「「ごちそうさまでした!」」
パチンと両手を合わせ、二人の男女は頭を下げて目の前に出された食事に食材への感謝を述べる。
「今日のご飯も美味しかった〜…!」
「ふふ、それは良かったです」
家路へと向かっていた時の雰囲気は何処へやら。
二人の雰囲気は落ち着いており、柔らかいもんだった。
善逸は頬が落ちそうな程、頬を緩ませてお腹を摩りながら、満足気に背もたれに寄りかかるとその姿に彼女は笑みを零す。
「そういえばさ、お願いって何?」
この質問をされることが桃花にとって嫌なことだということ彼は、はっきりと分かっていた。
それでも、自分から聞かなければ。そんな使命感を感じたのかもしれない。わざとらしく何でもなさそうにきょとんとした顔をして首を傾げる。
「さっきの話……前世の話は信じてくれますか?」
「うん、信じてるよ」
自分で話をする前に話題を振られてしまった。
そのことにドキッとは心臓を跳ねさせると彼女は身体を強張らせ、おずおずと問いかける。前提として『前世』という摩訶不思議な話を理解していなければいけないからだろう。
彼は本気で言ってることは帰り道の時から分かっていた。だからこそ、こくりと頷いて即答する。
「……良かった……それじゃあ、早速ですが」
「うん」
「私のことを振ってください」
彼の言葉にほっとしたらしい。彼女は肩の力を抜き、安心したような顔をするとニコッ笑って一言を告げた。
「……………………」
「…………」
その言葉を理解するのに時間がかかるものなのかもしれない。善逸はぽかんとした顔をて茫然と桃花を見つめている。彼女もまた彼からのアクションを待ち続けていた。
「…………………………は、」
「………………」
長い沈黙の後。
やっとその言葉を咀嚼し、頭が理解したようだ。
善逸はただ乾いた声で一言を発するだけ。発した当の本人はそんな彼をただにこにこと仮面のような笑顔を張り付けて返答を待っていた。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「!!」
だが、一秒後。盛大に激しく、汚くて甲高い声で叫ぶ。
それはもうマンション中に聞こえるんじゃないかというくらい、もはや騒音と言えるレベルだ。
流石にその声に身体が、耳が、ビリビリと響き、桃花は目を真ん丸にさせる。
「なんで俺が桃花ちゃんをフラなきゃいけないの!?」
「そ、そうですよね……すみません」
ジワリと目に涙を浮べてわなわなと震わせながら、バンッと音を立てて机に手を付いて立ち上がった。そして、前のめりになって彼女の顔に近づけて反論をする。
彼の反応は当然といえば、当然かもしれない。唐突に振ってくれと言われれば誰だってそうなるだろう。
ハッと我に返ってそのことにようやく気が付いたのか。桃花は申し訳なさそうにペコッと頭を下げ、謝罪をした。
「俺はヤダかんね!!」
ゴシゴシと袖で涙を拭えば、善逸は改めて自分の意見を言う。つまり、彼女の願いを断ったのだ。
「……ごめんなさい、お願いします」
断られるとは思っていなかったのか。いや、彼が優しい男だということは知っているからその可能性は気が付いていたのかもしれない。
桃花は眉を歯の字にしてもう一度、謝ると諦めることなく再度願った。
「ど、うして……そこまで俺にフラれたいの?」
「えっと……私の気持ちの問題なんです」
めげずに願い乞う彼女の心が折れそうになっているのか。善逸は戸惑い、声を震わせながら、悲しそうに瞳を揺らして問いかける。
何故、その言動が必要なのか、説明されていないから余計理解に苦しむのだろう。
あまりその理由を口にしたくないのか。彼女は目をそらして自分の中にある言葉を探し、声に出した。
(……だったら、なんでそんな苦しそうな音させてんの?)
