「ふわぁ……」
大きな欠伸をし、トントンと音を立て、家の階段を下る女性。
彼女は片手にスマートフォンを持ち、頭をガシガシと掻きいていた。
刹那は眠いのか。目を細め、ぼーっとした顔をしているが、どこか不満げな表情を浮べている。
(あー……嫌なことを思い出した…余計な仕事を増やしてしまった自分が憎い……)
先日、彼女の家に訪れた友人たちに提供した情報。
それは何も問題なくすまされたが、余計な仕事を増やしてしまった自分がムカつくようだ。
眉間にシワを寄せ、後悔している。
まあ、自分以外が作った料理につられてしまったのだから、仕方ないのだが。
「まあ、カルマはブーブー言ってたけど、急がなくていいって天使の渚ちゃんが言ってくれたから言葉に甘えよ。急かされるまで寝かせよー」
調べろと言ったのは間違いなくカルマだ。しかし、その報酬を先払いでくれたのは渚だ。
刹那はそのため、依頼主を渚と定めたからカルマには不満が残ったようだが、それを見ぬふりをしたのだろう。
そのおかげでか、渚はその調べる事に関して期限を決めなかったらしい。
ずっと裏家業をしている彼女を思いやった結果なのかは彼のみぞ知ることだが、それにより刹那は心救われていたのは間違いない。
思う存分、その言葉に甘える気のようだ。
「刹那さん!」
「律?」
スマートフォンから彼女を呼ぶ可憐な声。
しかし、それはどこか焦っているような声音だった。
刹那は眉根を寄せ、スマートフォンの画面に目を向け、彼女を呼ぶ女性の名前を口にする。
「どうやら、以前のデーターを探っている動きがあるみたいです」
「以前のデーターって?」
律はいつもの柔らかく可愛らしい表情ではなく、いつになく真剣で硬い表情を浮べていた。
彼女から紡がれるその言葉は予想もしないもので刹那は眉間のシワを更に深くさせる。
「雑草伐採作戦の際、警察に送ったデータについて」
「!」
律が紡ぐそれは既に終わった件だ。だが、それを掘り出す者がいると分かれば話が変わる。
刹那もその言葉に目を見張った。
「ハッキング先を探されてるって事?」
「そういうことになりますね」
察した刹那は目を細め、問いかけると彼女はコクリと頷く。
警察に送ったデーター先を探るような人間なんて一人くらいしかいない。
「あー…降谷さんってねちっこいなー……何であんなのでモテるんだろう??顔か?顔が良ければ何でもいいのか??」
「刹那さん、話が変わってきてますよ」
刹那は、はぁーっと深いため息を付き、片手で顔を覆いながら、この場に居ない人間の悪口をぼそぼそと零した。
問題が解決したのだからほっておけばいいのに。
そう思うから出る言葉なのだろうが、話の論点がずれてきていることに律は困ったように眉を下げて指摘をする。
「でも、探られてるのは律が送ったデータだよね」
「はい」
「じゃ、探られる心配ないじゃん」
「でも、ハッキング方法は刹那さんに……というより、シャナの癖に寄せました」
「なんで!?」
ん?と視線を上に向け、考えるように言葉を零す刹那に律はコクリと頷いた。
あの作戦上、警察…公安にCloverという店のデータを送ったのは刹那ではなく、律だ。
刹那を疑われる心配はないし、疑われたとしても否定すればいい。
警察に送ったのは彼女では無いのだから、当然だ。しかし、律から紡がれた言葉は彼女の血の気を引かせるには十分。
刹那はスマホに食いつき、慌てたように声を荒らげた。
「烏間先生に言われてたんです」
「何を!?」
彼女の反応は最もだと分かっているようだ。
律は眉を下げ、困ったように微笑みを浮かべると彼女は発狂したように問いかける。
「今回、公安が絡んでいる件でもあるのでエンドの存在が今バレるのは好ましくない。だから、ハッキング方法は本郷さんに寄せてくれ……と」
「Oh……」
律はふぅと息を吐くと顔も声も烏間に似せ、彼から言われたことを彼女に伝えた。
自分の知らぬところでそんな話し合いがされていたなんて露ほどにも知らない刹那は絶望的な表情を浮かべ、外国人のように言葉を零す。
