十七話





「起きろ。起きるんだ。起き…オイ。オイ、コラ!やい!てめぇ!やい!!いつまで眠ってんだ!さっさと起きねぇか!!柱の前だぞ!!」


 あの時、限界を超えていた炭治郎は意識を手放してしまっていた。そんな彼を今、起こそうとする声が聞こえる。だが、声をかけても起きる気配がまるでない炭治郎に扱いが雑になっていった。


(柱…!?柱って何だ?)


 聞いたことのないそれに眉間に皺を寄せ、考えをめぐらせる。
 柱とは鬼殺隊の中で最も位の高い九名の剣士のことだ。柱より下の階級の者たちは恐ろしい速さで殺されてゆくが、彼らは違う。鬼殺隊を支えているのは柱たちだった。


(何のことだ?この人たちは誰なんだ?ここはどこだ?)
「ここは鬼殺隊の本部です。あなたはここで裁判を受けるのですよ。竈門炭治郎君」


 彼はこの状況を飲み込めていないらしい。視線を動かしながら、確認していると炭治郎の疑問に答える優しい声がした。
 そちらに顔を向ければ、優しい顔で微笑む女性。胡蝶しのぶが立っていた。


「裁判の必要などなだろう鬼を庇うなど明らかな対立違反!我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!」
「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫をみせてやるぜ。もう派手派手だ」


 仁王立ちする炎を思わせる髪色と眼力のある四白眼が特徴の男。煉獄杏寿郎は竹を割ったような正確なのであろう。スパッと結論を出すと二つ隣にいる恵まれた体躯を持った伊達男。宇髄天元もまたその案に乗り、処刑実行人を名乗り出す。


(えぇぇ…こんな可愛い子をころしてしまうなんて…胸が痛むわ。苦しいわ)


 その二人の間に挟まれている頭頂から肩口までは桜色、そこから先に行くに連れて緑色の髪色を持つお下げの女性。甘露寺蜜璃は眉を八の字にして心の中で感情を出していた。


「あぁ…なんというみすぼらしい子供だ。可哀想に…生まれて来たこと自体が可哀想だ」
(何だっけ…あの雲の形……何て言うんだっけ)


 ジャリジャリと数珠を擦り合わせる男。悲鳴嶼行冥は炭治郎が哀れだと思うて仕方がないのか。涙を流しながら、祈りを捧げているようだ。
 腰に届く程の髪を伸ばした小柄で中性的な少年。時透無一郎はこの事態興味がないのだろう。我関せずのまま、ぼーっと空を見上げていた。


「殺してやろう」
「うむ」
「そうだな、派手にな」


 彼らの意見はいかに。
 どうも三人が同じ意見を持っており、意見が固まり始めていた。


(禰豆子……禰豆子は……どこだ…!?)


 自分のことだと言うのにそれ自体に今、気を取られている場合ではないらしい。炭治郎は妹の禰豆子を探すように辺りを見渡すが、見つからない。それに焦りを見せた。


「そんなことより冨岡とそこの小僧はどうするのかね」
「!?」


 炭治郎は砂利の上でうつ伏せになっている状態だからこそ、突然聞こえてきた声が更に高い場所から聞こえたのかもしれない。
 それは当然だ。口元を包帯で巻いている男。伊黒小芭内は木の上に横になっているのだから。
 彼は規律違反をした少年よりも気になることがあるらしく、口にした人物に向けて指を差した。


「拘束もしてない様に俺は頭痛がしてくるんだが、胡蝶めの話によると隊律違反は冨岡とそこの小僧も同じだろう。どう処分する。どう責任を取らせる。どんな目にあわせてやろうか」


 伊黒は続けてネチネチと文句を言い続ける。
 彼の言っていることは正論だ。規律を違反したものを野放しにしているのはいつ逃げ出してもいいと言っているように見えたのかもしれない。


(ごもっともだろうが……ねちねちしてるな…流石蛇柱…つーか、個性が強すぎる……柱自体)


 だが、それは藤にはくどく聞こえたのだろう。胸に溜まった二酸化炭素を吐き出すと呆れたような顔をして、心の中でボヤいた。
 そう、ここにいる柱と呼ばれる人間は何かと個性が濃い。


