5話






 銃痕のあるモニターやチカチカと光を放っているデスクトップ。
 そこから繋がる配線を弄る女性。彼女は眉間に皺を寄せていた。
 女性はセッティングを終えたのだろう。すると、カタカタとパソコンに向かい、打ち込んだ。
 その作業する様は手馴れている。その一言に尽きた。


「刹那さん、何であれを知ったんだい?」
「………」


 真剣に作業しているのにも関わらず、もじゃもじゃ頭の男性は女性に問いかける。
 それも悪気もない表情を浮かべ、彼女の顔を覗き込んでいた。
 目の端にチラつくワカメ頭に彼女は眉をぴくりと動かす。しかし、彼の問い掛けに反応する素振りは見せない。
 彼女は無視を決め込んだようだ。刹那はブラインドタッチをしながら、お目当ての情報を探す。


「誤魔化さないで下さい。俺の手榴弾も銃も効かない化け物だったんです」
「僕も役に立ちませんでした…」


 黙秘する彼女に国木田は眉根を寄せた。
 どうやら、彼もまた彼女が戦っていた生物が気になるらしい。
 彼が扱う武器で通用しなかったが、彼女が持っていた銃やナイフが謎の生物には効いていた。
 その事実を知りたいのだろう。
 敦もまた困ったように眉を下げ、彼女を見つめる。


「あー…もー…気が散るから黙って!!」
「「……」」


 先程から無視をしていた彼女も質問だらけの彼らに嫌気を刺したのだろう。
 女性にしては低い声で唸り、椅子ごと後ろへ振り返るとキッと音が付きそうな目付きで男三人に怒鳴った。
 彼らはその言葉に黙るが、視線は何か言いたげでジト目で彼女を見つめている。
 その目が語っているのは何故、あの謎の生物を倒せたのか。
 それに尽きるだろう。


「じゃ、あんた達がこのパソコンから依頼のデータを回収しなさいよ?出来んの?」
「ぼ、僕には無理です…!」


 その視線にイライラしては彼女はハードディスクをコンコンとノックする。
 まるで、今自分の作業を代わりにやるなら話してやるとでも言っているようだ。
 相当な上から目線な問いかけ。
 敦はその威圧的な彼女の視線にぞくっと背筋を伸ばした。
 野生の勘なのだろう。
 彼女の期限を損ねたらまずいということを本能的にわかっている。
 彼は勢い良くブンブンと首を横に振った。


「……」
「俺も故障されてるのは……」


 刹那は敦から視線を国木田に移し、睨む。
 それも無言の圧力だ。
 彼は実に素直だ。
 メガネをクイッと上げては彼女の目から逃れるように目を逸らす。


「………」
「ここまで複雑だと流石の私も無理だよ」
「だったら黙ってなさい!」


 彼女はイライラしながらも太宰に視線をやる。
 彼はその視線に気が付くとクスッと笑みを零す。そして、両の手のひらを天に向け、肩を竦めた。
 どうやら、裏工作が得意そうな彼でも相当難しいことが伺える。
 彼女はわなわなと肩を震わせ、キッともう一度三人を睨んで声を上げた。
 はっきりいって彼女のハッキングレベルはプロ並み。しかし、一部を銃による故障が見られる機器品を人の話を聞きながらとなるとまた別の話なのだろう。
 聞かれたくないからわざとそう仕向けているのか。ただ面倒くさい作業をしてるから気が散るのか。
 言葉のみを鵜呑みにすれば前者だ。だが、彼女の心の内は誰にも分からない。
 心が読める。
 そんな異能力があれば別なのだろうが。


(あれがここに居るってことは依頼主って…)


 彼女はイライラした感情を三人にぶつけたことで少しは冷静さを取り戻したのか。はあ…と深い息を吐く。
 くるっと椅子を回し、問題のパソコンの画面と睨めっこを再開した。
 カタカタとタイピングしながら、頭の片隅で先程対峙した謎の生物を思い浮かべる。そして、まだ彼女が会っていない依頼主が誰なのか。
 それが予想ついているようだ。
 あの謎の生物。
 その時点で関係者は限られてくる。
 それは10年前と3年前の関係者しかしらない。
 横浜の裏にポートマフィア。
 昼と夜の間に立つ武装探偵社。
 それらがいても決してそれらに漏れることの無い情報なのだから。


