十四話





 しのぶと別れは二人は静寂な山をただ走る。会話は一切なかった。

 
(……あれ、何だ???)
「……」


 顔はイノシシ、体は人間のふしぎな生き物が鬼に首を絞められている所に遭遇する。
 藤はその様に疑問を感じ、眉間にシワを寄せていると義勇は表情を変えることなく走るスピードを更に早めた。


(流石柱……早い……ていうか、俺……ここに居た意味があるのだろうか)


 刀を抜いていなかったはずの彼の手には日輪刀が握られており、イノシシ頭の人間の首を握りしめていた鬼の腕を一刀両断する姿に藤は驚きつつも称賛を心の中で零す。
 彼女が追いついた時にはもう全てが終わっており、頸もろとも鬼は身体をバラバラにされていた。
 一瞬で片が付く。この表現を見事体現していた。
 しかし、共に行動している人間に一言も言わずに先に突っ走り、事を終わらせてしまった義勇に藤は冷静な頭で疑問を自分に投げかけるが、その答えは思いつかないようだ。


(あのへんな格好の奴は無事……)
「俺と戦え!半半羽織!!」
「………」


 彼女は鬼に殺されかけていたイノシシ頭の人間に目をやると肩で呼吸し、血だらけではあるが命はあることを確認する。
 その姿に安堵の息を零した瞬間、イノシシ頭はビシッと義勇に向けて指を差すが、彼は仏頂面をしたままだ。
 言葉を発することすらない。


(いや、名前の付け方…!あと何かしら反応しよう、冨岡さん)


 対峙する二人を遠目で見ていた藤は突っ込まざるを得なかったのだろう。
 顔を青めてながらも、口にしたい言葉を心の中で零した。


「あの十二鬼月にお前は勝った!そのお前に俺が勝つ!」
(血だらけでよくもまあ、あんなに叫べるもんだ……あれ、骨いってるだろ)


 イノシシ頭は自信を持って叫ぶ姿に感心しかないらしい。
 彼女は呆れた目を彼に向け、腕を組んで感心したように眺めていた。


「そういう計算だ!そうすれば一番強いのは俺って言う寸法だ!!」
(冨岡さんはどうするんだ?)


 計算だと言っているがそれはもはや計算と言い難い。
 強いと言っても足し算レベルで至極短絡的なものと言って良いだろう。
 しかし、自分の言葉に自信に満ちているようで胸を張り、発言する姿に彼女は頭痛がするのかこめかみに手を添えると彼に退治している義勇へチラッと視線を向けた。


「修行し直せ、戯け者!!」
「………」
(だよなー…)


 彼は眉間のシワを深く刻み、怪訝そうな表情を浮べてハッキリと切り捨てる。その言葉にイノシシ頭の人間はピタリを動きを止めた。
 藤は義勇が切り捨てることが分かっていたらしい。彼女は遠い目をしながら、彼の言葉に納得したようにこくこくと勝手に頷く。


「なにィィィ!!」
「今のは十二鬼月でも何でもない。そんなこともわからないのか」
(なんで縄なんて出し始めたんだ?)


 しかし、自分がバカにされたということが分かったのだろう。
 イノシシ頭は目を吊り上げて怒りを顕わにすると義勇はどこから出したのか分からない縄を解きながら、ブツブツと文句を言うように言葉を紡いだ。
 何故、彼が縄を出し始めたのかが分からないらしい。彼女は眉根を寄せて首を傾げる。


「わかってるわ!!十二鬼月とか言ってたのは炭治郎だからな!!俺はそれをそのままいっただけだから――…」
(炭治郎…!いるのか!!)
「な」
「あ」


 イノシシ頭の人間はその言葉が癪に障ったようだ。更に声を荒げて自分がそう判断したわけじゃないとばかりに言い訳を始める。
 その中で聞き覚えのある名前が出てきたことに藤は目を見張り、イノシシ頭の人間の方へ目をやった。彼が文句を言い続けようとしていたが、それは物理的に遮られる。
 何故ならば、抵抗する間もなくイノシシ頭の人間は義勇によって木に吊り上げられたからだ。その一瞬の出来事に彼女は目をぱちくりとさせる。


