二十二話





 

「…………」


 世が更けた蝶屋敷は静かだ。
 そんな中、縁側に腰をかけて空を見上げる少女の姿があった。


(藤……藤花、か……)


 炭治郎は目が冴えてしまったのか。縁側を歩いていたが、月明かりに照らされてる彼女を見かけ、ぽつりと心の中で名前を吐露する。
 今まで呼んでいた呼び名と、本当の名を。


(ドキ……?)


 普通に目に入ったから、そう心の中で零しただけなのに何故か胸が跳ねた。それは違和感だったのかもしれない。
 彼はキョトンとした顔をして自身の胸ぐらをつかみ、首を傾げた。


「どうかしたか?」
「……いや、目が覚めて……藤は?」
「俺も同じようなもんだ」


 先程まで聞こえていた足音が止まったことに不思議に思ったようだ。縁側に座っていた藤はふっと笑って声をかける。
 同い年くらいの女の子のはずなのに、その表情はどこか大人びて見える。そのことに返事がワンテンポ遅れるが、答えると彼女がここにいる理由を尋ねた。
 藤は空に浮かぶ月を見上げて端的に答える。


「…………」
「なんだ、変なもんでもついてるか?」
「いや、そうじゃなくて!……やっぱりちゃんとお礼を言っておきたくて」
「……なんか言われるようなことしたっけ」
 

 月を見ている彼女から目を逸らせないのか。炭治郎はぽかんと口を開けてただ見つめるだけ。
 その視線が気になったらしい。彼女はチラッと視線だけ彼の方へ向け、困ったように問いかけた。
 ハッと我に返り、首をブンブンと横に振ると眉を下げる。その表情はどこか罪悪感を感じているような表情にも見える。
 けれど、炭治郎に言われた言葉は身に覚えがないようだ。パチパチと瞬きした。


「あの時……俺達を庇ってくれたし、柱の前でもあんな……」
「礼なんて言わなくていい」
 

 彼は膝に乗せている手をぎゅっと握りしめて瞳を揺らす。
 女の子に命を自分に懸けさせてしまった。
 その事実に胸を苦しくさせていると藤はハッキリと言う。


「……」
「言っただろ、俺は星を詠みながらずっと時機とき待ってたって」

 
 どうして、命を懸けてくれたのにそんなこととばかりに一蹴するのか、理解できなかったのだろう。
 彼は目を大きく見開くと言葉を失った。けれど、彼女は笑って言う。
 それはまるで何でもない日常会話を続けるように。


「それでも俺達を庇ってくれたし、命を懸けてくれたのは変わらないから取り下げない!!」
「……ぷっ、はは……はははは……!」


 しかし、それでは個人的に満足できなかったらしい。炭治郎はグッと唇を締めると大きな声で意思を伝えた。
 彼女はみんな寝静まった夜にしては大きい強い意思のある声に目をまん丸にすると吹き出して笑い始める。


「……」
「わ、忘れてた……炭治郎はそういう奴だった……くっくっ、」


 それは彼が初めて見た飾らない素の笑顔だったのかもしれない。
 ぱちぱちと瞬きする炭治郎を他所に藤は腹を抱えて笑いを堪えようとするが、未だにツボに入ってる。


「そ、そんなに笑うことか?」
「ごめんごめん……でも、俺が勝手にやったことだからそんな気にしなくていい」

 
 眉を八の字のようにして問いかけると藤は目に溜まった涙を拭き、謝っては告げた。
 それは結局、お礼を受け取ってくれていないということに変わりはない。
 彼もなかなかに頑固だが、彼女もそうなのかもしれない。


「………どうして、そんな……」
「俺の話をしたことなかったね」
「……ああ」


 スンっと匂いを嗅げば、言葉は本心だと言うことが分かるのだろう。炭治郎はそれが悲しいのか、顔を少し歪めると藤はその表情に申し訳なさそうな顔をした。
 突然、話が変わったことに驚きつつも、彼は頷く。
 聞いた方がいい、という本能的な勘からかもしれない。

 
「俺は幼少期の頃から安倍晴明だって言われ続けて育ったんだ」
「……安倍晴明ってあの時言ってた……」

 
 彼女は懐かしむように目を細め、遠い過去に思いを馳せて呟く。
 数刻前に聞いた覚えのある名前に、炭治郎はじっと見つめた。
 彼の目の前にいるのは明らかに女の子の藤花という人間。しかし、何故、安倍晴明と言われていたのか、理解が出来なかったのだろう。


