十八話





「よく来たね。私の可愛い剣士こどもたち……お早う。皆、今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな?顔ぶれが変わらずに半年に一度の“柱合会議”を迎えられたこと…嬉しく思うよ」


 屋敷の奥から現れた男性はとても優しく、聞き心地の良い声でその場にいる人間い声をかける。


(傷…?いや、病気か?この人がお館様?)


 炭治郎はぽかんとした顔をしてじっと見上げていたが、それは不死川の手によって強制的に下げさせられた。


(速い!!全く反応できなかった!この…!!)


 意識を屋敷の上にいる人へと向けている間に攻撃をされたと思ったのだろう。キッと眉を吊り上げて不死川の方へと顔を向けると柱と呼ばれた人達は皆、跪いたことに驚き、目を見開く。


「お館様におかれましてもご壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」
「ありがとう、実弥」


 先程、炭治郎に向けていた態度は一体何処へと行ってしまったのだろうか。本当に、同じ人物なのだろうか。
 そんなことを思わず思ってしまうくらいに流暢な言葉が不死川の口から出る。


「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じます。よろしいでしょうか」
(知性も理性も全く無さそうだったのにすごいきちんと喋り出したぞ)


 彼はそのまま続けて自分が押さえ込んでいる人間の話題をお館様と呼ばれる産屋敷耀哉に問いかけた。
それに信じられない顔をしながら、炭治郎は彼を見上げているが、誰もそれを気にする事はない。


(……言いたいことは分かるが、顔に思いきり出すのはいかがなものだろう)


 いや、一名。彼から醸し出している雰囲気に気が付き、チラッと視線を向けた。
 藤はアホ面にも見える彼の顔を見て心の中でこっそりとツッコミを入れる。


「そうだね。驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そして、皆にも認めてほしいと思っている」
「「!!」」


 産屋敷は眉を下げて申し訳なさそうに微笑みながら、問いに対しての返事をするとそれに柱達は驚いたように顔を上げた。


「嗚呼…たとえお館様の願いであっても私は承知しかねる…」
「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など認められない」


 悲鳴嶼は涙を流して両手を合わせながら、丁寧に断りの言葉を紡ぐとそれに続いて宇髄もまた強い意志を持って反対の意を告げる。


「私は全てお館様の望むまま従います」
「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」
「……」


 次に出る意見は産屋敷に意を任せる言葉。
 そんな中、しのぶだけは険しい顔をして黙り込んでいた。


「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」
「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ!!全力で反対する!!」
「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門・冨岡・謎の少年、三名の処罰を願います」


 だが、そんな簡単に認められることではない。今まで“鬼は悪”として斬ってきた人間が、1匹だけを容認することはなかなか難しいことだ。
 伊黒、煉獄、不死川は反対をすると処分を急かす。


「では、手紙を」
「はい。こちらの手紙は元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」


 産屋敷はこのことをもう最初から見込んでいたのかもしれない。表情を変えることなく、淡々と自分の娘へ指示を出した。
 少女は懐から手紙を取り出すと開き、柱達に向けて読み始める。


――炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうか御許しください。
 禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。
 飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。
 
 俄には信じ難い状況ですが紛れもない事実です。
 もしも禰豆子が人に襲い掛かった場合は竈門炭治郎及び―――…



「鱗滝左近次・冨岡義勇が腹を斬ってお詫び致します」


 手紙の締め括りに炭治郎は涙をした。
 関係の無い二人まで命をかけてくれると言ってくれた優しさに。


「お館様、その連盟に俺の名前も追加でお願いします」
「!!」


 藤はすっと手を上げて凛とした声で言う。
 その声にその場にいた者は皆、彼女の方へと顔を向けた。
 炭治郎もまたその声に驚き、目を大きく開く。


「……容認していたのは俺も同じなので」
「……っ、」


 命をかけるという言葉を口にする場合、本来ならば強い意志を見せるか、力んだ表情をしたり、声音になったりするだろう。だが、藤はふっと柔らかく微笑みながら、なんでもないかのように言った。
 それにまた炭治郎は胸に熱いものが込み上げてきて、固唾を飲み込む。


「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」
「不死川の言う通りです!人を食い殺せば取り返しがつかない!!殺された人は戻らない!」


 だが、不死川からしてみたらくだらない妄言なのだろう。青筋を浮かべながら、冷静に反論をすると煉獄もまたその意見に同意を示した。


「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない。証明ができない。ただ、人を襲うということもまた証明ができない」
「!!」


 彼らの意見は最も。それは産屋敷も分かっていたらしい。こくりと頷いて同調してみせるが、次には真逆の言葉を口にする。
 それに柱たちは瞳孔を開き、彼を見つめた。


「禰豆子が二年以上もの間、人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために四人の者の命が懸けられている。これを否定するためには否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」
(……産屋敷殿は本当に敵に回したくない人だ)


