二十話






「さて、皆に紹介しておきたい子がいるんだ。藤の君、自己紹介してもらえるかな」


 炭治郎の処分の話が終わると話を切り替え、口角を上げながらその場にいる者たちに伝える。
 彼が口にした呼び名に柱たちは一斉に藤に目を向けた。そう呼ばれそうな人間など、一人しかいないのだから当然かもしれない。


「……柱の皆様、初めまして…いや、お三方はお会いしてましたね」


 紹介に預かった者はゆっくりと立ち上がると不思議と風が靡く。
 短い髪が風に遊ばれる中、藤は簡単な挨拶をした。


「………」
「……」

 何故、この子供もこの場にいるのだろうか。
 それが柱たちが疑問に思っていることだろう。眉間にシワを寄せ、じっと藤を見つめている。


「俺の名前は……いえ、安倍藤花と申します」
「「!!」」


 それが手に取るように分かるのか、彼女はふっと笑みを零すと自身の名前を口にする。
 一人称をわざわざ言い換えたからかもしれない。その場にいる彼女の正体を知らない者は目を見開いた。


(藤、……じゃないのか…?)
「平安時代から続くそれなりに有名な陰陽師の末裔です」


 炭治郎は彼女と出会ってからずっと呼んでいた呼び方は本来の名前ではないということに驚いたらしい。大きく瞳を揺らしていると藤は淡々と自身のことを語り続ける。


「おん、みょうじ?」
「安倍……と言うと安倍晴明か?」
「悲鳴嶼さん、流石ですね。その通りです」


 平安時代であれば、聞き慣れていただろうがこの時代は大正時代だ。
 学がなければ、聞き馴染などないのだろう。蜜璃は眉を下げて首を傾げて呟くと悲鳴嶼は両手を合わせ、涙を流したまま、問いかける。
 その言葉に藤は目を細めて笑いながら、コクリと頷いた。


「それが何だって鬼殺隊に…」
「私は鬼殺隊員ではありません。鬼に命を狙われる為、鬼殺隊と協定を結んだ家に生まれただけです」


 陰陽師と鬼殺隊。
 何がどう関係するのか意味が分からないのだろう。
 宇髄は眉間にシワを寄せて疑問を投げかければ、彼女は淡々と自分が何故ここに存在するのかを話し始める。


「命を狙われる?」
「安倍晴明は優秀な陰陽師だったらしく、安倍家は繁栄されていました。安倍の血筋はどこか違う。稀人、稀血の人…なんて、呼ばれるようになったそうです」


 伊黒はピクリと眉を動かして反応を示せば、藤は端的ではあるが分かり易く言葉を繋いだ。


「だから、何だって言うんだァ?」
「鬼が蔓延るようになり、安倍家の人間を狙う鬼が増えたのです。理由は簡単。安倍家の者が稀血だから」
「確かに稀血は珍しいが、そんな標的にされることなんてあんのかぁ?」


 命を狙われるのは皆同じだ。
 稀血だからなんて言葉は意味の分からない言い訳にしか思えなかったのかもしれない。不死川は苛立った様子で聞き返した。
 それは当然だ。彼もまた特殊な稀血なのだから。
 それでも彼女は酷く確信のある言い方をするものだから、彼は目を細めて更に問う。


「稀血を喰えば、50〜100人分の力を得られる。安倍家の人間を喰えばその倍の力を得られる」
「「!!」」


 藤は目を閉じて皆も周知の事実と産屋敷以外知らない事実を話した。
 後者の事実は柱と炭治郎に問って衝撃的だったのだろう。零れ落ちそうな程、大きく目を開ける。
 稀血の倍の力を得られるとなれば、鬼が楽に力を手に入れられることになるのだから。


「そう、鬼がそう口にしていたと我が家に口伝として残されています」
「そんなことありえるの…?」


 彼女はゆっくり目を開けて地面を見つめながら、温度のない声で告げると蜜璃は口元に手を添えながら、ポツリと零した。


「そこから安倍家は鬼への対抗策を考え、見つけたのは鬼は何故か藤の花が嫌いだということ」
「藤の花の効力を見出したのは安倍家、ということですか…」


 藤は彼女の方に顔を向けて微笑めば、過去の安倍家の業績を並べる。
 その柔らかい表情が全てを語っている。信じ難いかもしれないが、事実だということを。
 しのぶは自分の使う毒の経緯を初めて知ったのかもしれない。顎に手を添えて考え込みながら、彼女の言葉に耳を傾けた。


「しかし、鬼を滅することは出来ない。それは陰陽術を持ってしても…途方に暮れていた時に産屋敷家と出会い、日輪刀の存在を知り、安倍家は藤の花についての情報を渡し、協定を結んだといった感じですね」
「御館様、本当なのですか?」


