午後になり、二人は図書館を目指して歩き出す。街に出る前に色々スマートフォンで昨日、調べていたからか。実物を見てもそんなに驚くことはないようだ。宇髄は田舎者のようにきょろきょろ見渡したりすることはない。
ごく当たり前のように現代に馴染んでいる。……モデルのような長身長と整った顔立ち以外は。
「しかし、ゆーばーいーつか?すげぇな」
「
今後のことを考え、練習がてらに頼んだオンラインフード配達を利用して宇髄は称賛する。
現代の凄さを身に染みて実感してくれたのが、嬉しかったのか。真実はニッと笑った。
「ああ、ありゃぁ、便利だ」
「天元くんも覚えが早くて助かるわ。本当に大正の人?」
彼もまた口角を上げてこくりと頷く。どうやら、お気に召したようだ。
大正時代の人間だと言うのに器用に短期間で覚える彼の器用さに感心すると彼女は茶化すように首を傾げる。
「バカにしてんのか」
「してないけど」
「……あれ、辻本さん?」
真実の意図は伝わっているようだ。宇髄は眉間にシワを寄せ、ケンカ腰で聞き返すと彼女は楽しそうに口元を隠して笑う。
そんな会話が当たり前になってきたふたりの元に聞こえてきたのは別の男性の声だ。
動揺を隠せていないような、震えているようにも聞こえる声音。
「ん?……あ、田中くん。こんな所で会うなんて奇遇ね」
「そうですね!……えっと…、隣の方は……」
声の色に気が付いているか、否か。それは分からないが、彼女は自分の名前が聞こえたことに反応し手振り返れば、そこには見知った顔があった。それに驚き、目をパチパチとさせる。
田中と呼ばれた男性はハッと我に返ると明るい笑顔を見せて頷き、近寄ると眉を下げて不安そうに聞いた。
「親戚よ」
「そ、そうだったんですね……てっきり彼氏かと思いました」
真実は簡素に答えると彼は安堵したような表情をして軽口をたたく。
「あはは……あの会社に勤めてて出来ると思う?」
「それは……まあ、そうですね……ははっ」
なかなか面白い冗談だと思ったのだろう。冷ややかな空気を醸し出し、笑い返しながら問いかけると田中もまた否定できないようだ。
それほどまでブラックな企業なのだろう。ただ乾いた笑いをして頷く。
「それじゃ、またね」
「え、あ、はい!」
余計な詮索をされたくないのか、彼女はさっさと別れを告げると彼は少し残念そうな顔をして返事をするとすれ違う宇髄にチラッと視線を送った。
「………なあ」
「ん?何?」
「アイツ、誰だったんだ?」
スタスタと歩き出す真実の後を続く宇髄は背後にまだ背を見送っている田中を横目で見ながら、彼女に声をかける。不思議そうに聞き返せば、そもそもの疑問を投げた。
田中だという名前と同僚であることはなんとなく察することは出来ても、自己紹介をしたわけでも紹介されたわけでもないから確証が持てないからだろう。
「ああ、会社の後輩。仕事も出来て気が利くし、良い子だよ」
「良い子、ねぇ……」
そういえば、言ってなかった。それを今思い出したらしい。
彼女は簡単に今更ながらの紹介をすると宇髄は眉根を寄せて呆れたようにぽつりと零した。
(良い子があんな顔するかぁ?)
彼は目を細めて先程向けられた視線の意味を考える。あれは確実にただ見ただけではなく、ある感情を込められたものだった。
それが分かっているからこそ、疑問があるのかもしれない。
「なんか含みがある言い方ね?」
「まあ、お前がいいならいいんじゃないか」
「……意味が分からないんだけど」
何か言いたそうな物言いに気が付いたようだ。真実はムッとした顔をして覗き込むと彼はふぅ、と息を吐く。
疎い彼女に気が抜けたのかもしれない。宇髄は適当なことを言うが、その意図は伝わることはなかった。
真実は不満そうにじーっと見つめて言わせようとしている。
「それで図書館とやらはどこなんだよ」
「えーっと、こっちこっち」
話題を逸らす為か、彼女の髪をワシャワシャと乱暴に撫でると目的地を聞いた。
ボサボサになる頭を気にすることはないらしい。なされるがままになりながら、指を差してそのまま角を曲がる。
(つーか、アイツ付けてきてねぇか?)
