拾伍話




(一か八かの懸け……これが終わってぬらりひょんが来なければ、私は間違いなく死ぬ)


 彼女は手の先から足の先まで。神経をとがらせ、ゆるりと舞を舞う。
 表情は柔らかく笑みさえ見せているが、内心は肝が冷える思いなのだろう。
 心の中で言葉を零すそれは焦りを見せていた。
 彼女にとってこの舞は最後の時間稼ぎだということを自覚しているらしい。


『ねぇ、母さん』
『師範と呼びなさい』
『……師範』
『何かしら?』


 彼女は扇子を顔の前で空を切り、ゆるりと回りながら、目を閉じていた。
 脳裏に浮かぶのは幼少期に母親から教わった今様と舞。
 幼い胡蝶は眉を下げ、扇子を持ちながら自身の母親に呼び掛ける。
 しかし、彼女の母親は厳しい人のようだ。
 稽古中は我が子でも弟子と決め、呼び方を注意していた。
 胡蝶は稽古といえども他の弟子もいない二人きりでもそう呼ばなければならないことが不服なのだろう。眉間に皺を寄せ、しぶしぶ呼び方を改める。
 それにとりあえず納得すると彼女の母親は首を傾げ、問いかけた。


『もし、自分の表現したいものが今様にない時はどうしらいいんですか?』
『その時はあなたが歌を作りなさい。それに合う歌を』
『……作っていいの?』


 不貞腐れ顔は変わらないが、それでも少女は師範である母親を見上げながら、聞きたかったことを聞こうと言葉を紡ぐ。
 何だ、そんなこと。
 まるでそう言いたそうに拍子抜けした表情を浮べる母親はあっさりと少女の疑問に答えた。
 その返答は幼い胡蝶には予想外のものだったのだろう。きょとんとした表情を浮べ、首を傾げる。


『もちろん。大切なのはちゃんと言葉を歌に乗せること』
『へぇ…』
『言葉は力になるの、ちゃんと守ってくれるわよ』


 間抜けな自身の娘の表情に思わず、笑みを浮かべる女性はコクリと頷くとしゃがみこみ、目線を合わせながら、口にする。
 それに胡蝶は納得しているような、していないような曖昧な返事する。
 母親は眉を下げ、笑みを浮かべながら、我が子の頬を撫で、言葉を零した。


(さて、やりますか)


 過去の思い出から現実に戻った胡蝶はゆっくりと目を開け、妖艶に微笑むと口を開く。


――胡蝶舞うは道しるべ
  桜待つは届かぬ

  魑魅魍魎よ 覚悟せよ
  の者は越す 貴女をも


 この歌は胡蝶の即興。 
 胡蝶ちょうが踊り、舞う後を追えば珱姫さくらが届かぬ地で待っている。
 今に見ていろ。化け物よ。
 ぬらりひょんあいつ羽衣狐おまえを超すだろう。
 そう言わんばかりの歌だ。
 彼女が躍る姿はあまりにも軽やかで、足音さえしない。まるで蝶が遊ぶように舞っているようにさえ見えた。


「貴様…!」


 しかし、彼女がうたう歌はあまりにも直訳的過ぎて、彼女の意図はばれている。その証拠に家臣は淀姫を貶める歌であることにざわざわと騒ぎ始めた。


「興醒めじゃ…もうよいか?」
「……ええ」


 淀姫はふぅと息を付き、つまらなさそうな表情を浮べると言葉を吐く。
 それはもう用済みだと言わんばかりの台詞だ。
 胡蝶は悟っていたのだろう。この歌を歌えば、こうなることを。
 だから、彼女はじわりと冷や汗をにじませ、不敵な笑みを浮かべながら、返事をした。


(これでも、ダメか…さっさと来い!馬鹿りひょん!)


