32話







「……」
「話聞いてた?」
 
 
 面前にいる涼しい顔をした幼馴染の獲物を狙うかのような鋭い目に驚いてぽかんと口を開けてじっと見つめているとカルマは苛立ったように問いかける。
 
 
「聞いてるけど……何で今日に限ってピッキングしないで外にいるのよ」
「これからやるつもりだったけど、目に入ったから見てた」
 
 
 刹那は眉根を下げて困り顔をしながらも、素朴な疑問をぶつけた。
 彼はいつもなら周りなど気にせずに、家主がいようがいまいが関係なくピッキングをして家に入り込む人間。それが赤羽業だ。それなのにも関わらず、まだ何もせずに家の前にいるのは彼女からしたら、不思議で仕方ないのだろう。
 だがしかし、その質問には何とも淡白な答えが返って来た。
 
 
「あっそぉ……」
「……何、話そらしてんの?」
「そらしてないわよ」
 
 
 要はタイミングの問題。
 それが分かると疲れ切った深い息が零れ落ちる。彼女はわしゃわしゃと髪を掻きながら、納得する素振りを見せると彼は不満そうな顔をして首を傾げた。
 カルマの聞きたいことは未だ返って来ていないのだから当然の反応かもしれないが、彼女はそのつもりはなかったらしい。ムッとした顔をして反論をする。
 
 
「じゃあ、なんで」
「……アンタ、何に拘ってる訳?」
 
 
 早く答えろ。
 そう言わんばかりに催促するカルマに刹那は呆れた顔をして聞き返した。
 
 
「聞いてんん、俺だけど」
「……コーヒーが飲みたくなってポアロに行ってたの、満足?」
 
 
 しかし、返ってくる言葉はそれだけ。
 答えない限り、自分の質問に対する返答はないと理解した彼女は苛立ったように眉をぴくぴくと動かしながら答えた。
 それはもう“これで文句ないでしょ?”と言わんばかりだ。
 
 
「へえ?」
「……何を疑ってんのよ」
「あいつと付き合ってたりすんの?」
 
 
 だが、[[rb:その答え > それ]]その答えにカルマの不機嫌度は確実に上がっている。その態度に疑いがまだ腫れてないということに気が付いた刹那は睨みつけると彼は考えたくもない疑問をそのまま口に出していた。
 
 
「は?」
「っ、……」
 
 
 突拍子もない問いかけに鳩が豆鉄砲を食らったように呆けた顔をする彼女の顔を見てカルマは”しまった”とばかりに口を噤む。
 
 
「……おぞましいこと言わないでよ」
「違うの?」
 
 
 しかし、彼の反応に気が付いているのか、いないのか。いや、カルマから発せられた言葉に悪寒を覚えたからこそ、それどこではなかったのかもしれない。顔をサーっと青ざめて二の腕を抱えながら言った。
 想像の斜めを逝く反応に彼はキョトンとした顔をして首を傾げる。
 
 
「有り得ない、ないわ……あんな目立つ人間……私はひっそり平凡に過ごしたいんだから」
「………まあ、冗談はそれくらいにしておいてあげるとして……ハッカーの刹那が何処と繋がっててもおかしくないしね、一応確認しただけ」
 
 
 激しく否定するように首を横に振り、目頭を押さえてはっきりと口にした。
 彼女から返って来た答えに密かに胸を撫で下ろすと全ての疑いを冗談としてしれっと終わらせてしまうから達が悪い。
 気持ちの整理が付いたからか、カルマは冷静になったようだ。冷静に催促するように問いかける。
 何故、車で送られてくることになったのかを。
 
