六話





「……」
「善逸!藤花!!」
「うぇ…?って、なんで伊之助がいんの!?」


 藤花がゆっくり瞼を上げると心配そうに覗き込む炭治郎と伊之助、残された式神が彼女の瞳を映す。
 どこか安心したような表情を浮べ、二人の名前を呼ぶと善逸はその声に目を覚まし、ぼやけた視界に自分が魂抜かれる前にいなかった人物が目の前にいることに驚き、声を荒げた。
 魂を抜かれてすぐだというのに元気な奴じゃ。
 戻ってきた白狐は手のひらサイズに戻っており、彼女は呆れたようにそう言葉を零す。


「ったく、何やってやがんだ!だらしねぇ!!」
「えええええ!!いったあああああああ!?!?理不尽!!!?」


 伊之助は眉を吊り上げ、荒々しい口調で善逸を叱咤すると拳を頭の上に殴った。
 善逸は驚きと痛みに困惑した表情を浮べ、涙を流しながら、思ったことをそのまま口にする。


「…無事に戻ってきましたね」
「当たり前じゃ!妾が付いておるんじゃからな!」


 玄武が肩の荷が下りたようにほっと息を零すと白狐は腕を組み、自信満々に言葉を零した。その姿に玄武は笑みを浮かべる。


「心配させるな!藤の君!!」
「我らの肝を冷やすのは程々にしてくれ」
「みんな、ごめん。心配させて…炭治郎もごめんね」
「……信じてたからな」


 朱雀は藤花の元へと近寄ると涙をジワリと滲ませながら、言葉をかけると彼と同じ思いなのだろう。
 青龍は眉を下げ、安堵の息を零しながら、文句を口にした。
 心配してくれた式神に彼女は申し訳なさそうな表情を浮べ、謝罪する。そして、ずっと手を握ってくれていた炭治郎に視線を向け、彼に対しても謝ると彼は優しく目を細め、笑みを浮かべながら、言葉を返した。


「もう昼になっちまったじゃねぇか!!俺はもう待ねぇから朝飯食ったからな!!」
「お前さ!!死の淵に立ってた俺に心配はねぇの!?」
「伊之助は凄く心配してたぞ!」


 そう、彼女たちは身体から魂を飛ばし、この世とあの世の境にいた時間は短いようで長い。文句を言う伊之助の言う通り、時計は12時を指していた。
 伊之助はふんぞり返って偉そうに朝餉を食したことを口にすると善逸は青筋を浮かばせ、キレ気味に彼へ問いかける。
 しかし、そんな二人の間に仲介に入る炭治郎は曇りなき瞳を善逸に向け、伊之助の本音を彼が暴いた。


「はあ!?ばっ、何言ってやがる!!」
「へぇ、お前、心配してくれたんだ?」
「紋逸のくせにうるせぇぇ!!」
「だから、俺の名前は善逸だって言ってるだろ!?お前、いつになったら覚えんの!?てか、なんでいんの!?」


 伊之助は顔をほんのりと赤くさせると誤魔化すように言い放ち、ふんと顔を背ける。
 そんな照れ隠しをする伊之助に善逸は悪戯心が芽生えたのか。ニヤニヤとしながら、伊之助に問いかけるが、伊之助は照れを吹っ飛ばす勢いで大声をあげ、悪口を口にした。
 うるさいと言われたことよりも百年前から変わらない。
 名前を間違えるそのくせにツッコミを入れる善逸だったが、一番の疑問を今やっとここでもう一度、零す。


「それは私が呼んだから」
「そうだ!藤に呼ばれて夜な夜な来てやったんだ!俺は!!」
「あはは、ありがとうね」


 善逸の疑問に答えたのは伊之助ではなく、藤花だ。
 伊之助は腰に腕を当て、得意げな笑みを浮かべて言葉を口にするとその子供らしい姿に藤花は眉を下げ、笑みを浮かべると彼にお礼を言う。