 産屋敷は感情論でもなく、ただ理性的に起きた事実のみだけを語り出す。
 そして、諭すように正論を投げかけた。
 その姿に藤は溜息をつき、眉根を寄せて心の中でボソリとボヤく。


「……っ」
「……むぅ!」


 柱たちは誰もが産屋敷の言葉に立ち向かえる言葉ぶきを持ちえなかったようだ。言いくるめられたことに不満な顔をするものもいれば、潔く負けを認めたような顔をしている者もいる。


「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」
「っ」


 産屋敷は後出しジャンケンのように重大な情報を口にすると藤はそれに驚き、目を大きく開いた。


「!?」
「そんなまさか…柱ですら誰も接触したことが無いというのに…!!」
「こいつが!?」


 先程の表情とは打って変わり、柱たちは視線を炭治郎に向け、集中攻撃とばかりに言葉を浴びせる。


「どんな姿だった!?能力は!?場所はどこだ!?」
「戦ったの?」
「鬼舞辻は何をしていた!?」
「根城は突き止めたのか!?」


 蜜璃はその波に巻き込まれ押し倒されてしまったが、それにすぐ気が付いて手を差し伸べた者は義勇のみだ。
 それだけ、鬼舞辻無惨の情報というものは無いに等しいものだと言うことが伺える。


「……」
「おい、答えろ!!」
「黙れ!俺が先に聞いてるんだ!!」


 先程までは自分を殺すと言っていた者たちが凄まじい勢いで質問をぶつけてくるその様に驚き、炭治郎は言葉を失っているとそれに苛立ちを覚えたのだろう。
 次々と荒々しい言葉が飛んだ。


(柱ですら、この騒ぎになる程…隠れるがうまいのか。あの鬼は…)
「まず鬼舞辻の能力を…」


 柱達の慌てぶりを見ていた藤は何度も瞬きをしてその様に驚きつつ、観察していたが、それだけ貴重なタイミングがあったのに逃してしまったことに悔しく思ったのかもしれない。唇をぎゅっと結べば、拳を握り締めた。
 情報が欲しくて仕方ない柱達の言及があったが、産屋敷が口元に人差し指を添えるとピタリと静かになる。
 なんとも統率の取れている組織だろうか。


「鬼舞辻はね。炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない」
(……炭治郎に追っ手?くそ…産屋敷殿が邪魔しなければ遭遇していたのに……)


 産屋敷はただ淡々と鴉たちから得た情報を伝えるだけだが、見え隠れする淡い期待が声音から受け取れた。
 だからこそ、炭治郎たちの存在を容認して欲しいという言葉が出るのだろう。しかし、その言葉よりも炭治郎に追っ手を放っているという事実が衝撃的だったようだ。藤は眉根を寄せて口元に手を添えながら、ギリっと歯を食いしばる。


「恐らくは禰豆子にも鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。わかってくれるかな?」
「………」
「………」


 彼はまた言葉を続けた。
 それは禰豆子を手中にしていれば、あちら側が動きを見せるチャンスが巡ってくるとばかりに。
 産屋敷の言わんとしていることは理解できるのだろう。だが、鬼を容認するということは今までで自分達が鬼を絶対悪としてきたことを否定することにもなる。
 柱達は険しい顔をして黙り込んだ。


「わかりません。お館様…人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です。承認できない」
「!?」


 もう誰も反論を唱える者などいない。
 そう思えた時、不死川はぽつりと呟く。そして、強い意志を持った目を産屋敷に向けてはっきりと告げると刀を抜き、自身の腕を切った。それに誰もが驚いき、目を見張る。


(え?え?何してるの何してるの。お庭が汚れるじゃない)
「………」


 砂利にボタボタと赤い物が落ちるのを視覚的に捉えると蜜璃は顔を少し歪めて心の中で言葉を零した。
 彼が何をしたいのか、想像が容易に出来たのだろう。藤は鋭い視線を血を流す人間に向ける。
 

「お館様…!!証明しますよ!俺が!!鬼という物の醜さを!!」
「実弥…」
「オイ!鬼!!飯の時間だぞ!喰らいつけ!!」


 刀を固く握りしめながら、産屋敷に実証を示すことを違うと産屋敷はどこか悲しそうな顔をしながら、彼の名前を口にした。だが、それは不死川の耳には届いていないのかもしれない。彼は腕をバッと伸ばし、禰豆子が入っている箱に伸ばすとぼたぼたと血が流れ落ちた。
 

「!!」


 そんなことをすれば、木で出来ている箱はどんどん染みて中に届いてしまう。
 彼の狙いはそれなのだが、あまりにも野蛮なやり方に炭治郎は青筋を立て、歯ぎしりをしたのだった。




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