「で、でも、今回は全く形跡は残していないので……探り当てられることはないと思いますよ」
「でも、探られてるんでしょ?」
「は、はい……」
なかなか見ない彼女の表情に流石に哀れに思えたのだろう。
焦ったような表情をして、慌てて刹那を慰めるように言葉をかけるが、真っ青な顔のままの彼女は低い声でぽつりと問いかけた。
律は戸惑いながらもコクリと首を縦に振る。
「やばいなぁ…方法が一緒で、あの店で出くわしてるから疑われそ……」
「でも、エンドがバレるよりマシじゃないですか」
「律……」
「はい?」
刹那は遠い目をしては一気に疲れが押し寄せる中、頭を回転させた。
シャナに寄せたハッキング…というのは降谷が知っているハッキング方法という意味なだけで、刹那と言っても過言ではない。
その方法に寄せた上に管理室でばったりあっていることに彼女は涙目になっていた。
ポジティブ思考になるように明るく律は彼女に声をかけるが、それに刹那はまた暗い闇を抱えたような笑みを浮かべ、彼女なの名前を呼ぶ。
それに律はごくりと固唾を飲み込み、返事をした。
「いつから友人を売るような子になったの……私は悲しいよ…」
「なっ、そんなつもりは…!!も、元々は寺坂さんから個別に受けた依頼じゃないですか!!」
刹那はほろりとわざとらしい涙をほろりと流し、嘆くように言葉を零す。
自分が悪者のように紡ぐ彼女に納得いかなかったのか。律は必死に否定をし、元々の原因は刹那にあることを指摘した。
「そうなんだけどねぇ…思わず言いたくなったというか………疑われた時用の言い訳用意した方が良さそうだね」
「覚悟して用意しておいてください」
流した涙はいずこやら。
刹那は眉根をよせ、あっさりと彼女の言い分には不服そうに肯定すれば、ブツブツと思っていることをそのまま口に出す。
嫌々ではあるが、最悪の場合を考えて手を考えなければと言葉を零せば、面倒くさそうな表情を浮かべた。
FIGHT!
そう書いた看板を掲げ、律はチアガールの格好をして彼女へ言葉を紡ぐ。
「うわぁ……何その、もう問い詰められる日が近いみたいな言い方……」
「否定はしません…用意できるまでポアロに行くのも控えた方がいいかもしれませんよ」
律にそう言われるとその日が迫っているように聞こえるのだろう。
刹那はまだ起きたばかりだというのに引き返し、寝こみたいというような顔をした。
律は眉を下げ、こくりと頷き、刹那にとって最も怖い言葉を口にする。
「これ以上私の癒しを奪わないでぇぇ…」
「……降谷さんから依頼来た時に言われるかもしれませんけど」
刹那はもう平凡から遠のいていく自分の人生を恨まずにはいられないのだろうか。
そう思うと彼女は片手で顔を覆い、嘆くように涙声で訴えるが、律は更に地獄に落とすような一言を零した。
ポアロに行かずとも降谷から裏家業の依頼があれば、いくらでも連絡は来るのだから当然と言えば当然。
「それはない」
「どうしてですか?」
「それは完全に契約違反だから」
しかし、刹那はきっぱり、はっきりと否定した。
先程とは違う声音に驚きつつも律は彼女に問いかけると刹那は頭をカクンと下げ、両腕も脱力させながら、言葉を口にする。
「そこまで守りますか?」
「あの人は守ると思うんだよね…だから、今までグレーゾーンでしかこちらの情報を聞き出そうとしないんだから」
「うーん…それもそうですね」
シャナが公安に手を貸す条件はプライベートへの無干渉。
彼女の情報を調べないこと、だ。
それをした瞬間、刹那と降谷の関係は破綻する。
それが分かっていてやるような人物ではないと彼女は踏んでいるようだが、そこを信じられるのか疑問なのだろう。
律は首を傾げ、問いかけると刹那はんーっと顔を上げ、ストンストンと階段をまた降り始めながら、その根拠となる理由を述べた。
彼女から紡ぎ出されるそれは一理あるらしい。
律は眉を下げて納得を示した。
「でも、聞かれず密かに調べられてたら、それはそれで……」
「刹那さんにも怖いものあるんですね」
「………癪に障る」
「そっちですか……やっぱり怖いものなんてないんですね…」
