八話





ーー人間を鬼に変えられる血を持つ鬼はこの世にただ一体のみ。
 今から千年以上前、一番始めに鬼になった者。
 つまり、それがお前の家族の仇だ。炭治郎。
 さらにそいつならば、妹を人間に戻す方法を知っていると儂は思っている。

 その鬼の名前は鬼舞辻無惨。


◇◇◇


(浅い!!)
(全て鬼の急所を外れている!!途中で型を変えたからだ)


 炭治郎の攻撃威力は高くとも、鬼が負う傷は浅かった。
 藤は眉を吊り上げ、悔しそうに心の中で吐き出すと炭治郎も同じことを思ったらしい。
 突如、鬼は一人だと思っていたからこそ、伍ノ型を繰り出そうとした。それでも三人の鬼が現れたからこそ、途中で変えた。その判断は間違っていない。しかし、致命傷を与える程のものにはならなかった。
 鬼は負った傷に対して、痛みに耐えながら、また地面へもぐりこむ。


(三人とも全く同じ匂い、基本的に鬼は群れないと聞いた。一人の鬼が三人に分列してるんだ)
「………」


 炭治郎は前を見据え、考えを巡らせているとそんな背中を怪訝そうに藤は黙って見つめた。いや、睨んでいるに近い。


(二人を守りながら、三人の鬼を斬る……気後れするな)
「……ろう」


 炭治郎は頬からたらりと汗をかく。それは心の余裕がないことを示していた。
 後ろには藤が控えていることも忘れているのか。まるで、一人ですべてを守り、背負い込もうとしてようにしている。
 彼女は一人勝手に焦っている彼に目を細め、声をかけた。


(必ず聞き出せ。鬼舞辻無惨のこと!!鬼を人間に戻す方法を!!)
「炭治郎!」
「!!」


 炭治郎は彼女の声が聞こえていない。
 鬼を前にした彼は妹・禰豆子を人に戻す手段を、元祖の鬼を聞き出すことに頭がいっぱいになっているからだ。
 藤はスーッと息を吸うと先程より大きな声で彼の名前を呼ぶ。
 その声にやっと炭治郎は自分の名前が呼ばれていることに気が付き、ハッと我に返り、後ろに目をやった。


「もう一度だけ言う。前だけに集中しろ。二人は俺が守る」
「……ああ」
(そうか、俺は一人じゃないんだ)


 藤は怒気を孕んだ瞳を彼に向け、強く、はっきりと言葉を告げる。
 炭治郎はその言葉に冷静になったのだろう。彼の表情から焦りは消えており、コクリと頷いた。
 炭治郎はもう一度、前に向き直ると刀を握り締め、後ろにいる仲間の心強さを噛みしめる。


「あっ…!」


  そんな二人のやり取りを茫然と見ていた克己の背後からゴポッという音が聞こえ、振り返ると地面に潜ったはずの一人の鬼が出てきており、彼は青い顔をして、叫び声を上げた。


――虹ノ呼吸 弐ノ型 滝ノ虹


 それに気が付いた藤は克己と気を失った少女を庇う様に背に隠し、刀を上段に構え、勢いよく振りかかる。
 水量の多い滝のそばに出来る幅が広く、色彩がハッキリとした虹が鬼に攻撃をするが、それもまた躱され、たいしたダメージを与えることは叶わなかった。 
 追い打ちをかけるように炭治郎は鬼に切り込むが、深追いすることをためらってかそれ以上鬼を追いかけることはない。 


「貴様ァアアア」
「!?」


 鬼は額に青筋を立て、地響きの様に叫び、怒りをぶつけた。
 先ほどまで静かに襲いかかるだけだった鬼が叫び出すと思わなかったのだろう。炭治郎、藤、克己は目を見開き、驚いた表情を浮べる。


「邪魔をするなァァァ!!女の鮮度が落ちるだろうがァ!!」
「……」
(鮮度…?)


