一話





【注意事項】
陰陽術は大和言葉系、真言系、九字を使用してますが、用途がそうとは限りません。

(勉強したけど頭が足りませんでした)




 百数年ほど前、安倍家には藤の花が生まれた。
 稀代の陰陽師と謳われた安倍晴明の生まれ変わりが。

 この子は定められた星により、過酷な人生を歩む。
 それが生まれた時に言われたという予言。現実のものとなった。

 話が長くなりそうだから、大正時代にいた藤の花の話は今は割愛しよう。
 簡潔に彼女を語るならば、鬼を滅し、人に仇なす妖を滅していた人間だ。
 彼女は最後の最期まで人のために生きた。それに後悔はない。


 私の名前は安倍藤花。
 またしても、安倍家に生まれた今、割愛しつつ話した人の生まれ変わりだ。でも、まさか。まさかね。
 前世の記憶を持って生まれてくるとは思わないじゃない。しかも、前世と全く同じ名前で。
 あの頃と違う点があるとしたら、女の子らしく髪を伸ばしたということかもしれない。

 ……話が逸れた。
 鬼が消滅して鬼狩りをしなくて良い世になったとしても、妖や悪霊、怪奇現象は無くならない。つまり、陰陽師業は年中無休で開業中です。
 しかも、東京という土地は混とんとした場所。そういったものが集まりやすい。

 修行の一環として、高校生だというのに東京に派遣された私は、中高一貫キメツ学園に転校し、そこに通いながら、陰陽師をしている。

 キメツ学園には本当に驚いた。
 前世で縁を結んだ人たちがほとんどいる上に前世の記憶をみんな持っていたから。

 それで、前世で恋仲になった人とも再会を果たすと付き合うことになった。
 そう、前世では何やかんやあって、恋人同士の時間はあまりとれなかったけど、今世はデートしたし、手も繋いだ。
 それ以上のことはなんとかないけど、時より、そう言う雰囲気になることがある。


 もう一つ、違う点があった。
 正直、前世の頃より、私は初心だと思う。だからこそ、無理やりそういう雰囲気を壊してきた。

 でも、今は一人暮らしをしている部屋に炭治郎が来ている。つまり、二人きりなわけで。
 表情には出してないけど、緊張してる。
 まあ、炭治郎は嗅覚が優れているからバレてるだろうけど。


「……そんな、緊張しなくても取って食ったりしないぞ?」
「…………だから、嗅ぎ取ってもいちいち言葉にしないで欲しい」


 ソファの隣に座る炭治郎は眉を下げ、困った表情を浮べて私に安心させるように言葉をかけてくれるが、今の私にはそれは有難迷惑だ。
 分かっていても言って欲しくない言葉というものも存在するが、素直な彼だからこそ、言ってしまう。
 そう言う人だから仕方ない。分かってるけど、言わずにはいられないのが私の心情だ。


「……でも、そろそろキスくらいはしたい!」
「炭治郎……嗅ぎ取るなら、空気も読んで……」


 グイッと私に顔を近寄らせる炭治郎はほんのりと頬を赤らめて唐突な言葉を発した。
 なんとなく分かってはいたけど、そうはっきりと言葉にされて頬を赤らめない女子などいるのかな。
 そんな他人事のようなことを頭の隅で考えながらも、やっぱり恥ずかしいのは事実で、私は体温が上がっているのを実感しながら、顔をそらして言葉を返す。


「前世では普通にしてただろ?」
「いや、それから何百年経ったと思ってるの。あの頃より初心なんだよ、私は……っ!」


 きょとんとした表情を浮べて問いかけてくる炭治郎が憎い。
 変態鬼を狩った時にした人工呼吸の時、あんなに顔を真っ赤にしてタジタジだったのに、今じゃ私の方がタジタジだ。
 それが悔しい気持ちになり、炭治郎をジロっと睨みつけ、文句を言うが、彼との距離が近いことに気が付く。


