五話





「……上手くいったね」
「全く、成功の確率が五分五分だというのになんて無茶をしよる」


 藤花が目をそっと開けるとそこは上下左右どこまでも続く暗闇だ。
 彼女は自分の手のひらを見つめ、身体を覆う薄い白い膜のようなものを目にし、安堵の息を零すと白狐に話しかける。
 白狐は等身大の女性の身体になっており、身長は藤花よりも断然高い。
 彼女は呆れたように言葉を投げかけた。


「友人を見殺しにするわけにはいかないでしょ」
「はあ……して、その友人はどこにおるのじゃ」


 それに対し、目を細め、眉を寄せながら、藤花が答えると白狐はまたため息を零すと二人の会話に出てくる人物。
 魂を攫われてしまった善逸の居場所を問う。


「……我が力で結びしモノを指し示せ」
「あっちか」
「…行こう」


 白狐の言葉に困ったような表情を浮べると藤花は目を閉じ、口元に人差し指と中指を立て、手印を結び、祝詞を口にした。
 彼女の霊力が込められた腕輪念珠を持ったまま、善逸は魂を攫われた。
 魔除けとしての効力は既に失われているが、微かに残る霊力を辿るためのものらしい。
 祝詞を唱え終わった瞬間、彼女からどこかへと伸びる一本の白い糸のようなものが浮かび上がった。それを見た白狐は目を細め、言葉を紡ぐと藤花はこくりと頷き、霊力の糸を辿るため走り出す。


「いたぞ!」
「……!」


 暗闇だというのに目立つ黄色の髪色が見えてくると白狐は藤花に言葉を投げると彼女は目を見開き、彼の元へと駆け寄った。


「うぇっへっへっへ…そぉだったんだ」


 まだ5メートルほどある距離でも聞こえてきた呑気な変な笑い声。
 誰かと話しているのが、伺えた。


「何じゃ、あの気味の悪い笑い方は」


 しかし、聞いたことも無い笑い声に肩の力が抜けたらしい。
 白狐は肩をずり落とし、眉根を寄せ、怪訝そうな顔をして言葉を零した。


「善逸!」
「あれ、藤……なんでここにいんの?」


 藤花は息を整え、蒲公英頭の少年を呼び掛けると聞き覚えのあるその声にくるっと後ろを振り返り、きょとんとした顔をして首を傾げる。


「魂が連れて行かれたアンタを迎えに来たんだよ」
「……へ?こ、れ…夢じゃないの!?え、嘘でしょ!?嘘すぎない!?俺、死んじゃったの!?」


 あまりにも呑気な態度に頭が痛いのだろう。
 藤花は頭に手を当て、眉根を寄せながら、彼女にしては低い声で彼の問い駆けに答えた。
 藤花の言葉を理解するとサーっと血の気が下がったように顔を青くさせると目玉を飛び出し、叫び上げる。 


「よくここまでやかましく出来るもんじゃ…」
「さっさと帰るよ」
「え、こ、この子はどうするの?」


 気の抜けたように眉を下げ、目を閉じながら、白狐は彼を大物とばかりに言葉を零すと藤花は善逸に向かって言葉を投げた。
 それはこの場所から去るということ。
 善逸は一瞬、困ったような表情を浮べて隣にいる少女を指差し、藤花に問いかける。
 少女は表情を崩すことなく、穏やかな顔をし、口角を上げて黙っていた。


「……善逸、分かってるんじゃないの?」
「な、何が?」
「交通事故に合った子、その子でしょ」


 藤花は少女にチラッと視線を向けるが、すぐさま善逸へと戻し、落ち着いた声で問い返す。善逸はぎこちない笑みを浮かべ、彼女の問いに答えることなく、首を傾げた。
 その彼の様子から全てを分かっていて誤魔化していることが分かったのだろう。
 藤花はスッと目を細め、少女に向かって指を指し、はっきりと彼が濁している言葉を告げる。


「……」
「先程ぶりね」
「……この人を連れて行くの?」


 善逸は目を見開き、瞳を揺らすと視線を地面に向けると唇を噛みしめた。
 それは分かっていると認めているのと同意義。
 藤花は善逸から視線を少女に向けると笑みを浮かべ、少女へ話しかけると無表情の彼女は問いかけた。


「ええ、彼がいるべき場所へ戻すわ」
「いや…いや!!やめて!!」
「……止めてと言ったのはあなたよ」


 藤花ははっきりと彼女の問いに答えると少女は顔を歪めさせ、フルフルと首を横に振る。そして、自身の耳を塞ぐように手を当てると悲痛な叫び声を上げた。
 そんな彼女の感情を見ても、藤花はただ淡々と事実を突き付けるだけ。同情する気配もない。


「っ、」
「………?」


 少女はその言葉に目を見開き、固唾を飲み込むが、会話の流れが分からない善逸は戸惑ったように藤花と少女の顔を交互に見ていた。


「あなたはもう死んでるの。早く行くべき場所へ行きなさい。背中は押してあげるから」
「いやあああぁ…!!私は生きてるの!!生きるの…!!善逸さんと一緒に!!」


 藤花は涼しい顔をしながら、まだ死んでないと思い込んでいる少女に対して少々乱暴ではあるが、はっきりと事実を突き付ける。
 少女はボロボロと涙を流し、喉が切れんばかりに叫び、自分の思いを吐き出すと先ほどまで落ち着いていたはずの淡い青のような紫のような色からどす黒い色へと魂は変わり、邪気を放った。
 そんな少女を善逸はただ茫然と眺めている。


