大正時代の人生を鮮明に覚えてる。いわゆる、前世の記憶というやつだ。
そんなもの持ってない方がいいんじゃないか。そういう話を耳にすることもあるが、俺は持って生まれて来て良かったと思ってる。
確かに家族を殺された記憶もあるし、辛い記憶も悲しい記憶もたくさんある。
でも、記憶があったからこそ前世で失った家族とまた家族となって再会できたことを喜べたし、一緒に戦ってきた仲間とも、恋人ともまた会えた。
まだ一部しか把握していないけれど、この中高一貫キメツ学園に通う人で鬼殺隊に関わっていた人は不思議なことに必ず前世の記憶を持っている。
もし、この記憶を一人で抱えていたら辛かったかもしれない。
記憶を持って生まれた意味がある。みんなにまた会える。
そう信じてた俺は前世の記憶を持って生まれたことを後悔したことはない。それにまたあの時の仲間と彼女と笑って過ごせるなら、幸せだと思う。
でも、最近……悩み事があるんだ。悩みの種と言うのはほかでもない彼女のことだ。
俺の彼女……前世の藤花は千年の歴史を持つ陰陽師の家系の生まれで安倍晴明の生まれ変わりだった。そして、生まれ変わった今も陰陽師の安倍家に生まれ落ちている。つまり、
鬼と戦わなくていい。
鬼のいないご時世になっても彼女の仕事は今も昔も変わらなかった。
人を襲う怪奇現象や悪霊とかを相手にしてる。
怪奇現象や悪霊というものは夜に現れやすくなるらしくて、依頼が入れば彼女は夜な夜な人を守る為に動く。
前世の俺はそういったものが視えないし、手伝うことは出来なかった。だから、ただ彼女が無事に帰ってくることを願って待つことしか出来なかった。そして、生まれ変わった今この時代に生きる俺たちの関係はあの時と同じ。
俺はまた待つことしか出来ない。
だが、前世の記憶を持っていたとしても生きてる時代が違うからか、前世と全く同じではなかった。
藤花が
人の為に今世も生きようとする彼女はキメツ学園の生徒や教師からも頼られている。
そのこと自体は誇らしく感じるんだが、問題は依頼者が圧倒的に他クラスの男子生徒が多いことだ。つまり、俺は嫉妬し続けて我慢の限界を越えようとしている。
明らかに彼女に下心を持ってる男が多数いるから気が気じゃないんだ。
◇◇◇
一年生の廊下。短髪の男子学生と膝まである長い髪を巫女のように束ねている薄藤色の女子学生は廊下の窓際の端で話し込んでいた。
「安倍さん、本当にありがとう…!」
「いいえ、仕事ですから」
男子学生は目をキラキラと輝かせて頬を赤らめながら、彼女の手を取り、お礼を口にする。
何故、手を取る必要があるんだろう。藤花はそんな疑問を抱えながらも、あえて口に出すことはせずに淡々とした態度で言葉を返した。
「あ、あのさ…同級生なんだから、タメ口で良くない?」
「同級生でもあなたはクライアントですから」
明らかに興味を1ミリも持たれてないことに気が付いたのだろう。彼は困った顔をしながら、首を傾げる。
彼女は同じ学園に通う生徒で同学年だとしても、依頼主と請負人。依頼を受けた瞬間からその関係を大事にしているのかもしれない。男子学生の提案はやんわりと断られた。
「そ、そっか……じゃ、じゃあ、お礼に今度おごらせてもらえないかな?」
「……安倍家を通して頂いた依頼なのでもう既に報酬は入金されたでしょう?」
しょんぼりしつつも、また提案を持ちかける彼はなかなか彼女の手を離そうとはしない。
いつになったら、離してくれるだろう。握られている手をちらっと見てそんなことを思いながら、藤花は提案される話に疑問を覚えた。
既に謝礼金は振り込まれたと本家から連絡が入ってるのに重ねて礼をされるのは違うと思ったらしい。
どうやら、依頼主である男子学生が彼女に向ける視線と言葉の意味を理解していないようだ。
「そ、そうだけど…」
「でしたら、それ以上のお礼は要りません」