 苛立ち、焦りから怒りを炭治郎たちにぶつけ続けた。その理由は二人にとって意味が分からないようだ。
 炭治郎は困惑した表情を浮べ、ただ黙っており、藤は怪訝そうに眉を寄せ、鬼の言葉を待つ。


「もう今その女は十六になっているんだよ!早く喰わないと刻一刻で味が落ちるんだ!!!」
(気色が悪い)
「冷静になれ、俺よ。まあ、こんな夜があっても」


 鬼は気を失っている少女を指差し、荒々しい声で訴え続けた。
 どうやら、美食家らしい。 しかし、人間からしてみれば言っている意味はますます分からない上に気味が悪い。
 藤は吐き気を模様しそうな表情を浮べ、心の中で毒を吐くと背後から気配を感じ、気を引決めた。
 彼女が気配を感じた背後からはもう一人の全く同じ見た目の鬼が現れ、宥めるように言葉を投げかける。


「この街では随分十六の娘を喰ったからな。どれお肉付きが良く美味だった。俺は満足だよ」
「俺は満足じゃないんだ!俺よ!!まだ喰いたいのだ!!」


 まともな言葉を吐いているとは思えば、やはり同一人物と言っても過言ではない。
 同じ見た目をしていれば、いうことも似たり寄ったりの気味の悪い鬼だ。しかし、もう一人の自分の言葉に納得できないのか、炭治郎と対峙している鬼は否定し、自分の欲をそのまま口に出す。


「化物……一昨晩攫った里子さんを返せ」
(和巳さん…)


 勝手に自分同士で言い争っている中、克己は目の前の光景を信じられない悪夢の様に思えてならないのだろう。
 恐怖で震える声音。咽を震わせ、言葉に擦ることさえ、苦しいはずなのに怯えながらも鬼に対して文句を口にした。
 そんな彼に藤は憐みの目を向け、瞳を揺らす。


「里子?誰のことかねぇ……この蒐集品コレクションの中にその娘のかんざしがあれば喰ってるよ」


 投げかけられた言葉に覚えはないのだろう。
 鬼はあざ笑う様に言葉を返すと懐から今まで喰った娘たちの装飾品を見せた。たくさんの簪、その中にあるリボン、それを見た和巳は茫然と涙を流す。
 何故なら、愛した人を喰われたという現実を突き付けられたからだ。
 炭治郎は額に血管を浮きぼらせ、怒りを顕わにする。まるで、自分の家族を鬼に奪われたことを思い出したかのように。


「炭治郎!避けろ!」
「!!」


 近寄る地面からの気配に藤はハッとし、炭治郎に声をかけた。
 その瞬間、彼の足元から鬼は現れて攻撃をしてくるが、炭治郎は避けて鬼に斬りかかる。しかし、それは外れた。


(加勢に行くにしても彼らの傍から離れる訳にはいかない)
(また外した…地面に逃げるのが早い)


 藤は刀を握り締め、炭治郎に加勢に行こうかと一歩を踏み出すが、後ろで怯えている克己の気配を感じ、踏みとどまり、唇を噛みしめた。
 炭治郎は攻撃を外したことに悔しそうにするが、状況を把握して考えを巡らせている。


「っ!」


 炭治郎は鬼からの攻撃をギリギリのところで避けるが鬼の攻撃はやまない。


「壁!!」
(しまった!壁に近づきすぎた!!)


 壁に近づいてしまった彼に藤はハッとし、声をかけると彼もまた同じことを思ったらしい。
 まずい。
 そう思い、離れようとしたが、壁から鬼が現れてしまった。
 炭治郎は全集中をし、水の呼吸の型を繰り出そうとするが、彼の背負っている箱から突如、足が飛び出し、ボキッという鈍いを音をさせ、鬼の頸を蹴り飛ばす。
 思ってもいない方向から受けた攻撃に鬼はばたりと倒れた。


(……炭治郎の妹か)
「…なぜ、人間の分際で鬼を連れてる」


 淡い桃色の瞳。長い髪の壱か所を部分的に結んで額を出し、麻の葉文様の着物に市松柄の帯を締めた少女は炭治郎の背負う箱の中から現れる。
 初めて見る少女に藤は茫然としているが、誰かは分かっていた。
 何故なら、彼から聞いていたからだ。
 鬼は怪訝そうな顔をし、炭治郎に問いかける。人間が鬼を連れて歩いているなんて聞いたこともないのだろうから当然だろう。


(ああ、この子があの星の隣にいる小さな、星の正体か……)


 藤がある日見た。
 赤い星。その星に寄り添う様にある小さな薄桃色の星。
 それが意味することが分からなかったが、彼女を見て察したらしい。藤は瞳をひどく揺らし、禰豆子を見続けた。