宇髄は背後に感じる気配に眉根を寄せた。
それは明らかに先ほど別れたはずの人間が隠れながらもこちらの様子を伺っているからだ。
「面倒なことにならなきゃいいが……」
「いや、あんたがいること自体あり得なくて面倒なことでしょ」
「そっちの話じゃねぇよ」
随分と女々しい行動をしていると思えば、また深いため息が出る。しかし、彼の零した言葉の意図は当の本人に伝わることはない。きょとんとした顔をしてさり気なく事実を言うが、なかなかに辛辣だ。
彼女を心配して感がることが馬鹿馬鹿しくなったのか、ペシッと軽く頭を叩いてツッコミを入れる。
「いっ……は!?」
「ほら、さっさと探すんだろ」
頭を叩かれるなんて誰が思っただろう。真実は不意打ちにくらい、目を見開いて声を荒げるが、宇髄はなんてことなさそうに目的地を前にしてスタスタと建物の中へと入って行った。
「なーんか偉そうなのよね」
「俺様は派手に偉いんだよ」
先を行く彼の後を追って横に辿り着けば、頬を膨らませて腑に落ちなさそうにする。
コロコロと変わる彼女の表情に宇髄はふっと柔らかく笑えば、適当にあしらった。
「すごーい自信」
「……ここか」
「相変わらず、凄い量の本よね」
年下のくせに、年上に見せるその雰囲気に真実はジト目で見つめいれば、彼はピタリと足を止める。
二人の前には大量の本が綺麗に整頓されている光景が広がっている。
この中からインターネットで探しても見つからなかった情報を探さなければならない。
せっかくの休日が情報探しになったことを見に染みたのか。彼女は困ったように笑った。
「古い本はどこらへんだ」
しかし、宇髄はそんなものどうでもいいらしい。元の時代に戻れる手がかりを探すことに積極的でキョロキョロと辺りを見渡す。
「ねえねえ、あの人……」
「やば、かっこよくない?」
なんて図書館に似合わない男なのだろう。静かなこの場所がざわざわとし始めているではないか。
「……んーっとこっちみたい」
真実は周りの視線が彼に集まっていることに気が付いて、気まずい気分になったのかもしれない。
目的の本棚を見つけると彼の腕を掴んでそそくさとその場を連れ出す。
「はあ……探すか」
「がんばろ」
本棚には大正時代に関連する本がずらりと並んでいる。
量としては百近くあるのではないか。そんな錯覚すらしてくる。
気が遠くなりそうな数に宇髄はため息を付きながらも、本棚に入っている本に手を伸ばすと彼女もまたぐっと両手を握ってやる気を出した。
◇◇◇
午後一に来たというのにもう日が暮れている。
いや、窓を見れば空は青でも橙色でもなく、ただの暗闇だ。
どうやら、閉館時間が近いようだ。図書館の中にいる人はほとんどいない。
「見つかった?」
「ねぇな」
パタンと本を閉じて背伸びをすると隣にいる男に声をかけると彼は深く息を吐き出して首を横に振った。
机の上に積まれた本数十冊、全て外れだったらしい。数十冊と言っても本を戻して取りに行ってを何回もく理解しているのだが。
「どーしようかぁ……」
インターネットにもなく、図書館にも宇髄が口にした情報が出て来ない。
それに途方に暮れながらも、読んでいた本を全て抱え込みながら、本棚に戻そうと歩き出す。
彼もまた本を抱えて後を付いて行った。
「上の棚は任せていい?」
「おう」
「背が高いと便利ねー……ん?」
彼女は自分の頭くらいの本棚にドンドン本を戻しながら、頼むと素直に頷き、宇髄もまた戻していく。
改めて見上げる彼の横顔を羨ましそうに見ていると何か気になるものを見つけたようだ。
