「さーて、と」
「今日は何するんですか?」
出かける支度をするのか。部屋着をポイポイと脱ぎ、下着姿になった刹那は仁王立ちして腰に手を当てる。
彼女の視線の先はクローゼット。何をやるのかは律ですら、読めないのだろう。不思議そうに問いかけた。
「今度行くパーティーあるじゃん?」
「ありますね」
「ドレス調達に行かないと」
刹那は服を物色しながら、それに答える。
物色してると言っても着るものはもう決まっているのかもしれない。その手つきに迷いはなかった。
「あれ、ありませんでしたっけ?」
「あるけど、TPOに合わせないとでしょ」
しかし、律からすれば謎が深まるばかり。
キョトンとした顔をして小首を捻れば、刹那はジーパンに足を通してよいしょっと軽くジャンプする。
どうやら、求めているドレスは持ち合わせていないようだ。
「TPO?」
「
ますます分からないのか。律は何度も瞬きをする。
それに彼女はフッと笑みを零して、トップスを着るとパタンとクローゼットの扉を閉めた。
「…………………………つまり?」
「小道具を隠しつつ、いざという時にハニートラップ出来そうで、尚且つ武器隠せそうな服?」
だんだん読めてきているのか。否か。それは定かではないが、律の表情は眉間に皺を寄せている。
自分で答えを導くことを諦めて求めれば、何とも物騒な返答だ。
何処の暗殺者だとツッコミが返ってきてもおかしくない。
「……もうすでに何かある前提なんですね」
「だってねー……人身売買だよ」
だが、律の感想はそこではなく、何かが動く前提で行動していることに対してだった。
刹那はくるっとサイドテーブルの方へと体を向ければ、眉根を下げて困ったように言う。
「あのキャラバクラは女を騙して薬に依存するように誘導してますし、その裏にいるマフィアは使えなくなったその方達をどこかの組織と売買しているんでしたもんね」
彼女の気持ちも分からなくもないのだろう。
律もまた困ったように眉を八の字にさせて二人で調べた結果を口にした。
「薬付けの人間を金を払ってまで買おうとするんだから、何かあると思うんだよね」
「例えばなんですか?」
ストレッチをするように腕を上へ伸ばしながら、自分の考えをまとめる刹那に律はきょとんとする。
普通に考えれば、薬漬けになって使え物にならなくなった人をわざわざ金と引き換えに貰う組織なんてあるだろうか。
もし、あったとしてもろくな組織じゃない。
「人体実験、とか」
「その可能性がないわけじゃないですね」
「はぁ……胸くそ悪くなるからそうじゃない事を願うけどね」
腕をだらんと下げて言うそれはなかなかに強力だ。しかし、律もまた彼女の考えを100%否定できないと思ったのか、険しい顔をして可能性を示唆する。
刹那は深く息を吐き出して苦笑いしながら、ベッドの縁に座った。
「例のマフィアは何処と取引しようとしてるのか……が問題ですね」
「そう、それをまたあとで調べなきゃいけないけど……時間かかりそうだから先にね」
「そういうことでしたか……」
顎に手を添えて、律は次にすべき手を言う。
刹那は頷き、背中からベッドに倒れ込むとめんどくさそうにため息をついた。
パーティーまで時間は限られている。その中で全てを準備しなければならない。
そうなれば、誰だって憂鬱になるはずだ。それを察した律は納得を示した。
「いざってときはビッチ先生流の技がまさないとねー」
「色気のあるドレスってことですね!」
最悪の場合を考えたのだろう。至極、嫌そうな顔をしてゴロゴロとベッドの上を転がる。
だが、彼女の態度を見ていたにも関わらず、楽しげな声が聞こえてきた。
「……律、妙に張り切ってるね?」
「シンプルオブザベストの刹那さんを着飾れるなんて貴重ですよ!!」
明らかに、刹那の感情とは真逆に聞こえるそれに、ピクッと眉を動かしてのそっと起き上がてサイドテーブルに置いてあるスマートフォンを覗き込む。
見えるのは画面いっぱいに顔を近付けて目をキラキラ輝かせている律の姿だ。
「あれ?変なスイッチ押した?押しちゃった?」
「では、僭越ながら案内させて頂きます!」
「あ、うん」
何か、余計な事を言ってしまったんだろうか。そんな不安を覚えるのか、彼女は頬を引き付かせる。
だが、それでも律が止まることはない。張り切っている姿に、刹那は従うしかなかった。
◇◇◇
賑わうショッピングモール。
老若男女が行き交うこの場所には何百もの人間がいる。
「ねぇ、律」
「はい……」
その中の一人になった刹那は数メートル離れた先にいる人物を見て、スマートフォンの住人である同級生に声をかけた。
スマートフォンとBluetoothイヤホンは接続されているのだろう。彼女の片耳にはそれが装着されている。
声をかけられた人物はぎこちなく返事をした。
「出来れば、知り合いのいない所を案内して欲しかったな」
「すみません」
見つけたくなかった姿を見つめながら、刹那は小言を零す。これから買うものを考えれば、無理もないかもしれない。
それは律も分かったのだろう。申し訳なさそうに頭を下げた。
「逃げ――」
「あっ!刹那さーん!」
「……れなかった」
まだこちらに気が付いていない。これを使わない手はない。そう思って踵を返した時だった。