(どういうことだ。何なんだ、こいつらは…剣士と鬼が連れ立って行動しているのか?意味がわからない)
「………」


 鬼は混乱しているのだろう。
 見たことも無い異常な光景なのだから、無理もない。
 そんな鬼を他所に禰豆子は和巳と連れ去られた娘に近寄り、娘の頭を撫で、和巳の頬に手を添える。
 突然現れた禰豆子に和巳は茫然と眺めることしか出来ないが、彼女の目には彼らの姿は自身の弟妹と重なって見えた。


「……」
「……」


 そして、禰豆子は彼らの傍に居た藤に目を向けるが、自身の弟妹にするようなことはなくただじっと見つめるだけだ。
 藤は禰豆子がどう行動するのかをじっと見つめ返していたが、彼女はスッと踵を返すと炭治郎の元へと行く。


「……禰豆子」


 禰豆子は鬼に立ち向かう素振りを見せると炭治郎は眉を下げて彼女の名前をぽつりと零した。



――気休めにしかならんかもしれんが、禰豆子が眠っている間にワシは暗示をかけた。



 “人間は皆、お前の家族だ”


 “人間を守れ、鬼は敵だ”


 “人を傷つける鬼を許すな”



(……どうやら、鱗滝さんの暗示は成功してるらしい)


 眠り続けていた禰豆子に暗示をかけたと炭治郎に離していた鱗滝の言葉を思い出した藤はふっと笑みを零し、口角を上げると鬼に立ち向かう二人の兄妹の姿を見守った。
 禰豆子は足を天に上げ、地面にいる鬼に向かってかかと落としをするが、鬼は俊敏に逃げ、ダメージを負うことはない。


「禰豆子!!深追いするな!!こっちへ戻れ!!」
「!」


 深追いする禰豆子に炭治郎は心配し、制止すると彼女は素直に彼の元へ戻ろうとくるっと彼の方向へ体を向き直し、タッタッタとかけた。
 もう少しで兄の元へ戻れる。そのタイミングで鬼は地面から現れ、禰豆子を捉えようとするが、禰豆子の運動能力は大分高いらしい。
 それに気が付くと高く飛んで回避し、炭治郎の元へと戻った。



――禰豆子は今、鬼だ。炭治郎。



 つまり、必ずしもお前が守ってやらねばならぬ程弱いわけではない。



(いいのか?任せても…藤と二人で守ってくれれば攻撃に専念できる…鱗滝さん…)


 炭治郎は目の前にいる明らかに知っている妹ではありえない運動能力を目にして、旅立つ前に鱗滝に言われた言葉を思い出し、考えを巡らせる。
 彼は気配を察知するとじりっと音を立て、地面を踏みしめると足元には黒い影が覆われており、炭治郎を地面に引きずりこもうとしていた。


「禰豆子!俺は下に行く!!藤と二人を守ってくれ!!」


 それに気が付いた禰豆子は助けに行こうとするが、彼のその言葉にピタリと動きを止めると炭治郎は地面に引きずり込まれたのだった。



◇◇◇



「二人でって言われたんだが……俺は蚊帳の外だな」
「加勢しなくていいんですか!?」
「俺が行ったら、貴方たちを誰が守るんです?」
「!!」


 炭治郎が地面に潜り込んで数分が経過しようとしている。しかし、藤は刀に手をかけてはいるが、抜刀することはなく、眉を下げ、目の前の光景を眺めていた。
 炭治郎に禰豆子と二人を守れと言われ、動こうとしたが、禰豆子一人で鬼の相手が出来てしまっているがために藤は動く必要性を感じないらしい。
 不安からなのか、一人で相手をしている女の子を思ってなのかは分からないが、克己は慌てた様子で藤に問いかけた。


(……にしても、炭治郎が引きずり込まれてどれくらいたった?やられる?いや、彼奴の顔に死相は出てない……でも…)


 藤は攻撃を躱しつつ、懐に入ろうとする禰豆子を遠巻きに見ながら、なかなか浮上してこない炭治郎の身を案じ始める。
 引きずり込まれ、殺される可能性もなくはない。星を詠むことも卦をみることもできない普通の人間ならば、その考えが過るはずだ。
 星の輝きは変わらず、力強く瞬いており、炭治郎の顔にも死相が現れていなかった。だから、彼女は炭治郎の命の危機は訪れていないと思っているらしい。 


