四話





 広く大きい十字路だが、もう時刻が時刻だからだろう。
 人の気配はあまりない。たまに車が通るくらいだ。


「ここが現場か」
「……のぅ、おひぃ」
「何、白狐」


 藤花はピタリと足を止めると辺りをゆっくり見渡すように観察していると隣にいる青龍がぽつりと言葉を零す。
 もう反対側の隣にいる白狐は歩道の端、信号機の下に置かれたものに目を付け、藤花を呼び掛けた。
 それに彼女は反応し、白狐へ言葉を返す。


「これ、その交通事故で亡くなった女子への弔いではないか?」
「そうかもしれないね」


 信号機に置かれたもの。
 弔いの花やお菓子などを指差し、彼女へと問い掛けると白狐の言う通り名のだろう。
 藤花はこくりと頷き、同意を示した。


「……いたぞ」
「………」
「ん?様子がおかしいのぉ」


 何か気配を感じ取ったらしい。青龍はとある方向から目をそらさず、見つめ続けると自身の主に告げるように言葉を口にした。
 その言葉で藤花は青龍のいる方角に視線を移すとこちらを伺う様にその場に在るものをじっと見つめる。
 白狐もまたそちらに視線を向けるが、数時間前に視た姿とはかけ離れた姿なのだろう。
 白狐は眉間にシワを寄せ、首を傾げた。彼女が不思議がるのも無理はない。
 何故なら、善逸の後を追っていたおどろおどろしたヘドロのような紫色と黒色を混ぜた気を背負っていない、ただの今にも消えそうな淡い魂の姿だからだ。


「……ねぇ、聞こえてる?」
「………」


 藤花は目を細め、数メートル先にいるキメツ学園とは違う制服姿の少女に声をかける。しかし、声をかけられた少女はこちらをじっと見つめるだけ。
 口を開くこともなかった。ただ、不安そうに眉根を下げ、胸元でぎゅっと両手を握っているだけ。


(……あの時の真言が効いて薄れたか?でも、紫、青…あまり状態は良くない)


 そんな彼女を目を細めて見つめる藤花は彼女が纏っている気が初めて視た時よりは良くなっていることに疑問を持ち、考えを巡らせていた。
 魂の色というのは元々決まった色があるが、それを核として感情によって変化する。
 藤花は邪気を払ったことにより、本来の姿を取り戻した可能性を考慮したが、それでも状況は芳しくないことには変わりないようだ。
 彼女は目を細め、固唾を飲み込む。


「……君はもう亡くなっている。それを自覚して天へ行くならば、手伝う」


 藤花は佇む幽霊の少女に言葉を投げかけた。
 彼女の目に映る少女は死者であることを自覚していない魂なのだろう。だからこそ、はっきりと生者でないことを告げ、助言をするように手を差し伸べる。


「………めて」
「え?」


 少女はスーッと涙を零し、小さな声で何かを呟くが、それはとても小さい声で彼女の耳には届かなかった。
 藤花は目を見開き、聞き直すように問いかけると彼女は苦しそうな表情を浮べ、またポロっと涙を流す。


「………お願い……とめ、て」
「っ!!」


 パクパクと口を開き、言葉にしたいのに出来ないもどかしさを持ちながら、やっとの思いで出した声はただ、それだけだ。
 まさか少女の口から出た言葉に驚き、藤花は手を伸ばそうと下瞬間、少女は黒い瘴気に身を包まれる。


「なっ、いなくなった…!」
「しまった…あの子、私の家を知ってる…!」
「じゃ、向かった先はおひぃの家か!」


 包まれたと思った瘴気を纏う少女はその場から跡形もなく消えてしまった。
 それに驚き、青龍が声を荒げると藤花はこの場から消えた彼女の行く先がどこか考えを巡らせる。しかし、あの少女が向かう先など一つしかない。善逸の元だ。
 それに気が付くと彼女は焦った表情を浮べ、言葉を紡ぐと白狐はその言葉の意図を理解し、彼女が言わんとしていること先に言葉にする。


