「安室さんを探してくるからまたね」
「あ、うん」
「……」
ヒラ、っと手を振って背を向ける彼女は至って普段通りだが、どこか距離を置いている。
足早に去る刹那にポカンとしつつも、見送るしかない渚の隣でカルマはスッと目を細めていた。
(パーティーに参加する予定だった烏間先生……なのに、代理を立てた)
人がだんだん集まってきて、ガヤガヤとする会場の中をゆるりと歩きながら、考えを巡らせる。
同級生たちとバッタリ遭遇して困惑したけれども、冷静に考えれば、招待されているのは烏間なのだ。
これがどういう意味なのか――と考えれば、答えはひとつしかない。
(このタイミングってことは人選的にエンド案件――……で、どーして私に情報回ってこないわけ)
誰かの目に留まることのない会場の隅へと到着するとくるりと踵を返した。半ば開いた目で会場内を漠然と見渡す。
「……」
百歩譲って代理をたてたのは良しとするにしても、仲間である自分が知らないことに疑問しかない。
本当なら、あの場で聞きたいぐらいだったが、盗聴器を身に付けているから、聞く訳にもいかない。律に聞くにしても、状況は先ほどと同じだ。機器を通して聞くことも出来るだろうが、パーティー会場でスマートフォンを弄るのは目立つ。
どちらにしろ、今すぐ情報を得るには不利なのだ。
ただでさえ得られる情報が少ないのに、イレギュラーな謎を抱えることになり、自然と眉間にシワが寄る。
(そういえば、このパーティーに参加する裏の人間はマフィア関係者とその取引相手だけだ)
皿の上に残った1枚のローストビーフを口に放り込み、ふと思い出す。
ここに怪しい存在がいるとすれば、自分たちの標的とその相手だけだということを。
(アレがマフィア側の人間だとして……)
モグモグと咀嚼し、その隊にじゅわりと出てくる肉汁に舌鼓を打ちながら、右から左、左から右へと人々を観察するけれど、彼女が知る以外の怪しい人物はいない。
巧妙にもこの場になじんでいる。
(随分らしくない人選よね……流石と言うべきかしら――……!)
チラッ、と目に入るのはどこにでもいそうなひょろっとした男。
アレがマフィアだと言われても、すぐには信じられないだろう。裏に染まっていなさそうな人の良さと育ちの良さが垣間見れる。
(まさか……まさか、よね)
口の中で味をなくした肉を飲み込んで、ふと、ある仮説が立てられた。
そんな怖い偶然ナンテ気づきたくないからこそ、余計否定したくなっているのかもしれない。
(流石に視線だけで探すのは無理あるか……やっぱ現場押さえるのが1番楽で効率的、よね)
無意識に考えることをやめたのか、強制的にやめたのかは分からない。逃げるように今やるべきことに集中するようにジーッと標的を見ている。
勿論、気取られないように、ひっそりと、獲物を狙う猫のようにだ。けれど、誰かに目配せをする様子もなければ、探す素振りさえ見せない。
加えて会場にいる人数は多い。これだけの人の意識の波を感じ取ろうにも無理がある。無謀な冒険をやめようと首を振った。
(……何を見て――!)
