「ふわぁ……」
青々とした空が広がっている。
そんな景色を見て出るのは欠伸だ。
欠伸をしている人物は聞こえてくる生徒の声を遠くで聞きながら、目を細める。
「カルマ、寝不足?」
そんな彼の隣にいる中性的な人物……潮田渚は不思議そうな顔をして見上げ、首を傾げた。
「んー、遅くまで飲んでたから」
「まさかと思うけど…また刹那の家?」
カルマは口を閉じると生理的に出る涙を指の腹で拭き、頷く。
飲んでいた。
その言葉でどこにいたのかを察したようだ。目を見開いて、問いかける。
「そーだけど」
当たってはいる。
だが、その聞き方に何か違和感を感じたのだろう。彼は眉をピクリと動かし、自分よりも小さな渚に視線を送った。
だから、何?
そう言いたげに。
「……カルマもめげないね」
カルマが刹那に対してどう思っているのかを知っているのか。彼は深く息を吐き、眉根を下げてぽつりと呟く。
「別に。タダ酒貰いに行ってるだけだし」
「はあ……素直にならないと何処かの誰かに取られちゃうよ?」
「……」
だが、彼は渚の言わんとしていることを問題視していないようだ。
飄々とした顔をして言い訳を言う。いや、言い訳というわけでもない。
事実を述べているだけだ。
しかし、その返答に渚は更に深いため息が付きたくなったようだ。肩を下すと諭すように親友に言葉を投げるとカルマはただ黙って目を細める。
「え、なんで睨むの」
「別に」
ただ細めるのではない。不機嫌なオーラを纏わせて威圧的に鋭い視線を送るのだ。
だからこそ、渚は眉間にシワを寄せて抗議をするが、返ってくるのは素っ気ない返事。
「……カルマ?」
「…………」
様子がおかしいと思ったのかもしれない。渚は心配そうに顔を覗き込むが、彼は黙ったまま歩き続けるだけ。
カルマは彼のいうような現場を目撃している。それを思い出したのか、彼の声は耳に入っていないようだ。
刹那に降谷と恋仲になる。もしくはなったという可能性を棄却はされているが、引っかかっていることには変わりないだろう。
だが、それを素直に打ち明けるには酒が必要なのかもしれない。
それも渚が酔って話した内容を忘れる位の酒が。
「あー、いたいた!赤羽先生ー!」
そんな二人の後ろから聞こえるのは教室でよく聞く声。
明るくはきはきした女子生徒のものだ。
「鈴木さんと毛利さん……どうかした?」
「数学で分からないところがあるんですけど教えて貰ってもいいですか?」
「ああ、いいよ。どれ?」
くるっと振り返れば、不思議そうにカルマは問いかけると蘭の腕に腕を絡めて副担に近寄る園子はもう片方の手に数学のテキストを握ってウキウキした様子でお願いをする。
潜入しているとはいえ、仕事に変わりはない。ましてや、様子を伺うように言われていた生徒の友人の接近だから、断る理由もなかったのだろう。すんなり受け入れると首を傾げた。
「出来れば、放課後に勉強会開いて欲しいんです……蘭と私に!」
「……いいですか?」
だが、彼女は今聞く気がないらしい。
蘭の腕から離れると両手を組み、キラキラした瞳を向けて懇願すると蘭もまた申し訳なさそうに眉を下げて遠慮気味に聞き返した。
二人して分からないところがあり、困っているということが窺える。
「分かった。分からないところまとめておいて」
「はーい!先生ありがとー!」
放課後に時間を取られるのは恐らく、教師としては困ることだろう。何せ、教師という職業はやることが山積みだ。
しかし、自分の恩師がやってくれていたことをやらないなんて選択肢はないのかもしれない。
今日の放課後分の時間を取られることに覚悟を決め、彼はコクリと頷き、ひらひらと手を振りながら、歩き始める。
その姿に園子と蘭はほっとした表情を浮べて嬉しそうにお礼を言った。
「赤羽先生は人気者だね」
「渚先生は男の子に人気じゃん」
「……」
渚は先を行く親友の後を追って隣に並ぶと誇らしげに笑えば、それにカルマは口角を上げて言葉を返す。
そう、二人とも生徒に人気はあるのだ。ただ、男女別れての人気があるだけの話で。
ただからかい目的で強調してるということが分かるからこそ、否定も肯定もしない。あえてするなら、ハムスターのような可愛らしい睨みをするだけだ。
「何、その顔」
「別に……それにしても毛利さんとなかなか接点は持てないね」