「………」
「た、炭治…待っ……!!」


 真剣な表情を浮べ、無言で近寄ってくる炭治郎に私はじりじりと後退るけど、ここはソファ。
 そんな逃げる場所もなく、ひじ掛けに背がぶつかるといよいよ、危ない。
 いや、危なくはないけど、心の準備は整ってない訳で。
 言葉を詰まらせつつも、彼に声をかけると顔はもう5cmもない距離にあった。

 もう今世のファーストキスが終わる。

 そう思ってぎゅっと固く瞼を閉じると突然、スマホから着信音が鳴った。
 急に鳴り出すそれに炭治郎も驚いたのか、ピタッと動きを止める。


「っっ、ちょ、待った!!電話!!電話に出させて!!」
「………わ、かった」


 メッセージだったら一瞬で鳴り終わるはずなのに鳴り続けるメロディ。
 それに私はチャンスと思って、炭治郎の口を両手で押さえてはグイッと彼の顎を持ち上げ、空気を壊した。
 炭治郎は不服そうに眉を寄せつつも、良しとしてくれたのでテーブルに置いてあるスマホを手に取り、画面に表示されている名前を確認する。


「なあ、なんで善逸から電話かかって来てるんだ?」
「わ、分からないけど……何かあった、のかな」


 画面に表示された名前は友人。我妻善逸だった。
 炭治郎は善逸からの電話に疑問に思い、首を傾げ、問いかけてくるが、私も同じ疑問を持っているわけで、同じように首を傾げるしかない。
 私は眉根を寄せ、応答ボタンを上にスワイプさせた。


「もしもし、ぜんい……」
「俺をっ…!!俺を助けてくれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 声を出すと同時に電話の向こうから聞こえてくる泣き叫ぶ声。
 善逸、せめて最後まで言わせてほしいな。
 そう心の中で突っ込みを入れながらも耳元にスマホを当てなくても聞こえるくらいうるさい声に炭治郎と顔を見合わせた。


「一体何があったんだ?」
「ひえっ!!た、炭治郎もいたの!?ごめんなさいね!?邪魔しちゃって!!」


 困惑した表情を浮べながらも、心配そうにスマホに声をかける炭治郎の声に善逸は冷たい空気を吸い込んだかのような悲鳴を上げる。
 彼に向かって、混乱した頭だからか、変な謝罪を口にするが、今はそれは置いておこう。


「何があったの、善逸」
「藤……俺、殺されるかも…?」
「は」
「い?」


 未だに状況がつかめていない私は努めて冷静な声で問いかけると善逸は怯えているような涙声で訴えてきた。
 それでも、自分の言葉に自信がないのか。語尾にクエスチョンマークが付いて医療にも聞こえる。
 殺される。それはこの現代日本ではないとは言い切れないが、比較的遭遇する確率が低そうな言葉だ。
 炭治郎と私は思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。



◇◇◇



 藤花の家はエレベータから長く続く廊下の端。距離はあれどもエレベータの真正面に位置する場所にある。
 ピンポーンという音が聞こえ、モニターに顔を青くさせているたんぽぽ頭の少年の姿が映るとそれにこの家の家主はバタバタと足音を立て、玄関に向かった。


「はいはい…いらっしゃ……っ、!」
「な、なになになに!?」


 彼女はクロックスに足を通すとガチャッと音を立てて、ドアを開ける。扉を開けて見えたものはモニターに映った眉を下げている我妻善逸だ。
 彼に向かって家へ迎い入れる言葉を紡ぐが、善逸の周りに深い紫色の邪気がまとわりついていることに気が付く。
 それが分かると彼女は眉根を寄せていたが、彼の周り付いているそれが伸びていることに気が付くと視線をそちらへと向けた。
 視線の先、エレベーターの方にいるものを目にし、藤花は言葉を失う。紫色が混じる黒い何かを纏わりつけている何かが、佇んでいたからだ。
 言葉をかけるよりも先に、彼女は身体を動かし、自分の背中に隠すように善逸の腕をグイッと引っ張った。
 急に腕を引かれた彼は藤花の行動が理解できないのだろう。目を見開き、混乱したように叫び声を上げるが、今の彼女はそれどころじゃない。