「……」
「あやつ、名を教えおったな」
「……善逸、自分の意思でこっちに戻って来て」


 叫び続ける少女の言葉に藤花はピクリと眉を動かすと白狐は小声で自身の主に耳打ちした。
 藤花は真剣な顔をして、魂の色を変えていく少女を見上げる善逸に声をかける。


「え?」
「その子の魂は直霊なおひから曲霊まがひになりかけてる」
「で、でも……」


 この状況で冷静な言葉を投げかける彼女に困惑している善逸は眉を下げ、驚いた表情を浮かべると彼女は淡々と少女の現状を彼に教え続けた。
 善逸は優しい男だ。自分を慕う少女を放っておくのが、躊躇われるのだろう。
 何とかしなきゃ。その思いが邪魔をして、素直に藤花の言うことに従えないでいる。


「その子が成仏しないまま悪霊として調伏されてもいいの?」
「っ、!」


 彼の表情から何が言いたいのか、分かるのか。藤花は険しい顔をして、問いかけた。
 それは善逸の心臓を飛び上がらせる言葉だ。


「……そうなった魂は輪廻の輪をくぐることなく消滅させられる。そうなれば、もう二度と生まれ変わることは出来ないんだよ」
「…………」


 藤花は更に続けて言葉を紡ぐ。
 悪霊になった魂は成仏することなく、彷徨う。彷徨い、人に危害を加えれば、調伏され、魂ごとなかったことにされる。その最悪な状況を阻止するため、善逸を説得しているようだ。
 善逸の顔は下を見ていて感情は読めないが、唇を噛み締めている。右手に拳を作り、ぎゅっと固く握ると彼は藤花の元へと走り出した。


「っ、白狐!」
「あい!」
「きゃっ!!」


 その瞬間、藤花は白狐へ指示を出すと彼女はつかさず、返事をする。
 懐から扇子を取りだし、バッと扇を開くと善逸に当たらないように扇ぐとそこからは鋭い風の刃が飛び出した。しかし、その攻撃は少女を傷付けることは無い。ただの、足止めだ。


「藤!?」
「ノウマクサマンダバザラダ センダマカロシャダ ソワタヤウンタラタカンマン!」


 まさか、少女に攻撃を繰り出すとは思ってなかった善逸は強ばった顔をして藤花を咎めるように彼女の名前を口にする。しかし、当の本人はその言葉は聞こえていても答えるつもりはないようだ。
 レッグホルスターから1枚の札を取り出すと少女に向かって投げ飛ばし、真言を唱え、人差し指と中指を立て、霊力を注ぐ。その瞬間、聞いていられないほど、辛く、苦しい少女の叫び声がその場を満たした。


「っ、」
「善逸!しっかり意志を持て!帰らなくていいのか!?お前を待ってる人間はどれだけいると思ってる!!」
「……あ、…」


 その声に善逸は心を揺らし、固唾を飲み込むとそれに気が付いた藤花は眉を吊り上げ、彼を叱咤する。
 霊力を注ぎ、浄化させながらなんて並大抵の集中力がないとできない事だが、彼女はそれをやってのけた。
 善逸は藤花の言葉に我に返り、脳裏に自分の育ての親、兄、友人である炭治郎や伊之助の顔が浮かぶ。
 戻らなきゃ。
 その思いを強くさせると自身の意思を強く持った表情を浮かべた。


「お前があの子に出来ることはあるべき場所へ歩むようにお前の心をしっかり示すことだ!その間に私はあの子の邪気を飛ばす!!」
「………うん」


 気を取り戻した善逸から視線を逸らし、魂を浄化している少女に向け、藤花は彼に今出来ることを告げる。つまり、時間稼ぎをしろと言っているようなものだ。しかし、その言葉には信頼できるのだろう。彼に力強く返事を返す。


「っ、善逸さん」
「…君とはいれない……一緒にいたいって思ってくれてうれしかったけど、不幸になるのはやっぱり見たくないよ」


 悪霊になりかけた少女と善逸の間に風壁が出来ると善逸はギリギリまで近寄った。
 少女は恋しそうに彼の名前を呼ぶと善逸は眉を下げ、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
 耳の良い彼だ。彼女がどんな存在であるかは最初からわかっていたはずだ。
 それでも、自分は生きてると言う彼女を信じた。いや、信じたかったのだろう。騙され、魂を連れ去られ、死にかけたというのに彼は怒ることなく、ただ悲しそうに微笑む。


「どうして……私を捨てるの?」
「っ、……ごめん。生まれ変わった君が素敵な出会いに恵まれるように祈ってるから」


 少女はツーッと涙を流し、まるで親に見放された子供のような顔をしてポツリと問いかけた。
 善逸にとって、その言葉は酷く辛いものだろう。下唇を噛み、耐えるような表情をしては謝罪の言葉を零す。そして、ぎこちなくも優しい笑みを浮かべて彼女の幸せを願うように言葉を紡いだ。


「おひぃ!今じゃ!!」
「―――…」
「っ!!」
「……迷いし魂よ あるべき場所へと立ち還れ !」


 魂の色が正常になった瞬間、自身の主に向かって言葉をかける。
 その瞬間、少女は善逸に向かって笑みを浮かべて小さな声で何かを口にすると彼は目を見開いた。
 ごめんなさい。ありがとう。その言葉が彼の耳に届いた。
 藤花はキッと眉を吊り上げ、凛とした声で祝詞を唱えると少女は白い柱のような光に包まれ、姿を消す。
 穢れた魂は浄化され、ちゃんと成仏した証拠だ。


「終わったのぅ」
「……善逸、帰るよ」
「うん」


 白狐は安堵したように気の抜けた声で言葉を零すと藤花はこくりと頷き、善逸に声をかける。
 彼は少女が立っていた場所を見つめたまま、返事をしたのだった。




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