カルマは彼が何かしらアクションを起こすかもしれない。そう踏んだのか、にやにやした顔をすると渚は落ち着きを取り戻したようだ。息を吐いて肩を脱力させると話題を変えて眉根を下げる。
「学校ないじゃ無理があるデショ」
「まあ、そうなんだけど……」
2人の本来の目的は工藤新一の幼馴染である毛利蘭との接触。だが、一教師が一生徒と密接になるのは良くない。程よい距離を保ちながら、信頼関係を築くしかないのだ。
これほど難しいことはない。
カルマは元々長期戦覚悟の上だったのかもしれない。面倒くさそうに息を吐き出してボヤけば、渚も困った顔をした。
「オレたちはオレたちが出来ることをやればいーんじゃない」
「そうだね」
カルマはズボンのポケットに手を突っ込みながら、あっけらかんとして言う。
事実、今やれることしか人間はできない。彼の意見に納得した渚はふっと笑ってこくりと頷きたのだった。
◇◇◇
時が経つのはアッと言うまで放課後と呼ばれる時間帯になっていた。
部活動もあるからだろう。校庭からは運動部の元気な声が聞こえてくる。
「ああ!なるほど、それでこうなるのね!」
「そ、せーかい」
とある教室るのは机を二つ並べて座っている女子高校生二人とその前で椅子の背もたれを前にして寄りかかりながら教えている教師の姿だ。
園子はカルマの説明で理解が出来たらしい。嬉々とした声を上げるとペンを走らせた。
書き込む音が消えると彼女はじっとカルマの顔を見る。それに彼は懐にあった赤ペンを取り出して丸を付けた。
「赤羽先生って本当に教えるの上手だよね!」
「教師だからね」
解けなかった問題が解決したことが嬉しかったのだろう。両手を上げて喜ぶと彼を誉める。
だが、あんな化け物じみた恩師に持つ彼にとっては別に普通のことなのかもしれない。
いや、実際問題、超生物だったが。
「前の先生はそんなに上手じゃなかったよ?」
「も〜、園子ったら」
「否定しないあたり、毛利さんも素直だよね」
淡々と事実を受け入れるカルマが面白くないのか、園子は眉根を寄せて首を傾げる。
実に前任の教師に失礼極まりないセリフだが、それはまた悲しくも事実なようだ。
蘭はたしなめるように言うだけで否定はしない。
二人は素直な女の子らしい。それが分かるとカルマは呆れた様に笑った。
「あはは……先生が来る前は知り合いのお姉さんに教わってたんです」
「へぇ、それよっぽどじゃん」
指摘されたことに何も言い返す言葉を持ち合わせていないのだろう。蘭は笑って誤魔化すと正直に話すと彼は眉間にシワを寄せて感想を述べる。
ハッキリ言ってしまえば、深刻な問題だ。理解できない授業をしていたということなのだから。
しかも、分からないからこそ、教師ではなく知り合いに教えて貰えていたと生徒から聞いてしまえば、尚更かもしれない。
「最近は学校の授業だけで付いていけてますっ」
「そういう風に授業してるからね……で、そのお姉さんって何者?」
蘭は慌てて前任とカルマの授業が違うということを伝えると彼は当然とばかりに返答し、目を細めて問いかけた。
「え?」
「この学校それなりにレベル高いじゃん。それなのに難しい公式を解けるって珍しいからさ、教鞭取ってる人なのかなって」
聞かれるとは思わなかったのだろう。彼女がキョトンとした顔をするとカルマは椅子の背もたれの淵に肘を乗せ、頬杖つく。
彼の疑問は最もだ。都合よく教えられる人間が現れるだろうか。そんな考えが過ったのかもしれない。
「お仕事何してるのか教えてくれないんです」
「………毛利さん、もう少し危機感持った方がいーんじゃない?」
蘭は困ったように眉を下げて笑いながら、答えた。それはカルマが予想していた範囲なのだろう。だが、どんな人物なのか分からないのに懐いている彼女に疑問が生じたようだ。呆れた目でじっと見つめながら、冷静に指摘する。
「え、あ、刹那さんは不審者じゃないし、いい人です!」
「………は、なんて?」
疑いの目を向けられていることが分かると蘭は両手を顔のまでブンブンと振り、力説した。
ここで聞き馴染みのある名前が出てくるとは思いもしなかったのだろう。カルマは目をまん丸にさせて聞き返す。
「あ、本郷刹那さん。教えてくれてるお姉さんの名前です」
「へぇ……頭いーんだ」
「刹那さんにいっぱい教えてもらいました」
「あたしも会ってみたーい」
唐突に名前を出したから驚いている。
