31話






 ――………ごほんっ、ドレスは持っているか?


 この質問に理解出来ずに刹那は固まっていたが、その言葉を投げかけた人の顔を見ると少々照れくさそうではあるが、至って真剣そのもの。
 それに何かしら答えなければならない。
 分かっているのはそれだけだ。


「……なんで降谷さんが私のドレス事情を把握する必要があるんです?何様気取り?」
「君に頼みたいことがあるんだ」
「だから、なんでドレスが関係してくるのよ」


 彼女は息を深く吐き出すとこめかみに手をそっと添えて冷たく問いかける。
 降谷は視線を前に戻して答えるが、それは刹那の欲しい答えにしては不十分でしかなかった。
 苛立ったように腕組んで彼女もまた前を見て小言を口にする。


「あるパーティー会場に潜入することになった」
「で?」
「パートナー同伴のパーティーでな」


 彼は簡潔に答えるが、それだけでは刹那が納得できるものではないようだ。
 催促を促すように威圧的に一言…いや、一句を口にすれば、降谷はふぅ…と息を吐き出し、更に情報を出す。


「可愛い可愛いあなたの部下に頼めばいいじゃない」
「生憎、手の空いた女性がいない」
「じゃ、女装できそうな部下に頼んで、専門外よ」


 彼女はため息をつくとあしらうように断った。
 そもそも刹那の専門はハッキングだから、当然といえば当然。
 だなしかし、都合が悪いらしい。降谷は疲れたような目をしてその理由を口にすると彼女は横目で睨みつけながら、またもや首を横に振った。


「そんな部下は持ち合わせていない。それに専門外じゃないだろう?」
「……専門外よ」
「僕が見たあの時の君は何だ?完璧だったじゃないか」


 とんでもない事を言っていると感じたのか。ブレーキを踏み、隣にいる彼女に目を向ければ、怪訝そうな顔をしてはっきりとその提案を棄却する。
 それに刹那の発言には同意できなかったらしい、わざとらしい問いかけを投げた。
 言われるだろうとは思っていたのかもしれない。彼女は動じる様子もなくしらばっくれようとしたが、彼は逃げられないように言葉を詰めた。


「………〜〜〜〜ああっ、もう……だから、知られたくなかったのに……で、なんでパーティーに乗り込むんです?」
「木下麗華……サファイヤを覚えているか?」
「あー……あの人」


 元より逃げられるなんて思ってもみなかったのだろう。
 刹那はぐしゃぐしゃと髪を掻きながら、頭を垂らして胸に溜まった毒を吐き出すとスイッチを切り替えたように問いかける。
 否、スイッチを切り替えたのではない。ただのやけくそだ。
 そんな様子の彼女もまた珍しく目にするからか、ふっと笑みを零すと降谷はとある人間の名を出す。
 覚えてるも何も調べた人間の名前だ。そうそう忘れるもんでもない。
 刹那は適当に相槌を返した。


「彼女の話によればマフィアの上層部がパーティーに乗じて裏で取引を行うそうだ」
「……ちょっと待った」
「なんだ?」


 アクセルを踏み、車が動き出すと本題へと話を進めるが、それは彼女の予想外のものだっただろう。
 ピクっと眉を動かして声をかけると彼は平然とした顔で問いかける。


「まだ潰せてないわけ?」
「……すまない」


 まるで獲物を狙う肉食のようにぎらりと光らせた目で射殺すような視線を向け、疑問を投げかける刹那はなかなかに威圧的だ。
 彼女がそうなるのは最もと言っても良いだろう。早く解決するべく手回しをして手柄をあえて、降谷に渡しているのだから。
 刹那の言い分が分かるからか、彼は申し訳なさそうに謝罪を述べる。


「……じゃあ、パーティーに便乗した取引で上層部を掴まえられたら、全てカタがつくのね?」


 素直に謝られると他に言葉が出なくなるのか、それとも無意味なやり取りをするつもりがないのか。それは分からないが、彼女は話を元に戻して要点をまとめて聞いた。


「恐らくな」
「確約が欲しいところだけど……因みにその取引の内容は?」
「まだ分からないことが多い……頼めるか?」


 あくまでも可能性が高いという曖昧な答えしか返ってこない。
 それに刹那は深いため息をついてガシガシと頭をかき、もう1つ疑問を打ち明けた。
 降谷もまたこの案件が長く続いて疲れているのか、どこか疲れた様子にも見える。
 珍しく弱々しい声音で頼むから余計そう見えるのだろう。


