三話





 宵闇となった刻。
 藤花は制服から私服に着替えたようだ。白の振袖風パーカーに黒のスキニーパンツを着て、リビングのソファに座り、マグカップに入ったコーヒーに口を付けていた。
 客室から出てきた炭治郎と善逸は男性物のスウェットを身に纏っているが、炭治郎は何処か浮かない顔をしている。それを鋭い聴覚でとらえている善逸はそわそわと彼の後を付ける様に歩いていた。


「なあ、藤花」
「何、炭治郎」
「どうして、男物の服があるんだ……?」


 炭治郎は彼女の名前を口にすると藤花は不思議そうに首を傾げる。しかし、炭治郎は嫉妬が先走るのか。グイッと顔を近づけ、直球的に問いかけた。
 どうやら、彼らが来ているスウェットは彼等の私物ではないらしい。一人暮らしの彼女が何故、そんなものを持っているのか。疑問が生じるのは無理もないだろう。


(え、俺、この修羅場にいなきゃいけないの?俺も思ったけどさ…!!)


 彼もまた同じことを疑問に思っていたようだが、修羅場になりそうな現場にいたくないのも事実。
 真剣な表情を浮べて彼女の傍に立つ炭治郎の後ろで怯えたように見守る善逸はカタカタを肩を震わせていた。


「それ、兄さんの服」
「え、お兄さんがいるのか?」
「あれ、前世でいなくなかった?」


 思ったより近い顔に身を引きながらも、藤花はキョトンとした表情を浮べ、二人の疑問に答える。今度は二人がキョトンとする番だった。
 顔を少し離し、目をぱちくりさせる炭治郎は首を傾げると彼の肩口からひょいと顔を出しながら、驚いたように善逸は彼女へ言葉をかける。


「あのね、前世と今世が全く同じと思わないでよ」
「違うこともあるのか?」
「でも、キメツ学園にいる人って同じだよね?」


 藤花は何でもかんでも前世との繋がりを探す二人に呆れた顔を浮べ、言葉を返した。
 そんな考えがあるとは頭の隅にもなかったのだろう。
 未だに驚いた顔をして、炭治郎が問いかけると善逸もまた不思議そうに身の周りの人たちを思い浮かべて言葉を紡ぐ。そう、炭治郎の家族をとってしても前世と全く同じだ。
 それにキメツ学園に通う前世の知り合いの兄弟関係は前世と全く同じな人しかいない。だからこそ、驚かざるを得ないのだろう。


「そう言うパターンもあるけど、異なることもある。私には今、双子の兄がいるの」
「そうだったのかぁ」
「それこそ、前世そっくりな私だよ。男装してた時のね」


 藤花は眉を下げ、んーっと唸りながら、自分自身の前世との違いを淡々と語った。
 驚きつつも、納得する炭治郎に彼女はふっと笑みを浮かべ、脳裏に自身の兄の顔を思い浮かべる。


「へぇ、会ってみたいな」
「え、藤そっくりなんだろ?イケメンじゃん。嫌だよ、滅びろよ」
「善逸!会ったこともない藤花のお兄さんに向かってなんてことを言うんだ!」


 前世の藤の姿を思い出した炭治郎は懐かしくなったのか。ニコッと笑みを浮かべ、思った言葉をそのまま口に出すと善逸は冷めた目をして、ぼそぼそと呟いた。
 イケメンに対して辛辣なのは通常運転だが、それが友人の兄妹だろうと関係ない。それが善逸だ。
 そんな彼に炭治郎は眉を吊り上げ、しかりつけるように言葉を投げかける辺り、流石長男。


「玄武」
「はい、藤姫さま」
「しばらく、善逸の傍にいてあげて」
「わかりましたわ」


 ある意味、自分の身内を貶されているようなものだが、当の本人はあまり気にしていないようだ。藤花は話半分聞き流すと自身の式神を呼び寄せる。
 それに反応して何もないところからスッと顕現した深い紫色の女の子はにこりと笑みを浮かべ、返事をした。
 藤花は玄武に指示をすると彼女はコクリと頷き、浮遊したまま、善逸に近寄る。


