「不死川。日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は出て来ない」
「お館様、失礼仕る」
伊黒はじろりと不死川の方へと目を向け、冷静に指摘をすると彼は短く言葉を紡ぎ、ドンっと駆けて屋敷に上がり込むと日輪刀を取り出し、箱に向ける。
「禰豆子ォ!!やめろーーーーーっ!!!」
箱ごと妹が刺されてしまう。
それに酷い汗を掻きながら、叫ぶ炭治郎の背に伊黒が肘鉄を食らわせ、呼吸をさせにくくさせた。
細腕だが、腕の血管は浮き出ていることから余程の力で少年を抑え込んでいるのだろう。
炭治郎は息苦しそうにただもがいていると不死川は慈悲も涙もなく、ただドスドスドスと箱を刺し続ける。
「…っ、…っ、……!」
(禰豆子!!禰豆子!!)
炭治郎は血を走らせたような目をして必死にもがきながら、呼吸が難して名を呼ぶことも出来ない代わりに、心の中でずっと妹の名前を叫んだ。
「出て来い鬼ィィ!お前の大好きな人間の血だァ!!」
バキッと音を立て、箱の蓋を壊す不死川は挑発すると禰豆子は幼い身長から本来の身長に戻しながら、のろのろと立ち上がる。
「フゥ…フゥ…フゥ…フゥ…フゥ…フゥ…フゥ……」
彼女は大量の冷や汗をかき、刀で刺された所からは血が滲ませていた。
ボタボタと流れる人間の血をじっと睨みつけているが、生理的な欲求が彼女を書きたてるのか、涎を垂らしている。
「伊黒さん、強く押さえつけすぎです。少し弛めてください」
「動こうとするから押さえているだけだか?」
早く禰豆子を助けようと抵抗を続ける炭治郎を押さえて込んでいる伊黒のやり方はあまりにも医術の心得を持っているしのぶからして気持ちの良いものではなかったのかもしれない。彼女は涼しい顔をしたまま注意するが、淡々とした答えしか帰って来なかった。
「…竈門君、肺を圧迫されている状態で呼吸を使うと血管が破裂しますよ」
「血管が破裂!!いいな、響き派手で!!よし行け、破裂しろ」
「可哀想に…何と弱く哀れな子供。南無阿弥陀仏…」
話にならないと悟ったのか。しのぶは伊黒ではなく炭治郎に大人しくなってもらうしかないと思ったのだろう。
小さな息を吐き出すと炭治郎に命の危険な行為をしていることを伝える。
だが、彼女の言葉がワクワクした宇髄は場にそぐわない命を出すとそれを憐れむ悲鳴嶼は涙を流して唱え始める始末だ。
(ホント、ロクな柱がいない……いや、違うか。そういう生き方しか知らないんだ。皆、境遇は近けれども生き方は違うんだから)
なんと個性たっぷりな人間たちなのか。十人十色と云えども十人十色が過ぎる。
藤は彼等の反応に呆れたように半目にして毒を心の中で零すが、その言葉を自ら棄却した。
彼らがロクじゃないのではなく、ロクじゃない環境下にいたとしても生き抜いてきた人間だからこその個性と捉えたらしい。
「グ、ウ、ウゥ」
(……もう手を出すべきか)
呻く炭治郎は諦めて力を抜くことはない。
しのぶの言っていた通り、もう彼の身体の限界は近い気がしたのか。藤は行動するか否かを迷い、唇を噛みしめていると屋敷の端っこにいる禰豆子はぼたぼたと流れる血を見て、ヨダレを垂らし、竹筒をミシミシと鳴らしながら耐えていた。
「竈門君!!」
「ガ、ァ、ア!!」
しのぶはもう一度名前を呼んで彼を制止しようとするが、もはやその声は聞こえていないのだろう。
炭治郎は力を振り絞って拘束されていた縄を引きちぎると伊黒は驚いた表情を浮かべれば、冨岡に腕を掴まれる。
「禰豆子!!」
「!!」
だが、周りのことなんて見えていない。唯一の兄妹が殺されそうなのだから当然だ。
それに加えて家族を大事にする彼には自分の身体がどうなっているかなんて些事なのかもしれない。ゲホゲホ苦しそうに呼吸をする炭治郎は屋敷へと近寄り、妹の名前を呼んだ。その声は彼女の耳に届き、視線を兄へ向ける。
――人は守り、助けるもの
傷つけない。絶対傷つけない。
羽織をぎゅっと掴み、我慢する彼女の脳裏には母、弟妹、兄の顔が浮かぶ。
その末、禰豆子はぎゅっと固く目を瞑ってはぷいっと顔を横に背けた。
