37話






「刹那さん」
「何ですか?」

 白ワインに舌鼓を打つとふいに声をかけられる。それにちらりと、視線だけ見上げれば申し訳なさそうに眉を八の字にする安室がいた。

「少し傍を離れてもいいですか?」
「……離れないようにって言ったのに」
「……」

 急にどうしたのか、不思議に思いながらも視線を交わらせれば、唐突な問いかけが降り注ぐ。
 何故、そんな事を聞かれるのか、それは分からない。でも、パーティ会場に着く前に言われた約束はどこに行ったのだと、思う自分もいたのだろう。刹那は素っ気なく顔を背けた。
 彼女がそんな反応をするとは露ほども思わなかったのかもしれない。

「ふっ……なーんてね、お好きにどーぞ?」
「……怒ってますか?」
「いいえ? 大丈夫ですよ、立食楽しんでますから」

 チラッと横目で見れば、安室にしてはマヌケ顔に見える。あの彼が目をまん丸にして黙っているのだから。
 ふっと吹き出してニヤリとイタズラ笑顔で首を傾げるから安室はパチパチと瞬きしてしまう。冗談を言う彼女に慣れてないのか、困ったようにポリポリと頬をかいて質問した。恐らく、自身でも早速約束を破っている自負があるからだろう。けれど、彼女はそんなこと気にしていないらしい。両手にある白ワインと皿に乗せられたビーフやサラダを見せつける。

「……」
「……なんです?」
「変な人について行かないでくださいね?」
「子供じゃないんですけど」

 刹那がこの場にいる理由はゼロの協力者として。緊張感を持ってもいいはずなのに、普通にパーティを楽しんでいる姿に肩の力が抜けるのか、じっと見つめた。
 その目が何を言いたいのか、恐らくいいもよではないと悟ったらしい。眉根を寄せて尋ねれば、真剣な顔で忠告されてしまった。まるで、小学生扱いだ。
 まさかの扱いにショックを受けたのかもしれない。いや、ショックと言うよりはバカにされたような感覚に拗ねたと言うべきか。彼女はキッと鋭く睨んだ。

「くすくす……失礼しました」
「本トよ、もう」
「……すぐ戻ります」
「はいはーい」

 シャナとしてではなく、等身大の彼女の反応が新鮮に感じる。だからこそ、彼もまた緊張感を持たなければならないこの場で笑みを零した。すぐに謝罪すれば、刹那は皿の上に寝ているローストビーフをフォークで刺して口元へと運ぶ。
 咀嚼する頬はリスのように膨らんでいるが本人は気にしていないようだ。安室はなにか言いたそうな顔をしたが、それを胸中に納めると真剣さを取り戻す。
 だが、彼女は相変わらずだ。もぐもぐとビーフを味わいながら、手をヒラヒラと振るだけ。
 寂しいような、頼もしいような。いや、心配の方が大きいのかもしれない。彼は後ろ髪を引かれつつも彼女の傍から離れていった。

(……1人は気楽だけど、目立つわね)

 ごくんと飲み込めば、パートナーの気配は完全に消える。けれど、ここは男女一組の招待を受けるパーティー会場だ。
 1人ぽつんと、ひたすら立食するには目立ちすぎる。チラホラと感じる視線に眉根をひそめれば、皿にフォークを置き、皿に重ねるように持っていたワイングラスを持った。
 グイッと今まで食べてたものの味を流し込むように豪快にグラスを傾ければ、グラスに入っていたアルコールは一瞬で消える。
 品の良い飲み方ではないけれど、当の本人は全く気にしていないのだろう。ふぅと、息を吐くと近くを通ったウェイトレスに空いたグラスを渡していた。

「ねえ、刹那」
「っ、……びっくりした……何よ、カルマ………と、渚ちゃん」
「……あはは、」

 背後から近寄る影。男はスっと息を吸い込むと名前を呼んだ。気が抜けていたのかもしれない。ビクッと肩を揺らして振り返れば、先程挨拶したばかりの同級生の姿だ。
 声で分かっていても不意打ちは心臓には悪い。恨めしそうに彼を睨んだ。後を追うようにして隣に立った小柄な人物が視界の隅に入り、彼女……いや、慣れに向けてにっこりと笑う。それはもちろん、からかいの意味を込められたものだ。それが見て取れるのだろう。渚は笑顔をひきつらせた。

「どーゆーわけ」
「何がよ」

 ずいっと顔を近寄らせて圧力かけるカルマに驚きながらも、動じないあたり慣れなのかもしれない。
 問われてるにしても主語が抜けてる。それで分かれというのは酷な話だ。彼女は皿に乗っかってるビーフをフォークで刺しながら聞き返せば、彼は微かに眉を動かす。

