参話




「月の姫…?なんじゃそれは。この間話していた珱姫とは別なのかい?」
「はっ、何でも生きとし生けるものを引き寄せるような歌声を持ち、舞う姿は天女のようだそうです。そやつは突如現れた美しい女で月の姫と呼ばれているという噂が…しかし、その姿を捕らえられたものがいるとかいないとか…」


 洛西――島原でとある妖怪たちは陽気にも宴をしている中、着流しを着こなしている青年は盃を持ちながら目の前にいる大きな黒い鳥のような人物に問いかけると黒い鳥のような人物は青年に肯定の返事をすると噂の内容を語り始める。


「見た奴がいるかいないか分からないのに凄いいわれようじゃのう…」
「まあ、噂ですからな」
「よし、その噂ちょっくら確認してこようかのぅ」
「はい…ってちょ、!!総大将!!??」


 くっくと笑いながら盃に入っている酒をくいっと飲むと噂の内容に真実味がないとばかりに言葉をこぼす。黒い鳥のような人物は所詮噂とばかりに言葉を返すと噂の主である月の姫が気になった青年はにやりと笑って立ち上がった。そして、街へと繰り出そうとその場を後にする。
 うんうんと頷いていた黒い鳥のような人物は彼の言った言葉に疑問を持って止めようとしたが既にその場には青年がおらず驚きの声を上げていた。


◇◇◇


(たまには1人になりたいときはあるわけで…ていうか、この時代の屋敷に住む人大変だよね、特に女の人は)


 妖怪がいなくても危険だと分かるこの江戸時代にも関わらず胡蝶は堂々と屋敷から抜け出して散歩をしている。妖怪がいる世界だから余計に危険度は高まるがそれも気にしていないのか…それよりも一人になりたいという気持ちの方が上回っているらしい彼女は深いため息をついて川辺を歩き続けた。
 彼女が辿り着いた先は町から少し離れた一本の桜の木が経っている場所だった。彼女は桜の木にそっと触れながら微笑んですぅと息を吸った。


――桜のように月夜舞う 我が心は どこへゆかん
 風に聞いても声届かん 我はいずこ 彷徨うか
 
――縁繋ぐは心揺らぎ あの御方だけ 守りゆく
 我決めては道ゆかん 幸笑顔のため 行く道は…――


 彼女は無意識にこの時代にはもういないであろう白拍子のように舞いながら今様を口にする。歌から読み取れるのは胡蝶にとって知らない時代。
 妖怪もいるような時代。ここで刀を持つことは人を切る覚悟が必要…そんな心から不安になり誰にも言えない想いを抱えて一人まるで桜の木に訴えるように歌っていた。


(私はまだ覚悟が出来ていないから夜一人になるんだろうな…)


 歌い終わると困ったように笑いながら木の幹に額を合わせて必死に自分と向き合わなくてはと葛藤しているようだ。


「――ほう、こんなにすぐ会えるとは思わなかったのぅ」
「っ、!…!?」
「こいつはなかなか…いや、噂以上じゃな…月の姫よ」


 パチパチと拍手をして胡蝶の後ろから声を掛けてくる声が聞こえてくると胡蝶は油断していたようでハッとして振り返ると着流しが良く似合う男が至近距離で立っており、その男は笑いながら彼女をじっと見つめては“月の姫”と呼んだ。


「………」
(ぬ、ぬらりひょん…?何でこんなところに…?)


 目の前に現れた青年を目にした胡蝶は驚いて目を見開いて黙っていたが、心の中で何故こんな場所に現れたのか分からない青年…ぬらりひょんを困惑した顔をしてじっと見つめていた。
 

「なんじゃ、ワシに惚れたか?」
「っ、ぬかせ!離せ!!」

 
 ぬらりひょんは黙ってぬらりひょんを見ている胡蝶ににやりと笑って彼女の顎を掬い上げて顔を上げさせて顔を近づけて自信満々に問いかけると我に返った胡蝶はキッとぬらりひょんを睨んで離せと抗議を上げるが距離が近いがためか頬を少し赤く染めた。
 

「何を怯えておったのじゃ?」
「お前の気のせいだ」
「どうみても憂い為をして迷いがあるように見えたがのぅ」


 ぬらりひょんは目をすっと細めて彼女にとって触れてほしくない話題を振ると胡蝶は強気にぬらりひょんを睨みつけ続けながら彼の言葉に否定をするとぬらりひょんは怪しいとばかりに言葉を続けて彼女の答えを待った。


「人の話は聞いていたか?離せ…っ!」
「んなぁっ!?〜〜…お、お前さん…」


 胡蝶は話を逸らしたいがためなのかこの至近距離のやり取りが限界だったのだろうか彼女は頬を引き攣らせながら問いかけるとすぐさま男の急所を蹴り上げると予想外の攻撃にぬらりひょんは声を上げて地面に足を付いて痛みをこらえると下から胡蝶を睨みつけるように見た。
 彼女にとって本日二回目の急所の蹴りである。男に取ったらこの少女はおそらく悪魔かなにかだろう。


「……離さないほうが悪い」
「やったな、」
「っ、きゃ…!!」


 胡蝶も痛がるぬらりひょんに罪悪感を感じながらも意地を張ってなのか謝りもせずにふんと横を向いて言葉を吐くとぬらりひょんは口角を上げて急に立ち上がると胡蝶を逃がさないように桜の木へ…壁ドン。いや、木ドンをして彼女の手首を掴むとすぐにぬらりひょんが立ち上がってくると思ってなかった胡蝶は驚いて声を上げた。


「ワシを怒らせたお前さんが悪い…」
(…この誑かし男!!こちとらこういうことに免疫ないんだからやめてくんない!?)