(!?!?!?何だこれ!縛られてる!?速ェ…速ェ!コイツ!!)
「って、オイ!!待てコラ!!オイ!そこのお前でもいい!これを外せ!」
「……悪い、それは無理だ」
「ハアアアアアアン!?」


 それはイノシシ頭の人間も同様らしい。
 スタスタと歩き、傍を離れて行こうとしている義勇に声をかけるが、彼は止まる気配はなかった。
 その後を追うように速足で義勇を追いかける藤に目を付けたイノシシ頭は慌てたように彼女を止め、声をかける。しかし、藤は申し訳なさそうな顔をして断りを入れるとまた潰れそうな声を上げた。


「己の怪我の程度もわからない奴は戦いに関わるな」
「冨岡様……」


 スタスタとどんどん遠ざかる義勇の背中を追いおいかけると義勇はブツブツと吊り上げた彼を制止する言葉を投げかける。
 それは重傷を負った者へ無理をするなと言いたいからこそ出るものなのだろう。
 その言葉を聞いた彼女は義勇の名前を口にした。


「なんだ」
「多分、もう聞こえてませんよ」
「………」


 名前を呼ばれ、彼は返事を返すと藤は眉を八の字にして言い辛そうに言葉を投げかける。
 彼女が言うのももっともだ。既に吊し上げたイノシシ頭の人間との距離はもう100mほどある。
 それほどの距離で伝わるように言葉をかけるとしたら、大声を上げるしかない。
 義勇は適切な突込みを受け、読み取りづらい表情で彼女を見つめた。


「冨岡様って……時を見測ることが苦手そうですね」
「………お前」
「なんですか?」


 今日が初対面。そして、出会って数時間しかたっていないが、分かったことがあったらしい。
 彼女は深いため息を付き、髪をくしゃと掻くと呆れたように言葉を零した。
 義勇はじっと藤を見つめるが、その表情は無表情で何を考えているのかは読み取りづらい。彼女は首を傾げて問いかけた。


「名前は?」
「…………藤です」
「そうか」


 ぽつりと零された言葉に藤の羽織はずり下がる。
 今更、それを聞くか?
 彼女は心の中でそう呟けば、自分の名前を口にした。
 名前を聞けたことに満足したのか。彼はこくりと頷くとそのまままた走り出したのだった。



◇◇◇


 
(コイツ……俺の速度に付いてこられている…こんな隊員が目立つことなく、いたのか?)
(……鬼と炭治郎の気配…!)
「!」


 ずっと走り続けている隣で息も上がらずに自分に付いて来ている隣の子供に義勇は目を向ける。
 柱ともなる人間に付いて行ける隊士がいたことに驚きを隠せないのだろう。
 ふと浮かぶ疑問を自分に投げかけるが、彼はそれに対しての答えを持ち合わせてはいなかった。
 そんな視線に気が付いるのか。否か。それよりも気になることがあったらしい。
 藤は目を見開くと足を更に速めると彼はまだ余力のある彼女に微かに目を開いた。


(……気配が弱い…嫌な予感がする……あれは…籠?)


