4話






 左に持つ銀の銃。
 それは通常の銃と異なったもののように見える。
 何故なら、銃口が銃弾一つ分も無いのだ。むしろ、細い針一本分だろう。
 彼女は乱れ打ちになっている三人の弾丸を躱した。刹那を傷付けることが叶わない銃弾は壁にめり込む。
 彼女は表情を消し、右に持つ黒の銃で相手の銃を器用に撃ち抜いた。それも三人分だ。そして、銀の銃で標的の額目掛けて引き金を引く。
 その瞬間、狙われていた男たちは崩れ落ちるように倒れた。
 どうやら命中したようだ。
 

「…っ、…」
 
 
 彼女は他の男に狙われ、コンテナに隠れる。
 そっと銃弾の軌道を確認するとその先には四人の男が集中的に狙われていた。
 

(……あー、殺すのは簡単なんだけどなぁ…手榴弾一つありゃ)


 まどろっこしいやり方に深いため息を吐く。

 刹那はとんでもないことを考えていた。しかし、それも束の間。
 彼女が隠れている場所を見つけたのだろう。
 潜んでいた残り三人はコンテナの上に登り、彼女に銃口を向ける。
 彼らは迷いもせず、引き金を引いた。
 

「っ…女相手に卑怯じゃない」


 しかし、その銃弾は数ミリ標的から離れた場所へ当たる。つまり、外れたのだ。
 彼女は息を飲むと不敵に笑う。そして、銃弾の場所から狙う隠れていた残り三人に拳銃二丁を向けて打ち放った。
 男たちはうわっ…と呻き声を上げながら倒れていく。
 

(あと四人……にしても、一人ぐらい掠れるくらいの命中力はないのかねぇ…)


 この場にいた十人はあっという間に四人に減った。
 どうやら刹那が言っていた通り、雑魚ばかりのようだ。
 彼女を目掛けて弾丸は飛んでくる。しかし、かすりもしない。
 彼女は涼しげにふぅと息を吐いている。それは余裕を感じさせた。
 鉄の雨は振り続ける。そんな中を彼女は思いっきり飛び出し、横飛びしながら二丁の拳銃を構えた。
 彼女は両の人差し指で引き金を引く。
 それはまるで流れるような動き。ひとつも無駄がない。
 彼女の銃弾は狂いなく狙った場所へ的確に当たった。
 男三人の拳銃を弾き、撃たれた男たちは無様にも倒れていく。


「これで終わり…っと」


 金属音が響き渡っていたこの場所は静まり返っていた。
 彼女はふぅと息を吐くと散らばった屍を見下ろす。
 倒れている男共10名は力無く肢体を伸ばしていた。しかし、彼らは血を一滴たりとも流していないのだ。


「W眼鏡の薬って本当に役に立つわよね…」


 彼女は左手で持っている銃を見ては感心する。
 どうやら、銀の銃には銃弾ではなく麻酔針が入っていたようだ。
 それも国立国際先端医療研究センターで働く奥田愛美。
 優秀な医者となった竹林孝太郎。
 象でも二十四時間眠るというある意味恐ろしい二人の共同作品だ。


「人数揃えただけって感じかな…その割にあっけない…太宰くん達は大丈夫?」
 

 銃をショルダーバッグへ仕舞う。
 刹那は先へ行けと送り出した三人をふと思い出したようだ。
 心配そうに眉を下げ、走っていった先を振り返る。

 
「うわあああ!!」
「!?」

 
 その瞬間、若い男の叫び声が響き渡る。
 刹那は驚き、肩を揺らした。


「な、何……?」
(敦くんの叫び声…)
 

 彼らが向かった先は敵の拠点。
 彼女のいる場所から多少離れていると言うのに緊迫する声。
 それに彼女は動揺したのか、瞳を揺らした。
 叫び声の正体を認識すると彼女は固唾を飲み込み、敵のアジトへと足を向ける。



◇◇◇


 
「どうしたの!?」
「敦くんの叫び声がしたね」
「……何でアンタはそう、能天気なのよ」

 
 駆けつけた彼女は見知った人影を見つけた。
 黄土色のロングコートを見に纏い、ちらっと見える腕に巻かれた包帯。
 その人物は刹那の声に気が付くと振り返った。
 返ってきた言葉が冷静とも取れるが危機感がないとも取れるもの。
 それに彼女は眉間に皺を寄せて呆れたように言葉を零した。


「「!?」」
 

 そんな会話が終わった直後。
 上の方からパリッと小さく鳴る。
 次の瞬間、ガシャンッとガラスが割れる音がその場を支配した。
 下へ落ちてくるガラスの破片と共に宙に何が物凄いスピードで何か動く。


「太宰!刹那さん!」
「其奴には銃が効かん!!」


 どうやら敦は二階にいたらしく、割れた窓ガラスから顔を出した。そして、下にいる太宰と刹那に呼び掛ける。
 いや、叫んでいるに近い。
 敦に続いて国木田も顔を出す。
 彼の右腕は血を流し、左手で止血するように出血箇所を押さえていた。だが、国木田もまた傷よりも今、この現状を仲間に伝えるべく大声をあげる。


