拾漆話




「くっ………ガ……」


 好いた人を助け出す為に立ち向かうぬらりひょんだが、また羽衣狐の九本の尾は彼に向かって鋭い攻撃をする。
 ぬらりひょんは耐えるように体を強張らせるが、腹部を一本の尾が突き抜けると崩れるように倒れた。


「芸がないのう…一方的に向かってくるのでは…少しはやると思っていたら、お前もそこらの凡百の妖と一緒か。これは”余興”じゃぞ……楽しませてみろ」
「ぐ……が……」


 羽衣狐にとってはこれは遊びのようなものなのだろう。
 がっかりしたようにぬらりひょんを見下ろしながら、冷たく言葉を吐き出す。
 彼は震える体を腕で支え、起き上がろうとするが、与えられた痛みに耐え、浅い呼吸をした。


「お前にはこの尻尾の数が見えるか?わらわも数えてはおらん…わらわの”転生”した数と同じじゃ。刃向かってくる血の気の多いに反応するようになった」


 くるくるとまるで見せるびらかすようにたくさんの尻尾を動かしながら、羽衣狐は自身の尻尾の特性を口にする。
 つまり、それだけ多く命を終わらせ、命を始めた数が多いということだ。
 その言葉が紡ぎ終わると同時にぬらりひょんは祢々切丸をもう一度ガッと握り締めると羽衣狐にその刃を通そうと立ち上がり、刃向かう。


「ほれほれ、お前の惚れた女を頂くぞ」


 しかし、それは届くことなく、容赦ない尾の攻撃を食らった。


「踊れ。死の舞踏を。妖の血肉舞うのが演目ならそれもよかろうて」
「ぬらりひょん――――!!」


 血だらけになり、攻撃を受け続けるぬらりひょんの姿を見ても、顔色一つ変えずに冷酷に微笑む羽衣狐はもっとも恐ろしい女と言っても過言ではないだろう。
 倒れても立ち上がるぬらりひょんを見て、胡蝶は名前を呼ばない事に拘っていたことなど忘れたように彼の名を呼び続け、彼の元へと駆けつけたい一心で羽衣狐の拘束から抜けようと更に力を籠める。


「おっと…だめじゃ。いかせはせんぞ」
「も……い……」
「何じゃ?」


 しかし、抜け出そうとしている彼女に気がつくと羽衣狐は胡蝶を拘束する腕の力を強めた。
 抜け出せない。
 どんどんと深まる恐怖に彼女は俯き、小さな声でぽつりと零すが、羽衣狐の耳にはその言葉が捉えられなかったようだ。
 眉を上にあげ、不思議そうに問いかける。


「もういい!!私を助けようとしなくていい!!珱を連れて帰って!!」
「フッ……ホホ…ホホホホッ!!傑作じゃ!!せっかく助けに来たというのに帰れと言われるとは…!!」


 胡蝶は唇を噛み締めるとガバッと顔を上げ、血だらけのぬらりひょんに訴えかけるように声を荒らげた。
 微かに肩を震わせながらも、彼女から発せられた言葉が予想外だったのだろう。
 胡蝶を好いて、血だらけになりながら戦う男に向かってかけるその言葉はなんとも非情な事だ。
 羽衣狐は鳩が豆鉄砲食らったような表情を浮かべ、喉を鳴らし、高らかに笑う。


「………私は…私は!……この世界の人間じゃない!!私が・・動いて・・・しまったから・・・・・・未来が・・・変わった・・・・!!あんたもみんな死んじゃうかもしれない!!それだけは絶対ダメなの!!」
「案外カワイイことを言うのう、月の姫」


 それでも、胡蝶はなんとか諦めさせる気らしい。
 彼が死んでしまえば、この世界は終わりだ。
 現時点で自分の知る未来を自分が崩してしまったことを。
 ぬらりひょん自体の命も危うい可能性が高いことを。
 それが分かってるからこそ、彼女は思いが届けとばかりに必死に訴え続ける。
 しかし、羽衣狐にとってはそれは最早、子供の駄々こねにしか見えないのだろう。ふふっと笑みを零し、胡蝶の顎に手を添え、自分の方へ顔を向けさせると口角を上げた。


「お願い……死なないで……」
「…お主……男を知らんな。初めて知った男があんな馬鹿で愚直でカワイそうに。そして…それが最後の男なんじゃからな」


 両手を塞がれて手を振り払うことも出来ず、顔を背けることも出来ない。
 改めて感じる無力なただの人間だという事実。
 胡蝶は涙をジワリと浮かべさせながら、横目でぬらりひょんを見つめ、願うように零すと彼女の様子を見ていた羽衣狐は目をずっと細くさせると胡蝶を冷ややかに言葉を紡いだ。


