庭へと現れたぬらりひょんは立ても音の中へと入って行く。先日、彼の言葉を遮る胡蝶の姿を思い出したのだろう。納得いっていない。不満だということを表情に出していた。
「珱姫、彼奴を口説くのに相談さ……」
彼は部屋にいるであろう珱姫に声を掛け、要件を伝えようとした。しかし、それは最後まで紡がれることは無い。彼は目の前に広がる惨劇に言葉を失った。
部屋が赤く染まり、女中は血に塗れ息絶えている。そんな光景を一人の坊主が茫然と見つめていた。
「……なんだ…これは……」
「お前は…ぬらりひょん……そうか…かすかな妖気お前だったか……」
「……んなこたどーでもいい。珱姫はどこだ!?」
ぬらりひょんはキョロキョロと辺りを見渡しながら、部屋の中へと足を踏み入れる。彼の声に気が付いたのだろう。坊主は軽く後ろを見て、言葉を零す。どうやら、ずっとかすかな妖気を感じていたようだ。しかし、確定できていなかったのか。今、彼がよくこの屋敷に訪れていたことを理解したらしい。ぬらりひょんはそんなことはどうでもいいのだろう。話を
「貴様の仲間じゃないなら……あやかしに連れていかれたよ……胡蝶殿も一緒にな」
「なっ……!!珱姫と胡蝶を狙う妖…」
坊主は彼の問いに力なく答える。守れなかったことを悔やんでいるようにも見えた。坊主の言葉にぬらりひょんは息を飲み、二人を狙う妖を特定しようと考え込む。
(生肝信仰の妖か……?)
「そいつらはどこへ…」
「大阪城……」
最近、京の町を騒がせているのは生肝信仰。そこに目をつけるが、それでもそんな妖は五万とイル。絞り切ることは難しい。彼女達を狙った妖の行先を何処だと頭を巡らせ、言葉を零した。その言葉に坊主はポツリと答える。この屋敷には妖と坊主しかいない。小さな声でも十分に聞こえるほどだ。
(―――羽衣狐か!!)
大阪城。その言葉で答えは導かれた。この京の町を支配する大妖怪の元へ行ったと言っているのだから。それを理解したぬらりひょんは表情を変える。彼の怒りが面に出ているのか。コオオオォという風の音が部屋中に響いた。
「羽衣狐……」
彼は見えない表情でぽつりと呟き、以前珱姫が持っていた刀を目にすると拾う。そして、その場を立ち去った。
◇◇◇
「どこへ行くのです、総大将」
「………牛鬼」
彼は黙ってどこかへと歩き続ける。そんな彼を後付けていたのだろう。壁に寄り掛かり、腕を組み佇んでいる者がいた。その者は静かに、低く響く声で彼へ問い掛ける。その声にぬらりひょんはジャリと音をさせ、急いでいた足を止めた。振り返ればそこには牛鬼がいたのだ。
「我が総大将よ…そんな血の気多く走らば妖気となり、妖を呼びますぞ。あなたらしくない…今夜は誰に喧嘩を売るつもりなのです」
「大阪城に向かう。お前はついてこんでいいぞ」
「お…大阪城だと!?」
普段と全く違う様子の彼に気が付いたのだろう。ぬらりひょんの様子からすれば、何処かに喧嘩を売りに行くつもりでいることも。ただ何がそうさせるのかは牛鬼も知るはずもない。何処か不思議そうに牛鬼は言葉を零す。ぬらりひょんは淡々と言葉を返した。その言葉に牛鬼は目を見開かせ、声を上げる。
「バカな…大阪城に巣食う“奴”を知らぬわけないでしょう。羽衣狐は…普通の妖じゃない!!」
慌てたように牛鬼は彼を止めようと言葉を投げ掛けた。その様は常に冷静でいる彼からは想像しにくい。しかし、ぬらりひょんはその言葉を黙って聞いているだけだ。自身の行動を変える様子は見られない。
「やめろ…まだその時期ではない!!力をもっとためるんだ…魑魅魍魎の主となるなら!!」
「だまれ、牛鬼」
牛鬼は彼を止めようと言葉を投げ掛け続けた。その様は必死だ。冷静な彼が止める程、羽衣狐という妖は圧倒的な力を持っているのだろう。しかし、ぬらりひょんは威圧的にたった一言を口にする。その覇気に牛鬼は黙るしかない。
「羽衣狐が魑魅魍魎の主だってんなら―――ワシが
彼は自分の意思を変えることは無い。血の気を多く走らせたそれは大きな妖気となり、吐き捨てるように固い決意を見せた。それはもう、牛鬼に止めることのできないものだった。
――廻り出した
歯車は止まらない