拾壱話




「胡蝶」
「…何、妖」


 ぬらりひょんは胡蝶と珱姫のやり取りを見てはまた酒に口を付けていると彼は胡蝶の名前を呼んだ。その声に反応して彼女は珱姫から目を離してぬらりひょんをじっと見て言葉を返す。


「ワシと夫婦になろう」
「………………………は?」


 ぬらりひょんは不敵に微笑んでたったひとこと胡蝶に言葉を掛けるが、彼女は意味が分からず息を止め数秒固まっていると今だ理解できていない胡蝶は眉間に皺を寄せてたった一文字の疑問の言葉を発したが、それは空気に溶けてしまった。


「ちょちょちょ、待って下さい!総大将ぉ〜〜!!」
「ん?」


 固まっている胡蝶を他所にカラス天狗はぬらりひょんへと突っかかるように止めに入ると彼は首を傾げて何が言いたいとばかりの目をカラス天狗へ向ける。


「今何と言いました!この女は……人間ですぞ!?人と交わる気か!あんたー!!」
「ちょっと!!ぬらりひょん!!こんな女のどこがいいのよ!!」
「どわっ……そーいう問題じゃないぞ、雪女」


 カラス天狗は更にぬらりひょんへ顔を付けづけて先程の彼の発言をもう一度問い掛けると問答無用で突っ込みの言葉を述べた。
 しかし、今度はカラス天狗を押し退けて雪女は胡蝶を指差してぬらりひょんへ抗議の言葉を発すると思い切り押し退けられてしまったカラス天狗は雪女へ適切な突込みを入れる。


「雪麗、この女はお前が思ってるよりよっぽどいい女だぜ。それにお前も魅入られただろ」
「し…し…下の名前で呼ばないでよ…今は!この…変態!!」
「こりゃ雪女!総大将に向かってなんてことを!」


 ぬらりひょんはふっと笑っては雪女の問い掛けに答えて同意を求めると彼女は名前を呼ばれた事に頬を赤らめさせてぬらりひょんへ罵声を吐く。その彼女の言葉に叱るようにカラス天狗が雪女に言葉を投げた。


「殺じでやるぅぅぅぅ!!死ねばいいのよ!!」
「うわぁぁぁ!カラス天狗が雪だるまにぃぃぃぃ」


 雪女はカラス天狗の言葉なぞ耳に入っていないようで更に続けてぬらりひょんに捨て台詞を言って吹雪を吹くと雪女の攻撃となったカラス天狗は雪だるまとなり、周りの妖怪たちは雪だるまになったカラス天狗を見て騒ぎ立てる。


「胡蝶」
(え、何、…って言うかこのセリフ珱姫に言うセリフだよね!?)


 茫然としている胡蝶にぬらりひょんは呼び掛けるが彼女は予想外のプロポーズに頭が追いついていないらしく混乱していた。それもそのはず、本来ぬらりひょんが珱姫へ言うはずの台詞を自分に投げかけられたのだから無理もない。


「おい、胡蝶」
「へ、な、何…!?」


 ぬらりひょんはもう一度彼女の名前を口にすると胡蝶ははっとしてぬらりひょんに顔を向けて言葉を返すがまだ何処か混乱しているようで語尾が上擦っていた。


「お前さんは特別な存在だ…ワシはお前さんを見つけてからずっと見てきたが、その思いはいや増すばかりじゃ」
(な、なに、何なの…こ、この展開…!!本当に!!)


 ぬらりひょんは不敵に微笑むと自身が持つ彼女への想いを打ち明けていくと胡蝶は嬉しさからなのか頬を紅潮させていたが、まだ現実を受け止め切れていない彼女の頭は混乱していた。


「平たくいやぁ、あんたに惚れた!胡蝶…ワシの妻になれ!!」
(…ほんっとに強引なんだから……)


 ぬらりひょんは彼女の気持ちなど分からないまま自身の思いのたけを胡蝶とぶつけると胡蝶は少し落ち着きを取り戻した目をしては嬉しそうな何処か悲しそうな表情を浮かべ眉を下げる。


「…お断りさせて頂きます」
「は?」
「へ?」


 胡蝶はそっと目を閉じて小さくでもはっきりとぬらりひょんの渾身のプロポーズを断る言葉を告げるとまさか断ると思っていなかったぬらりひょんを始め、奴良組の面々はぽつぽつと疑問の一言を漏らした。


