三話





「とりあえず……その格好でうろちょろされても非常に困るんですよ」
「なんでだ?」
「派手だからだよ、あんたの好きな」


 ガタッと椅子から立ち上がると真実は目の前に座っている青年、宇髄に声をかける。
 彼は鬼殺隊の隊服に身を包んでいるのだから、無理もないことだ。しかし、現代を知らない彼にとっては彼女の意図を取ることは出来ないらしい。眉根を寄せ、首を傾げると彼女は即答でその問いに答えた。
 宇髄と会って、一日も経っていない真実だが、その短い間に”派手”という言葉を何度聞いただろうか。
 実に三回だ。
 それだけで言ってる訳では無いだろう。白銀の髪に臙脂えんじ色の瞳に合わせたよう同じ色で装飾化粧を左目にしている姿。総合的に見て、言ってるに違いない。現代日本でもこんな容姿をしている人間は少ないと言ってもいいくらいだ。


「いいじゃねぇか。派手なら」
「いや、世間体があるのよ。私の社会性を殺す気か。日常的にコスプレしてる人が出入りしてるって噂になったら、どうしてくれる」


 それがどうした?
 彼女が静止している意味が分からない宇髄はキョトンとしてそう言いたげな顔をして言葉を返す。
 彼の常識と自分の常識を当てはめるのは無理だと分かっているからか。彼女は額に手を当てながら、冷静にツッコミを入れ始めた。
 逆トリップしてきた人間。ましては鬼殺隊という彼女からしたら、訳の分からないところに所属していた人間が、同じ常識を持っているとは思っていないらしい。


「あ?こす?」
「……あー、ジェネレーションギャップ面倒臭い」
「じぇね?ぎゃ??難しい言葉ばっか使うんじゃねぇよ」


 また聞き慣れない言葉を耳にし、唸るような声で問いかける宇髄に真実はつくづく気だるそうに言葉をポツリと零した。
 聞き取れている彼は異次元の言語に戸惑った果てに自分の知らない言葉を次々使う彼女に苛立ちを覚えたらしい。それは誰だって同じ立場だったら、そうなるだろう。宇髄はキッと睨みつけると彼女に文句を付ける。


「あーあーめんどくさーい……とにかく!こっちの時代に合う服を着てもらいたいわけよ」
「はあ……着物か?」
「洋服。洋物の着物っていえばいいかな」


 つい癖で使う言葉にいちいち突っかかられるの身になるとこうなるようだ。無理やり話題をそらすように、机に手を付き、彼女がしたい本題を切り出す。
 宇髄は納得いかない表情を浮べながらも、彼女の話題に乗っかるがイメージが湧かないようだ。
 首を傾げていると彼女は大正時代の人にも分かり易い言葉を選ぶ。


「用意できるって…お前、男でもいるのか?」
「だぁかぁらぁ、仕事で手一杯でそんな暇ありませんが??」


 ああ、なるほど。
 そう言葉を零すと一つ、疑問が生じたのか。彼は眉根を寄せ、彼女へそれを問いかけるとそれは触れて欲しくない話題だったのだろう。黒い異様な雰囲気を醸し出してにっこりと笑みを浮かべる彼女は威圧的に返した。


「じゃ、用意って……」
「これから、アンタの採寸して私が買ってくるからそれ着なさい」
「……」
「アンタに拒否権はありません。郷に入っては郷に従え、以上」
「………はぁ、頼んだ」


 用意するって自分の男のものを貸す。そう言う意味だと解釈していたらしい。
 宇髄は頭に疑問符を浮かべ、言葉を紡ぎかけるが、それは真実に遮られてしまった。
 彼女は命令口調で指示をすると宇髄は不服そうな表情を浮べる。 


「じゃ、採寸するからそのまま座ってて」
「あ?なんでだよ」
「宇髄くんがデカすぎて腕の長さ測れないから」
「……」


 無理矢理納得させることに成功した真実は笑みを浮かべると引き出しにしまってあるものを取り出しながら、宇髄に指示をするとそれに疑問を持ったようだ。
 彼は首を傾げる。それも無理もない。採寸とは普通、立ってするものだ。
 ガサゴソと探しながら、宇髄の疑問に彼女はあっさりと答える。
 確かに真実は女性にしては高い方だが、彼と比べれば雲泥の差だ。30cm以上差はあるように見える。
 そうとなれば、宇髄が立ったまま測るのは難しいということだろう。
 あった、あった。
 そう呟けば、棚からメジャーを取り出し、彼の背後に回ると彼は真実の意図に納得したような表情を浮べた。しかし、違和感しかない言葉にチラッと彼女の方へ視線を向ける。