 
「あー、はいはい。雨降るって知らなくて傘忘れて行ったら、送ってくれたの」
「……」
「うわぁ、疑ってる」
 
 
 それを察した彼女は後頭部をガシガシと乱暴に掻いて言うが、射貫くような目を彼に向けられた。
 目だけで語りかけてくるそれに刹那は思わず肩の力を落とす。
 
 
「律がいるのに傘忘れるって意味分からないんだけど」
「その時、私の端末にいなかったの」
 
 
 エンド全員の端末に必ず彼女が存在する。ネットワークを上手く泳ぐ強い見方がいるのにも関わらず、そんなケアレスミスをすることがある不思議でならないのだろう。彼の疑いは消えることはないようだ。
 考えつく疑いを全て棄却しなければならないことに面倒くさそうにしながら、刹那は答える。
 
 
「ふーん……」
「伝え忘れたって謝られたから今ここでもいいし、口裏合わせてる心配するなら私がいないときにでも直接聞いたら?」
 
 
 まだ信じる気がないのか、どちらとも取れない曖昧な反応を示すカルマに彼女はポケットからスマートフォンを取り出して見せつけながら言った。
 
 
「……」
「でも、安室さんと関わってたとしても何も問題ないでしょ」
 
 
 証拠とばかりに取り出したそれにもう黙るしかないらしい。やっと黙ったカルマに一息つくとまた疑いを再浮上させるようなことを口にする。
 
 
「は?なんで?」
「コーヒー飲むついでに監視してあげてるんだから」
「……初耳なんだけど」
 
 
 彼は案の定眉間にシワを深く刻み、苛立った声で聞き返した。
 やっと同じ土俵で会話が出来るということを感覚的に分かると余裕が出てきたらしい。刹那はくるっと後ろを向いて家の鍵を開けて扉を開けながら、答えた。
 そんな情報はエンドで共有されていない。だからこそ、訳が分からない衝撃発言に彼は顔を強張らせた。
 
 
「黒づくめの組織に潜入してコードネームまで貰ってる人間が眠りの小五郎に近寄るなんて不思議じゃない」
「それは確かにそうだけど」
 
 
 後ろにいる人間を招き入れるように扉を開けたまま、玄関に入って靴を脱ぎながら、言葉を続ける。カルマもまた玄関へと入り、彼女の言わんとしていることに納得を示した。
 
 
「たまたま通ってた喫茶店っていこともあって烏間先生に接触しろって言われてるし」
「へぇ……」
 
 
 一段上のフローリングに上がって靴をシューズボックスに仕舞うとくるりと彼の方へと身体ごと向けて説明をする。
 烏間先生という名前が出てくると言うことはいよいよ無理矢理辻褄合わせをしているわけではないことが分かってくる。だからこそ、もうただ話を聞くことしかせず、カルマもまたフローリングに上がり、自身の靴を揃えた。
 
 
(一部隠してはいるけれど嘘は言ってない……うん、上出来)
 
 
 粗探しを止められたことを肌で感じたのだろう。刹那は胸を張りながら、心の中で呟く。
 
 
「というわけで、皆を裏切るようなことはしてないわよ」
「別にそこは疑ってない」
 
 
 うんうんと、納得したように頷きながら、腰に手を当てて言うと帰ってくるのは随分あっさりした返答だ。
 
 
「はあ……それでカルマは何の用で来たのよ」
「酒飲みに来ただけ」
「アンタね……」
 
 
 彼女は返って来た言葉にカクっと肩を落とす。
 疑っている素振りを見せる幼馴染が真逆の言葉を選ぶとは思っていなかったのだろう。調子が狂う感覚を覚えているのか、刹那はくしゃくしゃと髪を掻くとため息をする。
 やっと自分の疑問を問いかければ、ただの酒飲みだ。
 まためんどくさい依頼を持って来たのか、何か進展があってきたのかと思えば、どうでもいいことで来たと知った彼女は何度目か分からないため息を零す。
 
 
「何?」
「……何飲むのよ」
 
 
 立ち上がってもまだなお通せんぼするように廊下を塞いでいる刹那を見下ろしながら、首を傾げるカルマに彼女はもう諦めたようだ。力なく身体をくるっとリビングの方へと向けて歩き出しながら、聞く。
 