「っ、!」
「よそ見して余裕だなァ!?」


 禰豆子は腕に深い傷を負うと痛そうな表情を浮べ、鬼と距離を取るが、鬼の追撃は止むことを知らない。
 鬼は調子を掴めてきたのか、スピードを速め、彼女へ攻撃を仕掛け続けた。


(…炭治郎が戻ってこないことに気になって集中できてない)


 しまった。
 藤は禰豆子が怪我を負うとは思っていなかったのだろう。
 眉根を寄せるとなかなか戻ってこない兄の身を案じて集中できていないことを悟り、唇を噛む。


「……禰豆子!」
「!」
「俺は炭治郎の加勢に行く!それまでここを守れ!」


 藤は息を吸い込むと大きな声で鬼と対峙している彼女に呼びかけた。
 初めて彼女に名前を呼ばれたことに禰豆子は驚いた表情を浮べるが、藤の顔をチラ見する。
 藤はじっと彼女を見つめ、声を荒げて伝えると禰豆子は強い意志を持った表情を向け、コクりと頷いた。


――虹の呼吸 弐ノ型 滝ノ虹


 彼女は呼吸を整え、すぅ…と息を吸うと刀に手をかけ、俊敏に抜刀し、地面に向かって技を繰り出す。
 数量の多い滝のそばに出来る幅が広く、色彩がハッキリとした虹は地上と地下を隔てる地面を切り裂き、深い闇が見えると藤は息を思い切り吸い込み、飛び込んだ。


(…っ!?)


 ドボンっとまるで水の中に入ったかのような音が聞こえ、目を開けると彼女の目の前にあるのはおびただしい数の女性の着物。
 それに思わず、目を見張り、息を飲んだ。


(……どれだけ喰ったんだあの鬼は……呼吸が苦しい…地面の中ってのは水の中みたいになってるのか)


 鬼に喰われた若い娘たちを思ったのか。彼女の瞳は憐みからか、揺れている。しかし、息が吸えるような場所じゃないことを実感すると感傷に浸っている場合じゃないと我に返ったようだ。


(鬼はいない…倒したのか。炭治郎はどこに……!)


 キョロキョロと辺りを見渡すが、思った以上に静かで攻撃の音もしない。
 鬼の姿も確認できない事から、炭治郎が倒したのだろう。
 そう判断するが、探している彼の姿が見つからず、彼女は眉間にシワを寄せた。しかし、大分下の方に人間らしき姿が沈んでいることに気が付くと藤は急いで降下していく。


「………」


 どんどん沈んでいく炭治郎の腕を掴み、抱きかかえるとぺチぺチと頬を優しく叩くが、まるで反応がない。


(呼吸できなくて気絶したな……仕方ない)


 水中にいるようなこの場所で息が足りず、意識を失った。
 そう考えたようで藤は眉を下げると自身の中にある空気を炭治郎に分け与える為、瞳を閉じ、彼の唇に自分の唇を重ねる。


(……ん、……俺は、鬼を倒して…呼吸が出来なくて!?藤!?)
(…気が付いたか)


 息を分け与えられたことによりボコボコという音、感覚がするのに気が付いたのだろう。
 薄っすら目を開け、ぼやけた意識の中、自分がどうなっているのかを考えていたが、だんだんクリアになっていく意識に目の前の光景に驚き、目を見開いた。
 分け与えられた息は驚きにより、多少漏れ、ボコッと水中に舞う。
 目を覚ましたことに気が付いた藤はそっと唇を離すと驚きで酸素を分け与えたのに漏らし続ける炭治郎の口を手で塞いだ。


「!?!?」
「……」


 顔を真っ赤にさせ、パニックになっている炭治郎に藤は気を取り戻した彼にふっと笑みを浮かべる。
 目を覚ましたら、女の子に唇を重ねられていたら、誰でも驚くだろう。しかし、彼女は気にしていないのか、人差し指を上にさし、地上へ戻ろうと指示をすると炭治郎は勢いよく首をブンブンと縦に振った。


――虹の呼吸 伍ノ型 赤虹


 藤は鞘に納めていた刀に手をかけ、瞳を閉じる。そして、カッと目を見開き、柄を強く握り、居合切りをするように素早く刀を抜き、閉じられた空間を切り裂いた。
 その斬撃は日が沈む真っ赤な夕日の元に生まれる虹。赤みを帯びた小さく短い虹が複数生まれ、鋭い刃となり、地上への出口を切り裂いたのだった。 


 
◇◇◇
  
 

「ぐがっ……!!」
(この女強い!!まだ何の異能も使えないようだが、それでもこの強さ!!この女はおそらく分けられた血の量・・・・・・・・が多いんだ・・・・・!!)


