十三話





 快晴な空。太陽は元気よく照らしている。洗濯日和と言ってもいい日だろう。
 きよすみなほの三人娘はいそいそと洗濯物を物干し竿にかけていると強い風が吹いた。


「ああ!」
「せ、洗濯物が…!」
「木に引っかかっちゃった…!」


 突然の風に手元にあったシーツをちゃんと握れていなかったらしい。それはひらひらと飛んでいき、木に引っかかってしまうと彼女たちは困った顔をして見上げていた。
 一部始終を見ていた藤色の髪をした子供は庭に面した廊下を歩いていたがピタリと足を止める。


「……取ろうか?」
「あっ、藤さん!」
「ありがとうございます…!」


 どうしよう、どうしよう。
 慌てる姿に声をかけるとその声に振り向いた三人は、ぱあっと明るい表情を見せると藤の厚意に甘えるようにお礼を口にした。


「少し木から離れてて」
「「はい!」」


 庭に出れば、木との距離を確保し、彼女たちに声をかければ三人は素直に木から遠ざかる。
 藤は軽く助走を付け、走り出すと地面を思い切り蹴り、飛び上がると木に引っかかっていた洗いたてのシーツを手にした。


「………よっと、はい」
「ありがとうございます…!」
「どういたしまして」 


 土が付かないようにしながら、綺麗に着地をすればすみに手渡すと彼女は嬉々とした顔をしてお礼を口にする。
 その姿が愛らしく見えたのか、藤はふっと笑みを浮かべて言葉を返した。 


「あ、藤さん!」
「アオイさん…どうかされたしたか?」
「薬草を煎じるのを手伝って頂けますか?」
「ああ、今行く」


バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくれば、蝶の髪飾りを付け、二つ結びをしている女性が庭に面した廊下から現れ、彼女へ呼びかける。
 呼ばれたことに首を傾げているとアオイと呼ばれた女性は藤に問いかけた。
 彼女がとても忙しい状況下にいるということが伺えたのだろう。こくりと頷くと三人娘に手を振り、アオイの元へと駆け寄ればそのまま彼女の背を負い、調合室へと向かう。


(あれからだいぶ時が経った…)


 アオイの正しい姿勢を呆然と見つめながら、藤は思いにふけた。
 時が経つのは非常に早い。
 なんせ、この蝶屋敷に訪れて一ヶ月が過ぎていた。
 それだけの時間が経ったとしても、産屋敷耀哉から動くなという指示が解除されることはない。


「藤さん、こちらを薬研ですり潰してください」
「分かった」


 調合室へとたどり着けば、アオイはテキパキと指示を出して薬草を渡すと彼女はひとつ返事を返した。


(時は巡り始めたのに俺は何故、動けない……)


 薬研に薬草を入れれば、苛立ちをそれにぶつけるように力強くすり潰し始める。
 昨夜見た星を思い出し、また何かが動き始めたことが分かったのだろう。
 身動き取れずにいることに眉間に皺を寄せて黙々とすり潰していた。


「……」
「ん?」
「……い、いえ…その、すり終わってますよ」


 葉をすり潰す特有の音が聞こえなくなったのが気になったらしい。
 アオイは彼女の手元を見るといつの間にか葉の形もなくなるほど、粉々となった薬の元が薬研の中にあった。
 藤は視線を感じ、顔を上げれば彼女は穴が空くほど一点を見つめている。
 何があったんだ?
 疑問に思い、首を傾げているとアオイは藤が気がついていないことに気がついたらしい。
 彼女の手元を指さし、眉を寄せて言葉を紡いだ。


「あれ、本当だ」
「………」


 藤は素直にさされた方に視線を向けるとそこには葉の形もなくなるほど、粉々となった薬の元が薬研の中にあった。
 まさか短時間ですり潰すほど力を入れてるつもりは無かったのだろう。
 すり潰した本人も驚いた顔をしているとアオイは頬を引き攣らせている。