「ねぇ、これってなんなの?」
「まあ、これとは失礼ではありませんか?」


 近寄ってきた黒いような紫のようなものに眉を下げる善逸は玄武を指差し、藤花に問いかけると玄武はこれ扱いがお気に召さなかったのだろう。
 いや、誰だってそんな扱いされたら、嫌に決まっている。
 彼女はぷくっと頬を膨らませ、善逸に文句をいうように言葉を投げかけた。


「さっきも言ったけど、式神だよ。聞いたことない?」
「ああ、あれ……って、え??」
「大正時代の私は必要なかったから、契約を結んでなかったけど今は式神と契約を結んでるの」


 彼女は立ち上がり、リビングから見えるキッチンへと足を運びながら、善逸の質問に答える。
 現世には溢れた物語が転がり落ちているのだから、一度は耳にしたことはあるだろう。
 そんな考えからか、そう問いかけると炭治郎は納得したように言葉を零すが、目を見開き、固まった。
 その様子に藤花はふぅと息を吐き出すとポットに入ったお湯をマグカップに注ぎ、コーヒーを作りながら、とても簡易的な説明をする。


「え、式神ってことは神様??」
「私の式神はどちらかというと神様の属したモノかな。神と人の間の存在。玄武は守りのスペシャリストだから今の善逸にとって一番のボディーガード」
「これとか言ってごめんなさい!!お世話になります!!」
「ふふ、お世話させて頂きますわ」


 いまだに理解出来ないのか、善逸は困惑した表情を浮べ、問いかけると彼女は視線を上に向け、考え込む素振りを見せると分かり易く言葉を紡いだ。
 マドラーで混ぜきると二つのマグカップを手に持ち、リビングに戻り、何故、玄武を善逸の傍に置くのかの理由を口にすると彼は目の前でパンっと手を合わせ、謝罪と堂々と甘える宣言の言葉を口にする。
 その様が面白く感じたのだろう。玄武は口元に手を寄せながら、笑みを零すと快く善逸の言葉を受け入れた。


「かといっても、結界が破られるときは破られるから騒がないでね」
「ねぇ、なんで、守る人を脅すの?」


 善逸にとって玄武は女神となった瞬間、藤花はマグカップを二人に渡し、地獄へ落とすような言葉を彼に告げる。
 善逸はマグカップを受け取りながら、暗い顔をし、真顔でツッコミを入れている辺り、本気だ。


「最悪の事態を想定して言っとかないと騒ぎそうでしょ、善逸は」
「確かにそうだなぁ」
「ねえ!誰か否定してくれたっていいんじゃない!?俺も思ったけどさあ!!?」


 彼女は腰に手を当てながら、呆れたように目を細め、言葉を返す。
 どうやら、彼女は善逸がこれから起こすであろう先手を打って語ってるに過ぎないようだ。
 藤花の言い分はもっともなのか、炭治郎もマグカップの湯気にふーっと息を吹きかけながら、同意を示す。
 ここには誰も味方が居ない。
 その事実に善逸は訴えるように抗議の声を上げるが、虚しくも受け流されているようだ。


「あと、二人とも何か声をかけられても絶対に応えないように」
「わ、分かった」
「応えるとどうなるんだ?」
「私があげた数珠が壊れる」


 彼の言い分に触れることなく、藤花は話題を変え、忠告をする。
 唐突なそれに自分の話を聞きもしない友人に善逸は拗ねはすれども、彼女から聞こえてくる真剣な音にビクッとしつつもコクリと頷いた。
 どうして応えてはいけないのか?
 それが分からないのだろう。炭治郎は眉根を寄せ、首を傾げて彼女へ問うと藤花はテーブルに置いていた自身のマグカップを手に取り、さらりと恐ろしいことを口にする。


「ひぃっ!?」
「これから現場に行って見てくるけど、絶対インターホンとか聞こえても出ないで」
「これから出かけるのか?もう夜中だぞ」


 善逸から息を飲み込んだような変な悲鳴が聞こえると藤花はそれをBGMのように聞き流しながしながら、マグカップに口を付け、喉を潤した。
 全て飲みきったマグカップは空となり、またテーブルにコトっと音を立て、置かれる。
 彼女はフゥと、息を吐き、留守番する二人に言い聞かせるように言葉を紡ぐと炭治郎は焦った表情を浮かべ、問いかけた。
 彼がそういうのも無理はない。もう夜中の十二時をとうに超え、二時になろうとしている。
 そんな夜更けに女の子が外を出歩くものじゃない。だからこそ、止める言葉だ。