「これはこれは……」
「…………どういう、こと、よ……」
「最早、化け物じゃないか」


 流石の太宰もこの状況は想像つかなかったのだろう。
 いや、誰が想像ついただろうか。
 黒く人間くらいのサイズの生き物が現れることを。
 それは何かを喰ったような生き物にすら見える。
 彼は頬を引きつかせた。また彼の隣にいる彼女は目を見開き、動揺するように大きく瞳を揺らす。
 言葉を紡ぐ唇は微かに震えていた。
 目の前にいる黒い生物から目を離すことは出来ない。
 今はただじっとしているが、窓ガラスを割って下に降りてきた姿を目で捕えることは出来なかったのだ。
 冷や汗がじっとりと太宰の肌をしめらす。
 刹那は黙ったままショルダーバッグから緑の銃二丁とナイフを取り出した。
 レッグホルスターを付けていたらしい。
 彼女はそこへ一丁の拳銃を仕舞う。


「太宰!お前の異能力なら通じるかもしれ……刹那さん!?」
「…太宰くん。下がってて」
 

 国木田もまた謎の生命物体に本能的に危機を覚えて汗を滴らせた。そして、太宰に向けて言葉を紡ぐがそれは言い終わることはない。
 なぜなら、ショルダーバッグを太宰に預けて前へ歩む彼女の姿を見たからだ。
 国木田は動揺したのか目を見開いて彼女の名前を叫ぶ。
 国木田に返事はせず、代わりにコツコツっというヒールの音が響いた。
 彼女は太宰にナイフを回しながら言葉を紡ぐ。


「刹那さん?何を言って…」
「これは異能力じゃ通用しない」
 

 流石に非戦闘員の彼女が何を言っているんだと思ったのだろう。
 眉間に皺を寄せて首を傾げると彼女は眉を下げて悲しそうに微笑むだけだった。だが、彼女が決定的に何かを知っているというような言葉を彼は耳にすることになる。


「……貴女はこれが何なのか知っているんですか」
「………どうかしら?」


 太宰は目を見開くとスッと目を細め、彼女を見極めるかのように彼は冷たい声音で問いかけた。
 刹那はふうっと深く息を吐くと困ったように微笑み続ける。


「早く動き回っているけど出来るんですか?」
「マッハ20よりは遅いからね」
 

 先程まで大人しくしていた謎の生命物体。しかし、それも束の間。
 今は激しく暴れ回っている。もはや、敵味方関係ないような動き。
 自滅しかねない動きをしていた。
 それでも、その動きは素早いものには変わりない。
 彼は彼女を試すように問いかけた。
 刹那はその問いにくすっと笑みを零し、にっこり笑みを浮かべて自信ありげに答えた。


「……………君は何を言っているんだい?」
「ああ………あああああ…!」
 

 マッハ20。地球は一周が約40000km。
 地球を一周するには1時間40分弱あればできるスピードということだ。
 それを耳にした太宰はキョトンとした顔をする。
 無理もない。
 そんな生物がいるとしたらもはや目の前に対峙している化け物以上の化け物なのだから。
 刹那は太宰の珍しい顔を拝むとまたくすっと笑う。
 黒い謎の生物は苦しそうに雄叫びを上げ、建物の四方八方にぶつかった。


「……可哀想に……楽にしてあげる」
「ああああ…ああああああああぁぁぁ…!!」

 
 そんな姿を見ていた彼女は眉を下げる。黒い生物は本体から触手のようなものを出した。そして、彼女目掛けて攻撃する。


「っ!」
「うわああああああああああああぁぁぁ…!!」
「なっ…効いてるだと!?」


 伸びてきた黒い触手を彼女は躱し、右手に持ったナイフで触手を切り落とした。
 ただの銃弾を撃ち込んでも弾丸は飲み込む。
 打撃もナイフも食らわせても効果はなく、再生してしまう。
 そんな生物が彼女の持つナイフにダメージを受けいることが明白だった。
 この事実に上から見下ろしていた国木田は目を見開く。
 黒い生物は触手を切られたことにパニックを起こしたようだ。更に暴れ回る。


(持ってきて良かった……というか、夢も侮れない…)


 刹那は冷静に考えながら容赦なくBB弾を撃ち込んだ。
 生物の攻撃を簡単に躱しているようにも見える体捌き。それは一般人には思えないような動きだ。そして、素早く動く謎の生物をとらえる動体視力も並ではない。
 そんな彼女と対峙した謎の生物は不運なのか。ただ単にまだ体の扱い方をものにしていないだけなのか。
 それとも彼女の銃の命中率が高いのか分からない。謎の生物は彼女の攻撃を受け続けた。


「……どうか安らかに」


 銃弾を受け続けた謎の生物は弱々しく地面に倒れ込む。
 どうやら、彼女の攻撃に弱ったようだ。
 刹那はコツコツとヒールの音を鳴らしながら、謎の生物に近寄るち悲しそうに微笑む。
 その瞬間、謎の生物の真ん中の心臓にBB弾を打ち込む。
 ダンッという音が響くと謎の生物は微粒子になり、消えていったのだった。



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