「あ、こちらにいらしたんですね」
「しのぶ様!」
「お帰りなさいませ……もしかして俺を探していたんですか?」


 少しの沈黙が流れれば調合室の扉を引く音が聞こえてくれば、次に聞こえてくるのは優しく柔らかい女性の声。
 その声にアオイは驚いたように女性の名前を口にすると藤は瞬きしつつも帰宅された彼女に声をかけた。
 しのぶは口角を上げ、彼女を見つめている。その姿にひとつの考えが浮上したらしい。藤は問いかけた。


「はい、これから那田蜘蛛山に向かいます」
「……どうして、それを俺に?」


 しのぶはこくりと頷き、行き先を答えるが、また再び疑問が生じたようだ。
 何故、自分に知らせに来たのか。この一ヶ月、彼女が任務に行くとしても行き先を告げられたことはなかったのだろう。藤は首を傾げる。


「お館様があなたも連れていくようにと」
「!!」


 しのぶは、ふふっと笑みを零してそれに答えた。返ってきた答えに彼女は目を見開き、驚く。
 まさか待機命令解除をしのぶから伝え聞くことになるとは思っていなかったのだから。


「あなたはどうやら、隊員のようですね」
「……今は否定も肯定もしませんが、お供します」
「ふふ、期待していますよ」


 藤の驚く表情を見て、彼女はまた口角を上げると目を細めて言葉を紡いだ。
 産屋敷耀哉から連れていくようにと告げられたということは再び刀を持つこと許可されたということ。
 しのぶの言葉には少々語弊があるが、訂正する気はないのだろう。時じゃないからだ。
 それに対して答えずに彼女は真剣な顔をして、任務を共にすることを述べる。
 藤のその姿勢にまた笑みを零せば、ポンと肩に手を乗せた。


「話は済んだか」
「!」
「あら、冨岡さん。上がってこられたんですか?」


 話がまとまったところで、廊下から現れたのは背中まで無造作に伸ばした髪を首のあたりで一つに結び、隊服の詰襟の上から右半分が無地・左半分が亀甲柄の羽織を着ている男性。
 彼はまるで急かすように言葉を紡ぐとその姿に藤は驚いた。気配なく現れたのだから無理もない。
 張り付いた笑みを義勇に向け、頬に手を添えて優しく問いかけるしのぶからは怒りを感じられた。


「早く向かわないと無駄な犠牲が出る」
「……本当に人の話を聞かない人ですねぇ」


 しかし、彼はその問いに答えることはなく、急がせる一言を投げかけるだけ。
 マイペースなその態度にしのぶは笑みを向けたまま小言を零すが、その額にはうっすら浮かぶ青筋があった。


(しのぶさんの額に青筋が浮かんでる…)


 やはり、怒ってる。
 彼女のその姿に確信を持ち、義勇に視線を向けるが、表情を崩すことなく無表情な彼に藤は頬をひきつらせた。



◇◇◇



 蝶屋敷から那田蜘蛛山へと足を走らせ、数時間。三人は息を乱すことなく、走り続けていた。


(いつか、柱と行動させる時が来るとは思っていた……)


 藤は右側を走る柱二人にちらっと視線を向ける。
 いずれ共に行動する日が来ることは薄々感じていたようだ。


(まさか、それが今日だとは思わなんだ)
「ちゃんと付いてこれていますね……あなたの育手はどなたなのでしょうか?」


 しかし、その日がこんなにも近いとは思ってはいなかったらしい。
 また視線を前に戻し、心の中で呟いていると隣から柔らかい声が聞こえてくる。しのぶは藤に顔を向け、問いかけた。
 彼女の疑問は最もだ。柱と呼ばれる鬼殺隊上位にいる二人に劣らぬスピードで付いてきている。
 これだけでも、実力はそれなりにあることが伺えた。


「……分かってて聞いてますね?」
「いいえ、分かりません」


 彼女は静かに息を吐き、新しい空気を吸えば、目を細めて問いかけるが、しのぶははにっこりと笑みを藤に向けたまま、否定する言葉しか口にしない。


「まだ話せないということを分かっているでしょう?」
「………」


 食えない人。
 そう思いながらも、彼女はしのぶから進む道へと顔を向け、はっきり言葉を返した。
 しのぶは笑みを絶やさずにいるが、藤の問いに反応を示すことはない。つまり、肯定しているようなものだった。