「陰陽師は夜が本分。鬼殺隊と変わらないの」
「でも、女の子がそんな時間に…」
「女でも陰陽師なの。私の使命は人を守ること。それに現場はここから近いから大丈夫だよ」
「………」


 その言葉に藤花はスっと無表情になる。その表情は前世でよく見た仕事の顔だ。
 彼女ははっきりと言葉にするが、心配な炭治郎は言い負かされないように言葉を紡ぐ。しかし、彼女に適うことはなかった。
 もう一度、先程よりも強い言葉で言われてしまえば、黙らざるを得ない。炭治郎は眉を下げ、しゅんとした表情を浮かべ、足元のフローリングを見つめた。


「白狐、青龍。行くよ」
「あい、分かった」
「ああ」


 藤花はそんな彼に眉を下げて笑みを浮かべると式神の名を呼び、同行するように指示を出すとそれらはこくりと頷く。


「玄武と朱雀は二人をお願いね」
「御意」
「おう!」


 くるっと踵を返し、玄関に向かいながら、残りの式神に、留守を任せると玄武と朱雀は元気よく返事を返した。


「行ってしまったな」
「炭治郎も不憫だよな。恋人の心配もさせて貰えないなんてさ」
「仕方ない。藤花は昔からそうだ」


 玄関のドアが閉まる音がすると炭治郎は玄関の方を呆然と眺めながら、ぽつりと呟く。
 まるで、置いていかれた子供のように見えたのだろう。
 善逸は眉を下げ、彼を心配する表情を浮かべるが、わざとらしい、明るい表情を浮かべて炭治郎の背中をぽんと叩いた。
 慰めてくれている善逸に笑いかけながら、言葉を紡ぐが、その表情はどこか悲しいものにも見える。


「……大丈夫かな」
「藤花ならきっと大丈夫だ」
「……お前は昔からそうやってずっと待ってたもんな」
「そうだな。待っていることは多いかもしれない」


 しかし、女の子が夜中に外に出るということは普通に考えて危険で、心配になるらしい。
 善逸も彼女のことを心配そうにぽつりと言葉を零すと今度は炭治郎が彼を元気付けるように言葉をかけた。
 そんな健気な姿を見た善逸は眉を下げ、優しい声音で紡ぐと炭治郎は目を見開き、懐かしそうな目をして首を縦に振る。


「藤姫さまのことを心配して下さり、ありがとうございます」
「えっと、玄武…だったな」
「はい。不安になる気持ちは分かりますが、藤姫さまなら大丈夫です」


 そんな二人の前に現れたのは玄武だ。
 彼女は佇まいを正すと綺麗にお辞儀をしてお礼を口にする。
 まさかお礼を言われるとは思わなかったのだろう。炭治郎は戸惑いながら、彼女の名前を呼ぶと玄武はこくりと頷いた。
 大丈夫。
 彼女はまるで、自分に言い聞かせているような二人を安心させるように優しく包むような声ではっきりと言葉にする。


「青龍も白狐もいる。あいつらは強いからな」
「朱雀……ありがとうな」
「まあ、俺が一番強いけどな!」
「え、そうなの?」


 そんな彼女の隣にやってきた朱雀は頭の後ろで手を組みながら、明るい笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
 その優しさと明るさが二人の心を軽くしたのだろう。
 炭治郎は表情を和らいで朱雀にお礼を言うとへへっと笑みを浮かべ、鼻頭をかく。そして、ドヤ顔をしてふんぞり返りながら、偉そうに言葉を吐くとそれに驚いたように善逸が問いかけた。


「なんだよっ!疑ってるのか!?」
「う、疑ってないけど!」
「嘘仰いな、一番強いのは白狐です」
「うわぁぁ!な、なんでそれを言うんだよ!!」


 まさか、そこで問いかけられるとは思わなかったらしい。朱雀は眉を釣りあげ、ぷんすかと、怒りながら、善逸に食ってかかると彼は後ずさりしながら、言葉を返した。
 そんな二人の会話に玄武はため息をつき、小言を口にする。
 それは朱雀にとって今、明らかにされたくない真実。
 彼は慌てたように羽をバタバタとさせるとその姿が可愛らしく見えたようだ。
 炭治郎と善逸は顔を見合わせてると笑みを零したのだった。




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