「な、何?」
「なんで"くん"付けなんだよ」
「え、年下だから」


 じっと見つめられることに気が付いた真実は眉を寄せ、警戒する猫のように身を引き、問いかけると宇髄は口を開き、彼女の問いかけに答えた。思っていた言葉とは違っていたのだろう。真実はきょとんとした顔をすると彼の疑問にさらりと返す。


「………は?」
「ん?」
「俺より上……?」
「そうだけど……さん付けの方がいい?」


 返ってきた言葉に宇髄は思わず、ピシッと動きを止めた。少しの沈黙の後、短い問いかけが返ってくると彼女もまた似ているようで似てない反応を返し、彼は目をまんまるにさせて、小さな声でぽつりと零す。
 それがどうした?
 まるでそう言いたげな顔をする真実は腰に手を当てると首を傾げて問いかけた。


「どう見ても、俺の方が年上にしか見えないだろ」
「それは否定しない……うーわ、腕長…身長あれだけあればそうよね…因みに何センチ?」
「198cmだった気ぃするな」


 しかし、彼はそれに対して答えることはなく、自分が思っていることを素直に口にすると彼女は、はぁ…とため息を付き、同意を示す。真実は宇髄の腕に振れ、採寸を始めようとすると思っていた以上に長いことに眉を下げ、言葉を紡いだ。
 初めて会った…というより、リビングでぶっ倒れている姿を見る際に目分量で2mあると思ったのだから、そう言葉にするのも無理もない。彼の身長が気になった真実は問いかけると腕に触れられたことで察したように宇髄は両腕を伸ばしながら、考え込むように視線を上げ、言葉を返した。


「うっわー…それモデルかバレーとかバスケ選手じゃん。外出たら、スカウトされそうだなぁ…それはそれでめんどくさいなぁ」
「……だから、なんだよそれ」


 メジャーで指先から肘までを測ると指先に当てていたメジャーを離し、今度は肘から肩甲骨辺りまでを測る。それをしながら、彼女は聞き出した身長にげんなりした表情を浮かべ、言葉を零した。
 まあ、外に出る度に声をかけられる可能性を考えると彼女の意見には誰もが納得するかもしれない。
 バスケ、バレー、スカウト。
 宇髄は聞き覚えのない呪文のような言葉に苛立ったように言葉を零した。


「いちいち、昔風に説明するのめんどくさいよねぇ…被写体とか競技選手ってこと。はい、今度は立って」
「んなこといったってなぁ…分かんねぇもんは分かんねぇんだから仕方ないだろ」


 真実は左肩甲骨から腕の付け根までを測り終えると左肩甲骨を測っていたメジャーを離し、右腕の付け根から肘まで、肘から指先までを測ってらテーブルに置いてあるペンを手に持ち、メモする。また横文字の言葉に反応する宇髄に彼女は深い溜息をつき、言葉を吐いた。
 先程から面倒くさいという言葉を口にするあたり、真実はめんどくさがり屋なのだろう。わかりやすく言葉を変えて答えると人差し指を彼に向かって指し、クイッと上にあげて指示をする。
 宇髄もまた疲れてきたのか。溜息を吐きつつも、素直に席を立ち上がると彼女の言い分に反論をした。彼が言いたいことは最もだろう。


「まあ、そうなんだけど…こっちの常識教えておかないと外出せないわぁ……」
「お前な……」


 彼の言い分は分かるには分かるようだ。
 自分も未来にトリップしたとして、同じようなジェネレーションギャップは生まれるはずという考えがあるからかもしれない。そうだとしても、時代的には100年も越えてきた人間に常識を教えないで外に出した時の悲惨さを想像したら、身震いがするのか。彼女は顔を青くさせ、彼のバストを図るために身体と両腕の間にメジャーを回しながら、言葉を零すが、それは宇髄としては納得いかないようだ。
 女性にここまで乱雑に扱われることはないのかもしれない。