提案の度に正論を返されてしまい、言葉が出てこなくなってしまったのだろう。
男子学生がたじたじになっていると彼女ははっきりと丁寧に断りを入れた。
「で、でも…」
「……藤花、何してるんだ?」
「な、なに………?どうしたの?」
あきらめ悪く引き下がろうとしない彼が言葉を紡ごうとした瞬間、藤花の背後からぎゅっと抱きしめる人物がそれを遮り、彼女に問いかける。
聞き馴染みのある声に藤花はキョトンとした顔をして顔だけ後ろに向けて見れば、そこには彼氏である竈門炭治郎がにこっと笑みを浮かべていた。
「っ、あ、安倍さん…本当にありがとうね!」
「え、あ、はい……?」
「……」
炭治郎は更にぎゅっと抱きしめて彼女の視界から自分の顔を見えなくさせれば、口角を上げたまま、目の前にいる男に鋭い目を向ける。
その視線は獲物を捉えた獣と言えるのだろう。睨まれた男子学生はゾワッと悪寒を走らせると藤花の手をぱっと離し、逃げるようにお礼を言って立ち去った。
彼女は急に開放された手と去っていく依頼主の姿に疑問を持ちながらも、返事をして呆然としている。
炭治郎は戸惑ってい藤花に困ったように眉を下げれば、そのまま彼女の首に顔を埋めるとスンっと匂いを嗅いだ。
「っ、た、炭治郎?ここ、学校だから…離して……」
「さっきの人とは一体どういう関係なんだ?」
「………依頼主だけど」
まさか、こんな場所でそんな行動に出るとは思ってなかったのだろう。彼女は頬を引き攣らせて、顔をほんのり赤らめながら、彼の腕に自身の手を乗せて訴えかける。しかし、炭治郎は聞かなかったフリをしているのか、話はすり替えられた。
唐突な質問に藤花は何度か瞬きをするが、大人しく問いに答える。
「………」
「え、何。急にどうしたの?」
炭治郎はその答えに満足出来なかったのか。不服そうな顔をしているが、それは後ろから抱きつかれている彼女には見ることは出来ない。
ただ流れる沈黙に困惑してチラッと後ろを見て問いかけた。
「どんな依頼だったんだ?」
「守秘義務があるんだけど」
「……それじゃ、なんで手なんか握ってたんだ?」
炭治郎はふぅと息を吐き出して困った表情を浮かべながら、首を傾げる。しかし、どんな仕事にも話していいことと悪いことがある。彼が聞いたのは後者だ。
藤花は呆れた顔をして断れば、彼は眉間にシワを寄せて別の疑問を投げかける。
もしかしたら、1番の疑問はそれだったのかもしれない。
「いや、感謝されただけだけど」
「………」
「あの、炭治郎さん??」
彼女はそんなことを聞いてくることに不思議に思ったのか。眉間にシワを寄せながらも、答えを口にした。
だが、炭治郎はその答えに理解しつつも納得のいっていない表情を浮べて、口を閉ざす。
返事がないことにますます訳が分からなくなったのだろう。藤花は彼の拘束を抜け出して身体ごと後ろを振り返ろうとするが、なかなかできずに戸惑ったように名前を呼んだ。
「さっきの人は下心剥き出しだ!気をつけてくれ!」
「いや、そんなこと言われても」
「気をつけてくれ!」
炭治郎は抱き締める腕の力をさらに強めては忠告をし始める。しかし、なんでそんなに心配しているのか。それが分からないのだろう。藤花は投げかけられたそれに困惑していると炭治郎はもう一度、同じ言葉を紡いだ。
俗にいう、嫉妬。ヤキモチだ。
「……分かった……分かったから…ここ…学校だから離れて……」
「なんでだ?」
これは言うことを聞かないと離れない。
そう判断したのか。諦めたようにこくこくと頷けば、彼の腕を軽くパシパシと叩いて恥ずかしそうに願い出た。だが、離れろと言われる意味が分からないらしい。
炭治郎はキョトンとした顔をして首を傾げた。いや、どちらにしろ簡単に離れる気はないのかもしれない。
「公共の場で無闇に抱きつかない!TPOを弁えて!!」
返って来た言葉は想定外だったようだ。
