四話






(今日はいつもと違って一緒に食べるから……ちょっと不安…)


 食事の支度が出来た桃花はふぅっと息を深く吐き出すと心の中の不安を吐露する。

 隣人が家の前で倒れているところを拾ってから、彼女の日常が変わった。何が変わったかというと善逸が倒れていた理由にある。
 帰りが遅いことも有って彼が食事をおろそかにしていたことを知った桃花は食事を作ってタッパに詰めたものを渡すという流れが習慣化されつつあった。

 しかし、今日は違う。彼女の家に善逸が尋ねて来て一緒に食事をする日なのだ。


「ふぅ……」


 緊張しているのか。強張っている身体をほぐすためにもう一度息を吐くとピンポーンとチャイム音が鳴る。


「えへへ、ただいま〜……」
「善逸さん、お仕事お疲れ様です」
「桃花ちゃんもお疲れ様〜」


 扉の隙間から見えるのは綺麗な金色をした蒲公英たんぽぽのような髪型をした男性の姿だ。善逸は緩みきった顔で嬉しそうにすると迎え入れた彼女もまたその顔に目を細める。

 桃花は労わりの言葉を彼に向けながら、家の中へ招き入れると善逸もまた彼女を労わった。


「今日は早かったですね」
「桃花ちゃんと一緒にご飯食べる約束をしてたからね!無理矢理終わらせてきた!」


 彼女は後ろをチラッと見て彼の先を歩きながら、声をかける。彼はいつも帰宅するのが、だいたい日付が変わるか変わらないかの時刻なのだ。桃花が驚くのも無理はない。

 しかし、善逸は右手でぐっと拳を作り、張り切った顔をして言葉を返した。余程、この日を楽しみにしていたのだろう。


「無理しないでくださいね」
「してないよ!元々俺の我がままだし、俺のためだもん」


 彼女は善逸の目が疲れてくぼんで見えることに気が付いたらしい。眉を八の字にして心配をするが、彼は首を横に振り、笑顔を見せた。


「ふふ、それならいいんですけど……はい、今日は和風パスタです」
「わあああ〜!!超おいしそう!!」


 一緒に食事を摂ることを楽しみにしていたのは善逸だけではなく、彼女もそうなのかもしれない。彼の言葉にホッとした顔を見せ、キッチンの方へと足を運んだ。そして、ふたつの皿を両手に持って移動するとダイニングテーブルへ置き、本日のメニューを口にする。

 善逸は目の前に出されたものにキラキラと目を輝かせながら、嬉々として席に着いた。


「お口に合えばいいんですけど」
「何言ってんの!?あれからずっと食べさせてもらってるけど、ぜーーーーっっんぶ美味しいよ!!」


 桃花も対面に座って自信がなさそうに肩をすくめれば、彼は身を乗り出して自信のなさを吹き飛ばすように力説する。


「善逸さんは褒め上手ですね」
「本当のことしか言ってないよ!」
「ありがとうざいます」


 真剣な顔で伝える善逸の気持ちが心をあたたかくさせるのか、彼女は頬を赤らめて照れくさそうに髪を耳にかけた。

 本心で言ったことを半分も受け取っていないことが分かるらしい。褒めという名の追撃を彼がするとどう返していいのか、桃花は戸惑いながらもお礼を口にした。


「いただきます!……んん〜〜…っ、うんまっ!!」
「ふふ、良かったです」


 両の手を合わせ、パンッという良い音を鳴らして食卓に並ぶものに感謝を示すとフォークでパスタをくるくると絡め取り、口の中へと運んだ。口に広がる食材の味に柔らかく広がるバターが馴染んでいるのが、たまらないのだろう。善逸は頬に手を添えて悶絶しながら、美味を伝える。

 まるで子供のように、幸せそうな顔をする彼が可愛らしく映ったのか、彼女は口元に手を添えて笑みを零した。


「いつもごめんね、俺のご飯まで作ってもらっててさ……」


 善逸は手をかけてしまっていると思っていたらしい。桃花の笑顔に癒されながらも罪悪感を感じたように眉を下げた。


「材料費もいただいてますし、1人分作るのも2人分作るのも変りませんから……それにまた倒れられたらと思うとビックリしちゃうので」
「う、驚かせてごめんねぇ……」


 彼女は首を横に振って柔らかく微笑みながら冗談交じりに言葉を返す。

 確かにまた倒れたらシャレにならない。

 その意見には同意なのだろう。ぐうの音も出ない彼はカクンッとこうべを垂らした。


「ちゃんと栄養あるものを食べて寝て頂ければ、私は大丈夫ですから」
「……へへっ」


 その姿が可愛らしく見えたらしい。桃花は笑みを零しては、こてんと首を傾げて落ち込んでいる善逸に声をかけた。全ては彼を思っての言葉だ。
 それがちゃんと伝わっているからこそ、善逸の胸はあたたかいもので一杯になっているようだ。彼はまた緩んだ顔をして笑う。