「白狐!先に向かって!!」
「あい、分かった!」


 藤花はチッと舌打ちをし、すぐさま白狐へ指示をすると式神は眉を吊り上げ、コクリと頷き、その場を去った。


「青龍!急ごう!」
「ああ」
「……頼むから出てよ……あ、もしもし!?」


 次に傍に残った青龍へ声をかけると彼もまたコクリと頷く。
 彼女は自身の家に向かって走りながら、ポケットからスマートフォンを取り出し、電話帳を開いた。そして、ある人物に電話をかけるとプルプルと通信音が聞こえてくる。
 もう夜中だ。常識を考えれば電話するなどあり得ないが、彼女が置かれた立場として緊急時だからか、躊躇もない。
 焦燥しながら、電話の向こうの相手に懇願しているとぷちっと切れる音が聞こえてきた。
 相手が応答した音だ。彼女はつかさず、声を荒げて声をかけた。



◇◇◇
 


「あれ……ここどこだろ?」


 黄色タンポポ頭の少年は目を閉じていた彼はゆっくりと目を開ける。
 彼の視界に映ったものはどこまでも深く暗い、何もかも飲み込むような真っ暗な景色だった。
 見覚えのないその景色に不安になったのだろう。
 眉根を寄せ、小さな声で呟く。小さい声なのにも関わらず、自分の声が反響して聞こえるその様に背筋が寒くなったようだ。
 ブルッと身震いをするとごくりと固唾を飲み込む。


「おーい!炭治郎ー!藤ー!玄武ちゃーん!」


 呼べば返事が来るかもしれない。微かな期待に縋り、ゆっくりと歩きながら、すぅっと息を吸い込むと大きな声で自分を守ってくれている友人の名を口にし始めた。


「なんで誰もいないんだよおおおおおお!!俺、なんでここいんの!?」


 何度、友人たちの名前を呼んでも返事はない。それに緊張の緒が切れたのか、涙を流し、荒々しく叫びながらキレ始めた。


「誰かあああああああ!!!助けてくれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ねえ」
「ひぃぃぃぃぃっ!!?」


 どんなに叫んでも返ってくるのは自分の反響した声だけ。
 ぺたりと地面に座り込み、顔を上に向けて滝のように涙を流し出しながら、汚い高温で叫び続けていると彼の背後から近寄る影があった。
 髪の長い少女は善逸に声をかけると彼は心臓を跳ね上げて恐怖の叫びを上げる。


「……だ、大丈夫?」
「……き、君は…誰?」
「私はあなたの味方。あなたのお名前は?」


 こんなにも大きな声で叫ばれるとは思わなかったのだろう。少女は驚いた顔をして、眉を下げ、首を傾げた。
 炭治郎も藤花も玄武もいないのに突如、現れた少女に怯えつつも、問いかけると彼女は綺麗な笑みを浮かべて、それに答える。そして、彼女は善逸の名を問いた。


(答えるなって言われたけど…これ、夢、だよね……夢なら平気、かな)


 善逸は藤花に言われた言葉が脳裏に浮かんだのだろう。
 問いかけられた言葉に戸惑った表情を浮かべ、考えを巡らせる。


「俺の名前は善逸。君の名前は?」
「私の名前は―――……」


 しかし、夢だと思い込んでいる彼は応えていいと思ったようだ。
 少女の目を見て、自分の名を口にすると彼女の名前を聞き出そうと問いかける。
 少女は口角を上げて微笑みながら、自分の名を名乗ったのだった。



◇◇◇



「善逸さま!!善逸さま!?」
「善逸!!しっかりしろ!!」


 ところ変わって、藤花の家のリビング。
 ソファに座っていた炭治郎と善逸だったが、善逸の様子がおかしい。それに気が付いたのは数分前のことだ。
 慌てたように玄武が善逸に話しかけるが、応答はない。
 それに焦り、炭治郎が彼の肩を掴み、揺さぶりながら、善逸の名前を呼ぶ。それでも、返事はなく、顔色の悪いままだ。


「まさか、夢から入ってくるとは…思いませんでしたわ」
「呼吸をしてない……やられた。魂抜かれてるぞ!」


 玄武も予想外なことが起きていることに戸惑いを隠せないらしい。対面で来られたら、守れるものというものの夢からこられては守れるわけもない。
 彼女の守りは物理的なものだからだ。たらりと冷や汗をかくと朱雀は顔色変えて焦慮するすると声を荒らげて言葉を紡いだ。


「なっ、そ、それは大丈夫なのか!?」
「おい、状況はどうなっておる!」
「白狐!」


 魂が抜けてる。
 その言葉に炭治郎はゾッとしたのだろう。顔を青くさせて、朱雀の方へ顔を向けて問いかけると朱雀が答える前に白狐が突如、姿を現し、声を荒げた。
 それに驚いたように炭治郎が彼女の名前を口にする。


