいことらしい。
 目に余るほど喜びを言動で表現する刹那に渚は声を荒らげてまたツッコミを入れた。


「渚の料理と南部美人ちゃーん」
「人の話聞いて!?」


 彼女は渚のツッコミを聞く気は無いのだろう。
 ガタッと席を立つと以前、大切にしまったカルマが持ってきた日本酒を取りに行った。
 それはもう軽い足取りで。
 そんな背中に届くように渚は先程より大きな声で静止するが、届くことは無い。


(愛してるは言いすぎでしょ)


 二人のやり取りを横目で眺めていたカルマだが、自分が思った通りの流れになったというのにいまいち納得がいかないらしい。
 彼は眉を少し釣り上げ、グイッとビールを飲んでいたのだった。 




絡む糸を一つ解くと

―出てくるのは新たな問題―




ALICE+