(伊黒さん、相変わらずネチネチして蛇みたい。しつこくて素敵……冨岡さん、離れたところに一人ぼっち……可愛い……それにしてもあの子、見たことない……綺麗な藤色…素敵だわ)


 蜜璃は木の上ににいる伊黒に目を向けて、頬を赤めると今度は義勇に、そして藤にと視線を向け続けた。
 どうやら、彼女の目には全て素敵なものに写ってしまうらしい。


「まあ、いいじゃないですか。大人しくついて来てくれましたし、処罰は後で考えましょう。それよりも私は坊やの方から話を聞きたいですよ」


 しのぶはその二人は問題ないと言わんばかりに話を早々に終わらせるとまた話題を炭治郎に戻した。
 確かに規律違反を二人もしたが、炭治郎ほど重くはない。


(俺のせいで冨岡さんと藤まで…………っ、)


 自分のせいで巻き込んでしまった罪悪感から言葉を出そうとした。
 しかし、彼は満身創痍。ほんの少し息を吸って声を張ろうものなら、激痛が走る。


「ゲホゲホゲホッ…!」


 痛みから苦しそうに咳をすれば、更にそれから追い打ちをかけるように痛みが身体を駆け抜けた。
 苦しみからヨダレを垂らし、咳き込み続ける。


「っ、」


 藤はその声はあまりにも苦しそうで近寄ろうかと身体を炭治郎に向けるが、1歩足を踏み出したところで留まった。そして、眉間にシワを寄せて耐えるようにぎゅっと、自身の腕を掴む。
 今、その時ではないと。


「水を飲んだ方がいいですね。顎を痛めていますからゆっくり飲んで、話してください。鎮痛剤が入ってるため、楽になります。怪我が治ったわけではないので無理はいけませんよ」


 しのぶは懐から小さな瓢箪を取りだし、蓋を取れば説明しながら、炭治郎の口元へと運んだ。
 それに彼は素直に応じるとごくごくと水を飲む。


「……俺の妹は鬼になりました。だけど人を喰ったことはないんです。今までもこれからも、人を傷付けることは絶対にしません」


 即効性で痛みが麻痺することはないだろう。現に彼は冷や汗をかいている。
 それでも自分を庇ってくれた人達の為にも、妹のためにも信じてもらおうと事実を述べた。


「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。いう事全て信用できない。俺は信用しない」
「あああ…鬼に取り付かれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」
「っ、……」


 鬼は例外なく、人を食い殺す。
 それを経験から知っている・・・・・柱たちはそんな言葉で簡単に信用するはずがない。
 だからこそ、伊黒はネチネチと否定を続け、悲鳴は哀れな子供の嘘だと思い込んでいる。


(さっきから聞いてりゃイライラする……が、我慢だ)


 はなっから炭治郎の言い分を理解しようとせずに聞く耳も持たない。
 そのやり口が気に入らないのか、藤は眉間にシワを寄せて唇を噛むとぎゅっと自身の腕を強く握りしめた。


「聞いてください!!俺は禰豆子を治すため、剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは二年以上前のことでその間、禰豆子は人を喰ったりしてない!」
「話が地味にぐるぐる回ってるぞ、アホが。人を喰ってないこと。これからも喰わない事。口先だけでなくド派手に証明してみせろ」


 まるで信じてもらえない。
 それに焦り、もう一度訴える炭治郎だが、それもまた同じことを言葉を変えて言ってるだけだ。
 それを宇髄が指摘すると偉そうに見下ろす。
 確かに彼の言っていることは正論だ。柱は人を喰わない鬼など見たことがないのだから。


(なんだっけ…あの鳥……ええと…)


 我関せずのまま、無一郎はぼーっとしながら空を自由に羽ばたく鳥を見ているとこそっと手を挙げる華奢な指が見える。


「あのぉ…でも、疑問があるんですけど…お館様がこのことを把握してないとは思えないです。勝手にしょぶんしちゃっていいんでしょうか?」
「……」

 その手を挙げていたのは蜜璃。彼女は口元に手を添えながら、心配そうに疑問を口に出した。
 蜜璃の意見はすぐに否定はできないらしい。


「いらっしゃるまでとりあえず待った方が…」
「「……」」


 彼女は注目されてることに緊張しているのか、少し慌てた様子だったが、続けて提案をした。


「妹は俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!だから!!」
「オイオイ。何だか面白いことになってるなァ」


