二十三話





「………」
「あ、言いたくなかったら言わなくても――」
「女ばかりを喰っていた鬼、……覚えてる?」

 素朴に思った疑問だったのかもしれない。でも、口にするには軽い話題ではなかった。だからこそ、彼女はピタッと固まり、口を閉じた。
 シン……、と静まるその場に聞いてはいけなかったと察したのか、炭治郎はあわあわと、両手を振りながら、藤を気遣う。
 心優しき少年のその姿に口角が上がると彼女は唐突な投げかけをした。
 
「……ああ」
「理由はあれと似たようなもんだよ」
「……美味しくない、って言ってたこととか?」

 それは忘れるはずもない初めての任務で対峙した鬼。ただでさえ大きい瞳が開かれると真剣な顔で頷いた。
 記憶力が悪いか、それほどその任務に興味が無いと思ってない限り、忘れられない。あの鬼は女の鮮度が下がると文句を言っていたのだから。
 忘れるはずもないか、と苦笑しながら、藤は続ける。それで何が言いたいのか、分かったようだ。言いたくはなさそうに炭治郎は眉間に皺を寄せて、首を横に倒す。
 
「うん……加えて私たち安倍家の人間は霊力がある」
「霊力……ん?」
「少し話は逸れるけど、実は妖怪っていうのがいて――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……妖怪って怪談話じゃないのか?」

 藤は相槌を打つと悲しそうに微笑んだ。聞き馴染みのない言葉を復唱するが、意味が全く分からなかったのだろう。炭治郎は眉根を寄せ、ぱちぱちと瞬きする。
 理解していないことを察しているのか、否か。おそらく前者だ。でも、話を語るには理解してもらわないと困る。だからこそ、彼女は気付かないフリをして話続けようとしたが、流石についていけなかったらしい。最後まで人の話を聞く彼は話の腰を折った。
 それはそのはず。妖怪なんて、実在するなんて思ってないだろう。混乱している頭で考えつつも、疑問を問いかける。

妖怪それがいなかったら、まず陰陽師なんて生業はいらない」
「……それも、そうか……」
「妖怪は霊力のある人間を好んで喰うんだ」
「……!」

 炭治郎のそれは、何も知らない人から視た世界。視ることもなく、被害に遭わずにいられたから知られることのない存在だ。ある意味、幸せなことであるからか、くすっと笑うと彼女は首を横に振る。
 言われてみれば、そんな気もするのか、瞬きを続ける彼は惚けていると藤は目を細めた。
 それは稀血を求める鬼と重なる。だからこそ、炭治郎は目を見開いた。

男子おのこは大人になると霊力の質が下がる。だから、幼いうちに食べようとする妖怪がいて……女子めのこの場合は十六歳くらいが一番霊力が高いとされているからそれまでじっと時期を待つ妖怪がごまんといる」
「……」
「――私は喰う時期を待たれたんだ」
「……!!」

 霊力を持っているというだけで狙われることががどれだけ大変で、怖いことか。それは彼女が一番よく知っている。
 幼い頃、両親に教えられたことを懐かしく思いながら、今度は何も知らない少年に語った。霊力を持っているということはどれだけ厄介か、真剣な声音から伝わる。でも、次に告げられたそれに炭治郎は顔を強ばらせた。
 喰うために育つのを待たれる、なんて家畜と一緒だ。その扱いを受けて、幼い彼女がその理不尽の中、生きなければならないと、想像すれば無理もない。

「…………藤の家を襲った鬼は、………妖怪なのか?」
「――いいや、炭治郎が知るように元々は人間。妖怪が人喰い鬼に喰われる事はあっても、なることはない…………アレは稀血も霊力も欲してた、ただそれだけ」
「………」

 頭の中でこんがらがる糸をなんとかして解いて、出た言葉は疑問。もし、そんな存在が彼女を狙っているなら、今後遭遇することだってある。その時、どうやったら、藤の力になれるか、それが未知数すぎるからだろう。でも、藤は静かに否定した。
 ただ、力を欲した鬼に狙われただけ、と言う彼女に寂しさを覚えたのか、彼は下唇を噛む。

「晴明の生まれ変わりだからとこの世に残され、私は私の意思で生きるために男のフリをして時を待つことにしたんだ」
「……」
「…………待っててくれてありがとう、炭治郎」
「……藤が強くて優しい女の子なのは分かっていたから」

 スっと、姿勢を正しくして月を見上げる彼女は美しい。淡々と紡ぐまでにどれだけの数の涙と胸に渦巻く感情を乗り越えてきたのか、と考えると胸が痛くなるらしい。炭治郎はぎゅっと、自身の胸ぐらを掴んだ。
 ゆっくり横を向くと今にも泣きそうな揺れる赫灼と交わる。
 きっと、男のフリをしていたこと気になっていたはずなのにあれから聞くことなく、傍にいさせてくれた。自ら話すまで待っていてくれたことが嬉しいのだろう。自然と笑みが零れ落ちる。
 ぐっ、と込み上げる何かを押さえ込むと炭治郎はニコッと笑った。
 
「………だから、女扱いするなって」
「…………でも、藤――」
「ん?」
「もう男のフリはやめるじゃないのか?」

 女の子、そんな可愛らしい表現をされてたせいで、ピクっと、眉が動く。不快感はないけれど、やめて欲しいのかもしれない。怪訝そうな顔で指摘すると彼はキョトンとした顔をして首を傾げた。

「なんで?」
「さっきから"私"って言ってるから、てっきりそうなのかと……」
「!!」

 同じような顔をしてこてん、と首を倒す藤は年頃の娘のようで可愛らしい。ふふ、と目を細めて理由を告げれば、彼女は驚いた顔をして顔を手で覆った。

「……藤?」
「………………忘れてくれ」
「……ははっ、断る」
「さいっあくだ……」

 顔を見せてくれないからか、覗こみ込もうとするがきっちりと覆われてるせいで何も見えない。どういう反応なのかと、気になっていた呼びかけるとポツリと呟くように返ってきた。
 顔は見れないけれど、ちらりと見える耳は真っ赤で。恥ずかしがってる匂いもする。
 強くて、優しい。先程はそう言ったけど、同年代に思えないほど冷静さを持っていた彼女にまた新しい一面を見つけた。
 それが嬉しいらしい。炭治郎ははにかんで断ると藤は眉根を寄せてボヤいた。
 


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