3話






「遅い!」
「刹那さんを見つけるのどれだけ大変か分かってるじゃないか」
 

 問題の現地に三人はたどり着く。
 眼鏡をかけた長髪を一つに束ねた男が仁王立ちしていた。
 眉間に皺を寄せてはいるが眼鏡が反射して目までは見ることは適わない。その男は開口一番文句を吐き出した。
 もじゃもじゃ頭の男…太宰治は軽薄な物言いで口を開く。
 左手は腰に当て、右手の手のひらを表にみせて余裕ある態度を見せた。しかし、彼の言葉には刹那に矛先を向けるようなもの。
 非常にタチが悪い。
 それが事実だとしても、だ。


「貴女もどこほっつき歩いてるんだ!刹那さん!!」
「……元々私、暇を貰っていたいたのですが?」

 
 案の定、眼鏡を着用している男は太宰から刹那へと視線を向ける。
 矛先が変わった瞬間だ。
 彼は彼女に向かって奥歯を見せるほど大き口を開け大声を上げた。
 彼女は彼の言葉ににっこりと微笑む。
 それはとても爽やか且つ綺麗な笑みで。
 そして、ゆっくりと口を開いた。
 彼女の口から紡ぎ出された言葉は何とも威圧的。
 うっすら開いている目の奥はとても凍えるような冷たいものに感じる程だ。
 その瞳を一言で表現するならば、この一言に尽きる。
 絶対零度。


「……そ、…それは申し訳ない」
(国木田さん、刹那さんに弱いなぁ…)
「いいえ、それでどういう状況?」

 
 彼女の目に射殺されるとでも思ったのだろう。男は固唾を飲み込んだ。
 彼の眼鏡はタイミング良くズレ落ちる。
 彼は眼鏡を右手の中指で押しては謝罪の言葉を口にした。
 その場を見守っていた少年…中島敦は空気と化している。
 彼は眼鏡をかけた男性…国木田独歩を見て眉を下げて苦笑いした。
 まあ、いつもならば文句を並べて怒る。
 手帳に書かれていない!と最後に付け加えるのが彼だ。
 それが彼の性質。そんな彼がたった一言で負けるなんて稀だ。
 彼女はふぅと息を吐いて肩の力を抜き、首を傾げて国木田に問いかけた。


「依頼主の情報だととある情報を盗まれて取り返して欲しいそうだ」
「はあ?そんなもんうちに寄越さなくていいじゃない」


 国木田は腕を組みながら彼女の問いに答える。あまりにも簡素な内容に彼女は眉をひそめた。
 刹那は眉間に皺を寄せて、短く言葉を吐き捨てた。
 それはまるでこの場にいない依頼主に喧嘩を売るように。
 彼女の反応は当然のものだろう。
 何せ、武装探偵社は主に斬った張ったの荒事を領分にする軍や警察に頼れない危険な依頼を取り扱うのだ。
 情報が盗まれた位で依頼されることなんてそうそう無い。


「盗んだ組織には異能力者がいるらしいよ」
「………それでうちに……で、私はなんで休み返上になるのよ」

 
 ふっと笑う声がする。
 彼女が隣を見ると太宰が口角を上げていた。
 彼女の喧嘩を売るような声に思わず笑ったのだろう。
 どうやら、笑い声の犯人は彼のようだ。
 彼は目をそっと閉じると国木田に続くように言葉を紡ぐ。
 その言葉で何故、武装探偵社に依頼が来たのか理解は出来たようだ。
 頭の痛くなる案件に額に手を当てる。しかし、まだ彼女は納得出来ないことがあるようだ。
 彼女は有給を取っていたのだ。
 有給休暇…働く人に与えられた特権。
 それを使用したにもかかわらず無下にされたのだ。
 怒るのは無理もない。
 彼女はジト目で見て彼らに訴えかけた。


「敵がどれだけいるか分からないんですよ」
「なるほど…理解した」

 
 敦は眉下げて彼女に困った表情を浮べる。そして、彼から紡がれた言葉に彼女は深い深いため息を付くが、それを良しとはしない。
 それは当たり前だ。
 誰だって休みを取っていたのに仕事を入れられたら怒るのは自然のことだ。
 了承はするが、声音は低い。
 この理不尽な状況は納得していないことは明白だ。