「…あった」
「流石敏腕秘書だね」


 彼女はマウスのホイールを回し、ガガガっという音が響く。
 命令されたマウスはデスクトップに映された画面をスクロールさせた。
 それらしきものが見つからないのだろう。
 画面はスクロールを続ける。しかし、彼女のホイールを回す手は突然止まる。
 画面に移された文字の羅列を瞳に映した。
 そこでやっと探している超生物に関するデータを見つけるとぽつりと言葉を零す。
 彼女の言葉に後ろにいた男共が目を見開くのも無理もない。
 壊れかけたパソコンを普及させ、データを探すなんて難易度の高い技なのだ。
 太宰はふっと笑うとパチパチパチと呑気にも拍手を送るが、目の奥は何処か冷たく感じる。
 まるで、彼女を探るっているような目だ。
 

(刹那さんって…なんでも出来るで済まされない人だよな…)


 拍手を送る太宰の隣で敦は眉を下げて、彼女をじっと見つめる。その視線の意味は不思議。その一言に尽きた。無理もない。彼女が過去、何をやって来たのかなんて武装探偵社にいる者に行っていないのだから。彼女が彼らに伝えた唯一の情報は作曲家をやっていた。それのなのだ。

「……はあ…」

 
 彼女は手早く見つけたデータの痕跡全て綺麗に消す。
 刹那にしては時間がかかったのか疲れたようにため息を付いたのだった。


◇◇◇


「ただいま戻りました!」
「随分早かったじゃないか」


 武装探偵社のオフィスにに続く扉をガチャと開ける音が響く。
 次には元気良い声。
 反対に多少服がボロボロになっている敦の姿があった。彼らが帰還したことを伺える。
 コーヒーを持ったまま立っているボブカットの髪型に蝶の髪飾りを着ける女性。
 彼女は少し驚いたように目を見開いた。


「刹那さんが居たので」
「なるほどねぇ?」


 その言葉に国木田が眼鏡をくいっと上げながら答える。
 その答えに与謝野は眉を下げた。
 彼女が有給を取っていたことを知っていたからだろう。
 可哀想にというような視線を彼女へ送った。
 

「乱歩さんたちは?」
「ああ、事件で出払ってるよ。谷崎兄妹は乱歩さんのお使い」


 キョロキョロとオフィス内を見渡すといつもいるはずの人達がいない。
 彼らがこの事務所から出る時にはいたのだろう。
 敦は不思議そうに首を傾げた。
 与謝野は彼の問い掛けに簡潔に答えるとマグカップを口へ運ぶ。
 そうだったんですね、と納得する敦の横で刹那はじーっと事務所にあるソファに座る男三人を見つめた。


(何だろう…あの既視感のある頭3つは)
「やっほー。元気にしてた?」


 彼女の中でその男性たちの髪色や特徴的な髪に見覚えがあるらしい。
 眉をぴくぴくとさせる彼女の視界に入るのは赤髪とプラチナブランドの金髪。
 ツンツン尖った黒髪。
 彼女が考えをめぐらせていると奥から聞き懐かしい声が聞こえた。
 赤髪の男が片手を上げて、刹那に声をかける。


「何でいるのよ、カルマ…」
「まさか君が本当にここで働いてるとはな…」
「何で貴方もいるんです、降谷さん……」


 その男の顔を見ると刹那はこめかみに手を当てた。頭痛でもするのか。眉間に眉根を寄せ、気迫のない言葉を紡ぐ。
 彼の声に反応したように金髪の男性も彼女の方へと顔を振り向いた。
 眉を下げ、どこか驚きを隠せない。
 そういった表情を浮かべ、言葉を零した。
 彼女は予想していた人物だったことにため息をつく。そして、困った表情を浮かべ、降谷の名前を呼んだ。


「久し振りだな、本郷さん」
「………お久しぶりです、烏間さん」


 トドメはツンツンと立たせている黒髪の男性。
 彼は硬派な顔ではあるがふっと懐かしそうに彼女に笑みを浮かべた。
 彼女からしたら何が何だか分からない状況だ。
 まさかこんな場所で会うと思っていないだろう。
 彼女も烏間に対して簡潔に挨拶を返した。


「おや、刹那…知り合いかい?」
「ええ、物凄く知り合いです…」


 依頼主である男三人と刹那が会話を交わす。その姿を見ては与謝野はきょとんとした顔をした。
 彼女たちのテンポの良い会話に驚いたのだろう。
 与謝野に問いかけられると彼女は肯定しては疲れたような表情を浮べる。


