二話





「で、どうしてあんな不穏な電話をしてきて、あんなのに付きまとわれてたの」
「え、待って、それ、盛り塩に囲まれたまま説明するの?」


 藤花の家のリビング。
 彼女は仁王立ちし、腕を組み、威圧的な雰囲気を醸し出し、見下ろしながら、有無を言わさない問いかけを投げかける。
 彼女の視線の先にはフローリングでちょこんと正座している善逸がいる。
 彼の周りを囲むように盛り塩が四か所に置かれており、それが疑問でしかないのだろう。善逸は戸惑った表情を浮べ、たじたじになりながら、藤花へ問いかけ返す。 


「藤花、流石にこれは可哀想じゃないか?」
あれ・・が去ってまだ数分も経ってない。念のための結界だから気にしない。ほら、さっさと話す」


 盛り塩に囲まれ、委縮してる善逸が憐れに思ったのか。炭治郎は彼の肩を持つように眉を下げ、彼女をなだめようと諭そうとした。 しかし、彼女はそんな言葉に流されるつもりはないらしい。首を横に振りつつも、善逸の問いに答えると何があったのかを話させようと急かす。


「………学校にいる時は全然、足音聞こえなかったんだけど、帰り道一人で路地を歩いてたら、足音が聞こえてきてさ。振り返っても誰もいなくて、怖くなって、全力で走って逃げたのに、まだ聞こえてきてて…」


 藤花の真剣な眼差しに戸惑いながらも、善逸はゆっくりと語り始めた。
 今日一日を振り返り、恐怖が蘇ってきたのだろう。 ドンドンと顔色を悪くさせながら、言葉を紡ぎ続けた。


「善逸の足に付いてこられたのか?」
「う、うん…」
「ストーカーってことか?」
「俺にストーカーなんている訳ないだろ。キレるぞ」


 善逸の足はとてつもなく速い。それはキメツ学園一速いと言っても過言はないだろう。
 そんな彼の足に追いつけると聞き、驚きを隠せずにはいられない炭治郎は目を見開き、問いかけた。
 善逸はコクリと頷き、チラッと上目遣いをし、炭治郎に視線を向けると炭治郎は顎に手を当て、可能性のある事案を零す。しかし、その言葉は不服らしい。
 善逸は炭治郎を睨みつけるように目を据わらせ、冷静にツッコミを入れた。


「あながち嘘じゃないけどね……」
「え!?嘘!?俺にストーカー!?どんな女の子!?」
「悪霊一歩手前の霊に付き纏われて、喜ぶな」
「ひっっっえぇっっ……アクリョウ……イッポテマエ……」


 藤花は、はあ…と深いため息を付き、ぽつりと言葉を零すと善逸は嬉しそうに目を輝かせ、頬を赤く染め上げ声を張り上げると藤花と炭治郎は蔑むような目を彼に向ける。
 呑気と言ってもいい反応に彼女は頭が痛いのだろう。
 額に手を当て、眉間にシワを寄せ、目を瞑りながら、はっきりとストーカーの正体を明かした。
 まさか、そんなモノに纏わり付かれてるとは思いもしなかったらしい。ヒュッと冷たい息を吸い込み、頬をこけさせながら、彼女の言葉を理解した善逸はカタコトで復唱した。


「そ、それって大丈夫なのか?」
「あんまり大丈夫じゃないけど…女の子関係で何かあった?」
「……あ、一昨日、女の子が交通事故に合って、それで色々手伝ったくらい?」
「恐らくそれだね」


 思いもしない展開に炭治郎は心配になったらしい。
 冷や汗をかき、藤花に聞くと彼女は鼻根を摘まみ、眉根を寄せながら、曖昧な言葉を返す。そして、フローリングで正座をしたままの善逸に目を向け、状況を把握するために続きとばかりに問いかけた。
 善逸は顎に手を当て、フローリングに視線を向け、真剣に考えると一つ、思い当たることがあったようだ。
 思い出したかのように声を出すとフローリングから藤花へと視線を移し、首を傾げ、思い当たることを口にする。
 彼女はその言葉に納得するように言葉を返すとふぅ…と息を吐き出し、右足に重心をかけた。