「サクッと索敵してくれたまえ」
「チッ…軽く言うわね………異能力――無念無想・明月之珠」
 

 太宰はそれすら気にもしていないのだろう。
 彼は軽々しく彼女へ指示をする。
 彼女が自分より年上だということを理解しているのか謎だ。
 生意気に指示をする太宰に刹那は舌打ちをする。
 それは思った以上に響く音で不良のような舌打ちに敦は顔を青くさせた。
 彼女は太宰に文句を吐き捨てる。そして、ふぅと息を吐いて目を瞑った。
 彼女の異能力はあれば便利くらいのものだ。しかし、こういう場合には持ってこいの能力とも言えるだろう。
 彼女は異能力を発揮させた。


「いやぁ、いつ見ても便利だねぇ」
「……目の前に一人、その奥の通路に三人、上に二人、………私たちの後ろに十人ほどっ」
「いたたたたたたたたたっ…!」
 

 彼女は青みかかった白銀の光に包まれる。
 この建物周辺の意識の周波を感じられるものを全て感じ取る。
 彼女の能力というのは半径1kmの範囲にいる人物の確認。
 また人物の意識の波長を読み取る能力だ。
 その様を見ていた太宰は呑気に彼女の能力の感想を零した。
 まるで道具よような言い回しだ。
 彼女には彼の言葉が聞こえているのかいないのか分からない。
 彼女は表情に怒りも呆れも表すことがなかった。
 ただ淡々と建物周辺にいる人間の数を把握すると彼らに伝える。
 紡ぎ終える最後の単語に力が入っていた。
 言葉と同時に彼女はヒールを履いている足で何かを踏みつける。
 踏みつけたのはどうやら太宰の足だったようだ。
 まさか足を踏まれると思っていなかったのだろう。
 彼は両手を顔の前に出して痛みに耐える。顔はこれ以上ないとばかりに真っ青だ。
 どうやら道具のような感想をした彼の言葉は彼女の耳にちゃんと届いていたようだ。


「って、バレてるんてますか!?」
「そーゆーことだね…ま、後ろは任せて先進んで」


 彼の痛がる声は完全に空気と化した。
 つまり、その場にいる彼以外の人間は無視を決め込んでいる。
 敦は彼の心配なぞせずに、この場所に潜伏していることが相手側にバレていることに驚き、目を見開いた。
 何とも冷たい後輩だろうか。
 いや、太宰の常日頃の行いのせいだというのはお分かりだろう。
 彼女は太宰の煩い声に怪訝そうにすれば踏んでいた足から彼女の足をどかす。
 刹那は敦が戸惑いながら問いかける言葉に冷静に肯定した。
 彼の背中をぽんと優しく叩く。そして、彼女は国木田と太宰に視線をやった。
 太宰は相当痛かったのだろう。
 自分の足に手を当てて痛みを緩和させようと必死だ。
 そんな彼は無視して彼女は前に進めとばかりに言葉を紡ぐ。


「大丈夫か?」
「後ろは雑魚ばっかだから平気。あの建物に入ってすぐの場所で立ってるのが異能力者だから気を付けて」


 国木田は彼女の言葉に眉間に皺を寄せた。
 何せ、彼女は社長秘書。現場で荒仕事は無縁だ。
 心配そうに言葉をかけると彼女はその言葉に肩を竦めた。
 まるで問題ないとばかりに言葉を紡ぎ、笑う。そして、ショルダーバッグを肩にかけ直すと余裕そうな表情を浮かべながら忠告をした。


「「……」」

 
 彼女の言葉に真剣な表情を見せた男共は言葉を発することなく、首を縦に頷く。
 慣れた様子でその場から離れると目的である建物へと近付いて行った。
 刹那はその後ろ姿を見送るとふぅと息を吐く。


「さて……お兄さん方、私と遊びましょうか」
 

 彼女はショルダーから二丁の拳銃を取り出した。
 右手には黒の拳銃。左手には銀の拳銃が握られると彼女は自身の背後にいるであろう男たちに言葉を紡ぐ。
 バレたことに気が付くと隠れることをやめたのだろう。
 まばらな足音が彼女の耳に届いた。
 姿を現したのはやはり、彼女が感知した十人ほどのガラの悪そうな男達だ。
 その事実に彼女は口角を上げる。
 その表情は妖艶な女性そのもの。
 彼女はにっこり微笑んでは両腕を上げて二丁の拳銃を構えると引き金を引いた。
 その姿は三年前に消えた“無駄美人”そのものだった。



ALICE+