十二話





 蝶屋敷で世話になることになり、皆が寝静まった頃。
 藤は屋敷の屋根の上に登り、星空を眺めていた。


(炭治郎は鬼舞辻無惨にもう会ったんだろうか…俺の占いが合っていれば、もうすぐ会うはず…)
「もし」


 呆然とチカチカと瞬く星を見ながら、途中まで旅をしていた友のことが頭を過る。
 産屋敷邸で口にしていたように共に旅をしていた炭治郎が鬼の元凶である鬼舞辻無惨と遭遇することは占い、知っていたようだ。
 彼女は眉間に皺を寄せ、呑気にチカチカと光る一つの星を睨みつけていると藤に向かって声をかけてくる人物がいる。


(図ったかのように呼び戻しやがって……だから、わざと報告の手紙を遅らせたのに…)
「あの〜…」


 しかし、彼女は苛立ちの感情が込み上げてきおり、そんな声は届いていない。
 どんどん眉間のシワを深くさせ、心の中で毒を吐き出していた。
 どうやら、報告を遅らせたのはわざとだったらしい。藤に声をかける人は全然反応がないことに困ったような声音を漏らしているが、聞こえていないことを諦める気はないようだ。声をかけ続けている。


「ちっ、星の巡りが悪い」
「……星の巡りが、悪い?」
「え……?」


 藤は目を細め、舌打ちをすると思った言葉をそのまま自然に口から零れ落としていた。
 ずっと声をかけ続けても反応のない少年が突如、零した言葉が思ってもいない言葉だったのだろう。
 声をかけ続けていた女性は驚いたような声で藤がこぼした言葉をそのまま口にするが、不思議なのか、首を傾げる。
 やっと彼女の言葉が耳に入ったらしい。藤は驚いた顔をして、声が聞こえる方向に顔を向けた。


「あ、やっと気が付いてくれましたね」
「……流石、柱ですね。全く気が付きませんでした」


 藤が顔を向けるとそこには5cmもない距離にしのぶの顔があり、彼女はふふっと笑を零し、言葉を紡ぐ。
 全く気配を察知することが出来ないまま、この距離まで詰めてきた彼女に藤は驚きつつ、笑みを返した。


「星を眺めていたんですか?」
「……まあ、習慣ですよ」
「へぇ…星の巡りが悪いとおっしゃってたのはどういう意味ですか?」


 しのぶは藤の隣に座り、首を傾げ、問いかけると彼女は曖昧に答える。
 先程の言葉が気になるのか、しのぶはまた深く突っ込むように問いかけた。


「……そのままの意味です」
「私が見る星空はいつもと変わらず、瞬いているようにしか見えないのですが…」


 藤はまさかそこを深堀されるとは思ってもいなかったらしい。
 少しの間を置いては彼女の問いに答えた。
 確かに星を詠める藤からしたら、口にしたままなのだろう。しかし、素人からすれば、それは曖昧に誤魔化しているようにしか聞こえない。
 しのぶは会話が成り立っているようでなっていない気がしながらも、眉を下げ、言葉を続けた。


「戯れ言だったと聞き流してやってください」
「……私とお話をするのは嫌ですか?」


 言葉の意図を理解できていないことを悟ったのか。藤は眉を下げ、会話を終わらせるように言葉を紡ぐ。
 それは察知できたのか。しのぶは困ったように眉を下げ、彼女へ問いかけた。


「俺が何者か分からないのに屋敷に置くことになって、怒ってるはずなのに何故、構うんです?」
「……おやおや、気が付いてましたか」
「これでも、人の感情には機微でして」


 藤は質問をし続ける彼女に疑問を抱いているらしい。
 異物として放置しておけばいい。
 それが彼女の考えだからだろう。だからこそ、構うしのぶの意図が分からず、質問に答えることなく、問いかけをし返した。
 返ってきた言葉にしのぶは一瞬、驚いた表情を浮べはすれども、またいつもの優しい笑みを浮かべ、言葉を零す。
 それは肯定していると同じ意味だ。
 藤はじっと彼女を見つめ続けながら、言葉を返す。


「そうですね……それはそうなんですが、あなたが気になることもまた事実です」
「……天文道を齧ってまして、星を見れば分かるんです。まあ、占いみたいなものですよ」


 しのぶは彼女から星空へと視線を移し、言葉を紡いだ。
 彼女の紡ぐそれは本心なのだろう。
 裏を感じなかったのか、藤はしのぶから視線をそらし、目を閉じると先程、答えなかった問いの答えを口にする。