 炭治郎は訴え続ける。彼らが考えている間も。
 妹は人を喰っていない上に戦えると、人を守れると。
 その姿をその場の全員が見ているとジャリッと音を立てて近寄る音があった。


「「……!!」」


 そちらに目を向けらば、傷だらけの男が禰豆子が入っている箱を片手に持っており、それに炭治郎は目を大きく開き、藤と義勇は眉を釣り上げる。


「困ります!不死川様!!どうか箱を手放してくださいませ!!」


 どうやら、隠が持っていたようだが奪われてしまったようだ。隠は慌てたようにお願いをするが、まるでその話を聞く気がない。


「鬼を連れた馬鹿隊員はそいつかいィ。異一体全体どういうつもりだァ?」
「胡蝶様、申し訳ありません…」
「不死川さん、勝手なことをしないでください」


 不死川は威圧的な態度で炭治郎のみを見てに問いかけた。
 言われたことが出来なかったことにビクビクした隠はしのぶに謝れば、彼女は怪訝そうに不死川に指摘をする。


(しのぶちゃん、怒ってるみたい。珍しいわね…カッコイイわ)


 その二人の対立を見ていた蜜璃は顔を赤らめてひとりでときめいていた。


「鬼が何だって?坊主ゥ…鬼殺隊として人を守るために戦える?そんなことはなァ…ありえねぇんだよ!馬鹿がァ!!」


 戯言を吐く餓鬼だとばかりに馬鹿にした態度をとり、毒を吐き出すと彼は刀を抜き、そのまま禰豆子の入っている箱を日輪刀で突きさす。


「!!」


 それは炭治郎、義勇、しのぶ。そして、藤にとって衝撃的だった。
 箱からは血が滲み出るとダラダラと滴り落ちる。
 顔を歪めると炭治郎は頭に血が登ったのだろう。額に青筋を浮き立たせると勢いよく走り出した。


「俺の妹を傷付ける奴は柱だろうが何だろうが許さない!!」
「馬鹿っ!」


 我を忘れたように体当たりする勢いで走っていく炭治郎に藤は止めるタイミングを逃したらしい。舌打ちをした。


「ハハハハ!!そうかい!よかったなァ」
「やめろ!!もうすぐお館様がいらっしゃるぞ」
「!!」


 キレて向かってくる炭治郎に不死川は高笑いし、刀を向けようとすると義勇は大きな声で止めに入る。その声に一瞬、身体を止める不死川だったが、炭治郎は止まらない。
 不死川は刀を横に振り切るとそれを炭治郎はジャンプして避け、そのまま顔面に頭突きをして倒すと自らも頭から落ちる。


(鼻の骨、折れてないか…?)


 なかなかに鈍い音がしたから、炭治郎の頭の硬さを知ったのだろう。藤は顔を青ざめて痛くない自身の鼻頭を触る。


「ブフッ」 


 蜜璃は間抜けさに思いわず笑ってしまったのだろう。


「「……」」


 だが、その漏れた笑いに視線だけが集まる。


「すみません」

 失礼だったと思ったのだろう。彼女は口元を抑えながら、申し訳なさそうに謝罪をした。


(冨岡が横から口を挟んだとはいえ、不死川に一撃を入れた)


 木の上から見守っていた伊黒は炭治郎の身体能力、いや、頭の硬さに驚きを隠せないのだろう。
 一瞬の隙があったとしても相手は柱だ。それに一撃を与えた事実がそうさせたらしい。


「善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら、柱なんてやめてしまえ!!」
「てめェェ…ぶっ殺してやる!!」


 炭治郎は禰豆子の入った箱の紐を手に持ち、庇うように前に座って怒鳴ると不死川は鼻からダラダラと血を流しながら、青筋を浮き立たせると荒々しく言葉を投げた。
 

(鼻血出てるから止めませんか……)
「お館様のおなりです!」


 いや、続けるより手当した方が良くないか。
 それが藤の心情だったようだ。
 心の中でツッコミを入れていると産屋敷家の御息女が凛とした声で申す。
 鬼殺隊の責任者が来たことを。




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