守りたい





注意事項



※夢主が鬼化してます。
※苦手な方は推奨いたしませんのでバックでお願いします。


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 空はどこまでも暗く闇と化している。
 月に一度以外は必ず照らしているであろう存在はどこにもなかった。
 なぜならば、暑い雲に覆われて姿を隠していたから。
 そんな空の下、薄紫色の長い髪を地面に付けた女性はグシャグシャと音を立てて肉の塊をむさぼった。
 余程、腹を空かせていたのかもしれない。しかし、空腹は抑えられたのか。血で濡れている口の周りを袖でぐいっとふき取れば、ゆっくり息を吐き出した。


「ああ……また喰べてしまった」


 彼女は顔を上に向けると雲の隙間から淡い光が漏れ出す。まるで自分の罪を実感しろと言わんばかりだ。
 女性は堂々とした真ん丸な月を見つめて、悲しげに呟く。
 食べることの何がいけないのだろうか。
 かといっても、彼女の傍らにあるのは普通の肉ではない。
 人ではない人の形をしたなにか・・・・・・・・・だった。


「血生臭るのは頂けない……」


 自分を照らすそれから目をそらし、自身の寮の手のひらを見つめれば、赤い海で汚されている。しかし、彼女はそんなことは気にも留めていないのか。肩の力を落とし、ツンと鼻を刺すような鉄の臭いに顔を歪めた。


(人を喰わなくても妖怪を喰えば問題ないけれど……そのせいで鬼の力は付かずに妖力が付いてしまった……これじゃ、鬼なんだか妖怪なんだか分からない)


 何を隠そう彼女は人を喰らう鬼。でも、人を喰うことを嫌って鬼の他にいるとされている妖怪を食べることにしたようだ。
 そのおかげで予想外にも鬼とは違う力を手に入れてしまったことは誤算のらしい。
 爪先から指へ、指から手の甲へと垂れさがる赤い液体はピチャ…ピチャ…とリズムを刻みながら、地面に広がる大海へと戻って行くそのさまを見て女性は自責の念に駆られて顔を歪めながら、ぎゅっと手のひらを握った。


「見つけたぞ!」


 ガサガサという草木が擦れる音がすれば、男にしてはまだ高い声。どこか怒気が孕んだような声が聞こえて来た。
 姿を現した少年は緑と黒の市松模様の羽織を来た鬼殺隊員。


「……何やら騒がしいと思えば、鬼狩りか」


 黒い刃の刀を彼女に向け、構えを取ると女性は彼の姿に一瞬目を微かに揺らした。
 しかし、冷静さをすぐに取り戻すと目を細めて怪しく瞳を光らせながら、言葉をかける。


(おかしい……確かに鬼のはずなのに人間を喰った臭いがほとんどしない!その代わりに他の臭いがする!!なんだ!?この嗅いだことのない臭いは…!!)


 刀を構えたまま微動だにしない少年はスンッと鼻から空気を取り入れると同時に鼻腔に広がる臭いに冷や汗を頬から垂らし、眉間のシワを寄せた。
 対峙している女性の違和感に刀を振るって良いのか、迷ってしまったのかもしれない。


「どうした?私を殺すんじゃないのか」
「……どうして俺に驚かないんだ?」


 彼女は長い爪や指に着いた液体を舐めながら、妖艶に微笑んだ。それはまるで、わざとらしく悪者を演じているかのようにさえ見える。
 鬼殺隊と見れば、襲い、傷付け、喰らうのが鬼。そうでなくても人間は奴らにとって捕食するものだ。
 少年は今まで対峙した鬼達と様子が違う女性に困惑してしまうのだろう。
 考えても出ない答えから鬼殺隊が現れてどうじていないことを問いかける。


「別に驚くことでもない……鬼は狩られるべき存在なのだから」

「………」


 彼女はふっと笑みを零せば、長い爪を自身の頸に当て、食い込ませるようにすれば頸から血が静かに流れ落ちた。
 自傷するようにピッとその爪を横切るが、すぐに傷は癒える。しかし、その動作はまるで刀で斬れと言わんばかりに見えた。だからこそ、少年はその言葉を口にする女性の悲しげな表情と行動に目を見開く。


「でも、……今の君では私には敵わない」

「そんなことはやってみなければ分からない!」


 彼女は残念そうに息を吐き出し、はっきりと言った。
 実力の差を。
 女性からしてみれば、手に取るように分かる明らかな事実なのだろう。
 恐らく、少年もそんなことは分かっているのかもしれない。しかし、ストレートな物言いにキッと眉を吊り上げて反論をした。


「では……君の剣技を見てあげよう」


 彼の言い分ももっともだ。
 格下の人間だったとしても格上の人間が油断していれば、勝てる可能性はないわけじゃない。
 低い可能性を信じるかのような発言に彼女はニヤリと口角を上げれば、両手を広げて言葉をかけた。


(なっ、ば、バカにされてる……!)