やっと最後まで下るとそこは地下1階。
左手の扉ではなく、目の前の扉に手をかけ、ぽつりと零すが、最後まで紡がれることはなかった。
だいたいそのセリフを用いる人は怖い。
統計的にそう言うだろう。
だから、律はそれに従い、彼女にしては意外だと思いながら、刹那が紡ぐだろう言葉を代わりに口にする。しかし、その予想は大きく外れた。
彼女はガチャっと扉を開けて中に入り、ぼそっと毒を吐くように零す。
それに律は頬を引き攣らせながら、言葉を返すと額に手を当てて深いため息をついた。
長年、友人としてそばにいても彼女の怖いものが未だに知らないらしい。
あの律がないと思ってしまうくらいだから、余程だ。
「失礼な、あるわよ」
「え、あるんですか!?」
「饅頭が怖い」
刹那は部屋の中にある一台のパソコンの電源を入れ、椅子にもたれ掛かると不貞腐れたような顔をしてスマートフォンをデスクに置き、文句を垂らす。
ないと思っていたからこそ、その発言は律にとって、驚かずにはいられないようだ。
彼女は眉を下げ、怖がっているようにぽつりと何に対して怖がっているのかを口にする。
「「……………」」
彼女の発言に思わず、言葉が出ないのだろう。
律は口をぽかんと開けたまま、黙り込むと刹那は言っちゃったとばかりに両手で顔を隠した。
パソコンは起動し、パスワードを入力する画面を表示する。
「………………古典落語ですか」
「んー…反応がつまらない」
「それは私に通用しませんから」
律はからかわれたと思ったのか。彼女の言う言葉の意味を理解した律は眉を寄せ、ムッとしか表情を浮かべて言葉を零した。
そう、刹那が口にしたのは有名な古典落語「まんじゅうこわい」だ。
刹那は顔から手を離し、顔を上げると不服そうな顔をしながら、カタカタと、パスワードを入力をする。
はぁ…とため息を付きながら、律は言葉を返した。
「それもそうよね、言ったところで饅頭買えないもの」
「買えますよ」
ごめんごめん。
そう軽く謝りなながら、刹那はAIにできるはずないと言葉を口にすると彼女はそれを否定する肯定の言葉を紡ぎ、Enterを押す。
パソコンな彼女の入力したパスワードを認知し、ログインしようと動き出すと律の口からは刹那とは真逆の言葉を零した。
「へ?」
「通販は出来ますから」
「それって……仮想通貨でって?」
AIがどうやって買うのか。
いや、まさかそこで肯定の否定が来るとは誰が思うだろうか。
刹那は素っ頓狂な声を出すと律はにこっと可愛らしい笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
確かに買い物は出来るかもしれない。しかし、それを支払うお金はどうするのだろうかという疑問が生まれる。
刹那は眉を寄せ、考えるとひとつ答えが思いついたらしい。
首を傾げて問いかけた。
「いいえ。勿論、お金は刹那さん持ちです」
「大量に届けられて胃袋は満たされても懐は寒くなるって奴ね…」
しかし、それは否定された。
律はとても可愛らしい笑みを浮かべて言う言葉はとても残酷だ。
勝手に通販で買い物して知らないも刹那で済ませると言っているようなものだ。AIの彼女からすればそんなことは御茶の子さいさいってことだろう。
刹那は遠い目をして、パソコンの画面を見つめながら、その結果どうなるのかを口にするとため息を零す。
「私が怖くなりましたか?」
「そーねぇ…やっぱり日本酒が怖いかな」
「…………そうですか」
律はくすっと悪戯っ子のような笑みを浮かべると彼女に問いかけた。
刹那はんーっと唸りながら考え込むと椅子の背もたれに預けていた背を離し、前屈みになり、デスクトップにあるひとつのソフトウェアをダブルクリックしながら、あっけらかんと答える。
その答えは懲りていない証拠だ。
自分の金で買われるなら、もっと好きなものがいい。
そういうことなのだろう。
彼女にとって怖いものがますます分からなくなった律はこの会話を終了させることにしたのだった。
恐ろしい助言に
―現実逃避―