「善逸さんが眠られていて、イビキかいていたのですが…突然無音になって…確認したら、呼吸をしていなくて」
「藤の君があげた数珠も壊された」
「ちっ、呼び掛けに応じおったか……炭治郎、お主は大丈夫じゃな」


 玄武は眉を下げ、両手を握り締めながら、状況を白狐に説明すると朱雀は善逸の腕輪念珠を指差し、指摘をした。
 白狐は思っていたよりも状況が悪いことに舌打ちを眉根を寄せるとくるっと炭治郎の方を向き、問いかける。


「俺の数珠は壊されてないが、それよりも善逸は大丈夫なのか!?」
「このまま黄泉の国へと連れて行かれたら、死ぬぞ」


 炭治郎は自身の腕に付いているものに目を向け、変化がないことを告げると善逸の心配をし続けた。しかし、白狐から零れる言葉ははっきりと死を意味しているのだから、酷なものだ。


「な、なんだって!?」
「善逸!炭治郎!!」
「藤花!!」


 予想だにしていない言葉に炭治郎は顔色を更に青くさせ、叫ぶとバタバタと玄関から騒々しい音が聞こえてくる。そして、女性の必死な呼び掛けが聞こえたと思えば、その声の主は姿を現した。
 炭治郎は泣きそうな顔をして、現れた彼女の名前を呼ぶ。


「炭治郎……善逸は!?」
「魂を連れて行かれた!」
「っ、……玄武、青龍、朱雀。最大限の神力を持って私の身体ごとこの家を守って」


 眉を寄せ、泣くことを我慢しているような表情を浮かべる彼に藤花は安堵するように肩の力を抜いた。しかし、彼の隣にいるソファでぐったりとしている友人に血相を変え、善逸の容態を聞くと朱雀がすぐさまそれに答える。
 まさか、魂を連れていくとは思ってもいなかったのだろう。
 下唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべると彼女はぎゅっと手を握りしめ、自身の式神に指示を出した。


「まさか、身体から抜けるおつもりですか!?」
「ギリギリまで逝ってくる」


 彼女の言葉に式神一同は瞠目させると玄武が声を荒らげ、彼女を静止するように言葉を投げかける。
 藤花は頬からじわりと滲み出す汗を垂らしながらも、極めて顔色変えずに言葉を返した。


「何を言っておる!危険じゃ!」
「ど、どういうことだ?」
「…魂を抜けて、善逸が連れて行かれた場所まで行くつもりだ」
「なっ!?」


 無茶を言っている彼女を止めようと白狐までもが静止している事態にただことではないことは空気で感じられたようだ。
 眉を下げ、戸惑った表情を浮かべながら、炭治郎が言葉を零すと彼の隣にいた青龍は緊迫した顔をして、重々しく彼の問いに答える。
 言葉の意味を理解した炭治郎は驚きの声を上げ、藤花の方をガバッと顔を向けた。


「白狐、付いて来てくれるよね」
「……はああああ…まっこと昔から困ったやつじゃな…おひぃは」
「藤花!」


 藤花は口角を上げつつも、真剣な目を白狐に向け、言葉を紡ぐ。その言い回しは何処か有無を言わせないものにも聞こえる。
 数秒間、じっと顔を見つめていた白狐だったが、深いため息をついた。そして、呆れたような、困ったような表情を浮かべ、腰に手を当てて言葉をこぼす。
 それは、承諾を意味しているのだろう。
 二人の会話が終わると炭治郎は心配そうな声で藤花の名前を呼ぶんだ。


「……大丈夫、ちゃんと二人で帰ってくる」
「……わかっ…っ!?」


 必死な顔に眉を上にあげたような表情を浮かべると藤花は優しい笑みを浮かべて、炭治郎の肩をぽんと叩く。
 炭治郎は自分に出来ることがあまりにも少ないことに悔しそうな顔をしていた。
 ただ待っているだけなど、歯がゆいものに決まっている。しかし、それしか出来ないことは重々承知だ。
 下唇を強く噛んでいた口を開き、返事をしようとしたが、それは飲み込まされてしまった。
 理由は唐突に彼女から接吻をされたからだ。
 あんなにプライベートでは顔を真っ赤にさせ、拒んでいたのに意図も容易くやってのける藤花に炭治郎は目を見開く。
 百年前も今もファーストキスは自分からではなく、彼女からということに驚いてるのか、まさかこのタイミングでされると思わなくてか。どちらに驚いているのかは分からない。


