36話






「すごいわね……」
「それなりの人も来ていますから」

 パーティー会場の広さに驚き、ポツリと零す声に彼は簡単に答える。どうやら、こういう場に慣れているらしい。
 キラキラと輝くシャンデリアの下、立食用のテーブルが並べられている。そして、その上には美味しそうな食事やお酒が色を添えていた。

「ねえ、安室さん」
「なんですか?」
「まさか知り合いとかいたりしませんよね?例えば毛利さんとか」
「おや、調べてないんですか?」
 
 声をかけられると安室は前を見据えながら、反応を示す。刹那もまた同じく視線は前にしながら、不安がよぎる疑問を投げかけた。
 彼女から聞かれるとは思っていなかったのだろう。それもそのはずだ。なんせ、刹那に招待客の名簿は既に渡してあり、更に詳しく調べさせた。その上で聞いてきているのだから。
 意外そうな顔をするとからかうように聞き返す。

「調べて名前もなかったけど、念の為聞いたんです。貴方、毛利さんの弟子でしょ。一応」
「一応って……でも、そうですね。このパーティーは鈴木財閥も毛利さんも招待されていないようでしたので大丈夫ですよ。僕達の知っている名前は一つだけです」

 少し不服そうな顔をすると厭味ったらしく返す辺り、彼女らしい。困ったように笑って頷くと安心要素を引っ張り出す。けれど、すぐに気を引き締めなければならない名前が出た。
 
(……烏間先生と結局連絡取れなかったし、律もなーんか隠してるっぽいし……時間さえあれば吐かせるのに)
「それを聞いて安心しました」

 タイムリミットまでにそこまで調べられなかったからこそ、引っかかる恩師を意味する言葉。モヤモヤとした感情が湧き出るがなんとか内に秘めるが、自然と眉間にシワが寄る。でも、一瞬だ。ふっと笑って肩の力を抜く。

「何か不安要素でも?」
「毛利探偵が絡むと何かしら事件に巻き込まれそうなイメージがあったので」
「確かに毛利さんの周りでは事件が絶えませんね」

 しかし、安室は一瞬の表情を見逃すなんてことはありはしない。顔を覗き込んで問いかけると刹那はしれっと思ったことをそのまま告げた。それに彼もまた笑う。

「……笑い事じゃないと思うんですけど、……というか」
「?」

 この犯罪都市と言ってもいいんじゃないかと思うレベルで事件に遭遇する探偵に笑って済ませる公安警察はどうなんだろう。
 そんな疑問がよぎる。だからこそ、彼女は半目にして突っ込みを入れた。でも、それよりも何やら気になることがあるらしい。眉を八の字にして目で訴えるが、安室はその意図を汲められず、首を傾げた。

「私たち、くっつきすぎじゃない?」
「エスコートをしているのですから当然では?」
「……」
「でしょう?」

 さらに眉根を寄せて訴えるのはそう、距離の話。刹那の腰に回されている手にしろ、会話をしている間の顔の距離にしろすべて近いのだ。恋人ならばいざ知らず、ただパーティーの同伴として来ただけと考えると違和感を覚えるのだろう。けれど、彼はあまり気にしていないようだ。きょとんとした顔をしてこてんと首を横に倒す。
 ああ、この顔があればこの世の女性を騙せるんだな。
 それだけ納得すると黙り込んだ。これ以上追及したところでまともな回答を得られないと思ったからだ。それを知ってか知らずか、わからないが、安室は不敵に笑みを零す。
 
「……それで現場はどうするの?」
「地下駐車場で部下が待機している。その場で押える予定だ」
「どーも」

 慣れないエスコートに我慢するしかない、と腹を括ったのか。ふぅと息を吐き出すと不思議そうに問いかけた。
 パーティーの中盤で取引されることは調べがついてる。けれど、どう行動するのかはまだ聞けていなかったのだろう。
 それに安室は簡潔に答えると近寄ってきたボーイからグラスを二人は受け取ると自然と距離ができる。
 
「……じゃあ、表側にいるマフィアを監視するのが私たちの役目ってことでいいんですよね」
「ああ……」

 傍から人がいなくなったことを確認し、グラスに口付けた。何をするために来たのか、念のための確認だったのだろうが、本当にただの同伴らしい。
 彼もそれにコクリと頷くと、グラスに入ったシャンパンに舌鼓を打つ。

(烏間先生は、まあ……何とか察してくれるでしょ。あらかた事情知ってるし)

 周りを注視しながら大人しくパーティーを過ごせばいい。安室のことを考えれば、派手に動くことは出来ないのだから当然だ。彼はあまり目立っては行けないのだから。それだけを確認できればもう十分なのだろう。刹那はグラスの中でシュワシュワと弾ける泡を静かに見た。
 けれど、考えるのが面倒になったのか。くいっとグラスを傾ける。その場を適当に乗り切ろうとしているだけかもしれない。

