四話





 玄関の方からガチャという音が聞こえてくれば、宇髄はそちらの方へ顔を向ける。
 どうやら、帰ってきたらしい。それが分かると彼は立ち上がり、そちらへと向かった。


「つ、っっっかれた……」
「よぉ、帰ったか……って、凄い荷物だな」


 ドサドサと床に荷物音が聞こえると女性は肩を上下して、呼吸をしては疲労した声でぽつりと呟く。
 やっと彼女の元に現れた宇髄は声をかけるが、彼女が力なくして床に置いた物の多さに驚き、目を見張った。


「全部アンタのもんだよ、感謝して」
「つって言われてもな…」
「突っ立ってないで荷物持ってリビングに行って」
「へいへい」


 真実はハーっと息を吐き出し、空気を肺へと取り入れれて曲げていた腰を伸ばせば、胸を張り、偉そうに言葉を返す。
 限度があるだろう。彼は心の中でそう呟くのも無理はない。なんせ、大きな紙袋が8個ほど床に転がっているのだから。
 宇髄は呆れた顔をして、言葉を返そうとするが、それは途中で遮られた。真実は床に転がってる荷物を指さし、彼へ指示をしたからだ。
 反論する気にもならなかったのか。宇髄は深いため息を付くと素直に支持に従うように荷物を手に持つ。


(っ、結構な重さあるじゃねぇか……見かけによらねぇな)
「何よ」


 両手にくるずっしりした重さ。これを一人で運んできたと思うと驚かずにはいられないようだ。
 彼女へ目を向ければ、視線を感じたのだろう。シューズボックスに靴を仕舞う真実は振り返り、宇髄の顔を見て問いかける。


「あ、いや……これ…全部服か?」
「何日いるか分からないし、とりあえず着まわせるだけの分は買った」
「いくらしたんだよ、大丈夫なのか?」


 力があるからと言って何になるのか。生産性のない会話をやめようと思ったのだろう。
 彼は考えていたことを口にする言葉やめ、ありきたりな問いをすれば、彼女は立ち上がり、宇髄の背中を押して答えながら、リビングへ続く廊下を歩いた。
 背を押されることに戸惑いはすれども、文句はないらしい。一度に衣類を購入して生計は成り立つのか、疑問に思ったのだろう。自分のせいで生計が苦しくなるのは不本意そうに問いかけた。


「ふっ……社畜すぎて金は有り余ってるから気にしなくていいのよ」
「そんな自信満々に言うことなのか?」


 しかし、彼の不安は杞憂らしい。
 真実は不敵に笑みを浮かべて返答をするが、それはなんとも悲しい言葉だろうか。この現代社会の問題点を口にしているようなものだ。
 忍びをやっていた上に鬼殺隊に身を置いている彼からしたら、普通のことではあるが、先日の彼女の態度から察するに普通ではないことは理解していたのかもしれない。真実の態度に疑問に思いながら、眉を下げ問いかけた。


「とにかく、これをあっちで着てきて。あ、これは頭から被って、腕だけ出せばいいし、ズボンは足入れてボタン閉めればいい。パンツも似たようなもんだから」
「お、おう」


 リビングに辿り着き、宇髄が荷物をドサッと置けば、彼女は荷物をガサゴソと探る。
 真実の手にあるのは白のパーカーに黒のテーパードパンツ、男性物の下着だ。それらをぐいっと彼に押し付け、簡単に着方を説明する。
 途中で言葉を挟む余裕なく、説明され、渡された宇髄はされるがままだ。ただ、首を縦に振るしかない。
 彼女がビシッと寝室をさせば、素直にそちらへ向かった。


「……さて、着替えてる間に設定しときますかね」


 真実は腰に手を当て、ふぅと息を吐き出すとカバンの中に閉まっていた紙袋を取り出す。紙袋の中から出てきたのは真新しいスマートフォンだ。
 左手を右肩に置き、首を左へと伸ばせばボキッと言う音が聞こえる。それを合図に彼女は椅子に座り、初期設定をするべく、作業を始めた。


「それにしても、貢いでる感半端ないなぁ……店員さんにも変な目で見られたし……」


 慣れた手つきでスマートフォンの設定をしていく真実だが、一人で店に行った時のことを思い出し、ぽつりと零す。それは無理もないかもしれない。なんせ、女性が一人でメンズ服を大量に買っているのだ。
 貢がされてる憐れな女か。騙されてる哀れな女だろう。余程、哀れみの目で見られてたのかゲンナリした顔をしている。


「ゆーても、メッセージアプリと調べ物が出来るだけで良いわよね」
「何やってんだ?」
「うっきゃ!?」


 そんなに複雑なアプリはいらない。いつ、自分の時代に帰るか分からない人だ。
 そんな思いからか、彼女は独り言を漏らしていると背後から気配と声が聞こえる。
 先程まで感じなかった気配に、耳元で聴こえる低い声に驚き、肩を上下に動かし、叫び声を上げた。