 一方、地上では鬼の足止めをするべく、禰豆子が戦っている。
 ただ足技を繰り出しているだけだが、鬼にダメージを与えていた。
 苦しそうに呻き声を出す鬼は冷や汗を足らりと流し、血鬼術を使えていない状態でおされている事に対し、分析をしている。
 分け与えられた鬼の血の量が自分より多いことに対して、畏れているのかもしれない。
 それはつまり、自分より強いということになるのだから。


(女の動きが速すぎて沼に潜れない。だが、単調な攻撃に慣れてきたぞ。もげる程首を蹴られても内臓を破裂されようとすぐに回復が出来るんだ!)
「あっ!!」


 まずい。
 鬼は本能的に不利な状況を理解し、回避しようとするが、それを禰豆子に封じられ、焦っていた。しかし、今まで好戦的に戦って生きてきた訳でもない禰豆子が攻撃に緩急を付けたり、上級者の攻撃が出来るはずがない。
 単純な攻撃に鬼はニヤリと妖しく笑うと禰豆子に攻撃をするとそれは彼女の額に当たり、怪我を負わされた。


(よし!!その面に風穴開けてやる!!)


 鬼は調子が出てきたとばかりに手を伸ばし、禰豆子の顔面を目がけて追撃をしようとしたが、その両腕は突然、斬られる。


「妹に触るな!!」
「間に合った…」


 ブシャっと血が跳ね跳び、驚く鬼。
 誰だって突然自分の腕が斬り落とされれば驚くのは当然だ。
 誰が斬った。
 それを理解するのには時間が掛からない。
 何故なら、斬った者は声を荒げて妹を庇ったのだから。
 なんとか、地面の中から出てきた藤は禰豆子の怪我が深くなる前に戻ってこれたことに安堵の息を漏らすが、気を緩めることはなく、抜刀した刀を握りしめている。
 禰豆子は戻ってきた炭治郎にどこか安堵した表情を浮べると藤の方へ視線を向けた。
 その視線に気が付いた藤は禰豆子に口角を上げて笑みを浮かべると禰豆子も返すように微笑む。


(殺られたのか?コイツに俺が二人共殺られた)


 三人いた自分がたった数分で一人になってしまった。
 まさか、殺されるとは思わなかった。
 そう言わんばかりに鬼の顔から焦りが滲み出ている。


「お前たちは腐った油のようなにおいがする。酷い悪臭だ!一体どれだけの人を殺した!!」

「女共はな!!あれ以上いきていると醜く不味くなるんだよ!だから、喰ってやったんだ・・・・・・・・!!俺たちに感謝しろ」


 炭治郎は怒りを顕にし、怒気を孕んだ声で鬼に言葉を投げかけると鬼は当然のことをしたまでだとばかりに自分を正当化する言葉を紡いだ。
 それに怒りが込み上げたのだろう藤が刀を振ろうとしたが、それは振らずに終わってしまう。


(……先に手を出されてしまった)
「ギャッ」
「もういい」


  なぜなら、先に炭治郎が鬼の口に向かって、切っ先で切り付けてしまったからだ。
 斬りつけられた鬼は痛みから叫び声を上げるが、炭治郎は今までで聞いたことが無いほど、底なしに低い声でぽつりと言葉を零す。


(……漏れてる気が凄い)


 炭治郎を取り巻く気がゆらゆらと揺れているのが見えたのだろう。
 藤は鬼から目をそらさずに見つめているが、目の端から見える彼の気に気が付き、冷や汗をかいた。


「鬼舞辻無惨について知っていることを話してもらう」
「………」
「………」


 炭治郎は刀を鬼に向けたまま、はっきりとした口調で言葉を投げかけると鬼は顔を真っ青にさせ、黙り込む。
 言葉の意味を理解すると鬼はガタガタと震えあがった。
 その様子に違和感を感じた炭治郎と藤は眉間に皺を寄せる。


「言えない」


 鬼は恐怖のあまり、声を震わせ、首を横に振り、言葉を零した。
 炭治郎に問われた言葉を否定する言葉を。




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