「あれ〜?」
「…………」

 ゴクッ、と喉を上下すると聞こえてくる気の抜けた、聞き慣れたその声に、ピタリと身体が固まる。
 
「刹那じゃん、なんでいんの〜」
「…………」
「……刹那さんのお知り合いですか?」

 ギギギ、とまるで油を差してもらえてないブリキのように首を動かせば、スーツに身を包んだ幼馴染がいた。彼はグラスを片手にひらひらと手を振っている。
 なんでこの場にいるのかが分からなくて思考停止していると安室がキョトンとした顔をして小首を傾げた。パーティーに招待された人間を調べた彼女が驚いている、ということに違和感を覚えたからだろう。
 
「……中学の同級生です」
「ああ、そうでしたか。初めまして、安室透です」
「……どーも、赤羽業です」

 刹那は我に返るとジト目で幼馴染とその連れを見て紹介すると納得したらしい。彼はにこやかに笑って名乗った。
 もうすでに知ってるから名乗られなくても平気、とでも思ってるのか。カルマは随分すました顔をしていたが、軽く息を吐き出すと目を閉じて返した。

「そちらの方は……」
「ああ、彼女も同級生で……」
「潮田渚……です」

 一線引かれている、というのが肌で感じたのか。安室は微かに目を細めると彼の隣にいる小柄な女性をチラリと目を向ける。
 水色の髪が印象的な女性にその場の全員の視線が集中すると身体を緊張させていた。カルマはにやりと口角を上げると彼女の背中をポンと叩く。
 ゆっくりと上げられた顔は刹那もよく知ってる顔だ。
 
(渚……かわいそうに……また女装させられてるのね……似合ってるけど)

 全てを察した刹那は遠い目をする。またカルマのおもちゃにさせられたことに憐んだけれど、何歳になっても女装が似合う成人男性は珍しい。否、貴重だ。だからこそ、心の中で拍手喝采だ。
 
「で、何で刹那がいんの?」
「それはこっちの台詞なんだけど」
 
 カルマの気だるそうで鋭い目と交わる。何やら、苛立ちを含まれた声にも聞こえるそれに怯む彼女でもない。どこか面倒くさそうに言い返すとため息をついた。

「……オレたちは招待された人の代理。で、刹那は?」
「安室さんの付き添い」
「付き添い?」
「ええ、招待されたので刹那さんをお誘いしたんです」
 
 先に答えなければ答えない。それは彼女の特性なのか、癖なのか。それは分からないが、あっさり言えば、刹那にも催促する。
 得られた情報にどこか納得すると刹那もまたカルマと同じようにここにいる理由を述べた。でも、何故付き添いをしてるのかが二人には分からないのだろう。渚はキョトンとした顔をして聞き返すとその先は安室が答えた。

「へえ、そうだったんだ」
(……カルマの空気がどことなく痛い、のは当たり前か)
「ええ、女性同伴ということだったので」
 
 笑ってるのに目が冷ややか。否、纏ってる雰囲気が刺さるように寒い。それを1番体感してるのは渚だ。ニコニコと笑いながら、内心は涙を流している。
 けれど、カルマの心情を察してるから仕方ない、と思ってしまうのもまた事実。それに気づいているのかいないのか、まだなんとも言えないが、安室は当たり障りのない会話を続けていた。

「ふ〜ん」
「……何よ」
「別に〜……」

 ジーッと見つめてくる幼馴染の視線に居心地の悪さを覚え、睨みつける。けれど、それはあまり効果がなかった。冷静さを取り戻したかのように飄々とした態度に戻ってる。
 
「カルマ」
「はいはい……じゃあ、また」
「あ、うん」

 渚はカルマの裾をつんつんと引っ張った。それはまるで愛らしい女性がパートナーにアピールする時と酷似しており、彼は何やら納得すると手をヒラヒラと振りながら、背中を向ける。
 威圧的な瞬間もあったけど、いつも通りのカルマに瞬きしつつも、手を振り返した。
 
(シャナの顔色が悪いな)
 
 手を振る彼女の横顔を見れば、パーティー会場に入った時とは違う顔色をしている。安室はそれに疑問を持ち、目を細める。

(……どうなってんのよ…………つか、律が隠してたのこれだな?)

 けれど、そんな視線に気がつく余裕なんてなかった。彼らがこの場に来ることを知らないという事実に頭が混乱している。
 
(恐らくカルマたちは烏間先生の代理………ええ、でも、何で??)

 混乱している中でも分かることは1つ。恩師の代理であるということ。でも、何故代理を立てたのかまではまだ分からない。
 自分の預かり知らないところで何かがあるのかもしれないという不安だけが、広がった。


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 ーまず、整理からー



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