「なんて悲鳴あげてんだ」
「お、おおお、驚かせないでよ……」


 女らしからぬ声に宇髄は眉根をよせ、文句を口にするが、未だに心臓がバクバクいってるのか。
 真実は青い顔をして文句を言い返すと着替え終わった彼の姿をじっと見つめる。


「色男で驚いたか?」
「うーうん。元々そうだから、そこは驚いてない」
「………」


 その視線に、宇髄はニヤリと笑みを浮かべて問いかけた。
 まるで、かっこいいと言わせようとしているかのように。しかし、彼女の返答は彼が思い描いていた答えとはかけ離れている。
 首を横に振り、今更とばかりに言葉を返す姿に宇髄はただ黙るしかなかった。


「よし、見れるようになったわね」
「お前の基準が分からねぇ」


 真実は顔を見上げ、視線と下へ下へと下げて彼の格好を見ると採寸が間違ってなかったことにほっとしつつ、言葉を零す。
 色男だと認めつつ、見れるようになったと零す彼女の考えが分からないのだろう。
 宇髄は眉を下げ、前髪をクシャッとかきあげるとぽつりと吐き出した。


「その格好なら外に出せるってこと」
「そうかよ」
「それから、これ」


 困った表情をしている彼に真実は思わず笑みを零すと人差し指を出して、偉そうに紡ぐとそれに対して宇髄は深いため息をこぼし、適当にあしらう。
 彼女はそんな彼に眉を下げると今しがた設定していたモノを宇髄へ差し出した。


「……すまーとほんとか言ってた奴か?」
「そう、宇髄くんのね」
「は?」


 彼は今朝見たものとは違う色のそれを受け取り、首を傾げると真実はコクリと頷き、宇髄専用とばかりに口にする。
 まさか、自分専用のスマートフォンを所持を許されるとは思ってなかったのだろう。目を点にさせていた。


「もし、外で迷子になったらそれで連絡取れるでしょ」
「待て。外に出て迷子になる前提で話が進むんだ?」


 イケメンの戸惑い顔ほど面白いものはないわね。
 真実は他人事のように心の中でそう呟けば、スマートフォンを渡す理由を言う。
 彼女は宇髄が外に出る前提でそれを購入したということだ。しかし、彼は不服そうな顔をして、問いかける。
 元忍びとしてなのかは分からないが、迷子になるという言葉が許せないようだ。


「だって、宇髄くんが知ってる世界とは多分違うわよ?迷うに決まってるじゃない」
「そんなの分かんねぇだろ」


 真実はキョトンとした顔をして首を傾げる。
 全く違うとは言わないが、似ていても似ていない土地だったとしたら、迷うのは必然。しかも、ここは都心部なのだから無理もない。
 現代人も地図を見ないと迷子になるほど入り組んでる場所もあるのだから。しかし、それを知らない宇髄は眉を釣りあげ、言葉を返す。それは現実を知らないからこそだ。


「それに色男が迷子ってカッコ悪いじゃない?」
「おっまえ……好き勝手言ってくれるじゃねぇか」
「まあ…それは冗談だけど、ナンパされて困るのは宇髄くんだからね」


 迷子になる。
 このワードが彼を逆撫でいると分かっていながらも、言葉を変えることは出来ないらしい。彼女は眉を下げて、なだめるように笑みを浮かべて言葉をかけるが、それは逆効果なものだ。
 宇髄は額に青筋を浮かばせ、頬を引き攣らせ睨みつける。その態度にやりすぎたと感じたようだ。
 ごほんっと咳払いすれば、真実は心配そうな表情をして言葉を紡ぐ。


「なんぱあ?」
「見知らぬ女の子に声かけられて遊びに誘われることって言えばいいのかしら」
「なあんだ、良くあることじゃねぇか」

 彼はまたしても聞きなれない単語に眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
 大正時代にはないワードだ。それを思い出すとこめかみに手を当てて、噛み砕いて説明すると思い当たる節があるらしい。と言うよりも、よく女性に囲まれていることを口にした。


「さいですか………で、使い方なんだけど」
「おう」


 流石、イケメン。おモテになるようで。
 真実は心の中でそう呟くと囲まれることに対して不快に感じないのであれば彼女としても気に止めることはないのかもしれない。ふぅと息を吐くと彼の手にある新品のスマートフォンを指さし、使い方を教えようと声をかける。
 宇髄もまたそれ以上突っ込まないことは気にならないのだろう。スマートフォンの使い方を覚えようと真実の話を真剣な顔をしながら、耳を傾けたのだった。



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