「そうでしたか……随分と博識なんですね」
「まあ、それなりに」
「それで、星の巡りが悪いとはどう言う意味ですか?」


 なかなか聞き慣れない言葉ではあるが、それは天文学に近いものだと理解したようだ。
 学があることに驚いたのか、それとも男性である藤が占いをすることに驚いたのか。それとも両方に驚いたのか。
 それは分からないが、彼女は目を大きく開け、藤を褒める。
 褒められるとは思ってもいなかったのかもしれない。
 藤は複雑な表情を浮べ、コクリと頷いた。
 二人の心の距離は少し近づいたのを感じたのか、しのぶは藤へもう一度、先ほど返してくれなかった意味を問う。


「……俺の星が、思うように行かず、燻っているんです」
「まあ…」
「どうしたもんかと悩んでいるところです」


 どう答えようか。悩んでいるようにも見える顔をすると藤は閉じていた口を開き、揺れる瞳で瞬く星空を見上げた。
 返ってきた答えが、また訳の分からないものでしのぶはきょとんとした顔をしているが、藤の表情は嘘を言っていないことが分かったのだろう。
 驚いた声を零すと藤は誤魔化すように笑みを浮かべる。
 人は自分の目に見えるものを信じることは出来ても、見えないものを信じることは難しい生き物だ。
 こんな話、信じるものはいないに等しい。
 稀に信じる者はいるが。


「藤君の星があるんですか?」
「ええ」
「それでは私の星もあるんですか?」
「ありますよ、あれです」


 しかし、しのぶは稀な人間なようだ。
 いや、信じない人間なのかもしれないが、藤の表情が真剣だったから、信じたのかもしれない。
 それは彼女しか分からない。
 しのぶは星空を見上げながら、問いかけると彼女は相槌を返すだけだ。しのぶは少し困った表情を浮べると少し質問を変え、彼女へ投げかける。藤はふっと笑みを浮かべると指差しながら、彼女の問いに答えた。


「……すぐ分かるんですか?」
「いいえ、貴女が来る前に少し占っていました」
「あら、許可なく占うなんて女性に対して失礼ですよ」
 

 まさかすぐに答えが返ってくるとは思ってなかったらしい。
 しのぶは驚いた顔を彼女に向け、問いかけると藤は申し訳なさそうに眉を下げ、首を横に振り、言葉を口にした。
 しのぶはきょとんとしたものの、いたずら心を見せるような笑みを浮かべて彼女に注意をする。


「すみません、初めて出会う人は皆、占ってしまうんです」
「全く……で、どれでしたっけ?」
「っ、………あの淡い紫色の星です」


 藤は女性に対して失礼と言う言葉に反省を見せつつも、言い訳をさらりと口にした。
 困ったように笑みを浮かべるしのぶはそこまで怒ってはいないらしい。彼女は藤に顔を近づけ、自身の星がどれかを再度問いかけた。
 藤は顔の距離が近いことに驚きつつも、彼女に分かり易いように身を寄せ、ほんのり薄紫色に輝いているように見える星を指差す。  


「あれが私の星なんですかぁ」
「とても不安定ですね」
「………どういう意味ですか?」


 自分の星があると聞いて、嬉しいのか。しのぶはほんのり頬を赤く染めると幼子のようにキラキラとした目で指差された星を眺めていた。
 そんな彼女の隣で藤は実に冷静に、目を細め、同じ星を眺めながら、ぽつりと言葉を零す。
 不穏にも聞こえる言葉にしのぶはぴくりと肩を動かし、先ほどの愛らしい表情をどこかへとやり、いつもの柔らかい笑みを浮かべたまま、問いかけた。


「貴女から藤の花の香りがします」
「………」
「それは止めた方がいい」
「……それも占った結果ですか?」


 藤は星からゆっくりとしのぶへ視線を動かし、はっきりとした口調で言葉を紡ぐ。
 彼女は炭治郎程、鼻が利くわけでもない。なのにも関わらず、”香り”がすると言うのは、本当に香りがしたのか。何か意味があるのか。それは彼女にしかわからない。
 しかし、その言葉にしのぶは藤に視線を向けたまま、固まったように動かなかった。
 藤は真剣な顔をして、彼女を止める言葉をかけるとしのぶは表情を隠すように俯き、問いかける。


「……いいえ、俺の直感です」
「……あなたはよく分からない子ですね」
「それが売りですから」


 一度口を開いた藤だが、目を閉じると共に口を閉じた。
 言おうとした言葉を飲み込んだのだろう。そして、少しの沈黙がその場を支配すると藤は彼女の問いかけに否定し、言葉を続ける。
 しのぶはうつむいたまま、きゅっと唇を固く結ぶとゆっくり顔を上げ、儚く笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
 見抜かれているかもしれない。
 そのことに焦りを見せることも無く、しのぶは普段通りを装う姿に藤は目を閉じ、ぽつりと言葉を返したのだった。




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