 藤は鬼殺隊と安倍家の歴史を語り終わるとニコッと笑う。
 俄かに信じられないのだろう。悲鳴嶼は産屋敷の方へと顔を向けてじっと見つめ、問いかけた。


「うん、そうだよ」
「産屋敷殿が説明しても良かったのですが」
「お館様になんて口の利き方を…!!」


 産屋敷はただ静かに頷くだけ。
 その様子に藤は深いため息を付き、腰に手を当てながら文句有り気に小言を零すと不死川はギロッと睨みつけて反論をした。
 一介の小娘が偉そうに口をきいていい人物ではないのだから、その対応をされるのも仕方がない。


「そうは言っても、産屋敷殿と私は同等の立場ですから」
「何を言って……」


 だが、彼女は無闇に偉そうな態度を取っているわけではなかった。目を細めて意味深な言葉を零すとその意図は理解するに難しかったようだ。
 宇髄は眉間にシワを寄せてじっと藤を見つめる。


「安倍家は10年前に1匹の鬼により、滅んだ。鬼のきまぐれにより生かされた私は安倍家最後の陰陽師。つまり、産屋敷家と協定を結ぶ者ですから」
「「!!?」」


 彼女は悲しそうに微笑みながら、胸に手を添えて告げた。
 そう、藤自身が鬼殺隊を結成した産屋敷と協定を結ぶ安倍家の当主であるということを。
 まだ齢15歳の少女が当主であるということに衝撃が入ったのか、柱たちは息を飲みこむ。


「彼女の占術と言い、陰陽師としての腕は一流。頼りにさせてもらっているんだよ」
「私は女ということを隠し、潜伏して己が陰陽術、剣術を磨いていました。そして、時が来たので動き始めたのです」


 だが、産屋敷の表情は変わることはない。柔らかい声音で彼女への信頼を示した。
 未だ信じられないのかもしれないが、彼の言葉に少しずつ警戒は溶けているらしい。
 それを肌で感じる藤は口角を上げては天に向けて人差し指を差して意味深長に言う。


「その、時というのは…」
「赤い星 ゐづる時 必ず歯車が動き出す その時 薄桃の星 離れることなく寄り添い続ける」


 もったいぶった言い方が気になったのか、しのぶは柱達を代表する形で聞くと藤はもう片方の手を出して反対の手と同じように天を指差せば、ふたつの人差し指をピタリとくっつけて語った。
 

「「…………」」


 非常に遠回しの表現であろう。
 彼らは口をぽかんとさせたまま、彼女を見つめている。
 藤が口にした星の色が該当している者がいることは事実だ。


「ちょうど今年の最終選別が終わり、生き残った者たちが玉鋼を選んだ日に見た星詠みです。鍛冶の里にいた私は一つの玉鋼から刀となったモノを見て、分かった。この刀の持ち主がその星なのだと」


 彼女は柱達を横目にゆるりと歩きながら、説明する。
 わざわざ危険を冒して元々いた場所から離れた理由を。


(それで……藤は俺に会いに来たんだ)


 ずっと謎だった曖昧にしか答えられなかったそれの糸をやっと理解したらしい。炭治郎は腑に落ちたような顔をする。


「だから、炭治郎と禰豆子に会いに行って……いろいろあってここに連れ出された……って言うのが、ざっくり私の経緯ですね」
「話は分かった!だが、君から感じる気配は女子のものとは違う気がするのだが!」


 だが、もう説明に疲れたのか彼らと会ってからの自信の行動を大分端折って説明すれば、肩を竦めて笑った。
 その笑顔はめんどくさくなったと顔に書かれているのだろう。大体の者達は察して納得を示す中、煉獄は大きな声で自身の中にある疑問をぶつける。
 彼は熟練した剣士だ。だからこその謎なのかもしれない。


「それは術で気の流れを変えて性別を分かりにくくさせてます。まあ、鼻が利く炭治郎には通用しなかったんですけど」
「ほぉ…そんなことも出来るのか!」


 藤はああ、と零せば手短く言い表した。少し残念な報告と共に。
 陰陽師だの術だの俄かに信じ難いものを口にしているが、実際に女だと言うのに女の気を感じられなかったらしい。
 だが、実際女と云いながら、男に似つかわしい気を持ち合わせている。
 それは証拠とも言えるからか、彼はあっさりと納得した。


「これからは藤の君にも鬼殺隊と同行してもらうことを増やそうと思っている。だから、よろしくね」
「……御意」
「御意」


 藤の話が終わり、反論する様子もないことを肌で感じたのだろう。
 産屋敷はうっすらと笑みを浮かべながら、優しい口調で告げると柱たちは各々、了承の意を口にする。
 彼から寄せられた信頼に彼等は頷く他なかったのかもしれない。


「炭治郎と藤の君の話はこれで終わり。二人とも下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」


 必要な言葉は全て終わったのだろう。
 産屋敷は炭治郎と藤に顔を向けて指示を出すと目を細めたのだった。
 


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