「はあ……OK……潜入は変装した方がいい?」
「どちらでも構わないさ」


 自分で自分の仕事を増やしてしまってる感が否めないのかもしれない。諦め混じりの吐息を吐き出すとこくりと頷き、潜入にあたっての注意を聞き出した。
 しかし、そこはあまり重要ではないのか。あっさりとした回答でしかない。


「知り合いは?」
「今のところ烏間さんが入っている位だ」


 それだけじゃ、決めようがないのだろう。
 ムッとした顔をして何かしら知っていると仮定して言葉を変えて問いかけると意外にも見知った名前が浮上してきた。


「はあ?烏間先生?」
「ああ」
「なんでよ」


 そんな話は聞いていないからこそ、余計に驚いたらしい。
 彼女は眉間に皺を寄せて首を傾げるが、彼は淡々と相槌を返すだけだ。
 理解ができない刹那は理由を催促する。


「さあ、それは君の方が詳しいんじゃないのか?」
「そんなしょっちゅう連絡取れるわけないでしょ」
「取っていないのか?」


 彼は勿体ぶるように聞き返すと彼女は不機嫌そうに辛口に言葉を吐くだけ。
 しかし、刹那から返ってきた言葉は以外に感じたのかもしれない。降谷は少し驚いたように目を見開いて純粋に不思議そうに問いかけた。


「取ってないとダメなわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「もーいいです。だいたいそのパーティーは裏で開かれてるものなの?表?」


 眼光を放ちながら、文句を言わせない威圧的な態度を取る彼女に彼は困ったような顔をして言葉を取り繕うとする。しかし、刹那は降谷よりもいち早く諦めたようだ。
 心のシャッターを素早く下ろすように切り替えをし、また問題だらけの本題へと話を戻す。


「パーティー自体は表……ということになっている」
「何その含みのある言い方は」
「招待されている人間が幅広くてな…何とも言えない」


 彼女の疑問は彼にとってあまり歓迎できないものだったのか。複雑そうな表情をしては前を見すえながら答えた。
 それは刹那もはっきりと分かったのだろう。
 確定とは言い難い言い回しに苛立ったように反応を示すと降谷は正直な現状を話す。
 つまり、そのパーティーで何が行われるのか。何があるのか。
 公安はまだ把握しきれていないということだ。


「まあ、いいわ。そこも調べましょう」
「助かる」
「で、いつなのよ。それ」


 素直に手付かずだということを言ったことが良かったのか。彼女は公安の力不足に対して文句にすることなく、あっさり面倒事を引き受けると彼はぺこっと頭を下げる。
 そして、一番重要なことを聞かされてないことに気がついた刹那は偉そうに問いかけた。
 そう、最も大事なことだ。
 潜入する為に揃えなければならないあれやこれ。それに加えて潜入先の情報を調べあげなければならないのだから当然と言えよう。


「今週の日曜だ」
「今っ、週っっっ…!!」
「…………すまない」


 降谷は観念したようにその日時を伝えれば、予想外の事実だったらしい。彼女は雷に打たれたような衝撃を覚え、叫ぶ声を抑えながらも絶望を味わった。
 1週間もない限られた時間の中で情報を集め、準備をしなければならないのだから、無理もない。
 流石に申し訳なさを感じているのか、彼にしてはしおらしく謝罪の言葉を述べた。
 

「…………空けとく。言っておくけど、同伴はするけどそれ以上のことは何もしないわよ。これでもか弱いんだから」


 やっぱり嫌だ。
 その主張を言って通ったら、どんなに楽だろうか。
 だがしかし、彼女に拒否権はない。追加された罪を野放しにすることを条件に協力を仰がれているのだから。
 自分のせいじゃないハッキングのせいで背負わなければならない複雑な心境を抱えつつも、出かけた言葉を飲み込んで渋々承諾するが、念押しとばかりに忠告をした。


(か弱いって……あそこまで潜入する人間が言うことじゃないが……)


 それは降谷にとって違和感しかないらしい。
 まあ、Cloverの件では結構深くまで潜入して潜り抜けている所を間近で見せられたのだから無理もない話だ。


「聞いてる?」
「あ、ああ……この間、僕にかけたスプレーを持って来ても構わない」
「……降谷さんに奪われたら、困るから持ってこないわよ」
「信用がないな」


 彼から返事をしない理由を露とも知らない刹那は不安気に首を傾げれば、我に返った降谷は首を縦に振り、からかうように提案をするものは彼女が逃げるために彼に向けたモノ。
 だが、その提案は刹那にとって快く受け取れるものではないようだ。
 うげっ、という顔をしてばっさりと断ると彼は残念そうに笑う。