「な、なんで呼んだの?」
「伊之助はそういうの弾く体質だから私がいない間、多少は安心かなって」
「「は!?」」
「あ??」


 藤花が呼んだのは分かったが、呼ぶ必要があったのか。それがまだ善逸にとって不思議らしい。
 彼は戸惑いながら、首を傾げて問いかけると彼女はああ、と零しながら、淡々とその問いに対する言葉を紡いだ。
 まさか、そんな返答が返ってくるとは思ってもいなかったのだろう。
 善逸と炭治郎は声を重ね、驚きの声を上げる。
 なんか文句あるのかよ。
 二人の反応にそう言いたげな伊之助は首を傾げ、一言を零す。


「野生の直感で感じはするけど視えないタイプなんだけど、それに加えて寄せ付けないタイプなんだよ」
「ふっはっはっ!俺は山の王だからな!!」
「そーだったんだ……」


 凄いよねぇ。
 そう零しつつ、彼女は伊之助の体質について触れると当の本人は褒められたことが満更でもないのだろう。
 嬉しそうに笑い声を上げると口角を上げ、言葉を口にした。
 善逸はもう納得するしかないのか、茫然と伊之助を見つめる。


「そう言えば、戻ってきたって事は例の子は……?」
「ちゃんと、悪霊になる前に成仏させたよ」
「……そうか」


 炭治郎はふと事の発端を思い出すと、善逸に付いてきていた霊がどうなったのか気になったようだ。
 眉を下げ、心配そうに藤花に問いかけると彼女はふっと笑みを浮かべ、顛末を答える。その言葉に炭治郎は全てが終わったことに安堵の息を零し、柔らかく微笑んだ。


「おひぃ、妾たちは戻るぞ」
「ん、ありがとう」


 くわぁ…と大きな欠伸をする白狐は眠そうな顔をして藤花に言葉を投げかけると彼女は笑みを式神たちに向け、お礼を口にする。
 玄武と青龍はぺこっと頭を下げ、朱雀は元気よく、白狐は気だるそうに手を振ると姿を消した。


「その女はなんで紋逸を連れてこうとしたんだよ」
「普通に恋したんじゃない?」
「は」
「な゛」
「うぇっ!?」


 伊之助はふと疑問に思ったことを藤花に聞くと彼女はケロッと吐く。
 それは誰もが予想していない言葉だったのだろう。
 炭治郎はキョトンとした表情を浮べ、伊之助はまじか、と眉間にシワを寄せ、口を大きく開け、喉が潰れたような声を出した。
 悪霊になりかけた霊に追い掛けられてた当の本人は呑気にも顔を赤く染め、変な声を上げる。


「推測だけど、交通事故に合った彼女は助けてようと必死に声掛けてたことが嬉しかったんでしょう。一目ぼれしたけど、思いが強すぎて、コントロール出来なくなってしまった。そのせいで直霊なおひ曲霊まがひと化して、幸魂さちみたまが逆魂と化した」
「何言ってんだ、お前」


 リビングから見えるキッチンへと足を運びながら、藤花は今となっては推測でしか話せない少女の話をした。
 彼女は冷蔵庫から冷水を取り出すと二つのコップに入れ、キッチンに置いてある塩を一つまみずつ、入れると何やら呪いを唱える。
 しかし、藤花が口にする推測は意味の分からない言葉がちりばめられており、三人は理解が出来ていないのだろう。
 難しそうな顔をしていると伊之助が代表として彼らの考えを口にした。


「も、もう少し…分かりやすく説明してくれないか?」
「助けようと声を必死にかけてる善逸に一目惚れしたけど、死んでしまった。でも、彼女は自分が死んでいるかもしれないという可能性があることに気が付きつつも、死んでないと思い込もうとし、善逸に好意を伝えたくて暴走してしまった。でも、まだコントロールする心は残っていて、我に返る瞬間が多少なりともあった……で、伝わる?」

「良かったな、女にモテて」


 あまりにも直接的過ぎる伊之助の言葉にぎょっとしつつ、炭治郎は眉を下げ、ぎこちなく微笑みながら、藤花に首を傾げる。
 彼女はコップを持ってリビングへ現れると先程口にした言葉を噛み砕き分かり易い説明をしてみるが、それで伝わるか不安なのだろう。
 眉を下げ、首を傾げると伊之助は真顔で善逸の肩をポンと叩きながら、はっきりと思ったことをそのまま口にした。


「あはは……」
「良くねぇよ……嬉しいけどさ……俺が求めてるのは生きてる可愛い女の子おおおおおおおおおおおお!!」
「さ、これで終わり。昼ごはん食べましょ。あ、善逸。これ飲んでね。魂を定着するためのものだから」
「ああ!何を食べようか?」