「え、」
「その場所どこ?」
「えっと、学校行くまでの途中にある大きい道路」
「ああ、あそこか。近いな」


 はっきりと、さっぱりと自分の曖昧な疑問を確定とばかりに言葉を投げかけられるとは思いもしなかったのだろう。善逸は、ピシリと固まる。
 藤花はそんな彼を他所にテンポよく、次の質問を投げかけると善逸は特徴的な眉を下げ、場所を口にした。
 学校の近く。つまり、学校の近くに住んでいる彼女にとって近所も同然だ。
 その場所をすぐ理解すると顎に手を当て、考え込む。


「藤の花、只今戻った」
「青龍、どうだった?」
「姿を消したと同時に邪気も消えてる…が、また現れるだろうな」
「だよねぇ」


 盛り塩に囲まれ、正座をする善逸。二人のやり取りを心配そうに見守る炭治郎。威圧的に立っている藤花。
 なんとも言えない絵面だが、そんな彼女たちの元に突如、青い角を持ち、青い尻尾を生やした手のひらサイズの男の子が善逸の頭上に現れ、藤花に話しかけた。
 その声に彼女は驚きもせず、報告を促すと青龍は冷静に言葉を返す。
 その言葉は藤花も読んでいたことだったのだろう。眉を下げ、困ったように自身の頬に手を添え、首を傾げた。


「お主も大変よのぉ。変なもんに好かれおって」
「あのさあ!?なんっで、式神とかにバカにされなきゃいけないわけ!?」
「白狐、やめなさい」
「ぬあっ!」


 姿を消していたはずの白い耳と尻尾を生やした手のひらサイズの女の子は善逸の前に現れるとくっくっと喉を鳴らし、言葉をかける。
 からかっているようにさえ見えるその姿に彼はカチンと来たのか。白目になり、怒鳴りつけるように感情をぶつけ、声を荒げると藤花はため息を付き、善逸の前で浮かんでいる白い狐のような女の子の首根っこを掴み、制止させた。
 まさか、首根っこを掴まれるとは思ってなかったのだろう。白狐は変な声を上げ、抵抗するが、そんなことをしたところで小さい姿の彼女に勝ち目はない。されるがままだ。


「善逸、今日うちに泊まっていって」
「なっ!?」
「えっ!?」


 じたばたと暴れ続ける白狐を他所に、藤花はしゃがみ込み、善逸に視線を合わせてハッキリとした口調で告げる。
 その言葉は炭治郎も善逸も予想だにしていない言葉だったのだろう。二人は同時に驚きの声を上げた。


「な、何を言ってるんだ!!善逸は男なんだぞ!!」
「あの手のモノはそう簡単にあきらめないし、傍にいてくれた方が守りやすい」


 彼女の一言は炭治郎にとって肝を冷やすもの精神攻撃と言っても過言ではない。
 恋人が自分とは別の男と一つ屋根の下で寝泊まりするなんて知ってしまえば、黙っていられるものじゃないだろう。
 炭治郎は血相を変え、藤花に言葉を投げかけるが、彼女はケロッとした表情で言葉を返す。あくまで、これは仕事の範疇と考えているようだ。


「そんな危機感無しに言わないでくれ!それに俺も泊まったことないぞ!!」


 しかし、納得がいかない炭治郎は言い負かされないとばかりに食ってかかるが、意味合いが少し違うらしい。
 まあ、キスも終わらせていない辺り、未だ家に泊まったことがないのは想像できるが、気にする所はそこだったようだ。自分が泊まった事がないのに友人が先に泊まるのは不満があるということだろう。
 え、そこ?
 善逸と藤花の心の声は重なったのか。二人は眉根を寄せ、じっと彼を見つめ続けるが、炭治郎の顔は真剣だ。


「自己防衛能力は高いつもりだけど、…そんなに言うなら、炭治郎も泊まれば?」
「………ああ、そうする!」
「え、何、守られる代わりにカップルのイチャイチャ見なきゃいけないわけ?え、地獄??」