「まあ、契約してるのにグレーゾーンを歩いて私に辿り着いたあたり信用なんてないでしょ」
「ははっ、手厳しいな」


 自分の言葉を理解して言っているんだろうか、この男は。

 内心そう思いながらも、彼女は足を組んで刺々しく言い放った。
 その言い方は最も刹那らしく感じられたのか、降谷は何処か楽しそうに笑い声を上げる。


「……送ってくださってありがとうございます」
「詳しいことはまた連絡する」
「本当に人使いが荒い……あ」
「ん?どうかしたか?」


 車は一軒家の前に止まった。
 どうやら、やっと彼女の家についたらしい。
 刹那はふぅと息を吐き、肩の力を抜くとシートベルトを外してお礼を口にする。
 その行動を見守りながら彼は言葉を返すと独り言のような小さい声でボソッと呟けば、何やら思い出したかのように顔を上げた。
 動きが止まって尚且つ顔を上げる彼女に不思議に思った彼は顔をそちらへと向ける。


「アクアマリン……二ノ宮ひまりは?」
「大丈夫だ。君の願い通りにした」
「そう……良かった」
「………」


 刹那はゆっくりと降谷の方へと顔を向けるとじっと見つめ、問いかけた。
 マフィアと繋がっている店へと騙され、連れ込まれて働かされていた被害者の高校生の名前。
 公安に全てを任せた後、調べていないということがその言葉で分かったのだろう。彼は彼女が言わんとしていることを察し、答えると刹那はほっとしたような柔らかい笑みを見せた。
 協力者になって二年という月日が経ったにもかかわらず、彼が見たことのない表情。
 それに驚き、ぽかんとした顔で眺めていた。


「それじゃ、また」
「あ、ああ……」


 しかし、当の本人はそんな顔をしている自覚があるのか、否か。
 それは分からないが、すぐさま表情を元に戻すとガチャと音を立て弱くなったと言えどもまだパラパラと降る雨の中へと足を踏み入れる。
 一瞬の出来事過ぎたからかもしれない。
 降谷は未だに戸惑ったような顔をしてなんとか返事をするとバタンとドアを閉められた。


「……」


 愛想笑いして手を振りながら、去って行く車を見送れば、その姿はすぐに見えなくなる。


「あー…ただの気分転換だってのに余計疲れた」
「へぇ、それはお疲れ様」
「本トよ……も……う??」


 見えなくなったのを確認すると彼女は右肩に左手を置き、コリをほぐすように首の筋を伸ばしながら、踵を返して家へと歩み寄り、ぽつりと零した。
 だがそれは、刹那の背後に居た人間に聞こえていたらしい。彼女へのいたわりの言葉が返ってくる。
 それはあまりにも自然だったから違和感も感じなかったのかもしれない。
 刹那はうんうんと頷きながら言葉を返して鍵を鞄から取り出すが、やっとその違和感に気が付いたようだ。
 鍵穴に鍵を入れ、カチャっという音を聞いた後に眉間にシワを寄せれば、ゆっくり後ろを振り返る。


「おかえり、刹那」
「……た、ただいま……カルマ、さん」


 そこにいるのは紺色の傘を差して突っ立っている幼馴染の姿。
 彼はふっと笑みを浮かべ、彼女へ声をかけた。
 その声音はなんとも冷たく聞こえるものだったから、驚いたのだろう。
 刹那は頬を引き攣らせながら、言葉を詰まらせつつもなんとか返す。


「なんで安室透の車に乗って帰ってくるわけ?」
(……なんだろ……)


 にこやかだが、どことなく凍えそうな寒さを感じさせる笑顔で問いかけるカルマに彼女は一歩後ろに下がった。
 それは意図してではない。本能的な直感と言っていいだろう。


「ねぇ、なんで?」
(お、怒ってらっしゃる?)


 一歩下がった分。いや、その倍以上歩み寄る彼は張り付いた笑顔を向けたまま、もう一度疑問を投げかける。
 刹那はドアに背を軽くぶつけると目の前にいる幼馴染の感情を冷静に読み取った。
 だがしかし、何故怒っているのか分かっていないのかもしれない。
 困惑した顔をして、何度も瞬きをしていたのだった。



 ――………ごほんっ、ドレスは持っているか?