 しかし、刻々と近づいてくる命の危機に彼女は心の中で未だに現れない現れるはずの人物に文句を言い続けた。


「月の姫、近う」
「………」


 淀姫は目を細め、手招きをしながら、胡蝶に声を掛ける。
 その威圧的な声に胡蝶はごくりと固唾を飲み込んだ。その声に従わないわけにはいかない。
 ここで逆らっても無駄に命を捨てる子になることが分かっていたからだ。


「胡蝶……」
「あ、ああ……」
「どうかされましたか?」


 部屋の隅にいた珱姫は妖しく微笑む淀姫と胡蝶のやり取りに不安を感じているらしい。胸元に手を添え、その手をぎゅっと握り、淀姫と対峙している彼女の名前をぽつりと呟いた。
 そんな彼女の隣では頭を抱えて、怯えるように震える姫に珱姫は疑問を感じたのだろう。
 畏れ続けている姫に寄り添い、珱姫は彼女の顔を覗き込む。


「やっぱり、…私たち…喰べられて・・・・・しまうのね……はあ…はあ…私が…見た未来・・・・が現実に…!」
「!?」


 その姫の顔は蒼白。血の気の引いた顔をして先程よりもガタガタを体を震わせて、言葉を紡いだ。
 その言葉に珱姫は驚き、目を見開いて息を飲む。


「ひっひっく…うぇ〜〜んうぇ〜〜ん」
「!!」


 また隣にいた幼い姫が泣き出し、珱姫は眉を下げ、慰めようと寄り添うと少女の目から涙が零れ落ちた。
 ただそれだけなら、至って普通だが、零れ落ちたそれは真珠へと変わり、珱姫の手のひらにポロリと転がる。


(涙が真珠になった!?………!!ここに集められた姫君たちは…皆……何かの能力のある者・・・・・・・・・!!)


 手にある真珠に目を見開き、少女を見た。
 普通の子供であれば涙が真珠になることはない。
 ここにきて、珱姫はここに集められた者たちが何なのかに気が付いた。
 髪が綺麗な姫。未来を視る姫。涙が真珠になる姫。人を癒す姫。そして、異世界からきた時渡人。
 全て、普通の人とは違う何かを持ったものが集められたということを。


(もしかして、私たちの生き肝を喰うために――…?胡蝶…!!)


 大坂城へと無理やり連れ去られる際、彼女は自分たちを攫った者が妖だということを知っている。
 全ての辻褄があったことで珱姫が導いた答え、それは自分たちが生き肝信仰の生贄ということだ。
 それに気が付いたら、彼女は血の気を下げ、涙を流している小さな姫をぎゅっと抱きしめる。
 淀姫と対峙している自身の友人が危ない。その可能性に気が付き、心の中で彼女の名前を叫んだ。


「そなた…私の正体を分かっていてあの歌を?」
「……さあ?」
「……だったとしたら、怖いもの知らずとしか思えないのう」


 魑魅魍魎。種々の妖怪変化。さまざまなばけもの。
 そんな意味を込められた言葉を使っていることから淀姫は彼女が自分の正体を知っていると予測したらしい。
 ゆるりと足を一歩ずつ踏み出す胡蝶に淀姫の皮を被った羽衣狐は彼女へ問いかける。
 彼女は足を止めることなく、歩き続け、目を閉じながら惚けたように言葉を返した。
 なかなか掴めない彼女の返答に羽衣狐は眉間に皺を寄せ、扇子を口元に当てながら、小言を零す。


「あら、意外とこう見えて貴女のことを怖がっているんだけど」
「おそれることはない…月の姫……いや、そなたたちの血肉は妖怪千年の都の礎となるのだから」
「……そんな礎になるくらいなら腹切って死ぬわよ」


 胡蝶は笑みを浮かべ、言葉を返すがどこか冗談を言っているようなラフな言い回しだ。
 とうとう、彼女は羽衣狐の元まで辿り着いてしまうと頬から汗を垂らす。
 この先起きることは知っている未来・・・・・・・とは異なるが、それに近い未来・・・・だから、無理もないだろう。
 胡蝶と羽衣狐。見た目は身長も大差ない人間。けれども、羽衣狐の威圧的な雰囲気が彼女を大きく見せた。
 羽衣狐は手をゆっくり上げ、胡蝶へと伸ばしながら、言葉を紡ぐ。
 このままいけば、間違いなく羽衣狐に口付けられてそのまま、肝を吸われることは分かっている。
 それが分かっているからだろう。胡蝶は表情を強張らせながらも、啖呵を切るように言葉を吐き捨てた。