「…帰ってきたらみんなでご飯を食べよう」
「…ああ!待ってる!」


 そっと唇を離すとふっと笑みを零し、なんてことのない日常のようなはなしをする藤花に炭治郎は平常心を取り戻したのか。真剣な目を彼女に向け、コクリと頷いた。


奇魂くしみたま荒魂あらみたま和魂にぎみたま幸魂さちみたま…我が四つのミタマを器から解き放て!」
「っ、!!」


 彼女はふぅと息を吐き、炭治郎から数歩下がって離れると人差し指と中指を立て、その指で目の前の空に五芒星を描く。そして、手印を組み、祝詞を口にすると彼女から赤、青、緑、黄の光が飛び出し消えると藤花は目を閉じ、膝を崩しそうになり、それを炭治郎は抱き締め、受け止めた。


「大丈夫ですわ。藤姫さまは白狐と共に今、善逸さまの魂を追ってます」
「……もどかしいな」
「え?」
「ずっと……待っていることしか出来ないなんて」


 呼吸も心臓の音もしていないが、温もりが残る恋人の体を炭治郎が心配そうに見つめていると玄武は優しい声で安心させるように言葉を紡ぐ。
 その優しい声の意図を理解した彼は眉を下げ、ポツリと言葉を零すとそれは彼女の耳に届かなかったのか。それともその言葉の意味が分からなかったのか。恐らく、前者だろうが、玄武はきょとんとした顔をして問いかけた。
 炭治郎はひょいと彼女を横抱きすると眠っているように仮死状態している藤花の顔を見つめ、瞳を揺らし、続けて言葉を口にする。


「でも、それが藤の君の力になる」
「……」


 そんな彼をじっと見ていた朱雀ははっきりとした口調で断言するように彼に言葉を投げかけた。
 炭治郎は投げかけられたそれに複雑そうに優しい笑みを浮かべると突如、玄関から音が鳴る。


「だ、誰だ?」
「おい!藤!!紋逸が危ないってどういうことだよ!!」
「い、伊之助!?な、なんでここに…!」


 ピンポン。ピンポン。ピンポン。
 ピポピポピンポーン。
 ドンッ!ドンッ!ドンドンドン! 

 もう夜中の三時近いというのにこんな時間に家の扉を叩きながら、呼び鈴を鳴らし続ける音に困惑したのだろう。
 炭治郎は顔を強張らせていると青龍はTVモニターの応答を押すとそこに映し出された少年は眉を吊り上げらせ、文句を言いながら、扉を叩き続けている。
 思ってもいない、訪ね人に炭治郎は目を見開き、驚きながら、声を荒げた。


「……ああ?なんで彼奴来てんだ?」
「きっと藤姫さまがお呼びになったんでしょう」
「なんで」


 朱雀が呼んでもいないのに来ている煩い自身の主の友人に首を傾げると玄武は目を細め、微笑みながら、彼の疑問に答える。しかし、どうして読んだのか。その理由が分からないのだろう。
 朱雀は首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべ続けた。


「本当に莫迦だな。恋人の気を紛らわせるために決まってるだろ」
「……そっか」


 それすら分からないのか。そう言いたげなため息を盛大に零すと青龍は呆れた目を朱雀に向け、要らぬ一言を口にしては理由を告げる。
 余計な一言に眉をピクッと動かしせども、藤花の意図を理解すると朱雀はどこか嬉しそうに微笑んだ。


「炭治郎さま、伊之助さま本人ですので家に上げて大丈夫ですよ」
「わ、分かった!」


 TVモニターに映る伊之助を茫然と眺めている炭治郎に玄武は近寄るとニコッと笑みを浮かべ、言葉をかける。
 彼はハッとしてバタバタと足音を立てて、玄関に向かい、伊之助を迎え入れた。


(…藤姫さまは不器用ながらも愛していらっしゃるんですよ、炭治郎さま)


 藤花が炭治郎に口を付けをしたのは、呪をかけるため。理由があった。
 呪と言っても、呪いではない。魂を守るためのものだ。
 式神がいたとしても自分がいない場で何かあったら、まずいと思っての判断だろう。
  藤花が伊之助を呼んだ理由は青龍が言ったままだが、彼女が炭治郎に口づけした理由を玄武は分かっていたらしい。
 夜遅くにうるさいから静かにしてくれ!
 遠くから聞こえてくる炭治郎の小言に耳を傾け、口角を上げる玄武は心の中で炭治郎に伝えるつもりのない言葉を吐露したのだった。




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