 まるで子供を手玉に取るような言動にカチンと来たらしい。
 少年はムッとした顔をして刀を握る力を強めた。


「ほら、かかっておいで」

「………」


 そんな彼の姿も可愛らしく見えるのか。ただただ微笑む女性は手招きをする。
 それはまるで妖が人間を引き寄せるような妖しさを孕んでいるような目をしていたが、少年は深く息を吐き出した。
 肩の力を抜き、カチンという音を鳴らして刀を収めた。


「……どうして刀を収めた?」

「あなたが分からないから」


 まさか刀を収められるとは思っていなかったらしい。彼女は目を真ん丸にさせ、広げていた両手をすとんと下して問いかけた。
 それに首を横に振りながら、彼は答える。


「君を油断させてから殺すかもしれないのに?」

「俺は鼻が利くから分かるんだ……あなたには怒りも焦りも敵意もない」


 無いとは言い切れない可能性を敢えて口にして煽るように質問をすれば、少年は真実を探るように曇りのない瞳を向けて言葉を返した。


「それは面白い特技を持っているな」

「どうして、他の鬼とあなたは違うんだ?」


 感情まで読み取れる嗅覚。
 その事実に女性は楽しそうに目を細めれば、彼はじっと見つめながら疑問を投げかけた。
 普通の人喰い鬼となにか・・・違う。鬼殺隊を前にしたとしても落ち着き過ぎている。
 それは決して驕りでも見下しているわけでもない別の理由を持っていそうな違和感。


「私は鬼舞辻無惨の気まぐれな実験によって鬼にされた女だから」

「!!」


 少し大きい岩を見つければ、彼女はそこまでスタスタと歩いた。足の親指の付け根にぐっと力を入れてジャンプすればそのまま岩の上に座り込み、ひとりごとのようにぽつりと言う。
 まさか女性の口から”鬼舞辻無惨”の名前が出てくるとは思わなかったようだ。少年は大きな瞳をひどく揺らした。
 それは人喰い鬼が奴の名前を口にしたら、どうなるかを知っているからだろう。


「………なりたくてなったわけじゃないということさ」

「……どうして奴の名前を口にしてもあなたは…」


 伏目がちに彼女は苦しそうに呟くと彼は更なる驚きに声を震わせる。
 どうして”鬼舞辻無惨”の名前を口にしても生きてられるのだろうか。その疑問は少年にとっては大きなものなのかもしれない。


「私に流れる血のおかげで奴の支配から逃げられた」
「……そんなことがあるのか!?」


 何が言いたいのか分かったのか。女性は片方の手のひらで岩を押して自身の身体を支え、もう片方の手のひらを空へと向けて少年の聞きたいことに答えた。
 彼は血の支配から逃れられる理由があったことに驚きを隠せないらしい。


「安倍晴明という男を知ってるか?」

「……分からない」


 興味深そうに聞いてくる少年に彼女は小首を捻って聞いてみるが、返ってきた答えは否だった。


「まあ、普通は知らないか。稀代の陰陽師と呼ばれた男の子孫だったんだ」

「………だった?」


 そう、今では古い時代の人間だ。
 それこそ、原始の鬼が生きていたはずの時代なのだから当然と言えば当然かもしれない。
 彼女はどうして鬼舞辻無惨ヤツの支配から逃れられたのか、答えに繋がらる話をし始めた。しかし、その過去形の言い方が気になったらしい。
 少年は眉をひそめて、ぽつりと聞き返した。


「鬼に成り下がったんだ……もうそうだとは言えない」

「……」


 女性は目を閉じたまま、何かを諦めたかのように儚げに笑みを浮かべながら、首を横に振る。
 彼はスンッと鼻から息を吸えば、彼女から香ってくる臭いに悲しいものを感じ取ったようだ。
 黙って声に耳を傾ける。