 炭治郎は伊之助の言葉にただ苦笑いするとフルフルと肩を震わせ、低い声でぽそぽそと呟くと最後の本音は声高々に叫ぶ。
 話を終わらせる気なのだろう。
 藤花はおしまいとばかりに話題を変えると手に持っていたコップを善逸に差し出した。
 炭治郎は彼女の提案に賛成すると藤花はもう一つ持つコップに口を付け、ごくごくと喉を潤す。


「天ぷら!」
「……あのねぇ、働きづめの私にそんなもん作れというのか」
「んだよ、お前が夜中に呼び出したんだからそれくらいしてくれたっていいじゃねえか!」
「ぬぐ……反論できない。伊之助のくせに……」
「ああ!?」


 食べ物と聞いて伊之助は目をキラキラと輝かし、食べたいものを言うが、作るのが面倒くさい揚げ物ときて、藤花はげんなりした顔をしてぼそっと言葉を零した。
 首を縦に振らない彼女に伊之助はムッとした顔をすると彼にしては珍しいほどの正論を口にすると彼女は口を閉じるしかない。
 反論できない事にチッと舌打ちし、軽い毒を吐くとその言葉は伊之助の耳に届いていたのだろう。彼は荒々しい声を上げた。


「まあまあ、藤花。俺も手伝うよ」
「ありがとう」
「お前ら……俺の嘆きを平然と無視して何ご飯作ろうとしてんの!?」
「え、いらないの?」
「いらないわけないじゃん!?食うよ!!」


 伊之助と藤花の間に炭治郎が仲介に入ると彼は何処か嬉しそうな顔をして料理を手伝うと口にする。
 一人じゃなく、二人で作るなら手間は多少省けるからだろう。
 仕方ないとばかりに天ぷらを作ることに覚悟を決めると炭治郎にお礼を言った。
 善逸はごくごくと貰ったコップに入った水を身体に流し込むとぷはっと息をする。ただの水じゃない。
 塩が入っているから違和感のある水だ。しかし、全部飲み切ったのは喉が渇いていたからかもしれない。
 そして、和気あいあいと昼食の話をする三人を恨めしそうに念の籠った視線を向け、食ってかかるが、藤花はキョトンとした顔をして首を傾げながらとんでもないことを言葉にした。
 それに彼はいつもの調子を取り戻したかのように汚い高音の叫びを上げ、彼女の問いかけを棄却するとダイニング側からキッチンに顔を出す伊之助に駆け寄る。


「あ、今回のことで分かったことがあるんだけど」
「なんだ?」
「「?」」


 冷蔵庫を開け、材料があるか確認している藤花だが、思い出したかのように言葉を零すと炭治郎が問いかけると伊之助と善逸は首を同じ方向に傾げた。


「善逸は霊媒体質みたい」
「はぁ!?なになになになになになに!?俺、また狙われるの!?冗談でしょ!?」
「「……」」


 あった、あった。
 そう言いながら、天ぷらの材料を手に取り、善逸にとってもっとも大事なことをあっさりと告げると善逸は絶望するかのように叫び、顔を青くさせ、藤花に突っかかる。
 その様子に伊之助と炭治郎はキョトンとした顔をしたまま、二人の会話を見守っていた。


「まあ、何かあれば守るから。また腕輪念珠作ってあげるからそれつけてね」
「え、あれ、ずっと付けるの?俺、風紀委員なんだけど?トミセンにしばかれんだけど!?」
「冨岡さんには言っておくよ」
「それはありがとうございます!?」


 冷蔵庫をパタンと締め、言葉を紡ぐ藤花だが、善逸は頬に両手を添え、更に顔を青くさせながら、反論を口にする。
 キメツ学園は校則に厳しい学校だ。
 校則違反している生徒を取り締まる風紀委員である彼がそんなことをしてみろ。冨岡義勇というPTAに訴えられても仕方ない理不尽な教師に殴られるのは時間の問題だろう。
 藤花は今にも死にそうな善逸の顔を見て、眉を下げると安心させるように言葉を投げると善逸は泣きながら、お礼を口にしたのだった。




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