「くく…強気な姫じゃ……ゆだねよ」
「……っ、!」


 胡蝶が不利な立場だと言うことを理解して言っている。それが羽衣狐には分かっていたのかもしれない。
 余裕を見せ、笑みを浮かべると彼女の頬を片手で鷲掴んでは自身の唇に彼女の唇を重ねようと顔を近寄らせた。
 流石にもう限界。無理だと思ってだろう。胡蝶は眉を寄せ、ぎゅっと固く目を閉じて覚悟を決めた時だった。
 ダンダンダンダンという足音が徐々に近づいてくる。


(……来た!!)


 その音に希望を持ち、彼女は閉じていた目をそっと開けるとそこにはぬらりひょんの姿があった。


「っ!」


 ぬらりひょんは片手に持つ刀を勢いよく振り、淀姫と胡蝶の間にで入り込む。
 淀姫と胡蝶を引き離すことは成功したが、その刃は羽衣狐に届くことはなかった。
 なぜならば、彼女を守るように京妖怪が彼の刃を止めたからだ。


「………チ…」


 刃が通らなかったことにぬらりひょんが舌打ちをするとブオオオオという音がその場を支配する。
 金槌を振り回す妖怪はぬらりひょんの背後から襲いかかるとその攻撃を彼は避けた。


「……何じゃ?侵入者か」
「何奴じゃ!!」


 突然、介入してきた者に淀姫は怪訝そうな表情を浮かべ、言葉を零す。
 彼女の家臣のフリをしていた京妖怪たちは本来の姿へと変化し、叫び散らすとぬらりひょんの着物がはだけ、背中の入れ墨が顕わになった。


「……ヤクザ者か」
「ワシは奴良組総大将、ぬらりひょん。こいつはワシの女じゃ。わりぃがつれて帰るぜ」
(遅い……というか、私はあんたの女じゃないってば)


 彼の背中のそれを目にした羽衣狐は目を細め、つまらなさそうに言葉を落とす。
 ぬらりひょんは好戦的に自己紹介をすると胡蝶を指さし、問答無用とばかりに吐き出した。
 ぬらりひょんとの距離は近いようで遠い。彼の元まで走っても、京妖怪に捕まる事が分かっているからか。動くに動けないのだろう。畳に座り込んでいる。
 しかし、ぬらりひょんを眉間に皺を寄せて睨む余裕はあるらしい。彼女は心の中で文句を言っていた。


「なんと……妖が人を助けに?異なことをする奴じゃ。血迷うたはぐれネズミか何かか……!?」


 一人の人間を助けに来た妖。
 それが珍しいために彼女はさほど興味がなかったヤクザ者に興味を示した。彼女は狂気的に笑みを浮かべて言葉をはき出す。
 その瞬間、激しい音とともに城の屋根を突き抜けて、瓦礫が落ちた。そして、それと共に現れたのは百鬼夜行の群れ。


「なんだ…きたのか。てめーら」
「百鬼夜行ですからな」
「入れ墨だけじゃ――さびしいでしょう」


 それに目を向けたぬらりひょんは驚きもせず、どこか呆れた表情を浮かべて小言を口にした。
 当然とばかりに牛鬼が言葉を零せば、烏天狗はバサッと翼音を立て、畳に足を着き、降りれば言葉を返す。


「………バカな奴らじゃ」
「……何やら珍客が多いのう。力の差もわからぬ虫ケラが……」


 彼らの返答を聞いたぬらりひょんはフッ鼻で笑い、言葉を口にするとと1歩前へと足を出した。
 わらわらと沸いてでたぬらりひょん率いる百鬼夜行が気に食わないのか羽衣狐は眉をひそめ、毒を吐く。


(当たり前のように私、ここにいるけど…本当だったら、ここのポジション!珱姫だから!?)


 胡蝶は京妖怪にいつの間にか囲まれてまた命の危機に変わらないポジションに戻ったが、それについて文句があるらしい。
 表情には一切出さずに心の中で盛大に文句を言っていたのだった。



――喧嘩を売って
     囚われの身


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