それでもやっぱり気になるのは、エンド案件をこさえてやって来ただろう同級生たち。その存在は大きい。
チラリ、と盗み見れば、彼らの視線はある人物に向けられており、同じように追えば、そこにはふくよかな中年男性の姿があった。
(運がいいのか、悪いのか……どっちかしら)
中年男性は友に来ていた女性の腰に手を添えながら、エスコートをしているようだが、スタイルに難がありすぎる。
ただセクハラをしているおっさんと綺麗な女性にしか見えない。けれど、彼の一瞬のスキが確信を持たせた。
足りない中で掴んだピースは全て揃った。それは喜ばしいだろう。でも、複雑な思いは隠せず、眉を八の字にして笑った。
(……動いてみましょうか)
空になった皿を近くのテーブルに置き、一歩、また一歩と歩き出す。
「そちら、頂けません?」
「どうぞ」
「ありがとう」
ボーイに声をかけて、ニコリと笑って首を傾げる。柔らかい印象を受けるその笑みにボーイもまた目を細め、トレーの上に載っている飲み物を見せるように差し出した。
赤ワインや白ワイン、オレンジジュースなどもある中、選んだのは白ワイン。グラスを取ってお礼を言うとまた迷うことない足取りで前へと進む。
「安室さん……どこかしら――きゃっ!」
「おっと……!」
キョロキョロと辺りを見渡し、探すのは同伴者。
ジッとしててくれ、と言われ、既に動いている時点ではぐれる確率なんて高いに決まっている。分かっているくせに困った、とばかりに頬に手を添えるのだから、滑稽だ。
特定の人物を探しているばかりに手元や周りに注意がいかず、起きてしまうことはある。案の定、刹那はよそ見しすぎて人とぶつかった。
持っていたグラスの手が当たったばかりにブツカッタ相手はワインを浴びる。相手も不意打ちで踊りたのだろう。目を真ん丸にさせ、声を上げている。
「ご、ごめんなさい!私ったら……!」
「……大丈夫ですよ。お嬢さんこそ濡れていませんか?」
バッと顔を上げれば、胸元が濡れているのが分かった。それに顔を青ざめるとポケットからハンカチを取り出し、拭う。
しかし、相手は怒ることもなく、ただ穏やかに彼女を落ち着かせようとしている。スーツを汚されて気分良くないだろうが、自分の事より粗相した相手の気遣いをする姿は一流の紳士と言っても過言ではない。
「私は大丈夫、です……本当にすみません。クリーニング代を――」
「いえいえ、大丈夫ですよ。白ワインは汚れも目立ちませんから」
「でも……」
柔らかい言いまわしに安堵を見せる彼女は、こくりと頷き、頭を下げた。
すぐに顔を上げて弁償を申し出ようとしたが、すぐさまに断られる。
迷惑をかけたのに断られ、はいそうですか――とは心苦しくてなれないのか。刹那は渋るが、ただ彼は穏やかに笑みを浮かべていた。
「本当に気にしなくて大丈夫ですよ」
「寛大なお心に感謝いたします」
「それでは、よい時間を」
ここまで言われてしまえば、もうただ受け入れるだけだ。
目を細め、もう一度感謝の意を込めて、お辞儀をすると彼らは踵を返した。ゆるやかに人々の間を縫って消えていく姿を見ていると彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、安室さん」
「何かありましたか?」
タイミング良く現れた彼に内心安堵するが、当の本人の顔は強張っている。
大人しくしてろ、という意味を込めて傍を離れたのに、何故こんなところにいるのか分からないのだから、致し方ない。
「ただ人とぶつかってワインを零しただけです」
「……それは反省していない人のセリフですね」
「まさか、反省してますし、謝罪もしましたよ。失礼な」
簡単にゲロっているが、当たり前のようにいう事ではない。あまりにも罪悪感を抱いていない素振りに、安室は怪訝そうな顔をしているが、刹那はムッとしてそっぽむいた。
『彼が現場移動次第、盗聴と追跡を開始します』
片方のイヤモニから聞こえてくる声に了解、とコンコンと叩く。
「それで、……何を勝手に動いてるんです?」
「あの人とぶつかったのはたまたまです」
はあ、とため息をつき、ジロリと見下ろす彼の目は、扱いに困っている子供を見ているようだ。けれど、そんなものは彼女に通じない。
(……嘘だけど)
心の中で、いたずらっこのように舌を出しているのは刹那だけが知る。
「はあ、……もし、奴らに狙われたらどうするつもりだったんだ」
「その前に助けてくれるでしょう?」
「っ、……」
グイッと顔を近づけて、眉間にシワを寄せるのはきっと彼女の身を心配しての事だろう。裏家業としてハッキングをしているといっても、それ以外は一般人と変わりない。
でも、刹那は怯えることもなく、ただ口角を上げて首を傾げた。
怖いもの知らず、というのはこういう人間なんだろう。そう思わずにはいられないのか、安室は言葉を詰まらせていた。
最後のピースは
―彼女の手のうちに―