「胡蝶…ワシはお前の目に…今どう映ってる?やはり、そいつが言うようにバカに映るか…?」
「……だよ…バカだよ、……バカにしか見えない!私はアンタの思いは受け取れないんだよ!?命かけるまで助ける必要ある!?」


 攻撃を食らい、ヨロっとよろめきながら立ち上がると拘束されている彼女に向かって問いかける。
 胡蝶は眉下げ、表情を隠すように俯いながら、小さな声で彼の言葉に肯定すると固定されていた顎を奪うように抵抗してはぬらりひょんの方へと顔を向けた。
 彼の想いを一度断っている。
 それなのにも関わらず、珱姫じゃなくて自分・・を助けに来ていることに胸を締め付けられながらも、胸にずっと溜めていた不安をぶつけるように声を荒げた。


「はは…そうかい……でもな、あんたのことを考えるとな…心が…綻ぶんじゃ…例えるなら、”蝶”…珱姫さくらの周りを軽やかに飛ぶ姿は凛として…どこか危うく見えて美しい…見る者の心を離さない。あんたがそばにおるだけできっとワシのまわりは華やぐ。そんな未来が…見えるんじゃ」
「………」


 既に着物ははだけ、皮膚はいたる所から血を吹き出している。口からも血を垂れ流しながら、ぬらりひょんは力なく笑うと胡蝶の言葉を飲み込んだ。しかし、彼女の意見を飲み込むつもりは全く無いらしい。
 彼は遠い未来を思い描きながら、胡蝶への思いを言葉にして語り続けた。
 その言葉に彼女は目頭を熱くさせ、ジワリと涙をにじませるが、声を出すことが出来ない。


(………その言葉は……珱姫に言う言葉……私じゃない………のに…)


 本来ぬらりひょんが口にするはずだった言葉は”桜”。それは珱姫を指す言葉。
 それを”蝶”に、胡蝶を指すものへと変えられて、何より珱姫の傍にいる自分を求められているような言い回しに彼女は唇を震わせていた。


「なのに…あんたは不幸な顔をしてた。ワシがあんたを幸せにする…どうじゃ、目の前にいるワシはあんたを幸せに出来る男に見えるか?」
(……やめて…)


 ぬらりひょんは言葉を止めることを知らず、胡蝶へと問いかける。それは彼女への思い故だろう。
  表情は見えずとも声音から本気の思いが伝わってくるのか。胡蝶はボヤけた視界で彼を捉えるが、自身の思いとこの世界の流れを天秤にかけてしまうとどうしても受け取れないらしい。ぬらりひょんがそれ以上言葉にすることを拒むように心の中で言葉を零した。


「フハッ…見えんだろうな…ワシはあんたにカッコイイとこを見せつけてほれさせにゃ――いかんのにな…あんたにおぼれて見失うとこじゃった」


 彼は今までの行動を考えみると先程の自身の問いかけに出る答えは"No"のようだ。乾いた声で笑い、胡蝶に向かって言葉を投げ続けるとゆらりと身体を揺らして背筋を伸ばし、刀を構える。


「そろそろ返してもらうぞ、羽衣狐」
「!!」


 身体から溢れんばかりの妖気を見に纏うその姿は妖怪そのものだ。
 急に変わる彼に羽衣狐は目を見開き、驚く。


(なんだ……?急に…雰囲気が変わった……?)
(……これが本気を出した…ぬらりひょん…)


 流石の羽衣狐もこれは想像出来ていなかったのだろう。冷や汗をかき、体を強ばらせていた。
 漫画では見ていたこのシーン。
 それでも、実際に目にするとなると迫力は全く違う。胡蝶はその力強さに恐れるのではなく、魅入られ、瞳を揺らしていた。


「行くぞ。ここからが闇――――妖の………本来の戦じゃ」
(尻尾が反応せん。そこにいるのに見えなんだ)


 低く、芯のある声音でそう紡げばぬらりひょんは羽衣狐へと刃を向ける。
 彼女は彼の動きが見えていた。なのにも関わらず、尻尾が反応しないことに動揺を隠せずにいる。目を見開き、口を開け、距離を縮められるのを黙って見ているようにさえ見えた。
 意識的にしっぽを動かし、ぬらりひょんに攻撃を仕掛ければ、彼の持っていた刀は弾かれる。


「同じことを!!」


 身一つに見えたぬらりひょんだったが、背に隠し持っていた刀を抜き、刃を向けると諦めの悪い彼に苛立ったように羽衣狐は声を荒らげた。
 絶対に見に傷一つ付けられない。
 その自信は一瞬で打ち砕かれる。ぬらりひょんの持つ刀によってしっぽが引き裂かれたからだ。


(何!?)


 それに驚き、思考が止まったからだろう。
 避けることも出来ずに刃は彼女の顔面を切りつける。
 その痛みに羽衣狐は胡蝶を手放し、悲鳴を上げたのだった。



――本領発揮
 妖の本来の戦いが始まる


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