 彼女は額に嫌な汗をジワリと滲ませる。胸を支配する不安に唇を噛みしめていると遠くから見える白い籠に覆われている人影と全身白い少年の姿が見えて来た。


「…先行きます!」
「!!」


 籠に囚われているものの姿を認識した朱運管、藤は眉を吊り上げると更にスピードを上げて義勇を置いて走り抜いていく。
 その様にまた義勇は驚いた表情をすると彼女の行く先に見えるものを理解し、彼もまた足を速めた。


「虹の呼吸――……参ノ型……幻日」


 藤はどんどんと縮まって行く籠の中には見知った顔が二つある。
 それは数か月前に旅を共にしていた者たちだ。彼女は鞘を握り、柄を握り締めてるとすぅ……と呼吸を吸えば、静かな声でありながら、はっきりとした口調で紡ぐ。
 それは一瞬の出来事だった。
 あったはずの白い糸で出来た籠は消え失せると倒れ込んでいる二人の少年少女を守るように藤は立ちはだかる。
 白い糸の籠がなくなったということは斬ったということだ。だが、彼女は刀を鞘に納めている。
 抜いたか抜いてないのか、分からない速度で刀を抜いて糸を斬り、刀を収めたということだ。


(誰か来た……誰だ……善逸か?)


 ボロボロになった炭治郎が頑張って顔を上げるが、月の光もない暗闇の中では顔まで把握できないのか。嗅覚でも把握できないようだ。
 いや、呼吸をするのもやっとだから嗅覚で誰が来たのかを判断するのも難しいのかもしれない。
 

「悪いが俺の大事な星を殺される訳にはいかないんだ」
「藤……?」 


 藤は鞘から刀を抜かず、それでも刀をいつでも抜ける体制になりながら、威嚇するように鋭い目を対峙する鬼を睨んでは凛とした声で紡いだ。
 その声は数か月ぶりだけれども聞き覚えのあるものだったらしい。
 炭治郎は驚いた顔をして彼女の名前を零した。


「俺が来るまでよく堪えた。後は任せろ」
(次から次に!!ボクの邪魔ばかりする屑共め!!)


 すると、義勇もまた彼女たちの元へと辿り着くと炭治郎たちに言葉を投げかけると刀を抜き、鬼へと斬りかかる。
 その攻撃に十二鬼月の一人、下弦の伍である塁は舌打ちをして後ろに下がると苛立った表情で次の技を義勇に向けた。
 血鬼術 刻糸輪転こくしりんてん
 竜巻の如く渦を巻く最硬度の意図が相手に襲い掛かり、跡形もなくバラバラにする技だ。
 その技を目にした義勇は焦りも、驚きもすることはない。
 全集中・水の呼吸 拾壱ノ型 凪
 彼は無表情で技を見切ると静かに刀を振るった動作さえ目視するのが難しい速度で刀を振れば、糸はハラハラと地面に落ちていった。
 それは抜刀しての自然体から無表情で繰り出される無数の斬撃。刀の届く範囲内に入った対象を、縦横無尽に斬り刻む。
 間合いの全てを無に返すことから、無風の海面を意味する凪の名を持つ技だ。


(っ、あれが……柱か…)
(!?何だ?何をした?奴の間合いに入った途端、意図がばらけた…一本も届かなかったのか?最硬度の糸を……斬られた?そんなはずはない。もう一度……)


 柱の実力を目の当たりにした藤はごくりと固唾を飲み込む。
 噂で聞いていたにしろ、実際に目にするのはやはり、何かが違うのだろう。
 瞳を揺らしていると塁は自分の攻撃を無に返されたことに動揺したようだ。
 慌てて攻撃を返そうとしたが、それを許されることなく、頸を斬り落とされた。
 水の呼吸……鱗滝の技は壱〜拾まで。
 拾壱ノ型は義勇が編み出した義勇だけの技。
 凪とは無風状態の海のこと。
 海水は揺れず、鏡のようになる。
 義勇の間合いに入った術は全て凪ぐ。
 無になる。


(くそっ…くそっ…殺す殺す!あの兄妹は必ず……殺す!!)


 首を落とされたことに気が付いているのか、いないのか。
 いや、気が付いていても憎しみ、怒りの方が優先したのだろう。
 湧きあがる憎しみと殺気をおもむろに出しながら、炭治郎たちを殺そうと躍起になっていた塁が目にしたものは妹を庇う様に覆うかぶさる炭治郎の姿だった。




ALICE+