累ははらはらと塵になりながらも、その光景に瞠目させた。鬼になってしまった彼はそれに心動かすものがあったのかもしれない。
(小さいからだから抱えきれない程、大きな悲しみの匂いがする)
炭治郎は必死に伸ばす崩れた手を血の気のない顔でちらっと見れば、華から抜け透空気に混じって崩れゆく肉体から漂う感情に目頭を熱くさせる。
累から漂う悲しみに同調したのか、何か思ったようだ。優しく彼の背に手をそっと添えたのだ。
(さっきまで戦っていた鬼に対しても優しさを見せる…………どこまであたたかいんだろう)
その行動は異常を期している。
先ほどまで対峙していた敵だったのに。自分も妹もさんざんボロボロにして殺そうとした相手なのに。
どうしてあたたかく優しくすることが出来るのだろうか。その光景を目の当たりにしていた藤はそれが不思議でならないのだろう。目を細め、ただただじっとい詰めていた。
「でも…山ほど人を殺した僕は…地獄に行くよね……父さんと母さんと…同じところへは…いけないよね…」
日の光のようにあたたかく優しい手。
それに触れてはっきりと全てを思い出したのかもしれない。
累は懺悔するするように、悲しく苦しい声で寂しそうに自分の身体に触れている炭治郎を見つめながら、ポツリと呟いて塵となり消えて行った。
(……どうか、来世は幸せに)
彼の言葉は彼女の耳に届いていたのだろうか。それは分からないが、藤は首があった位置をじっと見つめてはゆっくり瞼を閉じ、願いを心の中で吐露していると義勇は累が着ていた着物を容赦なく踏みつけ、その上に立った。
「………!」
全ての悲しみ、複雑な思いを足蹴に擦るようなその行動を彼がするとは思っても見なかったのだろう。
藤は驚いたように目を見開き、義勇を見つめる。
「人を喰った鬼に情けをかけるな。子供の姿をしていても関係ない。何十年何百年、生きている醜い化け物だ」
「………」
義勇は無に見える表情の中に少しの苛立ちを孕ませているような声音で炭治郎に忠告するように端的に言葉を紡いだ。
それはまさしく正論だ。
どんなに哀れに思えても、可哀想そうに見えても人を喰って殺していることには変わりない。だからこそ、藤は炭治郎がどう返すのか。気になり、二人のやり取りを見守ることを決めた。
「殺された人たちの無念を晴らすため、これ以上被害者を出さないため…勿論、俺は容赦なく鬼の頸に刃を振るいます。だけど、鬼であることに苦しみ、自らの行いを喰いている物を踏みつけにはしない」
投げかけられている言葉の意味は理解できるのだろう。
しかし、そこに感情をないモノとして語る彼に炭治郎は怒りが湧いてきているのか。怪我によおる冷や汗をたくさんかき、痛みに耐えながらも眉間にシワを寄せながら、反論をする。
「鬼は人間だったんだから。俺と同じ人間だったんだから」
ボロボロの身体で振り絞る用意声を出す彼の言葉はどこまでもあたたかい。
(そう……鬼は我を忘れ、過去を忘れ彷徨う化け物……だけど、元をたどれば人間……それすら受け止める人間は多くいない、のに)
それは
胸につまるような感覚を覚えながら、彼女は胸元の服をキュッとつかみながら、瞳を揺らした。
鬼に対して感情移入しない方が多くの任務をこなすには
いや、鬼に対して憎しみを持っている人間の方が多い。だからこそ、都合よく感情を見せられたとしても受け取ろうとしない人間の方が多いと言う方が正しいのかもしれない。
二人の思いが分かるからこそ、彼女は心苦しそうな顔をしていた。
「足をどけてください。醜い化け物なんかじゃない。鬼はむなしい生き物だ。悲しい生き物だ」
炭治郎は呼吸を整えることと自分の意思を訴えることに必死なのだろう。
藤のことを見ることなく、累が着ていた着物に手を伸べて言葉を投げかける。
義勇は怪訝そうに眉間にシワを寄せて炭治郎の傍で気を失っている禰豆子に目を向けた。
「お前は……」
(この気配は…)
彼は自分の目の前にいる者たちが
義勇は刀を素早く抜き、相手の攻撃を受け流すと鉄と鉄が擦れる音がその場を支配した。
「……」
「あら?どうして邪魔をするんです。冨岡さん」
「………」
炭治郎達を庇おうとしたのに先を越されたことに彼女はぱちぱちと何度か瞬きして固まっていると蝶のようにくるっと宙を舞う蟲柱・胡蝶しのぶは柔らかい声で義勇に話しかける。
しかし、彼はただ黙り込んでいて返答はない。
「鬼とは仲良くできないって言ってたくせに何なんでしょうか。そんなだからみんなに嫌われるんですよ」
優しい声、穏やかな表情で更に語る言葉はなんとも刺々しいから不思議だ。
(しのぶ様……辛辣というか……禰豆子をどうにかしないとまずくない……か?)
そんな言葉を浴びてもただあっている義勇に藤は冷や汗を掻き、また毒を吐くしのぶに頬を引き攣らせる。
しかし、それよりも今この状況があまり良くないということだけは分かるんだろう。
彼女は炭治郎たちの傍に寄って二柱を警戒しながら見守っていたのだった。