「早速で悪いが、依頼の結果を聞きたい」
「我々には分からない点が幾つもありました…」


 話を上手く切り替え、烏間は依頼の結論を急いだ。しかし、彼らの依頼。
 ”盗まれたデータを取り返して欲しい”
 武装探偵社としてはそれだけしか聞かされていない。
 依頼を遂行し、戻ってきた刹那以外の人間は不自然な点が浮き彫りになっていることに不審に思っていた。
 国木田は眼鏡をくいっと上にあげては眉間に皺を寄せて言葉を紡ぐ。


「けど、刹那さんは何かを知っているようだね…そして、依頼主の貴方たちも隠し事をしている」


 太宰が彼が紡いでいた言葉の続きを口にした。
 彼らの目の前に現れた謎の生物を倒した彼女は間違いなく何かを知っている。
 チラッと太宰は彼女に視線をやった。
 彼は右手を出して、手のひらを上に向けて言葉を紡ぎ続ける。
 その様は探偵さながらだ。
 いや、ここは武装探偵社。だから、その表現は何も間違ってはいないのだが。


「……烏間さん、話さないとここの人達は納得しないかと」
「何があったか聞いていいか?」


 刹那はふぅと息を吐き、諦めたように烏間の説得にかかった。
 これ以上誤魔化すのは難しいということを分かっているようだ。
 彼女からそんな意見が出るとは思わなかったのだろう。
 ピクっと片眉を動かしては彼女へ問いかける。
 

「未完成の超生物が産み出されていました」
「「!?」」


 彼女の口から淡々と抑揚のない声で紡ぎ出された。その言葉に依頼主である三人は顔色を変える。
 無理もない。
 彼らは知っているのだ。
 あの十年前の悲劇を。そして、三年前に起きた哀れな結末を。


 
「どうやって殺したの…道具は無かったでしょ?」
「たまたま今日、鞄に入れてたの……なかったら、死んでた」


 予想外のことだったのだろう。
 普段は飄々としているカルマだが、動揺しているのが表情から分かる。
 あの超生物は特殊素材で作られたものでしか倒すことが出来ない。
 既に終わったものへの武器など普段持ち歩いてるはずもないのだ。
 彼は超生物をどうしたのか。気になったのだろう。
 彼女は瞳を揺らしながら、ショルダーバッグの紐を握り締める。
 彼女は今朝、ある夢を見た。だから、直感的に持ち歩いたのだ。
 もし、あの夢を見なかったら対峙したとしても倒すことは適わない。むしろ、待っている結末は“死”だ。


「君は相変わらず勘がいいな」


 偶然とは言え、彼女が対超生物の武器を持っていたと聞いた安堵したのだろう。
 カルマはほっと息を吐くと彼女から返ってきた言葉にふっと笑って降谷は彼女を賞賛する言葉を紡いだ。


「殺せたのか」
「はい、十三年前よりも三年前よりもスピードはかなり落ちていたので…まだ体が馴染んでなかったんだと思います」
「そうか…」


 烏間は硬い表情をしながら、ただ一言。不穏な言葉を投げ掛ける。
 治安の悪いヨコハマではもはや聞きなれた言葉。だけれど、それは生きとし生けるものの生命を奪う。
 重い言葉。
 刹那は首を縦に振った。
 伏せ目がちに数刻前に起きた超生物と対峙したことを思い出す。そして、それは昔対峙した超生物たちのどれよりも劣っていた事を明かした。
 烏間はただ知ったそれに俯き、考え込むように一言返す。


「僕達にも分かるように説明してくれるかな、刹那さん」
「……」
「俺から説明しよう」


 ここまで蚊帳の外だった太宰や国木田。敦、与謝野は刹那を見つめた。そして、代表するように太宰は彼女に言葉を投げかける。
 刹那は彼らの言い分は元もだと言うことも分かっていた。けれど、国家機密を彼女の独断で話していいなんて理由にはならない。
 小さく口を開けるが、言葉を発しようとはしなかった。
 いや、出来なかった。
 上手く、声帯が震えない。動揺からなのか、瞳を揺らしていた。
 突然、彼女の目の前からスっと手が伸びる。
 手の先を見るとそこには烏間が彼女の横に立っていた。
 その事に驚いたのか刹那は目を見開く。彼は静かに彼女へ頷くと言葉を紡いだ。
 どうやら、全てを話すことを決めたようだ。



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