 この質問に理解出来ずに刹那は固まっていたが、その言葉を投げかけた人の顔を見ると少々照れくさそうではあるが、至って真剣そのもの。
 それに何かしら答えなければならない。
 分かっているのはそれだけだ。


「……なんで降谷さんが私のドレス事情を把握する必要があるんです?何様気取り?」
「君に頼みたいことがあるんだ」
「だから、なんでドレスが関係してくるのよ」


 彼女は息を深く吐き出すとこめかみに手をそっと添えて冷たく問いかける。
 降谷は視線を前に戻して答えるが、それは刹那の欲しい答えにしては不十分でしかなかった。
 苛立ったように腕組んで彼女もまた前を見て小言を口にする。


「あるパーティー会場に潜入することになった」
「で?」
「パートナー同伴のパーティーでな」


 彼は簡潔に答えるが、それだけでは本郷が納得できるものではないようだ。
 催促を促すように威圧的に一言…いや、一句を口にすれば、降谷はふぅ…と息を吐き出し、更に情報を出す。


「可愛い可愛いあなたの部下に頼めばいいじゃない」
「生憎、手の空いた女性がいない」
「じゃ、女装できそうな部下に頼んで、専門外よ」


 彼女はため息をつくとあしらうように断った。
 そもそも刹那の専門はハッキングだから、当然といえば当然。
 だなしかし、都合が悪いらしい。降谷は疲れたような目をしてその理由を口にすると彼女は横目で睨みつけながら、またもや首を横に振った。


「そんな部下は持ち合わせていない。それに専門外じゃないだろう?」
「……専門外よ」
「僕が見たあの時の君は何だ?完璧だったじゃないか」


 とんでもない事を言っていると感じたのか。ブレーキを踏み、隣にいる彼女に目を向ければ、怪訝そうな顔をしてはっきりとその提案を棄却する。
 それに刹那の発言には同意できなかったらしい、わざとらしい問いかけを投げた。
 言われるだろうとは思っていたのかもしれない。彼女は動じる様子もなくしらばっくれようとしたが、彼は逃げられないように言葉を詰めた。


「………〜〜〜〜ああっ、もう……だから、知られたくなかったのに……で、なんでパーティーに乗り込むんです?」
「木下麗華……サファイヤを覚えているか?」
「あー……あの人」


 元より逃げられるなんて思ってもみなかったのだろう。
 刹那はぐしゃぐしゃと髪を掻きながら、頭を垂らして胸に溜まった毒を吐き出すとスイッチを切り替えたように問いかける。
 否、スイッチを切り替えたのではない。ただのやけくそだ。
 そんな様子の彼女もまた珍しく目にするからか、ふっと笑みを零すと降谷はとある人間の名を出す。
 覚えてるも何も調べた人間の名前だ。そうそう忘れるもんでもない。
 刹那は適当に相槌を返した。


「彼女の話によればマフィアの上層部がパーティーに乗じて裏で取引を行うそうだ」
「……ちょっと待った」
「なんだ?」


 アクセルを踏み、車が動き出すと本題へと話を進めるが、それは彼女の予想外のものだっただろう。
 ピクっと眉を動かして声をかけると彼は平然とした顔で問いかける。


「まだ潰せてないわけ?」
「……すまない」


 まるで獲物を狙う肉食のようにぎらりと光らせた目で射殺すような視線を向け、疑問を投げかける刹那はなかなかに威圧的だ。
 彼女がそうなるのは最もと言っても良いだろう。早く解決するべく手回しをして手柄をあえて、降谷に渡しているのだから。
 刹那の言い分が分かるからか、彼は申し訳なさそうに謝罪を述べる。


「……じゃあ、パーティーに便乗した取引で上層部を掴まえられたら、全てカタがつくのね?」


 素直に謝られると他に言葉が出なくなるのか、それとも無意味なやり取りをするつもりがないのか。それは分からないが、彼女は話を元に戻して要点をまとめて聞いた。


「恐らくな」
「確約が欲しいところだけど……因みにその取引の内容は?」
「まだ分からないことが多い……頼めるか?」


 あくまでも可能性が高いという曖昧な答えしか返ってこない。
 それに刹那は深いため息をついてガシガシと頭をかき、もう1つ疑問を打ち明けた。
 降谷もまたこの案件が長く続いて疲れているのか、どこか疲れた様子にも見える。
 珍しく弱々しい声音で頼むから余計そう見えるのだろう。