 
「どーせ、ビールしかないんでしょ」
「何でうちの冷蔵庫事情を熟知してんのよ」
「長年の付き合い」
 
 
 彼は呆れたようにポケットに手を突っ込んでぼそっと言えば、刹那は怪訝そうな顔をして見上げた。
 廊下とリビングを隔てる扉をガチャっと開ければ、適当な言葉が返ってくる。
 
 
「だからって熟知してなくてよろしい」
「ん」
「……アンタねぇ……いつも勝手に冷蔵庫開けるくせに」
 
 
 確かに幼なじみというくらいなんだから、もう20年来の付き合いではあるだろう。
 そうだったとしても、付き合ってもいないのに他人の家の冷蔵庫事情を把握しているのはいかがなものかと頭が痛くなるらしい。彼女はこめかみに手を添えて恨み言のように言うとスタスタとリビングの中に入れば、カルマもその後を追うように入って行く。
 そして、何も言わずにいつもの定位置に座った。
 
 
「ん」
「あー……もう……はいはい……」
 
 
 彼は手のひらを刹那の方に見せて、何かを催促する。
 それは勿論、ビールだ。
 何を言わなくてもそれが分かる彼女は疲弊した顔をしながら、キッチンにある冷蔵庫へと向かう。
 
 
「そういえばさぁ、」
「今度は何」
 
 
 冷蔵庫の扉をガバッと開けるとダイニングテーブルから声が聞こえてくる。
 刹那はその声に返事をしながら、お目当てのモノを探し続けた。
 
 
「降谷って人、どんな感じなの?」
「んー……安室さんは食えない人、かな」
「へぇ……」
 
 
 がさごそと探している彼女の背中をちらっと見ながら問いかける。
 カルマからその質問が来るとは覆わなかったのか。ビールを手に取ろうとする手を一瞬ピタッと止め、視線を上げて考えながら答えるとビール缶を二つ手に取った。
 簡潔に答えられたそれに彼は興味無さそうに相槌を打つ。
 
 
「笑顔の下に何か隠してるか分かんないもん、カルマに似てるんじゃない?」
「はあ?」
 
 
 冷蔵庫の扉を肘でバタンと締め、ダイニングテーブルへと戻って来ては思ったことをそのまま口にした。
 それはあまり歓迎できなければ、聞き流すことも出来なかったのだろう。
 カルマは露骨に嫌そうな顔をする。
 
 
「……まだ会ったこともないのに何で毛嫌いしてんのよ」
「別にそんなことない」
 
 
 彼はまだ降谷は書類上でしか見たことがないのにそこまで敵に出会ったかのような顔をするとは思いもしなかったらしい。刹那はキョトンとした顔をして呆れたように言葉を返し、ビールを渡す。
 カルマの心情なんて知らないのだから無理もない話なのだが、呑気な顔をしている彼女に彼は目をそらした。
 
 
「そーかねぇ……」
「…………」
 
 
 言葉をそのまま受け取って終わらせることも出来るだろうが、刹那もまた長年の付き合いでカルマの性格を知っている。
 本音を言っていないことを感じ取っているのか、彼の対面の席に座ると缶のプルタブを開けてごくごくと飲めば、カルマもまた無言でビールで喉を潤した。
 
 
「とりあえず、疑い晴れた?」
「……」
「ちょ、そこは何か答えなさいよ」
 
 
 何と気があるのだろうか。口からビールを話すタイミングまで一緒だ。
 疲れを癒す酒に先程の面倒くさい案件を一瞬忘れたのかもしれない。刹那は首を傾げて問いかけるが、彼は今だに黙秘を続けている。
 ずっとだんまりを決め込む幼馴染にテーブルに身を乗り出してツッコミを入れたのだった。
 
 
 何しに来たのか
 ―相変わらず分からない幼馴染―
 
 



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