 やっと自分の思った通りの反応が返ってきたのかぬらりひょんは妖艶に微笑んでは顔を近づけると顔の近さに頬を赤く染める胡蝶は心の中でぬらりひょんに猛烈に抗議をしているが、驚いて声が出せないのか睨みつけてたまま黙っていた。


「……くっくっくっ、お前さん可愛らしいのぅ」
「な、なに言って…!!」
「ぬらりひょん」


 胡蝶をからかっていたのかくっくっくと笑いながら微笑む姿にやっと詰まっていた言葉が出せたのか抗議の声を上げようとすると彼女の声にかぶせてぬらりひょんは自身の名前を急に名乗った。


「え…?」
「ワシの名じゃ。お前さんの名は?」


 急に名乗られたものがから眉を潜めて疑問の声を上げると彼は飄々と自分の名だと言って胡蝶の名前を教えろと催促する。


「妖に名乗る名などない…」
(というか、これから関わるのは珱姫であって私じゃないわけだし名乗る必要もない)


 彼女はぬらりひょんから目を逸らしてぽそりと名乗らないことを口にする。未来を知っている彼女からすればこれから関係を築くのは珱姫と出会って胡蝶ではないのだ。
 だからそういう結論に至った彼女は自分の言葉に心の中で納得しているようだ。


「お前さん…この状況で言ってるのかい?」
(顔…顔…近い、近いから!!)


 何かを考え込んでいることは見て取れたのかぬらりひょんはまた予想外の言葉を言う胡蝶にきょとんとしては顔をずいっと近づけて更に催促する言葉を彼女にかけると彼女は目を見開いて驚き、耳までも真っ赤に染めて心の中で文句を言う。そんな彼女の様子は涙目になっており、少し先程より焦っているようだ。


「っ……胡蝶…」
「ほお、胡蝶か…良い名じゃな」


 彼女は早く距離を取りたくて渋々目を逸らしながらぽつりと自身の名を名乗ると満足そうに笑っては胡蝶を褒めるぬらりひょんは彼女から中々離れる気配はない。


「…名乗ったんだから、離れてくれてもいいんじゃないの?」
「誰がそんな約束した?」


 離れる気配のないぬらりひょんに彼女は目を合わせないようにしながら悪態を付きながら離れるように言葉を掛けるとニヤリと笑って約束をした覚えがないとぬらりひょんは言葉を返した。


「こんの…!!」
「っ!?」


 彼の言葉に彼女は目を見開いてぬらりひょんを見ると頭突きを食らわせた。まさか頭突きをしてくると思ってなかったぬらりひょんは無防備な額に攻撃を食らってしまい驚いて胡蝶から距離を取って自身の額に手を当てる。


「全く…油断ならない妖だね、アンタ……」
「お前さんこそ…予想外のことばかりしおって…」


 先程から慣れない男女の雰囲気にストレスを感じていた胡蝶はぬらりひょんに頭突きを食らわせて多少すっきりしたようでほっとしたのか深く息を吐いては呆れた目で彼をみるとぬらりひょんもため息を付いて胡蝶を呆れたように見て女に頭突きをされたのは初めてじゃなどと拗ねた言葉を漏らしながら言葉を返す。


「ふふ、それはどーも」
「……」


 原作ではそんなぬらりひょんの姿を見たことがなかった胡蝶はこんな一面もあるのかと思ったのかこの世界に来てから珍しくふっと笑ってぬらりひょんの悪態を喜んで褒め言葉として受け取っていた。
 そんな笑った彼女は月明かりに照らされていて噂の月の姫のように見えたのかぬらりひょんは目を見開いでじっと彼女を見つめた。


「なんか久し振りに気が抜けたかも…ありがとう」
「月の姫…」


 胡蝶は空を見上げて息を深く吸って吐いてからぬらりひょんに言葉を掛けてお礼を言うとぬらりひょんはぽつりと彼女の異名を口にした。
 

「だから、それは私じゃないから…本物の月の姫を探しなさいね、それじゃ」


 ぬらりひょんがつぶやいた異名は自分の異名じゃないと断言する胡蝶は困ったように笑って彼女なりの助言をするとぬらりひょんに背を向けて手を振りながら自分の世話になっている屋敷…珱姫の元へと帰っていく。


「…………どう考えてもお前さんのことじゃろ」


 ぬらりひょんは呆れたような顔をしてそんな胡蝶の背中を見送り、月の姫が胡蝶であると確信して呟いたが、胡蝶の耳には届いていなかった。そして、彼は不敵にも面白いおもちゃを見つけたように口角を上げていた。



――夜道は
 出歩かないことをおすすめします


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