「「な、なにぃぃぃ!?」」


 そして、彼女の発言の意味を理解した妖怪たちは声をそろえて大声で驚きの声を上げる。


「これ!!人間の小娘が断っていい御方ではないんだぞ!?」
「…そんな事分かってますけど、人間と交わるの反対のくせにそんな言葉を私に言うんですね」
「ぬぐ…」


 納得しなかった妖怪が胡蝶へ詰め寄り、文句を言い放つと胡蝶は淡々と冷めた表情をしては先程、妖怪たちがぬらりひょんへ反対の意向を見せていたのにも拘らず詰め寄る姿に疑問を感じたのだろう。
 彼女は首を傾げてじっと詰め寄ってくる妖怪を見つめると妖怪は彼女の言い分が正しいため、何も言い返せずに言葉に詰まらせていた。


「それにいずれ月に帰らなくてはいけませんので妖などの妻になれません」
「月の姫だと認めるんじゃな」
「…そうですね」


 胡蝶は表情を変えずに淡々と断る理由を述べるとぬらりひょんは今まで何度も繰り返してきた攻防を肯定するような理由を述べた胡蝶をじっと見つめて言葉を紡ぐ。胡蝶は何処か諦めたような表情をして彼の言葉を肯定した。


「月に帰さないと言ったらお前さんはどうするんじゃ」
「っ、……是が非でも帰る…私の居場所はこの世界にはあってはならないから」
「胡蝶…」


 彼女の表情に何か違和感を感じたのかぬらりひょんは射貫くような目を彼女に向けて彼女の言葉を聞き入れないとばかりに言葉を返すと胡蝶は目を見開いて驚き、言葉に詰まらせる。
 震える唇をゆっくりと開くと彼女は顔を俯かせて表情を見えないようにしながら言葉を紡いだ。


「……」
「もうこの話はやめましょ、私は一足先に屋敷に帰ります」
「胡蝶…?」
「珱、妖に帰して貰って下さいね。失礼します」


 彼女の見えない表情にぬらりひょんは眉間に皺を寄せて黙って見つめていると胡蝶はため息を一つついて話を切り上げると立ち上がる。
 急に立ち上がった胡蝶に珱姫は不安気な表情をしながら彼女の名前を呼ぶと胡蝶は眉下げて微笑みかけて言葉を珱姫に掛けると踵を返して会場の出口へと歩いていく。


「あ、お、おい…!!ったく、今まで月の姫と言っても否定してたくせになんなんじゃ…」
「……やはり、帰りたいのですね」
「珱姫…胡蝶が何者なのか知っているのかい?」


 勝手に話を切り上げて席を外そうとする胡蝶にぬらりひょんは止めようと言葉を掛けるが彼女は聞き入れもせずにその場を去ってしまい、彼は困った表情をして後頭部をガシガシと掻きながら彼女の言葉に困惑していると珱姫は眉を下げて悲しそうにぽつりと言葉を零した。珱姫の呟きにぬらりひょんはずっと疑問に思っていた胡蝶のことを問い掛ける。


「……はい、前に伺いました」
「アイツは何者なんじゃ」


 珱姫は暗い表情を落としてぬらりひょんの問いかけにこくりと頷くと肯定の言葉を紡ぐと彼は珱姫に胡蝶について更に問い掛けた。



「………時渡人、と言うそうです」
「時渡人?」


 珱姫はぬらりひょんを一瞬じっと見つめてはまた目を逸らして畳の一点を見つめながらぽつりと彼の問いかけに答える。しかし、聞きなれない言葉だったのかぬらりひょんは彼女の発した言葉を復唱しながら首を傾げた。


「なんだ、それ」
「聞いたことないな」
「時渡人というのは現在から過去へ行ったり、未来に行ったりする人のことを言うそうです」


 周りにいた妖怪たちも聞きなれない言葉にざわめき出すと珱姫は“時渡人”という言葉の意味を説明するように更に言葉を紡ぐ。


「それで胡蝶がその時渡人だって言うのかい?」
「…そう、彼女が言っていました。それに……」


 夢物語のような説明を聞いたぬらりひょんは何処か信じられないとでもいうような表情をしながら珱姫へ問い掛けると彼女は悲しそうに肯定しては何か言葉を紡ぎ掛けた。


「……?」
「異世界の…未来と、言っておりました……」


 紡ぎ掛けた言葉はなかなか先に進まない様子にぬらりひょんは首を傾げて彼女をじっと見つめていると珱姫は重い口を開いて恐らくその場にいるモノたちが信じられないであろう言葉を紡ぐ。