「バストはこんなもんか……あとウエストとヒップと股足だけ計れば何とかなるか」
「………」


 真実はバストを図り終えた彼女はテーブルに置いてあるペンを持ち、メモに書き込んでいくと次に測る場所を口にした。次に測る場所を口にする真実に彼は眉間のシワを深くさせ、小さく息を零す。


「バストは胸、ウエストは腰、ヒップはお尻、OK?あ、いい?」
「……分かった」


 微かに零れるそれに何が言いたいのか分かったようだ。彼女は宇髄の腰にメジャーを回しながら、彼が知りたいはずの単語の説明を淡々とするとメジャーをぎゅっと締め、サイズを測り、理解したかを尋ねる。
 彼は自分が知りたい言葉を先回りして教えてくれたことに驚きつつも、コクリと頷いた。


「よしよしっと……ん?下着って……大正時代って事はふんどし?」
「そうだな」


 ウエスト、ヒップを測り終えた彼女はまたもやテーブルにある髪にメモを取るが、一つ疑問が生じたらしい。眉根を寄せ、ペンを顎に当てながら、随分上にある顔に目を向け、素朴な疑問を投げかけると彼は首を縦に振り、肯定した。


「買うならふんどしがいい?って言っても、買ったことないんだよなぁ…何処で売ってるんだろ」
「いや、別になんでも構わないが……今はふんどしじゃねぇのか?」
「稀にいるけど、今はパンツって言って…見せた方が早いわ。ちょっと待って」

 彼女は首を傾げて宇髄に問いかけるが、困ったように眉を下げ、ブツブツっと独り言を零し始める。
  名は違えども、室町時代から続く伝統ある下着ではあるが、現代日本でそれを履くものは一握りしかいない。
 ましてや、男性物の下着を買うこともないだろうから、唸りながら、悩むのも無理はないだろう。

 彼は百面相をする真実をじっと見つめていたが、彼女の言いぶりからふんどしが珍しいということは理解したようだ。
 不思議そうに首を傾げて問いかけると彼女は言葉を返すが、パンツを説明する語彙力が自分にないことに気が付くと思い出したかのように何かを取りにその場を去ろうとする。


「見せるって…家にあんのか」
「あるわけないでしょ……なんで男物の下着を検索することになるのやら……あったあった、これのこと」
「へぇ……それがぱんつか」
「そーいうこと……っとお疲れ様。これで終わり」


 男物の服はないが、下着はある。
 そういう風に捉えられたのか。彼は眉をぎゅッと寄せ、腕を組みながら言葉を零すと彼女は呆れた表情を浮べ、否定した。
 真実は充電していたスマートフォンを手に取って、検索欄に”男性物 下着”と打ち込む。
 なんで、こんなことを調べなければいけないのか。そんな冷静な自分がいるに悲しくなりつつも、検索をかけると一発で出てくる男性物の下着を見ては、画面を宇髄に見せるようにして説明した。
 自分が知っているものとは違う物珍しいものに宇髄は興味を持ったのか、じーっと見つめると目に映るものが"ぱんつ"だと認識したらしい。
 なんとか納得した彼に安堵する真実は息を吐き、スマートフォンの画面を消した。


「なぁ、」
「なにー」
「これ、なんだ?」
「……スマートフォンって言って、調べものしたり、遠くの人にいる人と会話したり、伝書鳩を使わずに手紙を送ったりできる便利道具ね」

 じーっとスマートフォンを見続ける宇髄はそれから目をそらすことなく、真実に声をかけると彼女は関心なさそうな返事する。
 いちいち聞かれすぎて疲れているのかもしれない。
 キョトンとした顔をして、彼女が今、手にしているものに興味を示した。
 今更、興味持つのか。昨日、真実を押し倒した際に目にしてるのに、興味を示すこと無かったのに今になって示されるとは思っていなかったのだろう。思わず、彼女は心の中でツッコミを入れるとわかりやすく説明をする。


「は?」
「……興味あるなら、私が帰ってきたら触らせてあげるからお待ちください」
「おう」

 そんな夢物語みたいな物が実在することに彼は素っ頓狂な声を上げた。
 しかも、それがこんなに小さな手のひらサイズのものだと言われても大正時代の人間からしたら、にわかに信じ難いらしい。彼女は面倒くさそうな顔をすると吐息混じりの気だるそうな声で言葉を紡ぐと宇髄は一つ返事を返したのだった。



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