「安倍家と言うのはね、稀血の人間しか生まれないんだ」

「……!!」


 静かに言葉を続ける女性の告白は彼にとって衝撃的なものだったはずだ。
 稀血とはそんなにいるわけでもない。ましてや、一族から稀血しか生まれないなんて聞いたことがなかっただろう。


「それ故に他の陰陽師と違って強い力を持っていたとされていて……うちの家系と鬼舞辻無惨がどんな因縁があったかは知らないが、まあ彼の目的を邪魔していたのは事実……鬼殺隊と同じように彼から疎まれていた」

「じゃあ、あなたも鬼を斬っていたのか?」


 彼女は天に向けた手をぎゅっと力強く握り締めれば、じわりと血が滲み、自身の血が地面へポタポタと一滴ずつ流れ落ちた。
 そこから臭う血はやはり、他の鬼と異なった特異な臭いがするのだろう。
 ひっかかりを覚えながらも眉をぴくりと動かし、鬼だった彼女もまた自分と同じように鬼を狩っていたということに驚いたように聞き返す。


「……昔はな。稀血の人間を喰えば普通の人間50〜100人分の力を得る……でば、稀血の人間を鬼にしたらどうなるんだろうか」

「……」


 小さくこくりと頷けば、原始の鬼がした"実験"について話を戻すと少年に問題を投げるように言葉をかけた。しかし、その答えは彼には想像つかなかったのかもしれない。
 きゅっと唇を閉じ、女性の口から出る答えを待った。


「その疑問を持ったアイツは私たちに自分の血を無理矢理入れたんだ」

「!!」


 残酷。残忍。悪逆非道。
 鬼という名に相応しい行動をした鬼舞辻無惨の所業に彼は血の気を引き、唇を噛み締める。


「一族は皆死に絶え……私だけ生き残った」

「……」


 彼女は自分を照らす月を見上げ、儚げに微笑みながら、その結末を話した。
 少年は両の手をぎゅっと握りしめて自身の心に渦巻く感情を必死に抑えようとしているらしい。彼の手からもまた血がぽたぽたと滴っているのが何よりも証拠だ。


「でも、飢えというものはどんな生き物になっても消えることはないんだ」

「それはどういう……?」


 女性は鼻を掠める人間特有の臭いに目を光らせながらも、自分を律して悲しげに呟く。
 彼女の言っている意味が理解できなかったのだろう。
 固く閉じた唇を開き、少年は声を発した。


「食欲……私は一度、我を忘れて人を喰った」

「!!」


 女性は硬く、芯のある声音ではっきりと自分の罪を告白する。他の鬼と違い人間をたくさん食べた臭いはしない。
 きっとそれに淡い期待を持ったのだろう。
 自分の妹……禰豆子と同じように人を喰っていないと。
 予想を裏切られた彼は愕然とした顔をして、ただ彼女を見つめていた。


「あの時は絶望したよ……死にたくなった」

「……」


 その当時のことを思い出したのか、女性の脳裏にその光景が広がる。
 一族が皆、血を与えられ死に倒れている姿。
 我を忘れながらも涙を流し、家族に喰らいついた。
 冷えきっていない肉の塊の生温かさも、匂いも、全て色あせることなく鮮明に覚えているようだ。
 苦しそうに胸が切り裂けそうに吐き捨てると少年は彼女の思いに共感したかのように苦しそうな顔をし、自身の胸をぎゅっと掴む。 


「もう日の目を見ることも叶わない悲しみに駆られて空を見上げれば、月が煌々と輝き、星は瞬いていた」

「……」


 女性は月からチカチカと瞬く星へと視線を動かし、絶望の先で見たことを話す。
 どうやら、話はあそこで終わらないようだ。
 それを理解した彼はただ静かに聞き続ける。


「赤い星現れ、動かざる歯車動き始める」

「それは……なんなんだ?」


 スゥ…と息を吸い、ぽつりと呟いた。
 まるで何かの占いのような発言に少年はぱちぱちと瞬きをし、首を傾げる。


「私が星を詠んだ卦」

「……」

「でも、それが私の絶望を変えてくれた」

「………」


 星から目を逸らすことなく、問いかけに答えれば、彼は眉根を寄せた。
 きっと彼女の言っている意味がまだ理解できていのだろう。
 女性は顔をゆっくり元に戻し、少年を見つめ返す。