「チュン!」
「「!」」


 やっと那田蜘蛛山の中へと入った三人の頭上から聞こえてくるのは雀の鳴き声。
 驚き、上を見上げれば、それはどこか焦ったような様子でバタバタと羽を羽ばたかせ、近寄ってきた。


「チュンチュン!チュンッ!」
「お腹を空かせてるのかしら?」


 走り続ける三人を邪魔するように目の前で飛ぶ雀は鳴き続けるとしのぶはぴたりと足を止め、困ったように眉を下げては雀へ手を差し出す。
 冨岡と藤もまた足を止め、その様子を眺めていた。


「チュンチュン!ヂュン!!」
「しのぶ様」


 しかし、彼女の言葉を肯定する様子がない雀は苦しそうに辛そうに鳴き続けるだけ。
 なにか様子がおかしい。
 藤はそう思ったのか、名前を口にした。


「藤君?」
「それ、鎹雀…ですよね。貸してください」
「はい」


 しのぶの指で羽を休め、訴えてる雀を指さす藤に不思議に思ったのだろう。首を傾げていると彼女は淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
 何をするのかは分からないにしろ、なにか案がある。そう思ってか、彼女は雀を差し出すと藤は手のひらに雀を乗せてじっと見つめた。


(もう術を使ってもいいだろう…俺を柱と行動させるって事はそういうことだろ) 


 雀はまだ鳴き続けている。気づいてとばかりに。
 彼女は陰陽術を使うことを躊躇うことはもうないらしい。なんせ、時が来るまで動くなと言われてたのだ。
 それがもう動いていいとばかりに柱と行動をさせられている。


「鳥·獣·虫·魚…畜生と呼ばれるモノ、傍生と呼ばれるモノ、横生と呼ばれるモノ…その聲を現せ給え」


 藤は都合の良い捉え方をすれば、すっと息を吸い、すずめに向かって五芒星を描き、凛とした声音で祝詞を口にした。


「「!!」」


唱え終われば、雀は柔らかい黄色の光に包まれ、その姿に二人は驚き、目を見張る。


「善逸を助けてぇ!!鬼の毒がぁ!!」
「……だそうです」
「チュン!?」


 雀は涙を浮かべながら、悲痛な叫びを上げた。雀が人語を話すなど聞いたことがない。
 いや、鎹烏は話すが、鳴く事しかできない動物に人語を話させた。
 その事実に二人は息を飲んでいると藤は淡々とした表情を浮かべ、向けられる視線の方へ顔を向け、言葉を零す。
 雀もまた自分が人語を話せるとは思わなかったのだろう。驚いたような反応をするが、包まれていた光は消えており、鳴き声を出すことしかできていなかった。


「……藤君…今のは……」
「……今は鬼殺隊員の命を救うことと鬼を滅することが先決では?」


 驚きて、口元を手で隠してるしのぶは瞳を揺らし、彼女へ問いかけるが、藤は表情を崩すことなく、淡々と問いかけ返す。


「……そうですね。雀さん。案内して下さいな」
「チュン!」


 事実、命の危うい隊員がいる。優先すべきことは彼女の謎を解くことではない。
 しのぶは溜息をつき、同意を示すと藤の手元にいる雀に顔を近づけ、言葉を紡いだ。その言葉に雀は明るい表情を見せ、パタパタと羽を動かし、飛ぶ。


「俺は…」
「あなたは冨岡さんに付いて行ってください」


 雀と行くということは二手に別れるということだ。
 彼女はどちらについて行けばいいか変わらず、眉を下げていると問いかける前にしのぶが藤へと指示を出す。


「……」
「御意」


 義勇としてはどちらでもいいのだろう。
 黙ったまま、二人を見ていると彼女の指示に従うと決めたらしい。
 藤はこくりと頷き、返事を返したのだった。




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