「っ、」
胡蝶と珱姫が辿り着いた場所は、大阪城。
妖の巣窟の城だ。
二人は乱暴に投げられると畳の上に倒れ込む。視線を上げれば、目の前に城の主が座っており、その周りには三人の姫が座っていた。上手側に四人の家臣が座っている。
「待っておったぞ、珱姫……」
「ああ…あれが珱姫……?」
「京で一番の美貌と噂の…噂通り美しいのう。近う近う」
大阪城の主…淀姫は妖しく笑みを浮かべ、珱姫へと言葉を掛けた。その言葉に髪に艶のある美しい姫は品定めでもするような視線を向け、ぽつりと呟く。
淀姫はじっと珱姫を見つめ、感心したように彼女の美貌を褒めると手招きした。
「………は…はい…………」
(どういうこと…?私を…豊臣家の側室にするためにお父さまを殺めてまでつれてきたの…!?なぜ?)
珱姫は淀姫の指示に従う様に緊張した面持ちをしては側へと歩み寄る。
何故、父が殺されなければならなかったのか。そうまでして側室にする必要があるのか。
珱姫の頭では様々な疑問がよぎっている。しかし、不穏な空気を肌で感じるのか、冷や汗をかいていた。
(まさかこの場面と鉢合わせになるとは思ってなかった……時間を稼ぐ?)
淀姫が珱姫に興味を持っている間、胡蝶は予想外にもここへ連れて来られたことに少なからず、動揺しているのだろう。
いざ、淀姫という名の大妖怪を目にしたら、気圧される何かを感じるのか。
じわりと額に汗をかき、考えを巡らせている。
(そしたら、他の姫たちも助かるかもしれない……それは変えることになる……でも、目の前で誰かが死ぬところなんて見たくない……人の人生が私の行動一つで決まることが怖い……)
彼女の知っているの物語は
もし、彼女が未来を知らずにいたら、時間を稼ぐ。その考え以外ないだろう。しかし、そんな簡単な話じゃないことも理解している。だからこそ、恐れているようだ。
「何をしている…月の姫、お主も近うよれ」
「……私は月の姫なのではございません」
珱姫が淀姫の近くへと歩み寄っているのにも関わらず、一向に動く気配の無い少女。珱姫越しに胡蝶の姿を捉えた淀姫は眉をピクリと動かし、彼女へ言葉を掛けた。
掛けられた言葉に、胡蝶は肩を少し動かし、頭を下げたまま、淀姫へと言葉を投げ返す。それは権力者に対して否定する言葉だ。その場にいる者たちは騒めき出す。
「ほぉ……違うと申すのか?」
「はい、ただの平民にございます。それ故。淀姫様へ近づくことなどとてもとても……」
淀姫は扇子をバッと広げ、興味深そうに胡蝶を見つめては問い掛けた。それは意味深な問い掛けに聞こえる。分かっているのに彼女の意見をわざと聞いているかのように。
胡蝶は頭を垂れたまま、丁寧に言葉を紡いだ。その言葉選びは平民が恐れ多いと言っているようなものだ。
「そなた……
「…っ!」
淀姫の情報は侮るなかれ。
既に胡蝶が何者かを理解した上で連れて来ていた。彼女が放った言葉はそう捉えられる言葉だ。
まさか、自分がこの世界の人間じゃないという事が敵に知られていたとは思っていなかったのだろう。胡蝶は眉をピクリと動かした。
「そんなそなたが平民だと言うとは滑稽……」
(ぜーんぶリサーチ済みってわけね……一か八か)
淀姫の目はあざ笑っており、手に持っている扇子で口元を隠しながら、言葉を紡ぐ。見透かしているからこそ出るその態度と言葉。胡蝶は表情を見せないように顔を下に向け、唇を噛みしめた。
全て誤魔化してもお見通しされている現状。これを打破する方法の考えを巡らせた。
ごくり。固唾を飲み込み、口角を上げる。
「ふ…ふふ…くっくっくっ………」
「何がおかしい」
胡蝶は小さく、笑みを零すと喉を鳴らして笑い続けた。
その反応が予想外だったのだろう。淀姫は眉をピクリと動かし、冷ややかな視線を彼女へ向ける。
「あー、せっかくただの人間のフリしてたのに貴方のせいで台無しじゃない」
「………胡蝶?」
彼女は先ほどまでの態度と打って変わり、目を細め、偉そうな態度を取る。それこそ、徳川のトップである淀姫と対等の立ち位置であるかのように。
月の姫、月の姫と言われ続けた彼女はそう振る舞うことにしたのだろう。
今まで見て来た胡蝶と違う一面に珱姫は瞳を揺らし、彼女の名前をぽつりと零した。
「私の正体を見抜くなんて流石は淀殿ですね」
「それがそなたの本性かえ?」
彼女は腕を組み、首を傾げて淀姫に投げかける言葉は称賛。しかし、どことなくバカにしているようにも聞こえる声音は絶妙だ。
淀姫は急に態度が変わった彼女に口角を上げ、問い掛ける。彼女の本性に興味があるかのように。
「さあ……どうでしょう。女はいくらでも化ける故……それこそ妖並みに」
「くっ、くっくっくっ……あははは!違いない!!」
胡蝶は目を閉じ、口角を上げて言葉を返した。まるで、妖に何を考えているのかを悟られぬようにぬらりくらりとかわしているようにも見える。彼女はうっすらと開けた目をチラッと淀姫に向け、意味深長な言葉を零した。
その言葉が愉快に感じたのだろう。淀姫は笑いを堪えようとしていたが、それは適わず、口を開けて豪快に笑い、彼女の意見に同意を示す。
「では、淀殿……私の正体を見抜いたのですから、見ておかれませんか?私の舞を」