彼は桃花へと耳を傾ける。それは集中して聞こうとしなくても分かる程伝わってくる苦しみが聞こえてしまっているから、彼女のちぐはぐな発言に胸を痛ませた。
「…………俺は桃花ちゃんを振りません!!」
「……どうして、ですか?」
だが、そんな
彼も負けじと眉を吊り上げてハッキリと断れば、桃花は悲しそうな目を向け、眉間にシワを寄せて質問を投げた。
善逸を想うことを諦める口実になる。
これで苦しみから解放されると思っていたのだろうから無理もないのかもしれない。
「そんなの分かるじゃん!俺は桃花ちゃんのことが好きなの!好きな子を振るとか無理!絶対したくない!!」
「…………」
彼は机越しに彼女の肩を力強く掴み、自分の思いのたけを全てぶつけた。そんな言葉を善逸から聞けるとは夢にも持っていなかったのだろう。桃花はぽかんとした顔をして見つめ続けるだけで言葉を失っている。
「俺が好きなのは桃花ちゃん、君なんだよ!!」
「………それは、気の迷いですよ」
彼女から聞こえる音から何かを察したのか。善逸はもう一度、伝わって欲しいという願いを込めて告げた。
どれだけ本気なのかは桃花の肩を掴むがっしりした手の体温が、視線が、声が訴えている。
しかし、彼女はそれを受け止められるほど強くは無いようだ。期待しそうな自分を無理矢理押し込めて儚く笑ってやんわりと否定する。
「…………」
「ほ、ほら……そう感じてしまうのは善逸さんが倒れているのを見つけたのがたまたま私だったから……」
伝えても桃花の心に届かないことに善逸は眉を寄せて口を閉ざすと彼女は気まずい空気をなんとかしようと思ったのかもしれない。
彼が自分に好意を持っていると思ってしまった原因を説明し始めた。それは善逸の隣人がたたま彼女だったからということ。
もし、隣人が桃花じゃなく、別の女性だったら同じように感じているかもしれないという意味合いだろう。
「それ以上言ったら、桃花ちゃんでも怒るよ」
「……!!」
今まで聞いたことの無いような静かで低い声で言う物だから、その声音に彼女はビクッと肩を揺らす。
「なんで俺を見て悲しくて苦しくて切なそうな音をさせてる意味なんて分からないけど……、」
「!」
苦しそうに、切なそうに、顔を歪ませて自身の胸元をぎゅっと握り締めて彼は言葉を続けた。自分が善逸に
「俺の気持ちは俺が一番分かってる!」
「……」
「俺の気持ちを……君に…君にだけは否定されたくないんだ」
彼女から伝わる色々な音に紛れて聞こえる恋慕の音。それを不思議に思いながらも、桃花に惹かれている自分に気が付いていた。
彼女から言われた衝撃的な言葉が想いを告げる発端になるとは思っていなかっただろうが、今告げねばならぬ。
それは本能が訴えかけてきていることが分かっているのかもしれない。善逸は諦めずにひとつひとつの言葉を丁寧に伝え続けた。
その熱に、桃花は瞳をウルウルとさせて唇を軽く噛む。何かをせき止めているかのように。
だが、彼の想いは一切変わらなかった。
「前世を覚えてる私でも……いいんですか」
「俺だって人より耳が良いから感情だって読み取っちゃうよ」
桃花はぼやける視界で蒲公英のような髪色を捉えながら、ぽつりと呟く。
しかし、それに善逸はキョトンとした顔をすれば、肩を掴んでいた手を離し、体制を戻すと眉を下げて頬を掻いた。
それはまるで似た者同士だと言わんばかりだ。
「……過去に囚われてるめんどい女ですよ」
「そんな君を好きになったんだよ」
本心なのだろうが、自分を卑下して言うのは振ってくれるように仕向けてるが、善逸はふわりと笑う。
「……きっと、後悔しますよ」
「しないよ、絶対に」
どうしてそんな温かい言葉をかけてくれるんだろう。
そんな感情がせき止めていた涙腺を壊してしまったようだ。我慢できずにぽろっと涙を零して、最後の抵抗をするが、彼はまた即答する。
「……」
「……桃花ちゃん?」
絶対。
その言葉は何処からやってくる自信なんだろう。
そう思って両手で顔を覆いながら、彼女は必死に涙を堪えようとしていた。しかし、止まってくれない。
そんな桃花におずおずと不安気に善逸は自席から離れ、彼女の元へと近づいて膝を床に付けて名前を呼んだ。
「………私……ずっと、好きなんです」
「え……?」
桃花は顔を覆ったまま、涙声でひとつひとつゆっくり言葉を紡ぐ。その言葉はずっと待っていた言葉。
でも、このタイミングで聞けるとは思っていなかったらしい。彼は頬を赤らめては目を真ん丸にさせていた。
「生まれるずっと前から……あなたが好きなんです」
「……そ、れって……さっき話してた好きな人のこと?え、俺なの?」
ぐずっという音をさせなgら、ずっと我慢していたものを吐き出すように告白をする。
生まれるずっと前から。