「オンアジラウンケンシャラクタン!」
「ひえっ!?」


 玄関から廊下へと出ると彼女はキッと目を鋭くさせ、人差し指と中指を立て、マントラを張った声で口にすると紫色混じりの黒い何かに向かって、攻撃を仕掛けた。しかし、その攻撃は当たることない。
 意外と動きの速いそれに彼女はチッと舌打ちを打つと突然、マントラを言い始めた彼女に驚き、善逸は叫び声を上げた。


「何かあったのか!?」
「2人とも出ないで!!朱雀!青龍!玄武!白狐!!結界の強化!!」
「「御意!」」


 なかなか戻ってこないと藤花と善逸の叫び声に慌てたように玄関に来た炭治郎は声を荒げて呼び掛けるが、今は彼も足手まといでしかない。
 彼女は黒い何かから目をそらさずに後ろにいる二人に言葉を投げかけると同時に四神の名を口にし、命令をすると四つの声が藤花の言葉に返事をした。


「臨める兵、闘う者、皆 陣列べて 前を行く!」
「ギャァアアアア…!!」


 制服のスカートの中にレッグホルスターを付けているらしい。そこから一枚の札を取り出すとそれを構え、九字を唱え、札を黒いモノに投げつける。
 札が黒いモノに当たると苦しそうに頭を抱え、もがきながら叫び声を上げると姿を消した。


「き、消えた……」
「善逸、…何やらかした?」
「え!?お、俺何かやったの!?」


 善逸は炭治郎の腰にぎゅっと抱き付きながら、目の前で起きたことにポツリと言葉を零すと藤花はふぅーっと息を深く吐き出し、新しい酸素を取り入れる。 そして、くるっと玄関にいる訪ねてきた友人に向かって顔を向け、問いかけるが、善逸はそんな自覚は皆無なのだろう。
 白目になり、顔を真っ青にさせて逆に問いかけ返す始末だ。


「藤の君、結界は強化したぞ」
「朱雀、ありがとう。干し桃持って来て」
「食って良いのか?」


 そんなやり取りをしていると手乗りサイズの赤い羽根をパタパタとさせる少年のようなものが藤花に呼び掛け、先ほど指示されたことが完了したことを告げる。
 彼女はお礼を言うと次の指示を出すが、赤い子供のようなモノは目を輝かせ、嬉々として問いかけた。


「良いわけないだろ、莫迦」
「なんだとぉ?」
「青龍、喧嘩売るようなことしない。使うから急いで」
「はーい」


 はぁ…と深いため息が聞こえてくると赤い子供を蔑むような声が聞こえてくる。
 それにカチンと来たのだろう。朱雀と呼ばれた赤い子供は眉を吊り上げ、その声の主に突っかかるような言葉をかけた。
 朱雀が突っかかるのは彼と似ているようで似ていない青い角と尻尾を生やした手乗りサイズの青い子供のようなものだ。
 藤花は呆れたように仲裁に入り、朱雀を急かすと彼はしぶしぶ返事をして部屋の奥へと向かう。


「青龍は外の様子見てきて」
「…分かった」


 朱雀が部屋の奥へと消えると彼女は青龍と呼ぶ青い子供に視線を向け、言葉をかけると彼は瞳を閉じ、コクリと頷くと姿を消した。


「藤姫さま、清め塩持って参りました」
「玄武、ありがとう」
「な、なあ…藤花……この子達は一体…」


 耳を尖らせた紫色の手乗りサイズの子は両手に清めの塩を持ち、柔らかく綺麗な声で藤花に言葉をかけると彼女は笑みを浮かべ、それを受け取る。しかし、初めて見た明らかに人外のそれに驚かずにはいられないのだろう。
 善逸はカタカタと震え、炭治郎は指を指す手が震えながらも、藤花に問いかけた。