自分のペースに相手を持ち込めてきている。
そう感じたのだろう。胡蝶は妖艶に微笑みながら、懐から扇子を取り出して誘った。
月の姫と称賛を受けた歌と舞。それをこの場で見せるつもりらしい。
「……ほぉ?」
「余興はお好きでしょう?」
唐突な彼女の提案に淀姫は目を細め、口角を上げる。それはもう何か重しいものを見つけたとばかりに。
胡蝶は不敵な笑みを浮かべ、彼女に問いかけているが、頬から冷や汗が滲み出た。
淀姫と対等な関係で会話をすることを意識してやっているからだろう。
おそらく、胡蝶にとってこの提案はある意味、懸け。自分の命と四人の姫たちの命を守るための。
「良い。やって見せろ」
「ありがとうございます」
ふっと笑みを零す淀姫はパチンと扇子を閉じると胡蝶の提案を受け入れた。その表情はどこか愉快そうだ。
彼女は内心ほっとしながら、目を閉じ、お礼を口にする。
(一段階クリア…これが何処まで持つか……)
頭を下げる彼女は心の中で、言葉を零した。
そう、まだ安心するとは言い難い状況。
もし、歌と舞を見せても途中で飽きられてしまったら、全てが終わる。
「姫様方、そこにいては私とぶつかり、危のうございます……こちらへ移動なさって下さい」
「胡蝶!」
緩みそうになる気を再度引き締めると胡蝶は顔を上げ、凛とした表情をするとくるっと踵を返し、怯えている姫たちに柔らかい笑みを見せた。そして、淀姫から引き離すべく、後ろの出入り口の隅へと誘導する。
舞の邪魔になると分かれば、誰もそれに対して違和感を持つことはない。
珱姫は胡蝶を心配そうに見つめ、彼女の名前を呼ぶと近寄った。
「珱姫様、大丈夫ですから……」
「わ、私の見た未来が……変わった………」
「え…?」
不安、恐怖。
それに支配されながらも、他人を気遣う彼女に胡蝶は眉を下げる。
自分の恩人は心から優しい人だと。
しかし、彼女に全てを告げる訳にはいかない。だからこそ、彼女は安心させるように笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。
姫たちを多少安心だと言える隅に座らせると胡蝶は中央へと移動していく。
そんな彼女の背中を、不安気に珱姫は見つめ、胸元に手を添えていると隣にいた姫の一人が手を、声を震わせてポツリと呟いた。
未来が変わった、と。
それに胡蝶は目を見開き、隣にいた姫に目を向けた。
「では、参ります―――」
部屋の中心に辿り着いた胡蝶は懐から扇子を取り出すと片手でバッと開き、目の前にいる淀姫に視線を送り、言葉を紡ぐ。
すぅっと深く呼吸を吸い込むと彼女は舞をゆるりと舞った。
――遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんと生まれけん
遊ぶ子供の声聴けば
わが身さへこそ揺れるがるれ――
遊ぶために生まれてきたのだろうか、遊んでいる子供の声を聞いていると感動のために私の身さえも動いてしまう。
無心に戯れ、嬉々として声を上げる子供の姿に忘れていた同心を呼び覚まされた大人の感情を詠む歌。
彼女はまだ十七の子供。江戸時代では大人になって三年経った年頃。
江戸時代ならば、男を知り、子を知っていてもおかしくない。
しかし、彼女は平成。現代から望まずして江戸時代へと着てしまった十七年しか生きていないほんの子供だ。
そんな子供がそれらを知っているように大人びた表情をし、歌を歌い、笑みを浮かべる。
彼女のその姿に誰もが魅入られ、動けなかった。歌い終わるまで。
「……よいよい思わず見惚れたものだ。流石は月の姫」
「……光栄にございます…もうひとつ、ぜひとも淀殿に聴いて頂きたい歌がございます。歌わせて頂けますでしょうか」
歌い終わると彼女は膝を折り、畳に手を付き、淀姫に対して頭を下げた。
噂で聞いていただろうが、実際、初めて目にしたそれに気分が良くなったのだろう。
淀姫は嬉々とした表情を浮べ、彼女に称賛の言葉を零す。
胡蝶は息を整えながら、耳を澄ませるが、聞きたい音が聞こえない。まだ彼女が望んだものは来ていないということだ。
彼女は固唾を飲み込むと顔を上げ、不敵に笑みを浮かべてもう一度提案をする。
「ふむ……まあ、良い」
「ありがとうございます……それでは、貴女様へお送り致します」
彼女の提案に淀姫はピクリと眉を動かした。
一度、歌と舞を見せたのに何故、もう一度披露するなど思うのだろうか。
そんな疑問が浮かぶのは無理もない。
それでも彼女の舞と歌に飽きることはないらしい。淀姫は少し考え込むと彼女もう一度舞と歌を披露する機会を与えた。
胡蝶は柔らかく口角を上げるとお礼を口にし、立ち上がる。
舞うために形を取り、扇子を右側の頬を隠すように広げ、妖艶に微笑みながら言葉を紡いだ。
(さっさと来なさいよ!妖!!)
彼女の内心は不安と恐怖。胃を痛めるほどの緊張。それが彼女の心を支配している。
これが最後のチャンス。
彼女は心の中で絶対にここへ、珱姫を助けにくるであろうぬらりひょんに文句を吐き出した。
そして、ゆるりと舞を踊り始めたのだった。
――彼女の覚悟と舞う目的