なんせ、二人がいる場所は自分の学年が使っている学校の廊下。
廊下にいる人はまばらだけれど、人の目がないわけじゃない。
人の目があるのにくっついているのは羞恥を覚えるのだろう。その意図を組んでくれていないことに彼女はぽかんと口を開けて驚けば、食ってかかる勢いでやめろとばかりにもがき続けた。
仕方ない。
離したくはなさそうだが、藤花の嫌がることはするつもりはないのだろう。渋々離れると彼女は身体ごと後ろに振り返り、炭治郎を鋭い目つきで見つめる。
「はあ……こうでもしないと俺の彼女だって分かってもらえないだろ?」
彼女の睨みは特に怖く感じないのかもしれない。いや、彼が後ろから抱き付いたのは理由がある。
簡単に言ってしまえば、藤花に近寄る男への威嚇だ。
それに全く気が付いていないことに炭治郎は呆れたようにため息を付き、彼女の両手をぎゅっと握る。
それはまるで、先ほどの依頼主の男子学生が握った手を消毒するかのように。
「………」
「…藤花?」
ただ見せつけるためだけに抱き付いてきたということをやっと理解した藤花は開いた口が塞がらなかった。
彼女は言葉を失っているとその表情が不思議に思えたらしい。彼は首を傾げて名前を呼んだ。
「……っ、はああああああ……アンタはよくもまあ、ぬけぬけと恥ずかしいことを……」
「本当のことを言って何が悪いんだ?」
藤花は二酸化炭素を吐き出すと握られた両手を引き抜き、真っ赤な顔をしてブツブツと呟く。
きっとそんな顔を見られたくはないのだろう。両手で赤くなっている顔を覆った。
ストレートな言葉に彼女は羞恥を感じているが、炭治郎としては本心からの言葉だから恥ずかしくもないようだ。
人の良さそうな笑みを浮かべて問いかけていた。
「………これだから人たらしはタチが悪い」
彼が恥じていないことを知っているからこそ、自分だけ感じている恥ずかしさが理不尽に思えるのかもしれない。
彼女はそっと顔を手から離して上げれば、恨めしそうに睨んで毒を吐くが、炭治郎はキョトンとした顔をしていた。
「嬉しそうな匂いがするってことは嫌じゃないんだろう?」
「だぁかぁらぁ……いちいちそういうことを言うな!!」
スンっと鼻から息を吸えば、空気と一緒に匂いも身体に入ってくる。
その匂いから感じられるのは藤花から嫌悪感はないということだ。むしろ、恥ずかしがりながらも大事に思われてることを嬉しく思っていることを隠している。
彼は笑みを零し、首を傾げて問いかけると彼女は眉をつり上げ、わなわなと肩を震わせては精一杯の文句を言い放つ。
自分の中で留めておけばいいことをいちいちに言葉にする炭治郎に我慢ならなかったのだろう。
「あははっ」
「笑いごとじゃない…!」
しかし、必死に自分を止めようとする彼女の姿が可愛らしく見えたのか。炭治郎は声を上げて笑うと藤花は声を荒らげて反論した。
「じゃあ、二人きりだったらいいのか?」
「っ、……本当に頼むからぐいぐい来ないで……」
前世では余程のことがない限り、顔を赤くして慌てふためくところを見ることもなかったからか。
彼はぐいっと顔を近づけて問えば、彼女は言葉を飲み込み、炭治郎と自身の距離を取るように両の手のひらを見せるように出して泳ぐ視線を他所へとそらしながら、言葉を返す。
「藤花が可愛いからそれは無理な話だ」
「……っっ、お願いだから私の話を聞いて!」
にこっと無邪気な笑みを向けて断りを入れる彼に限界を感じたのだろう。
彼女は涙目になりながら、叫んだ。
「…………………」
たまたま移動教室があり、1年生の廊下に来ていた善逸はその一部始終を壁に隠れてひっそり見ていたらしい。
イチャイチャしている二人をすごい形相をして睨みつけていた。しかし、思ったことを素直に全て吐き出してしまう炭治郎に振り回される藤花には少なからず、同情出来たのだろう。
ため息をつき、哀れみの目を向けていたのであった。