ハリのある若い大きな声で呼びかけられたのは。
聞こえないフリをするにはあまりにもタイミングが不自然すぎる。タイミングを逃した彼女は動きを止めて頭を垂らした。
「蘭ちゃん、久しぶりね」
「こんな所で会えるとは思ってませんでした!」
「うん、私も……」
くるっと後ろを振り向けば、顔を作って微笑む。そこには花が咲いたように輝かしい笑みを浮かべる女子高生がいた。彼女はどう見ても会えたことを喜んでいる。それが伝わるのだろう。
会いたくなかった。正直に言えばそれが一番の気持ちなのだろうが、純粋な笑顔に罪悪感を覚えたようだ。刹那の言葉尻は弱々しい。
「刹那さんはなんでここに?」
蘭はふと、気がついたらしい。キョトンとした顔をして首を傾げた。
それもそのはずだ。彼女と会うのはいつもポアロでだけ。バッタリ街中で会うなんてなかなかないのだ。
「ちょっと買うモノがあって……」
「ちょっとー!蘭!一人でどこ行って……」
お目当てのものはハニートラップができ、尚且つ武器を隠せそうなドレス。
それに正直に答えるには気が引けるのか、濁した。
遠くから蘭を呼び声がする。そちらへ顔を向ければ、彼女と同じ制服に身を包む女子高生の姿があった。
「お友達?」
「はい!彼女は鈴木園子でこちらは……」
「ボクは世良真純」
書類上知っている顔と知らない顔の二つ。しかし、会うのは初めてだ。だからこそ、刹那はキョトンとした顔をして首を傾げる。
それに何も疑問を抱くことは無いだろう。なんせ、当たり前のことだ。蘭はどこか嬉しそうに友人を紹介するともう一人のボーイッシュな少女は自ら名前を明かす。
(この子が世良真純……なるほど、警戒するわけだ)
凛とした声。そして、聡い、ということがもう既に顔に現れている。
それを直で目にした彼女は帝丹高校に赴任している友人二人が調査を依頼してきた理由を悟った。
「初めまして、本郷刹那です」
「ああ〜!刹那さんのことはよく蘭から聞いてます」
「え?」
「ちょ、ちょっと園子!」
刹那は胸に秘めた感想を表に出さないように上手に笑みを浮かべて挨拶をすると園子はニコニコとしながら、言う。
人懐っこい口調で言われたそれは以外だったのか。彼女は目をぱちくりさせれば、蘭は少し恥ずかしそうに友人を止めようとした。
「へぇ、話してくれるんだあ」
「も〜、刹那さんまで!」
「ごめんごめん……3人は買い物?」
微笑ましいその絵面にからかいたくなったらしい。刹那までもイタズラ顔で話にノってみせると蘭は眉を八の字にして訴える。
そんな彼女が可愛らしく見えるのか、刹那はクスクスと笑いながら謝るとこの場において妥当な質問をした。
「はい」
「ねぇねぇ、刹那さんも一緒にどうですか?」
蘭はふぅ、と息を吐いて頷けば、園子はなにか思いついたような顔をして、提案する。
その表情はまるで人懐っこい犬のように見えるから不思議だ。
(JKと買い物はキツイ……買う物が)
けれど、ここに来た目的を忘れることなかれ。
自分好みじゃないであろうドレスを買うこと。
それを女子高生と共に買うのはハードルが高い。
「ごめんね、少し時間が出来て買い物に来ただけでこの後、仕事なの」
「そっかぁ、残念」
刹那は内心冷や汗を描きながら、申し訳なさそうに断りを入れると園子は言葉通りの顔をした。
「……どうかしたの?」
「何の仕事をしてるんだ?」
(出た……この質問)
じっと見られる視線を感じ、そちらに目を向ければ、世良が猫のように見つめている。
視線に耐えきれなくなったのか、困ったような顔をして首を傾げれば、唐突な質問が返ってきた。
探偵という生き物はこの問いをしないと生きていけないのだろうか?
そんな疑問すら浮かぶ。なんせ彼女が知る限りの探偵たちに聞かれているのだ。無理もない。
「……秘密」
「……!」
刹那はウインクをしていたずらっ子のように答えた。
予想外の回答だったのか。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする世良はなんとも珍しいかもしれない。
「それじゃ、またね」
「あ、はーい」
「……」
鋭い目が印象的だったからその表情を見て可愛らしく見たのだろう。刹那はクスッと笑みを零し、3人に手を振り、踵を返した。
そんな彼女に蘭と園子は手を振り見送る。
「なんか不思議な人だったね、刹那さん」
「いつもあんな感じなんだよ」
姿が見えなくなったタイミングで零したのは園子だ。蘭から話は聞いていても実際会った印象はそれだったらしい。
それがとても面白く感じたのか、蘭はふふっと笑った。
「あの匂いどこかで……」
しかし、世良は何やら気になったことがあるようだ。
踵を返した瞬間に鼻腔をくすぐった香りに。
でも、答えはすぐ出ない。霧がかかった答えなのかもしれない。
「世良さん?」
「あ、ううん。何でもない!」
「じゃ、いこっか」
真剣な顔をして顎に手を添えてる彼女を不思議そうに覗き込むと視界に入ってくる蘭の顔にやっと意識が現実に戻ったようだ。
肩を揺らすと慌てたように両手を顔の前で振ると園子はニッと口角を上げて先陣を切る。
女子高生3人はショッピングモールの人の群れに消えていったのだった。
予想外の遭遇
―だから、求めていないんだって―