じっとそれを見つめている。
「どうかしたか?」
宇髄は全ての本を仕舞い終えると彼女が見つめているものを見ようと少しかがんで同じ目線になった。
「この本って......随分古いけど、タイトルないなーって」
「さっき片っ端から本見たけど、こんなのあったか?」
顔が近いことはあまり気にならないらしい。真実は自分の身長では届かない本を指差すと宇髄はその本を手に取った。しかし、何往復して何度も本を確認した時には見ていない本が今更出てきたことに怪訝そうな顔をしてぺらっと捲る。
問われたことに彼女は頭をブンブンと振るだけだ。
「あぁ?」
彼は目にした言葉に眉間のシワを深くさせ、目を疑うような声を上げた。
「何か書いてあった?」
「……あった」
彼の手元の位置では何が書かれているのか真実には見えないのだろう。
首を上げ、つま先立ちしながら問いかけると宇髄はポツリと答える。
「え、何て?」
「鬼殺隊は人を喰う鬼を狩る非公式の鬼狩り」
まさかタイトルもない本に知りたい情報が書かれているなんて思いもしなかったようだ。
彼女は目を真ん丸にさせて首を傾げると彼は書かれている文字を目で追いながら、それを口にする。
「……それだけ?」
「それだけ」
しかし、その続きの言葉はいくらまてどない。
真実は瞬きをして問いかければ、返ってくる言葉は覇気のないものだ。
「……その本貸して」
「おう」
ページ数はそれなりにあるというのに読み上げた所が一ページということが不審に感じたのかもしれない。
彼女は手を差し伸べて本を求めると宇髄は素直に手渡した。
「…………………」
もう一度、表紙を見てもタイトルもない、作者名もない。裏表紙を見れば、出版社の名前すら記載がない。
明らかにおかしい本を疑うような目でペラッと捲ってみれば、先ほど彼が口にした言葉以外書かれていなかった。
他のページも確認するようにペラペラと捲り続けたが、分かったのは他は白紙だということだけ。
「…………っていうかその一文以外真っ白ってどういうこと!?」
「静かにしろ」
本と呼んでいいのか。いや、もはやただの本の形をした自由帳じゃないか。そんな感情が湧きあがってきたのか、肩をわなわなと震わせながら、大きな声で叫ぶ。
忘れるべからず、ここは図書館。閉館間近だったとしてもルールを破ってはならない。
宇髄はギョッとし顔をして慌てたように彼女の口を塞いだ。
(大正人に怒られた……しかも、そのおかげで許された……)
ハッとして周りを見れば、司書が冷たい目でこちらを見ている。
彼はよそ行きの顔で申し訳なさそうに頭を下げれば、その整った顔にほだされるのが世の女性だ。
それを目の当たりにした真実は貴重な体験をしたかのように心の中で感心しては司書に向かった頭を下げる。
「とりあえず、その本だけ借りることって出来るか?」
「うん」
騒ぎが落ち着いたところで宇髄は彼女の口を塞いでいる手を離して問いかけた。
真実はコクリと頷いて本を持って受付に向かおうと歩き始める。
(……アイツ、もう尾行やめたのか?)
日中に会った彼女の後輩だと言う男。
途中まで付けていたのにその姿はいつの間にか消えていたことを思い出したらしい。しかめっ面して考え込むが、出てくる答えはない。
「天元くん?」
「あー、今行く」
なかなか付いてこない彼に不思議に思った真実は本棚からひょこっと顔を出して名前を呼ぶ。
今考えるのは意味がないと思ったのだろう。彼は考えること止めて呼ばれた彼女の元へと歩いて行ったのだった。