現実になりそうで






 眠そうなまなこを擦す女性は2階から1階へとゆっくり階段を下っていく。


「ふわぁ〜……良く寝た寝たぁ……あ?」


 ミカン一つ、入るんじゃないか。
 そう疑わずには入れない大きな欠伸をして、リビングに通じる扉をガチャと音を立て開ける。
 誰も居ないはずのそこには異様な光景が拡がっており、刹那は眉間に皺を寄せ、固まっていた。


「「………」」


 リビングにある4人掛けテーブルに対峙する男二人。
 一人は赤髪にくすんだ黄色の瞳をした男。もう1人は褐色の肌にプラチナブロンドの髪に青い瞳をした男。
 共通点があるとするならば、食えない人物ということと身長が大体同じくらいということだろう。
 一方はにこやかな笑みを浮かべ、もう一方は飄々とした表情を取り繕っていた。


「………」
「あ、刹那さん。おはようございます」
「起きるの遅くね〜?」


 絶対鉢合わせするはずのない二人が対峙していることに絶望を覚えたらしい。この家の主は肩の力を落とし、頭を垂らして顔面を片手で覆った。
 もはや、文句も怒りも湧いてこないのか、言葉を失っている。
 そんな彼女に気がついたようだ。
 プラチナブロンドの髪を持つ男はそちらににこっと笑顔を向ける。
 その声にもう一人の男も反応してガクッと首だけ後ろに倒し、リビングの入口で突っ立っている刹那に声をかけるが、その表情は不機嫌だ。


「………」


 寝汗とは別の嫌な汗がだらだらと流れる感覚を覚えてはいるが、声にならないらしい。
 顔色を悪くしたまま、彼女はパクパクと金魚のように口を開閉するだけだ。


「で、この方は?」
「誰、コイツ?」


 そんな刹那を他所に彼らはお互いを指差し、彼女に答えを求める。
 それも息ぴったりと言ってもいいぐらい、同時に。


(むしろ、聞きたいのは私の方……!!)


 しかし、我に返った刹那は心の中で叫ぶが、それを口にしないあたり、まだ動揺しているのかもしれない。


「あの……なんで、二人がここにいるの?」
「は?俺はいつも来てんじゃん」


 意を決して彼女は重い口を開き、彼らの様子を伺いながら、問いかけた。
 しかし、赤髪の男性から返ってきた答えはあっけらかんとしている。


「あー………いやいやいや、堂々とピッキングを宣言しないでよ」
「今更じゃん?」

 当然の如く言う彼に彼女も納得しかけたが、おかしさに気がついてツッコミを入れた。
 刹那からどういう反応が返ってくるのか、読んでいたかのように赤髪の男性はそのままの体制でへらっと笑う。


「で、降……ごほんっ、んんっ……安室さんは……」


 この男の話を聞いてばかりいても埒が明かない。
 その考えに至ったのか、もう1人いるプラチナブロンド色の髪を持つ男性にチラッと目を向け、刹那は呼びかけようとする。
 だが、彼の本名・・・・を口にする訳にいかないことに気が付き、咳払いすると改めてもうひとつの名前で呼んだ。


「刹那さんに料理を教えると約束したじゃありませんか」
「いや、だからってアポなしっておかしくないですか?私……今起きたばっかなんですけど」


 安室は表情を崩すことなく、彼もまた赤髪の男性と同じように当たり前のように答える。
 確かに料理を教える約束は一方的にされた。
 それは分かっているが、自分の今日の予定には全くそのようなものがない。つまり、アポイントメントを取らずに突撃訪問してきたということだ。
 二人とも似たり寄ったりの面倒さを感じるのか、刹那は頭を抱えながら、常識のなさを指摘する。


「もう夕方ですよ」
「基本、夜型なんです……てか、カルマ」
「ん?何?」


 しかし、彼女もまた常識とズレている。
 起きたという時刻はもう日が落ちかけている午後4時。夕方だ。
 安室は苦笑して指摘返しをすれば、刹那はため息をついて返答をする。
 そして、ずっと頭を下に向け続けている赤髪の男性の後頭部を持つと乱暴に頭を正常の位置に戻して彼の名前を呼んだ。
 カルマは正しい位置に戻され、驚きつつも返事をして彼女へ目を向ける。


「学校は?」
「仕事終わらせてきてるに決まってんじゃん」
「……渚は?」


 刹那は腰に両手を当てながら、首を傾げれば涼し気な答えが返ってきた。
 仕事終わりならば、いつもならいるはずの水色頭を連れてくるはず。それなのに今日はいない。
 その疑問に彼女は眉根を寄せて問いかけた。


「今日は予定あるんだってー」
「へぇー……」
「で、脱線してるんですが……どちら様ですか?」


 カルマは背もたれに寄りかかったまま、つまんなそうに答えると刹那は納得したように言葉を零す。
 話が一括りしたと察知した安室は保ち続ける笑みを向け、彼女に話しかけた。


「あー……幼なじみです」
「で、コイツ誰?」


 忘れてた。まだ答えてなかった。
 刹那はビクッとし、彼から視線を泳がしながら、簡潔に答える。
 ただでさえプライベートを教えたくないのに関わりある人間を紹介したくないはないだろう。当然の反応かもしれない。
 紹介された当の本人もまた彼女に鋭い目を向けてニヤリと笑いながら、安室を指した。