 藤花は立ち上がり、困惑した表情を浮べ、言葉を返すが、面倒くさくなったらしい。
 強引に結論へと紐付けると彼はむっとした表情を浮べたまま、彼女の提案に乗った。
 二人のやり取りを見守っていた善逸は目を扉す勢いで見開き、低い声でブツブツと文句を言う。それはもはや、妬みだ。


「呪われて取り憑かれて殺されてもいいなら、どうぞ勝手にお帰りくださ……」
「ごめんっっっなさい!!!守ってください!!」


 緊迫した空気になってもおかしくない状況に身を置いているというのに呑気な被害者に藤花は呆れた視線を向けると深く息を吐き出す。そして、目を閉じたまま、手を玄関へ向けて他人事のようにさらさらと言葉を紡ぐが、その言葉に善逸はだんだんと顔色を悪くさせ、彼女が最後まで言う前に大きな声で謝罪と改めてお願いの言葉を吐き出した。
 情けない顔をして。
 今日何度目のため息になるだろう。彼女はまた体に溜まった二酸化炭素を吐き出すとリビングにあるクリーム色のチェストへ向かい、引き出しを開けると黒水晶の腕輪念珠を二つ取り出した。


「……それから二人とも、これ付けておいて」
「これは?」
「結界数珠。かなり強力に作ってある」
「ありがとぉ……」
「俺も必要なのか?」


 それらを持って、ふたりの元へとまた戻ると二人の前に腕輪念珠を差し出し、言葉をかけると炭治郎は不思議そうな顔をして問いかける。
 彼女が簡潔に答えると善逸は涙目になりながら、彼女の手のひらにあるそれに手を伸ばし、お礼を口にするが、炭治郎は自分にも渡されるとは思わなかったようだ。
 目を見開き、彼女の顔をじっと見つめ、問いかける。


「邪気が付いたまま、善逸に抱き付かれてたから、念のためね。何かあってからじゃ遅いし」
「分かった」


 ん、と炭治郎にもう一つの腕輪念珠を差し出しながら、彼も身に付けなければならない理由を口にした。彼女の表情はいつにもまして真剣だ。
 それに炭治郎はこくりと頷くと藤花の手のひらにある腕輪念珠を受け取り、自身の腕に付ける。


「うぅぅ、炭治郎。ごめんよぉ、巻き込んで」
「気にするな、善逸」
「大丈夫、二人は私が守る」


 自分が恐怖におびえ、抱き付いたおかげで巻き込んでしまった。
 その自覚と罪悪感は大いにあるらしい。善逸はまた涙を流し、鼻水を垂らしながら、謝罪の言葉を友人に紡いだ。
 炭治郎は優しく懐の広い男だ。
彼はニコッと優しい笑みを浮かべ、善逸の肩に手を置き、言葉をかけると肩にかかるあたたかい体温に善逸はウルウルと瞳を揺らす。
 そんな二人を見守っていた藤花だが、彼女は腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
 善逸は大いに不安で一杯だろうが、炭治郎も不安が無いといえば、嘘になる。そんな二人にとって彼女のこの一言は心強いものだ。


((かっこいいんだよなぁ……))


 人を守るとなったら、強い。
 前世と変わらない彼女の姿に男二人は情けない気持になりながらも、心の声を重ねて、藤花を褒めた。
 善逸を囲む盛り塩は邪気を吸い込んだのか、色を変えている。
 それに気が付いた彼女はしゃがみ込み、彼を囲む盛り塩を退かすと玄武、青龍、朱雀は彼女の意図を組んだように残りの盛り塩を持ち、リビングからダイニングを経由してそれをキッチンに運んでいく。


「さて、さっさと全てを終わらせよう」


 手に持った盛り塩を人差し指でツンとつつくと固まっており、崩れることも無い。全て邪気を吸いつくした証拠だ。
 それを面倒くさそうに白狐が受け取るとキッチンへと姿を消す。
 藤花はリビングから見える真っ暗な空に浮かぶ月を目にして、眉を吊り上げて言葉を零したのだった。




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