「よく生まれてくれた」

「え……」


 柔らかく優しい笑みを浮かべて彼に投げかけた。
 それはまるでその星を詠んだ卦というのが少年のことを指しているとばかりに。
 彼はかけられた言葉にぽかんと口を開くことしか出来なかった。


「私が求めていた赤い星は君だ……だから、君には強くなって欲しい」


 彼女は考える余地を与えることなく、明瞭に告げる。
 歯車が動き出す時期トキは少年にあるのだと。


「ま、待ってくれ!もちろん俺は鬼舞辻無惨を倒すつもりだ!でも、あなたも元は俺たちのように鬼を…鬼舞辻無惨無惨を倒せばいいじゃないか!」


 自分の存在が左右されると言わんばかりの重みのある言葉に焦りを覚えたのか。冷や汗を掻いて言葉を返そうとするが、遮
られる。
 少年の言っていることは最もだ。
 憎んでいるのであれば、自分で復讐するなり、仇を取ればいい。それが自然の哲理だ。
 人任せにしてしまうのであれば、それはもはや無責任な所業だ。


「もちろん、自分で復讐することを諦めたわけじゃないが、今私が奴の元へ現れれば美味しい食糧を自ら差し出すようなものなんだ……私の力が奴に渡れば、もう手のつけようがない」


 女性は首を横に振って彼の言葉を訂正すると事情があることを説明する。
 彼女は妖怪を喰らっているのだ。
 普通の鬼にはない妖力をも手にしている。だからこそ、鬼舞辻無惨にその力を渡すわけにはいかないから身を潜めているのかもしれない。


「……鬼舞辻無惨を倒したら、あなたも死んでしまう」

「人を喰ってる……今は妖を喰っているがもう人間ではないんだから当然のことだよ」


 原始の鬼を倒せば、全ての鬼が消える。
 そうなれば、女性ももれなく消滅することになるのは間違いないのだ。
 それでも平然と奴を殺せとばかりにいう姿に困惑したように言葉を返す。しかし、彼女は眉を寄せて悲しげに言った。
 ことわりから外れた存在だということを理解し、受け入れているのだろう。


「……」

「なあ……君の名前は?」

「…竈門炭治郎……あなたの名前は?」


 覚悟をしている姿にもう懸ける言葉はない。彼は開いた口を閉じ、俯いた。
 気を揉んでくれる心優しい少年にふっと笑みを浮かべ、女性は問いかける。それに彼は答え、問いかけ返した。


「そうだなぁ……藤の花とでも言っておこうか」


 まさか名前を聞かれるとは思わなかったのだろう。
 眉を下げて口角を上げるとこてんと首を傾げ、曖昧に答える。


(もう名前は名乗りたくない……私はもう鬼だから)


 どうやら、本当の名前はあって忘れているわけではないようだ。それでも人を喰った自分を人間だった時の名前で名乗りたくなかったのかもしれない。


「じゃあ、藤花」

「………」

 炭治郎はじっと考え込むとゆっくり口を開き、彼女が名乗ったものとは若干違うものを口にした。
 その名前に驚き、藤の花と名乗る女性は酷く瞳を揺らす。


「藤の花なら、藤花でも間違いないだろ?」

「……ははっ、好きに呼べばいい」


 彼女から臭う苦しく胸が痛いほどの後悔と自分が口にした名前に驚きを隠せていない表情に彼はふわりと柔らかく優しい笑みを浮かべ、首を傾げた。
 炭治郎が口にした名前は人間だった時に名乗っていたもの。
 呼ばれるのが嫌で濁したのに、何故か呼ばれても嫌悪感がなかったのか。彼女は顔を隠すように手で覆い、乾いた笑みをすれば、そう呼ぶことを承諾した。


「ああ!そうする!!」

「……なあ、」


 彼は認めた藤花に誇らしげに笑って頷けば、彼女はふぅと息を吐き出す。
 二人がいる場所は山の中、白い息は空気に溶け込んだ。
 藤花は岩から降り、スタスタとどこかへと歩き出しながら、声をかける。


「なんだ?」

「もし、私が次に人を喰うことがあれば遠慮なく殺してくれ」

「!!」


 炭治郎は声をかければ彼女は背を向けたまま、残酷な願いを口にした。
 それに彼は顔を強張らせ、息を飲む。


「頼んだよ、炭治郎」


 くるりと後ろを振り向き、儚げに微笑む藤花は炭治郎の目には綺麗に映ったのだった。




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