「どうかされましたか?」
「初めて会った時から優しくていい子だろうなって思ってたんだけど、その通りだし、こうやって話せてることが嬉しいんだ」


 突然、声に出して笑う姿に桃花は驚いた表情をすれば、善逸は頬を赤らめながら、恥ずかしそうに今思ったことを言葉にした。


「……善逸さんってもしかして、女たらしですか?」


 前世の想い人であるにそんなことを言われたからか、目の前のに言われたからか。それは分からないが、彼女はドクンッと強く心臓が跳ね上がる感覚を覚える。

 それは遠い昔に覚えたそれによく似ている。
 いや、違う。そうじゃない。

 瞬間的に浮かんだ感情を無理矢理否定すれば、硬い笑顔を見せてわざとらしく問いかけた。


「んなわけないじゃん!!自分で言うのも悲しくなるけど全っ然モテないから!!むしろ、ドン引きされてばっかだからね!?」


 ドン引かれる程にモテないということがどんなに哀しい事実だとしても桃花には誤解して欲しくない。そう言わんばかりに、机に両手を付いて全力で否定した。


「……ふふ、そうなんですか?」
「そーだよ!!」


 そのさまがあまりにも必死だったからだろう。彼女はフォークを持っている手を口元に寄せて笑っては試すようにもう一度聞き返す。

 信じてくれそう。

 彼女の音を聞いてそう感じたのか、善逸は大げさに首を縦に振った。


「じゃあ、その人たちは見る目がないんですね」
「っ、……そ、そんなことないんじゃないかなぁ……」


 桃花はくるくるとフォークを回し、パスタを絡ませながら、そっと目を閉じて言う
 その言葉に彼は時めく感覚を覚えるが、自制しているのだろう。固唾を飲み込み、誤魔化すように頬を引き攣らせて笑った。

 女の子が悪いんじゃなくて、自分に問題がある。

 そう思っているからか、自分を見てくれなかった女の子たちのことを庇っているようにさえ聞こえる。


「……私には善逸さんが素敵な方に見えますから」
「っっ……」


 口に入るサイズにフォークにパスタが巻き付けば、桃花はさらりと言葉にしてパスタを咀嚼し続けた。

 それは純粋に、素直に思った言葉なのかもしれない。しかし、それを女の子から面と向かって直接言われたことのない彼からしたら、想像以上に胸が高鳴る案件だ。目を大きくして言葉を失う。


(こ、これは……もしかしてアプローチされてる!?されてるの!?俺…!!)


 善逸はバクバクと早く強く打つ鼓動に胸元の服をぎゅっと掴んで心の中で整理をし始めた。女性からアタックされたことのない彼はうっすら感じる可能性に顔を赤くさせる。


「……だから、すぐに素敵な女性が見つかりますよ」
「へ?」


 ごっくん。
 パスタを飲み込むと彼女は満面の笑みを見せる。それはまるで善逸を応援するかのように。

 綺麗な笑った顔なのに、どこか距離が遠く感じることにも疑問を感じたのかもしれない。
 けれど、それよりもアタックされてると思っていたら、まさか応援されていただけという事実に驚きを隠せないらしい。彼は思わず、素っ頓狂な声を出した。


「ほら、この間……“むしろ、募集中”っておっしゃってたじゃないですか」
「え、あ、うん……そ、そおおおおおだね!?」


 桃花はニコニコと崩れない表情で倒れた善逸を拾った時に言われた言葉を思い出し、口にする。

 確かに、言った。

 その事実を思い出したようだ。
 彼は羞恥からか、先程とは違う意味で顔を真っ赤にさせて声をひっくり返しながら、返事をする。


「応援してますね」
「はぐはぐはぐっ……んんんんまっ!!」
「ふふ」


 彼女ははっきりと言う。それは今の善逸にとって一番欲しくない言葉だ。

 自分に見込みがないと言われているようなものなのだから、当然と言えば、当然のことだろう。

 肯定も否定も出来ない彼は誤魔化すようにパスタをこれでもかというほどフォークに巻き付けて大きな口を開けてモグモグと食べて感想を言う。誤魔化していると言っても、もちろん本音だ。

 幸せそうな顔で食べる善逸に桃花もまた嬉しそうに微笑むが、それはどこか寂しさが垣間見える。

(……桃花ちゃんはそれが自分だとは思わないんだなぁ)


 募集中。

 この言葉はどうやら、彼女に向けて言った言葉だったようだ。
 気にしてもらえたらと思ったら、違う方向に考えを向かわせている桃花に内心困ったようにしながら、口の中に大量に入ったパスタを噛み続ける。


(でも、どうして……俺を見てる君から恋の音と切ない音がするんだろう)


 初めて会った日。
 彼を見つめる彼女から悲しい音が聞こえることが気になっていた。今はそれに加えて恋の音と切ない音が聞こえる。まだ会って間もないのにかっこ悪いところしか見せていない自分にそんな音をさせている桃花が不思議で仕方なかった。


(きっといつか教えてくれるよね)


 どうやら、今はまだ突っ込んで聞く気はないらしい。


「ねえねえ、桃花ちゃん、あのさーー……」


 善逸は気長に待つことを選ぶと人懐っこい笑顔を見せれば、この食事の時間を大事にしたのだった。



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