蘭はそう判断したようだ。ニコッと笑って嬉しげに話すとカルマはいつも通りの表情に戻して当たり障りない言葉を紡ぐ。
刹那と共に過ごす時間が楽しいのだろう。それを醸し出しながら、こくりと頷くと園子はどんな人物なのかを想像しつつ、机に倒れ込んだ。
(……そういえば、関わりありそうなこと言ってたけどそういうこと)
エンドが再結成時、毛利蘭の名前が出た時点でブツブツと呟いていた刹那を思い出す。
何を言っているのかと思ったが、どうやらあの時点でかなり密接な関係を築いていたということが、今知った彼はやっとあの時の意図を理解したようだ。
(別にオレ、教師になんなくても良かったんじゃ……いや、アイツの事だから嫌がって結局この形になるな)
降谷零元いい安室透も江戸川コナンも毛利蘭も全て刹那と密接な関係がある。
潜入なんてまどろっこしいことしなくても刹那に任せればいいという考えも働いたのだろう。彼は無意識に深い息を吐く。
「そういえばさ、赤羽先生って彼女いるんですか?」
「またその質問……」
園子はふと思い出したようにうつ伏せになっていた顔を上げて問えば、カルマはゲンナリした顔をしてあさっての方向を向いた。
「また?」
「JKってのはそういう話題好きだよね」
「色んな子に聞かれました?」
彼の呟いた言葉が気になったらしい。蘭はキョトンとした顔をして首を傾げるとカルマは後頭部をガシガシと掻きながら、呆れたように言う。
園子はその様子から相当聞かれたことを察したようだ。ニマニマした顔をしている。
「聞かれたね」
「で、どう答えたんですか?」
カルマは面倒くさそうに肯定する。
そこで終わると思っていたのだろうが、鈴木園子はそこで終わるわけが無い。キラキラと目を輝かして次の質問を投げかけた。
「鈴木さんはグイグイ来るね」
「で?で?」
「……はあ、秘密」
「え〜、それじゃつまんないじゃない」
彼は女子高校生のパワーに頬を引き攣らせながら、話を逸らそうとするが、簡単にそらされてくれるわけがない。
カルマは疲れきったため息を吐いて答えると園子は不満げに声を上げた。
「もう下校時間だし、しゅーりょー」
「ええ…」
「はい、片付けて〜」
「あはは……」
だが、カルマはこれ以上答える気は無いのだろう。腕時計で時刻を確認するともう16時半をすぎていていた。
このチャンスを逃す男ではない。彼はこれを使って居残り勉強会を強制終了を言い渡すと園子はまた文句ありげな顔をするが、カルマにはどうでもいいのかもしれない。
退散する準備を促すと二人の会話を見守っていた蘭は眉を下げて笑いながら見ている。
「あ、まだ勉強してたの?」
渋々と片付けを始めた時に教室の扉がガラッと空く。それと共に少し驚いたような中性的な声が聞こえてきた。
「渚先生」
「もう暗くなってきたから気をつけて帰ってね」
「は〜い」
蘭は驚いた顔をして名前を呼べば、彼は柔らかい笑みを浮かべて下校を促すと二人は素直に応じる。
「ありがとうございました!」
「じゃ、先生たちばいばーい!」
「さようなら」
蘭はお礼を言うと園子もまた手をブンブンと振りながら、挨拶をするとカルマも軽くてを振り返し、渚はにこやかに挨拶を返す。
二人の生徒は先生に背を向けて他愛もない会話に花を咲かせながら、遠ざかっていった。
「……JKの相手って大変だね」
「あはは、お疲れ様」
生徒たちの姿が見えなくなるとカルマは右肩に左手を置いて右首筋を伸ばすようにしながら、ボソリと呟く。
その様子に渚は労りの言葉を投げるが、どこか楽しげだ。
「渚もこれから帰り?」
「うん、そうだよ」
カルマはまた左首の筋を伸ばそうと首を反対に曲げながら、問いかけると彼は首を縦に振る。
「ふーん、じゃ、帰ろ……ん?」
首を正しい位置に戻して言葉を返そうとするとブーッブーッという音が聞こえた。
スマートフォンのバイブ音。
カルマは眉間に皺を寄せてポケットに手をツッコミ、それを取り出す。
「電話?」
「……何で?」
こんな時間に電話が来るのも珍しい。
そう思ったのか、渚は不思議そうに聞けば、カルマは眉間に寄せていたシワをさらに深く刻、表示されている電話主を彼に見せながら、問いかけた。
「さ、さあ?」
だが、渚にもそんなこと分かる訳がない。
彼も表示された名前に驚き、目を見開かせると困ったように眉を下げて首を傾げたのだった。
JKと勉強会
―そして、謎の電話―