彼女の必死の抵抗があ想定外だったのだろう。不死川はただ驚いた顔をして茫然とする。
「どうしたのかな?」
「鬼の女の子はそっぽ向きました。不死川様に三度刺されていましたが、目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して噛まなかったです」
結末が見えていない産屋敷は静かに問うと隣にいる彼の娘が淡々と説明した。
「ではこれで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」
「「!!」」
人を喰う鬼ではあるが、禰豆子は喰わなかった。それが全ての証拠になる。
それをにこやかに語るとその場にいる者たちは驚き、彼の方へと一斉に顔を向けた。
「何のつもりだ?冨岡…」
「……」
腕を掴まれていた伊黒はバッと手を払いギロっと睨むが、冨岡は言い返すこともない。
「炭治郎。それでも、まだ禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう」
産屋敷は客観的事実を口にすると炭治郎は話しかけられたことにハッと我に返り、バッと頭を下げた。
「証明しなければならない。これから炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てること」
(何だろう。この感じ…ふわふわする……)
産屋敷は優しい目を彼に向けながら、これからやるべきことを悟すように言葉を投げかける。
その声に耳を傾けながら、炭治郎は乱れている息を整えた。
「十二鬼月を倒しておいで。そうしたら、皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」
(声?この人の声のせいで頭がふわふわするのか?不思議な高揚感だ……!!)
産屋敷は続けて彼を激励すると炭治郎は妙に湧き上がる力を感じるのだろう。
気持ちが高まったようにガバッと下げていた頭を思い切り上げる。
「俺は…俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します!!俺と禰豆子が必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」
「今の炭治郎にはできないからまず十二鬼月を倒そうね」
「はい…」
彼は誓うように、強い意思を持って宣言するが、産屋敷はにこりと柔らかい笑みを浮かべてハッキリと告げた。
癸である彼には無理であるというのは客観的事実だ。何も問題ない。
ただ現実を見れていない夢物語を語ったと言うだけ。
炭治郎は大それたことを言ってしまった自覚をしたのだろう。顔を真っ赤な顔をして返事をする。
(炭治郎…ごめん………)
柱たちは炭治郎と産屋敷のやり取りに笑いを堪えるのに必死だ。
肩を振るわせ、口を堅く結んでいる。無一郎を除いて。
藤もまた頑張って堪えているようだ。肩を震わせながら、笑いたくなる気持ちを申し訳なさそうに心の中で謝罪をする。
「鬼殺隊の柱たちは当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて視線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ、柱は尊敬され、優遇されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気をつけるように」
「は…はい」
妹を守る為とは言え、言って良いことと悪いことがある。
それを嗜めるように言えば、炭治郎は恥ずかしさから眉を吊り上げてて素直に返事をした。
「それから実弥、小芭内。あまり下の子たちに意地悪しないこと」
「……御意」
「…御意」
だが、悪いのは炭治郎だけではない。
明らかに酷い仕打ちをした事実を注意すれば、彼らも産屋敷に逆らう気はないのだろう。
不服そうではあるが、首を縦に振ると不死川の隣にいる木箱の中で身を潜めている禰豆子はプンプンフガフガと怒っていた。