その言葉に帰り道に言っていた前世の話を思い出す。ずっと恋い焦がれていた人だということがその話をしていた時の彼女の表情や音で分かっていた。だが、それが前世の自分だということは予想にもしていなかったらしい。善逸は何度も瞬きをして気の抜けた声で問いかけた。
「……生まれ変わって……会えるなんて思ってなかったのに……会ってしまったから……戸惑いました」
「…………」
桃花はこくりと頷き、そっと顔から両の手を退けてぽたぽたと涙を流しながら、自分を見上げている彼に視線を向けて思いのたけを全て吐き出す。
善逸は彼女の音が悲しくて切なくて苦しいものだった理由がやっとわかったのだろう。
全ての原因は自分にあるということを。
だからこそ、彼はただ黙って彼女の音に、声に耳を傾けた。
「惹かれないように……惹かれないようにって思っても……前世じゃない、今のあなたにまた惹かれました」
「じゃ、なんで……俺に振ってって……」
前世と今世は違う。
引き摺られないように気を付けていたようだ。それでも変わらない魂の輝きに今世でもまた恋をしてしまった。そういうことだろう。
では、何故振って欲しいと言ってきたのか。それは彼には分からないらしい。
それは当然かもしれない。
もし、善逸が逆の立場だったとしたならば、きっとそんなことは言いたくないと思うから。
「前世ではあなたは誰かと結婚していました……だから、きっと今回も私と結ばれることはないと思って……」
「そんなのは昔の話じゃん……お願いだからさ、今の俺を見てよ」
落ちてやまない雫を手で拭いて答える。
どこまで消極的な考え方なんだろうか。いや、花街で育った気多くが消えない上にそれが彼女を作る土台になっているから期待するちうことが薄いのかもしれない。
善逸は胸が苦しくなりながら、優しい声音で語りかけた。
「……今の善逸さんも好きです…前世のあなたを知って……今のあなたを知ってもっと好きになりました……大好きです……でも、あなたには……」
「桃花ちゃん、俺を見て!!」
一度目はタイミングが悪かった。年季が終わるタイミングが遅かったから仕方ない。
そう諦めることは出来たが、今は違う。恵まれた環境にいるのにも関わらず、未来に不安をおべてしまって仕方ないようだ。
震えて言葉を選ぶ桃花は消して彼を見ようとしていない。だから、善逸は彼女の両の頬を手で包み込めば、顔を自分の方に向けて目を合わせようとした。
「……!」
「俺さ、女の子好きだからへらへらしちゃうかもしれないけど、俺のことを相手にしてくれる女の子なんて一度もいなかったんだ!!」
強引にも取れる行動に驚きながらも、桃花はやっと彼の目を見る。善逸は真剣な顔をして必要のない言葉を紡ぐが、それは全てをさらけ出してでも伝えたいものがあったのだろう。
「…………」
「こんな俺を見つけてくれたのは桃花ちゃんなんだよ!!だから、桃花ちゃんから振られることがあったとしても俺から振ることは絶対ない!一生ない!!」
女の子好きだし、へらへらしちゃうんだ。
彼が必死に紡ぐ言葉に思わず涙を引っ込ませる桃花だが、そんなことに気が付くこともなく全力で善逸は言葉をぶつける。
きっと普通の女性ならば、引く言葉を自身が言っていることに気が付いていないのかもしれない。
それでも清々しいほどはっきりと断言する姿は彼女の目から見れば、かっこよく見えるのだろう。
いわば、惚れた弱みというやつだ。
「わ、私だって振りません」
「じゃあ、一生一緒だね」
「え……」
百年も前から恋い焦がれていた人を振るなんて想像もつかないようだ。言葉に圧倒されながらも、桃花は言葉を返す。
善逸は眉を下げて柔らかい表情を浮べて笑えば、とんでもないことぉ口にした。それはまるでプロポーズのような台詞。
彼女はそれに驚き、目を真ん丸にさせて瞬きをした。
「桃花ちゃん、結婚前提で俺と付き合ってください!」
「………はい」
にこっと晴れ晴れとした笑顔で彼は正式に告白をすれば、桃花は綺麗で愛らしい
それは善逸がずっと見たかった本心からの笑顔。
やっと見れたことに嬉しくなったのか、彼はぎゅっと彼女を抱き締めたのだった。
《あとがき》
やっと終わりました!約7ヶ月で完結いたしました!いや、更新が本当におっそいですね!!
花魁編の蕨花魁から助けられた
タイトルの「花は散れどもまた咲う」は前世、善逸に恋をして心に花を咲かせた少女は失恋して花を散らしたけれども、生まれ変わった世で花を咲かせる…という意味を込めて付けました。
正直言うと読んでいる方も少ないから凍結することも考えた作品なのですが、折角だから今年中に書き上げようと思いました。なんとか形に出来て良かったです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!