「はあ……OK……潜入は変装した方がいい?」
「どちらでも構わないさ」


 自分で自分の仕事を増やしてしまってる感が否めないのかもしれない。諦め混じりの吐息を吐き出すとこくりと頷き、潜入にあたっての注意を聞き出した。
 しかし、そこはあまり重要ではないのか。あっさりとした回答でしかない。


「知り合いは?」
「今のところ烏間さんが入っている位だ」


 それだけじゃ、決めようがないのだろう。
 ムッとした顔をして何かしら知っていると仮定して言葉を変えて問いかけると意外にも見知った名前が浮上してきた。


「はあ?烏間先生?」
「ああ」
「なんでよ」


 そんな話は聞いていないからこそ、余計に驚いたらしい。
 彼女は眉間に皺を寄せて首を傾げるが、彼は淡々と相槌を返すだけだ。
 理解ができない刹那は理由を催促する。


「さあ、それは君の方が詳しいんじゃないのか?」
「そんなしょっちゅう連絡取れるわけないでしょ」
「取っていないのか?」


 彼は勿体ぶるように聞き返すと彼女は不機嫌そうに辛口に言葉を吐くだけ。
 しかし、刹那から返ってきた言葉は以外に感じたのかもしれない。降谷は少し驚いたように目を見開いて純粋に不思議そうに問いかけた。


「取ってないとダメなわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「もーいいです。だいたいそのパーティーは裏で開かれてるものなの?表?」


 眼光を放ちながら、文句を言わせない威圧的な態度を取る彼女に彼は困ったような顔をして言葉を取り繕うとする。しかし、刹那は降谷よりもいち早く諦めたようだ。
 心のシャッターを素早く下ろすように切り替えをし、また問題だらけの本題へと話を戻す。


「パーティー自体は表……ということになっている」
「何その含みのある言い方は」
「招待されている人間が幅広くてな…何とも言えない」


 彼女の疑問は彼にとってあまり歓迎できないものだったのか。複雑そうな表情をしては前を見すえながら答えた。
 それは刹那もはっきりと分かったのだろう。
 確定とは言い難い言い回しに苛立ったように反応を示すと降谷は正直な現状を話す。
 つまり、そのパーティーで何が行われるのか。何があるのか。
 公安はまだ把握しきれていないということだ。


「まあ、いいわ。そこも調べましょう」
「助かる」
「で、いつなのよ。それ」


 素直に手付かずだということを言ったことが良かったのか。彼女は公安の力不足に対して文句にすることなく、あっさり面倒事を引き受けると彼はぺこっと頭を下げる。
 そして、一番重要なことを聞かされてないことに気がついた刹那は偉そうに問いかけた。
 そう、最も大事なことだ。
 潜入する為に揃えなければならないあれやこれ。それに加えて潜入先の情報を調べあげなければならないのだから当然と言えよう。


「今週の日曜だ」
「今っ、週っっっ…!!」
「…………すまない」


 降谷は観念したようにその日時を伝えれば、予想外の事実だったらしい。彼女は雷に打たれたような衝撃を覚え、叫ぶ声を抑えながらも絶望を味わった。
 1週間もない限られた時間の中で情報を集め、準備をしなければならないのだから、無理もない。
 流石に申し訳なさを感じているのか、彼にしてはしおらしく謝罪の言葉を述べた。
 

「…………空けとく。言っておくけど、同伴はするけどそれ以上のことは何もしないわよ。これでもか弱いんだから」


 やっぱり嫌だ。
 その主張を言って通ったら、どんなに楽だろうか。
 だがしかし、彼女に拒否権はない。追加された罪を野放しにすることを条件に協力を仰がれているのだから。
 自分のせいじゃないハッキングのせいで背負わなければならない複雑な心境を抱えつつも、出かけた言葉を飲み込んで渋々承諾するが、念押しとばかりに忠告をした。


(か弱いって……あそこまで潜入する人間が言うことじゃないが……)


 それは降谷にとって違和感しかないらしい。
 まあ、Cloverの件では結構深くまで潜入して潜り抜けている所を間近で見せられたのだから無理もない話だ。


「聞いてる?」
「あ、ああ……この間、僕にかけたスプレーを持って来ても構わない」
「……降谷さんに奪われたら、困るから持ってこないわよ」
「信用がないな」


 彼から返事をしない理由を露とも知らない刹那は不安気に首を傾げれば、我に返った降谷は首を縦に振り、からかうように提案をするものは彼女が逃げるために彼に向けたモノ。
 だが、その提案は刹那にとって快く受け取れるものではないようだ。
 うげっ、という顔をしてばっさりと断ると彼は残念そうに笑う。