「ああ、遠い昔の先祖……私は彼の生まれ変わりなんだって」
「生まれ、変わり……」
 

 目を閉じて自嘲するように笑って頷く。
 藤の口から聞かされる言葉はまるで御伽噺だ。
 良く幼い子が目をキラキラと輝かせながら、聞く昔話のようで現実味がない。しかし、匂いから嘘をついていることはないのだろう。
 彼は動揺しながらも、オウム返しして考え込んだ。


「生きとし生けるものは死してもまた生まれ変わるんだ」
「………そうなのか」
「それで千年という時間をかけて魂を巡ってこの世に生まれたのが私」
 

 炭治郎が信じられないとしても仕方ない。そう思っていたのか、彼女は眉を下げて語り続ける。
 けれど、彼はその表情に胸を締め付けられるような感覚を覚え、受け止めた。
 藤は瞬く星たちを見上げて、丸を描くと自身を指差す。


「……長い旅だなぁ」
「ふっ、本当だね」


 壮大な話に出てくる感想はその一言だった。
 でも、それは彼女の話を全て信じたと伝えるには十分すぎるものだったからこそ、藤は嬉しそうに笑う。


「……」
「あの頃の私は甘ちゃんだったんだ」
「……藤がか?」
 

 いつも気を引き締めた彼女しかしらないからこそ、年相応の反応に驚いていると藤は懐かしそうにまた話し始めた。
 それに耳を疑ったらしい。炭治郎は何度も瞬きをする。


「一族で一番強い力を持っていたから、強いと思い込んでいた」
「……」

 
 彼女はこくりと首を縦に振れば、自身の太ももをじっと見つめた。
 一族の中で1番強かった。
 その言葉が衝撃的なのか、炭治郎はこれでもかと言うほど、目を大きくさせる。


「でも、どんなに強く大きな力を持っていてもそんなものは無意味だった」
「ど、うして……」
 

 ギュッと手を握りしめて俯き、紡ぐそれはとても苦しそうだ。
 力があるのに無意味だなんていう意図が分からないのだろう。彼は瞳を揺らして声を振り絞りながら、問う。


「鬼には陰陽術は対して効かない」
「……!」


 藤は掠れた声で告げた。
 それに驚きは隠せないのだろう。炭治郎は息を飲む。
 

「前に文さんを助けた時、炭治郎の先を行く紫色の札を覚えてる?」
「ああ」


 出会って間もない頃に鬼を倒した時の話だ。
 それは鮮明に覚えているのだろう。不思議な札は人を襲う瞬間、触れると鬼を怯ませたのだから。


「これは藤の花で作られた特殊な札……これがないと術は鬼に効かないんだ」
「そう、なのか」


 ごそっと懐に手を突っ込み、話題の札を手に取って大事そうに触れた。
 薄紫色をした札。ただの紙に見えるが、微かに香るのは藤の花の匂い。
 これが鬼を怯ませていたと知った彼は感心するように見ていた。


「でも、陰陽術で鬼が死ぬことは絶対にない。頸を斬らなければ」
「……」
「だから、安倍家は産屋敷家と手を組んだ。その過程で呼吸法の智を得て虹の呼吸を生み出したらしい」


 藤は悲しそうに笑って言う。
 今にも泣きそうな顔に炭治郎はビックリしたらしい。チラッと彼女の顔を覗き見れば、どこか遠くを見て続けて話していた。


「呼吸の扱いが未熟だった私は家族を失った」
「………」
 

 儚く見えたその表情は次の瞬間、歪む。
 手の中にあった札はぐしゃりと音を立て握られていた。その手は震えていて、炭治郎は胸を締め付けられたのか、眉を八の字にしてただ彼女を見つめる。


「あの時の……五歳の私の呼吸なんかじゃ、鬼に敵わなかった」
「……どうやって、その場を切り抜けたんだ?」 


 紙で皮膚が切れたのか、札はじわりと赤い血が滲んでいるが、それに気がついていないのかもしれない。藤は悔しそうに、肩を震わせた。
 五歳なんて幼い子供。そんな子がどうやって鬼から逃げられたのか気になったらしい。
 彼は恐る恐る聞いたのだった。




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