(知ってるくせに……)


 エンド再結成した時に情報が入ってるのだから笑彼が知らないわけがない。
 ただ安室が違和感を感じないようにするためだけに聞いている……つまりは安室対策だ。
 この状況を楽しんでいるように聞いてくるカルマにイラッとしたのか。彼女は深い溜息をつき、目を細める。


「こっちはお世話になってるカフェの人」
「へぇ、家に呼ぶくらい仲良いんだ?」


 眉をピクピクとさせて苛立ちを含んだ声音で紹介すれば、カルマは尽かさず、疑問をなげかけた。


「いや、別に仲良くは……」
「ええ、仲良くさせて頂いてます。ね、刹那さん」
「お、おお??」


 刹那はその質問自体に意味がわからず、眉間に皺を寄せて答えようとするが、それは安室によって遮られる。
 しかも、彼女が口にしようとした答えとは真逆の答えを。
 唐突のことで刹那は返事が曖昧になってしまったが、明らかに肯定とも取れる言葉だった。


「へー……そうだったんだ?」
「あー…いや、だか……」
「幼なじみだからといってピッキングするのはどうかと思いますよ」
「は?アンタには関係なくない?」


 二人の受け答えが面白くないのか。
 カルマは若干声を低くさせながら、彼女へ確認するように首を傾げると刹那は言い淀みながらも答えようとする。しかし、またもやそれも別の人物の言葉に寄って遮られた。
 安室はテーブルに両肘を付け、手の甲に顎を乗せながら、思ったことをそのまま口にしている。
 確かに彼が言っていることは何も間違っていないのだ。
 親しき中にも礼儀あり。幼なじみだからといってピッキングしていい理由にはならないのだ。
 だが、カルマの虫の居所は現在進行形で悪い。
 邪魔者を排除しかねない鋭い目を安室に向け、問いかけるが、それはもはや答えをようしていなかった。


「あ、刹那さんのストーカーなんですか?警察を呼びましょうか」
「んなわけないデショ。刹那は気にしてないから」


 人の話を聞いてないのは安室も同じようだ。ただ爽やかな笑身を浮かべながらもとんでもないことを言い始める。しかし、カルマはそんな言葉で身を引くような男でもないのだ。
 彼はバカにしたように鼻で笑う。


「いや、気にしてない訳じゃないんだ……」
「だいたいさ、アポなしで料理教えに来るって常識なくない?」
「ピッキングする人に言われたくないですよ」
「は?ケンカ売ってるわけ?」


 カルマの意見には文句があったのだろう。
 話題の中心人物である刹那は口を出そうとしたが、今日三度目の遮りと言う技を食らった。
 彼らは初対面の癖にお互いを気に入らないのかもしれない。
 キレる寸前のカルマに対し、安室は黒い笑みを浮かべて受け答えしていた。


「…………〜〜〜〜〜〜ああああああああ!もう!二人共出てけえええええええ!!」


 忘れることなかれ。
 ここは彼等の家でもなく、刹那の家。
 我慢の限界が来たらしい。彼女はワナワナと肩を震わせ、怒りを爆発させた。


「はあ……はあ……はあ……あれ?」
「お、おはようございます。刹那さん……大丈夫ですか?」
「ゆ、夢……?」


 怒りを爆発させ、肩で息を吸う刹那は冷や汗をかいている。しかし、先ほどまでいたはずの場所と転じて何故かベッドの上に居た。
 それに気が付いた彼女は眉間にシワを寄せ、首を傾げると驚いた様子でスマートフォンから顔を覗かせる律は心配そうに声をかける。
 その声ではっきりと分かったのだろう。
 全てが夢だったということを。
 安堵したように緊張していた身体の筋肉を緩ませた。


「すごい魘されてましたよ」
「いや、もう……猛烈に最悪な夢を見た……カルマと降谷さんがうちで鉢合わせする夢……」
「そ、それはお疲れ様です……」


 スマートフォンを覗き込めば、パチパチと瞬きを何度も差せて戸惑っている律の姿がある。
 額にジワリとかいている汗をぬぐい、前髪を掻き上げた。
 寝起きのせいか、それとも悪夢のせいか。
 それは分からないが、いつもより低い声で刹那は彼女の疑問に答えると察したらいい。
 律は頬を引き攣らせていたわりの言葉を投げかける。


「もーーーー!!今日は絶対良いことない!絶対家に引き籠ってやる!!」
「それ、いつもとほぼ変わりませんよ……というか、夢に近づくだけじゃないですか?」


 刹那は出づらい声を無理矢理だしながら、わしゃわしゃと髪型がボサボサになることも気にせずにかき乱せば、ジト目で白い壁を睨みつけた。
 まだ日は高く、夢とは違い青空が広がった時刻に起きている。
 今日は誰人たりとも家に入れないようにすることを決意すると律はその様子に溜息を付いた。そして、チラッとした視線を彼女に向け、夢が現実になる可能性を突き付ける。


「あああああああああ!!もう!!!!」


 AIである彼女に言われれば、更に現実味を帯びる夢のような気がしたのだろう。
 刹那は叫びながら、飛び起きると急いで服を着替え始めたのだった。
 この日1日、彼女が自分の家に戻ることがなかったのは言うまでもない。




 現実になりそうで

 −なって欲しくない夢を見た−


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