「異世界の…」
「未来…?」
「おいおい、それはいくら何でも嘘じゃろ?」


 珱姫の言葉に更に妖怪たちは戸惑った表情を見せて騒めき出すとぬらりひょんは頬を引き攣らせながら珱姫へ否定的な言葉を投げかけた。


「胡蝶は……見たことも無い着物を着て突然屋敷の庭に現れたんです……」
「……本当なのか」
「はい……」


 珱姫は固く結んでいた唇を解いて、小さくぽつりぽつりと胡蝶との出会い方を口にする。にわかに信じ難い話にぬらりひょんは眉間に皺を寄せて珱姫へ再度確認の言葉を投げかけると彼女はこくりと頷き校庭の言葉を口にした。


(なるほどなぁ……月の姫は遠からず合っていたのかい)


 珱姫の暗い表情を見て彼女もまた胡蝶も嘘を言っていないことに合点が言ったぬらりひょんは困った表情をしながら後頭部をガシガシと掻いて噂の“月の姫”はある意味当たっていたことを理解した。


◇◇◇


「ぐへっぐへっ」
「大丈夫か、カラス天狗」
「雪女のやつ、肺まで凍ったぞ!!」


 雪だるまになっていたカラス天狗はやっと動けるようになったのか屋敷の外の隅で喘いでいると介抱していたのか牛鬼は腕を組みながらカラス天狗の安否を確認する。
 カラス天狗は彼の問いかけに答えもせずに口元を腕で拭きながら雪女に文句を口にしていた。


「…大丈夫?」
「な、お、お前は…!!」
「…外に出てどうした」


 丁度良いタイミングに宴の会場の外へと出て来た胡蝶はカラス天狗の心配をして声を掛けるとまさか外に出てくると思っていなかったのかカラス天狗は彼女の存在に驚く。牛鬼はじっと彼女を見つめながらどうして外にいるのかと問い掛けた。


「どうしたってこれから帰るのよ、屋敷に」
「総大将の言葉にはどう返したのだ」
「断った」


 牛鬼の問いかけに胡蝶は困ったように微笑みながら言葉を返す。牛鬼は先程爆弾発言をしたぬらりひょんの言葉の返答をどう返したのかが気になったらしく彼女へ問い掛けると彼女は深いため息を付いて簡潔にバッサリと言葉を返した。


「「……」」
「……何よ、少しは喜んだら?貴方たちの望み通りでしょ」
「人間の小娘に振られたとあっては総大将としての威厳が…」


 まさか自分の総大将がばっさりと振られると思っていなかったのかカラス天狗と牛鬼はただ黙って目を見開いて驚いているとその驚いた顔を見る胡蝶は眉下げて2人へ言葉を返す。
 ぬらりひょんがまさか人間にバッサリ振られると思っていなかったカラス天狗は頭を抱えながらブツブツと言葉をぼやき始めた。


「ふっ、おかしなひとね…それでも付いていくのはあの妖だからでしょうに」
「…分かったような言葉を言うんだな」
「気を悪くしたならごめんなさい」


 ブツブツとぼやくカラス天狗の姿を見た胡蝶は思わず笑って言葉を紡ぐと牛鬼はまた少し驚いたかのように胡蝶へ言葉を投げかけると彼女は眉下げて謝罪の言葉を口にする。


「いや、人間の小娘が分かるとは思わなかっただけだ、気にするな」
「なら良かった…それじゃ、さよなら」


 牛鬼はふっと笑っては彼女に言葉を返すと胡蝶はほっと安心したような表情を見せて踵を返してその場を去ろうとした。


「待て」
「何……?」


 胡蝶の後ろ姿を見た牛鬼は彼女を制止する言葉を短く吐くとまさか止められると思っていなかった胡蝶は不思議そうに振り返って首を傾げた。


「お前はどこから来たんだ?」
「……くす、そうね…あそこかな」
「月……」


 牛鬼は胡蝶へ問い掛けると彼女はまさかそんな問い掛けを彼にされると思っていなかったのかきょとんとした顔をしてはくすりと笑って天に掛かる光り輝く球体を指を差した。牛鬼は彼女の指先を見てぽつりと光り輝く球体の名を口にする。


「ねぇ、私は今から不思議なことを言うわよ」
「は…?」
「…珱をよろしくね」


 胡蝶は指を下して牛鬼に柔らかく微笑みながら言葉を掛けると牛鬼は眉間に皺を寄せて短く疑問の言葉を口にした。
 胡蝶はそんな彼の疑問に答えることもせず簡潔にただ一言、彼に言葉を言い放つと彼女は背を向けて歩き出した。



――物語は
 もうすぐあの悲劇へと向かう


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