「ふ――んぐ!?」
「私をビックリさせた罰をまず受けなさい」

 苛立ったように口を開けば、音になりかけてたそれは掻き消される。もちろん、それは物理的にだ。
 何かを言おうとした2文字目を言わせないと言わんばかりに口の中に入り込むはローストビーフ。勢い余ったか、くぐもった声が出るのは致し方ない。
 でも、刹那は目を細めて白々しく言うのだ。罰にしろタイミングがあまりにも悪すぎる行動に渚はただ黙りながらも、おろおろと視線を二人の間で泳がせている。

「……」
「ったく、耳が痛いわぁ……イヤリングなんてしてくるんじゃなかった」

 カルマは口の中に突っ込まれたものを文句言うことなく、咀嚼した。
 彼女がこんな行動に出たのかを考えていると彼女はフォークを皿に置き、顔をしかめる。イヤリングを見せるように髪を耳にかけて触れた。

「「……!」」

 イヤリングを触れていた手を離し、そのまま人差し指を自身の口元に当てる。彼女のその素振りはまるでその名前を出すなと言わんばかりだ。
 考えるまでもなく、答えを教える彼女に二人は微かに瞳を丸くさせる。

「……珍しく付けてるからじゃん?」
「だってパーティーだからそれなりの格好しないとでしょ」
「まーねー」

 ごくんと、味の亡くなったビーフを飲み込むとカルマは涼しげに笑って首を傾げた。
 彼の言い分はご最もだ。慣れないものを身につけてれば違和感を覚えるのは当然のことなのだから。
 けれど、彼女はぷいっと顔を背けてそれまた正論を口にする。異論はないのか、カルマは手に持っていたグラスに口を付け、喉を潤した。

「安室さんがクライアントって言ってたけど、何してる人なの?」
「探偵やってるんだって」

 二人の会話が穏やかな方向へと落ち着いたことにほっとしたのか、渚はふぅ、と息をつく。こてんと首を倒して問いかければ、刹那はまたフォークを手に取りながら、答えた。

「へぇ、探偵ね〜」
「すごいね」

 興味なさげに適当に相槌を打つカルマを呆れたように横目に見ながらも渚は両手を合わせてこの場にいない彼を賞賛する。その姿はまるで女性そのものだ。

「どんな依頼を受けたら、ここに呼ばれんの?」
「さあ……私はただ付いて来てって言われただけだから」

 そんな姿に感心してるとまた上から声が降る。そちらを見れば、なにか伺っているシャンパンゴールドとピンクゴールドの狭間の瞳と交差した。
 その目は何度も経験してるからか、動揺を見せることはない。目を閉じて肩をすくめた。

「……それで黙って付いてきたの?」
「刹那が?」

 しかし、それが二人に疑心を与えることになった。ジーッと先程よりも突き刺さる視線が彼女に向く。
 
「……アンタたちね」
「「だって、刹那だし」」

 何も聞かず、調べず、疑わず、ただ付いてきたということを信じて貰えないとは露ほどにも思わなかったのだろう。呆れたように半目にして、眉を寄せる彼女に同じことを言う二人はやはり、息が合っている。

「それ、形容詞じゃなくて名前だから……」

 今までの身の振り方に反省したのか、刹那は深くため息を吐き出すと頭を抱えた。

 ◇◇◇
 
「…………」

 コツ、と足音が響く。用があると言って傍を離れた安室、元いい降谷はパーティー会場の廊下で聞き耳を立てていた。それは外の音ではなく、右耳に付けてるイヤホンに、だ。

(随分と仲が良いみたいだな……と言うよりもこの会話……まさか彼女がハッカーだということを知っているのか?)

 どうやら、刹那と彼らの関係を直接聞いていても額面通り受け取っていなかったらしい。様子を伺うために離れたようだが、ただ仲の良い同級生ということしか収穫がない。
 ただ、彼女の性格を知っているからか疑っている同級生たちの声を聞くと、ひとつの疑問が生じる。でも、それに答えが出ることはない。

『降谷さん』
「なんだ」
『マフィアの人間がパーティー会場の地下に現れました』
 
 左耳に付けているイヤホンからザザッ、という砂嵐が聞こえると聞き慣れた部下の声がした。スっと目を細め、要件を聞けば、緊張からか強ばった声が返ってくる。
 それもそのはず、捕まえようとしているお目当ての人物が現れたのだから。

「取引相手は?」
『まだ現れていません』
「そうか、引き続き気を引き締めてくれ」

 小さな声で問いかけるが、進展はない。それはそうだ。まだ現れたというだけで何も始まっていない。
 それが分かると短く指示をしてパーティー会場に戻るために、重い扉を片手で開ける。
 一応、ここにはクライアントに呼ばれて来た探偵だ。刹那にもそう説明している。
 齟齬が生じないよう、協力者であるクライアントを探すために人混みの中に紛れ込んだ。


 
彼女の同級生は
―いまだに謎に包まれたまま―



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