「あれ、まだ会ったことなかったっけ?」
「なになになに!?この子達!?」
「全く、おひぃの友人の癖に弱っちぃのぅ」


 その反応に彼女はキョトンとした表情を浮べ、首を傾げると善逸は炭治郎に抱き付く力を更に強め、発狂する。
 その様にため息が聞こえてくるが、それは明らかに今まで聞いた声とは別のモノだ。
 炭治郎と善逸、藤花はその声がする方へ顔を向けると白い手のひらサイズの狐の耳と九本の尻尾を生やしたものが浮かんでおり、呆れたような顔をして、小馬鹿にするように言葉を投げかける。


「白狐……この子達は私の式神よ」
「え、前世にはいなかった…よな?」
「そうだけど、今はそれは置いといていい?善逸の清めを先に済ませないと部屋に上げられない」
「ひっ…!俺、そんなにひどいの!?ぶえっ!!!」
「そう。めちゃくちゃ悪い」


 その白いモノを嗜めるようにそのモノの名前を口にすると炭治郎から問いかけられた疑問に答えた。しかし、百年ちょっと前には見かけなかったその存在に戸惑っているらしい。炭治郎は困惑した表情を浮べ、少し自信なさそうに首を傾げるが、彼女は眉を下げ、stopとばかりに顔の前に手のひらを上げ、話を逸らした。
 先ほど玄武から渡された清めの塩の封を開けながら、話題を変える意図を口にすると善逸はビクッと肩を揺らして声を荒げる。そんな彼に容赦なく清めの塩をぶっかけると善逸は変な悲鳴を上げた。そして、彼女は冷静に、現状が深刻であることを告げる。


「いいいいいいいいいいいやあああああああああああ!!!」
「うるさい。それから炭治郎も清めるよ」
「え、俺もか?……うっ、」
「俺が穢れてるみたいな言い方やめてくれる!?傷付くんですけど!!?」


 未だに玄関のドアは開いているがゆえに廊下にまで響く、うるさく汚い高音の叫び声。
 それに藤花は一言口にするとまた善逸に清めの塩をかけると彼はまたうめき声を上げた。
 彼女は玄関とリビングを繋ぐ廊下に立っている炭治郎に目を向けると言葉を紡ぐと困ったような表情を浮べるが、彼にも容赦なく塩が振り掛かってくる。それに炭治郎は目を瞑り、堪えるような声を漏らした。
 彼女の言葉はどこか善逸が原因のようにも聞こえたのだろう。
 被害者は俺だとばかりに彼は涙を流しながら、反論を口にする。


「その通りだから言ってる」
「あら!?ごめんなさいねっ!!?」
「………」


 しかし、彼女は冷静にその反論を論破すると二人にかけた清めの塩に自身の霊力を与えるように呪を唱え始めた。
 冷静に事実を突き付けられた善逸は唱えている彼女に泣きながら、謝罪をすると炭治郎はそのカオスと言っても過言はない雰囲気にただただ黙って見守っていた。


「持ってきたぞ」
「ありがとう……はい、二人とも口開けて」


 奥の部屋から袋を持ってきた朱雀はパタパタと羽根を羽ばたかせながら、藤花に声をかけるとそれを彼女の手のひらに乗せる。お礼を口にすると袋の紐を解きながら、炭治郎と善逸に声をかけた。


「「あ………むぐ!?」」


 突然、口を開けろと言われても意味が分からないのだろう。
 二人は顔を見合わせつつも、口を開けるとその中に押し込められて、驚きの声を上げる。


「干し桃で魔除けしとこう。それでとりあえず、簡易清め終わり」
「それはさぁ……あ、うまぁ」
「口に突っ込む前に言ってくれ……」


 彼女は干し桃を突っ込んだことでひとまず落ち着くことに安堵の息を零し、腰に手を当てた。何の説明もなしに口の中に入れられたことに文句があるのだろう。善逸が文句言い掛けたが、ざらりとした触感と甘い味が口内に広がり、その美味しさゆえに文句を忘れ、もぐもぐと咀嚼を始める。
 そんな彼に変わって、炭治郎は複雑そうな表情を浮べ、嘆くように文句を零したのだった。




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