「まあ、契約してるのにグレーゾーンを歩いて私に辿り着いたあたり信用なんてないでしょ」
「ははっ、手厳しいな」


 自分の言葉を理解して言っているんだろうか、この男は。

 内心そう思いながらも、彼女は足を組んで刺々しく言い放った。
 その言い方は最も刹那らしく感じられたのか、降谷は何処か楽しそうに笑い声を上げる。


「……送ってくださってありがとうございます」
「詳しいことはまた連絡する」
「本当に人使いが荒い……あ」
「ん?どうかしたか?」


 車は一軒家の前に止まった。
 どうやら、やっと彼女の家についたらしい。
 刹那はふぅと息を吐き、肩の力を抜くとシートベルトを外してお礼を口にする。
 その行動を見守りながら彼は言葉を返すと独り言のような小さい声でボソッと呟けば、何やら思い出したかのように顔を上げた。
 動きが止まって尚且つ顔を上げる彼女に不思議に思った彼は顔をそちらへと向ける。


「アクアマリン……二ノ宮ひまりは?」
「大丈夫だ。君の願い通りにした」
「そう……良かった」
「………」


 刹那はゆっくりと降谷の方へと顔を向けるとじっと見つめ、問いかけた。
 マフィアと繋がっている店へと騙され、連れ込まれて働かされていた被害者の高校生の名前。
 公安に全てを任せた後、調べていないということがその言葉で分かったのだろう。彼は彼女が言わんとしていることを察し、答えると刹那はほっとしたような柔らかい笑みを見せた。
 協力者になって二年という月日が経ったにもかかわらず、彼が見たことのない表情。
 それに驚き、ぽかんとした顔で眺めていた。


「それじゃ、また」
「あ、ああ……」


 しかし、当の本人はそんな顔をしている自覚があるのか、否か。
 それは分からないが、すぐさま表情を元に戻すとガチャと音を立て弱くなったと言えどもまだパラパラと降る雨の中へと足を踏み入れる。
 一瞬の出来事過ぎたからかもしれない。
 降谷は未だに戸惑ったような顔をしてなんとか返事をするとバタンとドアを閉められた。


「……」


 愛想笑いして手を振りながら、去って行く車を見送れば、その姿はすぐに見えなくなる。


「あー…ただの気分転換だってのに余計疲れた」
「へぇ、それはお疲れ様」
「本トよ……も……う??」


 見えなくなったのを確認すると彼女は右肩に左手を置き、コリをほぐすように首の筋を伸ばしながら、踵を返して家へと歩み寄り、ぽつりと零した。
 だがそれは、刹那の背後に居た人間に聞こえていたらしい。彼女へのいたわりの言葉が返ってくる。
 それはあまりにも自然だったから違和感も感じなかったのかもしれない。
 刹那はうんうんと頷きながら言葉を返して鍵を鞄から取り出すが、やっとその違和感に気が付いたようだ。
 鍵穴に鍵を入れ、カチャっという音を聞いた後に眉間にシワを寄せれば、ゆっくり後ろを振り返る。


「おかえり、刹那」
「……た、ただいま……カルマ、さん」


 そこにいるのは紺色の傘を差して突っ立っている幼馴染の姿。
 彼はふっと笑みを浮かべ、彼女へ声をかけた。
 その声音はなんとも冷たく聞こえるものだったから、驚いたのだろう。
 刹那は頬を引き攣らせながら、言葉を詰まらせつつもなんとか返す。


「なんで安室透の車に乗って帰ってくるわけ?」
(……なんだろ……)


 にこやかだが、どことなく凍えそうな寒さを感じさせる笑顔で問いかけるカルマに彼女は一歩後ろに下がった。
 それは意図してではない。本能的な直感と言っていいだろう。


「ねぇ、なんで?」
(お、怒ってらっしゃる?)


 一歩下がった分。いや、その倍以上歩み寄る彼は張り付いた笑顔を向けたまま、もう一度疑問を投げかける。
 刹那はドアに背を軽くぶつけると目の前にいる幼馴染の感情を冷静に読み取った。
 だがしかし、何故怒っているのか分かっていないのかもしれない。
 困惑した顔をして、何度も瞬きをしていたのだった。



ほっとするのは

 −まだまだ早いらしいー





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